Image by: FASHIONSNAP

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「涼を取る」という言葉がある。単に体を冷やして「涼しさ」を得るのではなく、視覚や聴覚、味覚を通じて「涼やかさ」を楽しむ。日本文化特有の情緒的な営みであり、古来この国の夏を彩ってきた美しい伝統である。榎本光希が手掛ける「アタッチメント(ATTACHMENT)」が2027年春夏コレクションを発表したその日、東京の最高気温は30度を超えた。駅から会場の寺田倉庫へと続く一本道には逃げ場のない西陽が差し、汗を拭いながら「あと1時間ショーが遅ければ」と思わず呟いてしまう。しかし、あのうだるような暑さの中にあってこそ、コレクションのメッセージがより鮮明に映ったのだろう。白いカーテンがはためくランウェイで披露されたのは、空気を孕むドレープや、磨りガラスを思わせるシアーなテクスチャー、そしてノンシャランでヌーディーなスタイリングの数々。見る者の胸を心地良い風が吹き抜けるような、アタッチメント流の「納涼」だった。
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その涼やかさの根幹をなすのは、やはり素材である。極薄のナイロンリップストップは“テック羽衣”とでもいうべき軽やかさで、柔らかなテンセルのシャツはモデルの歩みに合わせて風を模る。カットソーは、コットンの芯糸をナイロンで包んだ特殊な糸で編んだ生地を用い、保形力がありながらもシアーな質感を実現した。白眉は、キュプラコットンのボイル生地を用いたトラッカージャケット。ワークウェアの代表的な型に肌が透けるほど薄い生地を合わせることで、本来その服が持つタフで男くさいイメージを中性的でセンシュアルなものへと反転させた。榎本の就任以降、柔らかな風合いの生地への傾倒は顕著であったが、今季はその一つの到達点と言えるだろう。涼しげなテクスチャーや軽快な生地の動きは、目にも心地よく爽快な印象を与えた。




一方、軽快な素材と対をなす硬質なテクスチャーをアクセントとして随所に配置。「アタッチメントは意味のないデザインはしない」と語る榎本は、実用性や合理性の象徴としてのリベットにフォーカスした。本来カンヌキを施す位置にツヤのあるオリジナルリベットを留めることで機能性と装飾性を両立。ハードウェアの無機質な質感が、ウェアの開放的なムードと好対照をなしていた。同様のアプローチとしてレザーアイテムも多数登場。春夏に着られるよう薄くすいた表革のジャケットやパンツが、コレクション全体の柔らかな雰囲気に適度な緊張感を与えた。グイディ(GUIDI)社のカーフやチャールズ・F・ステッド(Charles F Stead)社のスエードを使ったオックスフォードシューズは、久々に採用したというグッドイヤーウェルト製法。丸くボリューミーなトゥのデザインと、同製法特有の重厚な表情がコレクション全体を下支えしていた。このシューズは、創業者 熊谷和幸がデザイナーを務めた時代の木型を用いたもので、長年のファンなら新鮮さと共に懐かしさも感じられるはずだ。







カラーリングは、ホワイトやライトイエローなどが効果的に用いられ、これまでよりも明るく爽やかな印象に。さらに印象的だったのは、素材の軽やかさを増幅するようなスタイリングだ。レザージャケットは袖をまくりあげ、シャツはボタンを大胆に開け放ち、トップスの裾はバックをタックアウト。ネクタイはあえてシャツの襟羽根を通さずラフに結ばれ、ジャケットはポケットに手を差し込むことで無造作なシワを生んだ。「暑ければこう着たくなるだろうというような、生活の中に見られる服の自然なありようを意識した」と榎本。「人が服を着て動く中で生まれる、予期しない形を肯定的に捉えたかった」という。服は着用者の動きや癖に応じて、その都度表情を変える有機的な存在として提示され、絶えず細かなドレープを湛える薄く柔らかな生地は、人が着ることを前提とした余白として機能していた。







デザインの余白を重んじる考え方は、2シーズン目のハイエンドライン「スティル アタッチメント(STILL ATTACHMENT)」においてより明確だ。シルクのシャツ生地やスーツに用いたウールシルク地など、産地との密なコミュニケーションによって生まれたオリジナル生地を使用。素材開発に強みを持つブランドの極致と言えるラインだが、「手間をかけたものほど、何でもないように見せたい」という言葉通り、デザインはごくシンプルに削ぎ落としている。いずれの生地もクリスピーなタッチや滑らかなテクスチャーが気持ちよく、袖を通さなければ分からない魅力がある。ブルゾンとパンツのセットアップに用いたシルク100%生地は、光沢の強い糸とマットな糸を低速のヴィンテージ織機でふっくらと交織。体が動くたびに溶け出すような控えめで繊細な輝きが美しく、これもまた人が着て初めて完成する「余白のあるデザイン」と言えるだろう。高価な素材をステータスとして誇示するのではなく、着る人だけに分かる心地よさとしてひそませる服作り。これは、現体制のアタッチメント全体に通底するデザイン思想へと繋がっている。




ブランドを築いた熊谷は、シャープなシルエットやソリッドな素材使い、都会的なストイシズムを感じさせるミニマルなデザインによって、「服は人の付属品である」というコンセプトを確立した。着用者の体を美しく支え、都市生活を快適にする合理的なプロダクト。その姿勢は今もブランドの根幹にあるが、榎本はその理性的な服作りに自然素材の温もりやソフトな肌触りを重ね、人と服の関係に新たな解釈を与えているように映る。機能による目的の充足を超え、心を満たす「着る悦び」へ。人に従するギアのような意味合いを帯びる“付属品”という言葉は、人の感情にまで寄り添う情緒的な存在へと拡張しつつあるのだ。
世界的に猛威を振るう夏の暑さを憂い、布をなびかせる風に着想を得て「Lightly」とテーマを掲げた今季。「物作りをしているようで、その実、目に見えないものをデザインしている気分だった」という榎本は、ショー後の取材で「人との有機的なコミュニケーション、それが服の原点だと思う」と話した。五感で風を感じさせる涼やかな素材やシルエット、生身の体との間に生まれる余白を肯定するスタイリング。風鈴が夏を愛そうとする美意識の結晶であるように、榎本のアタッチメントもまた、機能的なだけでなく感性に訴える服を目指しているのだろう。身体を冷やす「涼しさ」ではなく、デザインで心を満たす「涼やかさ」を。そんな粋な酷暑対策にブランドの新境地を見た気がした。
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