今シーズンのパリ・デジタル・ファッションウィークには、90を超えるブランドが参加している。その中で、服の構造=パターンをクリエイションの軸に据えるブランドは少ない。熊切秀典が手掛ける「ビューティフルピープル(beautiful people)」は、3年前に相反する物を共存させるためのデザイン技法とプロセス=Side-C(サイド-C)を提唱して以来、西洋が定義した"服飾パターンの常識"を更新し続けている。
(文:ファッションジャーナリスト 増田海治郎)
これまでは、主に服の表地と裏地の間の空間を利用して様々な着方が楽しめる提案をしてきたが、先月発表したプレコレクションで新たに提唱したのが、服の上下をひっくり返して着られる「DOUBLE-END(ダブルエンド)」というコンセプト。1950年代にバレンシアガが同様の服を発表しているが、コレクション全体をこの手法で製作するのは前代未聞だろう。
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今回発表した2021年秋冬コレクションで映像の序盤に登場したのは、前後の両方に絵柄が編まれたニット。左のモデルは「A FISH STORY」という文字とナマズが描かれた柄を前にして着ていて、右のモデル(同じ人物)は大きな口ばしのペリカンが描かれた柄を前にしてきている。ニット自体は上下逆さまで着る構造ではないが、前後を逆に着ると同じ柄なのに違う柄に見えるのだ。この摩訶不思議な柄の元になったのは、1900年代前半に上下を反転させると違う絵に見える作風で名を馳せた長崎生まれのオランダ系アメリカ人画家、グスタヴ・ヴァーベックの作品。ダブルエンドのコンセプトを伝える掴みとしては完璧な選択だ。
お次のお題はミリタリージャケット。左のモデルはN-3B風のフード付きのジャケットで、右のモデルはドロップショルダーのN-1デッキジャケットを着ている。二人は向き合い、ともに上下を逆に着替える。二人の上半身がクローズアップされると、左のモデルが着ていたN3-BはN-1に、右のモデルが着ていたN-1はN3-Bに変化している。いやいや映像上のトリックでしょ、と一瞬疑ってしまう。でも、着替える過程は全て映し出されているから、これは現実なのだ。
次はちょっと分かりづらい。バナナを美味しそうに頬張る女子二人(同一人物)は、同じバナナ柄の違うシルエットのパンツを穿いている。左の女子はフロントにギャザーが寄せられたサルエル風のシルエットで、右の女子はクリーンなフロントのガウチョパンツ風のシルエット。最初のニットと同様に前後を逆に着ているように見えるが、両脇のファスナーを全開にして捻るように上下を返し別のファスナーで閉じると、異なるシルエットのパンツになるのだという。もはやマジックである。
その次はとても分かりやすかった。右のモデルはプレーンな白シャツを着ているが、上下逆さまに着替えると、スタンドカラーのチュニックに変身! この劇的なデザインの変化は、裏表を逆にするリバーシブルでは決して表現できない芸当で、ダブルエンドが単なる"パターン遊び"ではないことを証明している。
クラシックなベージュの英国風ケープコートは、上下逆さまに着ると大きな襟の不思議な形状のコートに変化する。1着でクラシックにもモードにも着られる、というわけだ。
黒のチェスターコートとドレス、雪が降り積もったような柄のコート(おそらく織りで表現している)、ケープ風のコート、黒のダウン風のドレスと続き、ラストから3番目に登場するのがオートクチュール的なフリルドレス。足元を優雅に飾るフリルのマーメイドドレスは、上下を逆にすると胸元を華やかに飾る膝丈のドレスに変身する。両側ともに違和感なく、これが同じ1着のドレスとはにわかには信じられない出来栄えだ。
同じ日のパリ・デジタル・ファッションウィークで、パリのブランド「ヴィクトリア トマス(victoria/tomas)」は、服を裏表で着られるリバーシブルをコンセプトにしたコレクションを発表した。彼らの分かりやすい動画と比べると、ビューティフルピープルのそれは少し分かりづらかったかもしれない。でも、そのコンセプトの斬新さとユニークさは、リバーシブルとは比較にならないものだし、パリの中堅、若手の中でも抜きん出ているように思う。最後に、プレスリリースの最後に書かれた言葉を紹介しよう。
私は物事を正からも逆からも同時に見る。結局はとどちらが正なのか逆なのか、わからなかったけれど新たな術(すべ)は見つけられたのかもしれない。
文・増田海治郎
雑誌編集者、繊維業界紙の記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリスト/クリエイティブディレクターとして独立。自他ともに認める"デフィレ中毒"で、年間のファッションショーの取材本数は約250本。初の書籍「渋カジが、わたしを作った。」(講談社)が好評発売中。>>増田海治郎の記事一覧
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