今や人気ヘアスタイリストの動向はおしゃれ好きだけでなく、ファッション・ビューティ業界内でも注目の的。時代の最先端を走るヘアスタイリストの現在地に迫る新連載「now&then」をスタートする。記念すべき第1回目にフォーカスするのは、表参道にある一軒家サロンsikiオーナー伊藤竜さん。美容師に加え、写真に映像、ファッションとマルチに活躍する彼はまさに新しい美容師像のニューモデルでもある。美容師の枠にとらわれない、その生き方とは? インスタントカメラを手に、伊藤さんが撮影したポートフォリオと共に探っていく。
#1 伊藤竜(siki)いとうりゅう
1991年6月19日生まれ。東京都立川市出身。日本美容専門学校卒業後、都内2店舗を経て2017年にsikiを立ち上げ。現在1000名規模のオンラインサロン『七つ葉』を運営中。インスタグラム
―美容師を志したきっかけとsikiを立ち上げるまでの経緯を教えてください。
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髪を切る仕事っていいなと思ったのは、地元の床屋のおじさんがきっかけですね。当時50歳くらいの方で、すらっとしたスタイルで古着っぽい感じがかっこいいなあと中学時代に漠然と憧れたのがスタートです。そこから美容に興味を持ち始めて、服も好きになり、高校1年のはじめに憧れだった原宿のサロンに通うようになり、美容学校を経てそのサロンに就職しました。職人としての技術やクリエイティビティもちろんですが、特にセンスの部分で大きく影響を受けましたね。超一流の先輩方が着ている服や教えてもらったカルチャーなどには本当に影響を受けっぱなしで。若い時、先輩方の元で働けたことは本当に素晴らしい経験だったなと思います。
その後、当時業界として前衛的な取り組みをしていた別のサロンへ転職。ありがたいことに24歳で店長を任せてもらい、朝から晩までみっちり働きました。技術的にも精神的にもたくさんのノウハウを得られたそこでの経験があるからこそ、僕の今があると思っています。そこから独立の準備をして26歳で磯田基徳と共同代表という形でsikiを立ち上げました。
―sikiは若くして立ち上げられたんですね。「独立」というビジョンは伊藤さんの中には早くからあったのでしょうか?
独立したい、自分の店を持ちたいという気持ちは美容学生時代からずっとありました。家具も好きだったし、空間をデザインすることにも興味があったので、好きなことをするためにも自分の店がほしいという思いもありましたね。ただただそれだけで、なるべく早くに動きたかった。ちょうどその頃、別のサロンにいた磯田と出会ったんです。おかげさまで今、sikiで好きなことができています。今の主な活動としては、美容師を軸に、写真撮影や動画編集、服のブランドをつくったり、昨年からオンラインサロンの運営もしています。
―オンラインサロンではどのような活動をされているのでしょうか?
カットやカラー、パーマの施術など美容師さん向けの内容がメインなのですが、おかげさまで1000人を超える美容師さんに参加してもらっています。チャットで全国の美容師さんと情報交換をしたり、動画撮影のつくり方を配信したりと活動はいろいろ。僕を含めたサロンメンバー全員で成長していこうというコンセプトでやらせてもらっているので、僕自身も日々刺激を受けています。もう「やりたい!」と思ったらもう止まらなくなっちゃう性格なんですよね(笑)。昔からなのかな、学生時代は美容や服に加えてDJもちょっとやったりしていていました。でも、美容師ってやっちゃいけないことはあんまりない職業だと思っているので、だからこそいろんなことにチャレンジできているのかもしれません。
■伊藤さんが作った動画:こちら
―例えば「写真を撮ること」と「髪を切ること」は、職業として求められることは違ってくる部分もあると思うのですが、多用なお仕事をされる中で頭の切り換えはどうされているのでしょうか?
一つひとつパッと切り替えることは意識してやっていないかもしれません。サロンワーク中も「この人だったらこう写真を撮りたいな」と自然に思ったり、ウェディングの動画編集をしているときも「この髪型はもっとこうしたら素敵だよなあ」とヘアの構造を無意識に考えていたり。それぞれの仕事で使う筋肉は違うけれど、体はひとつなのでむしろすべてが連動している感覚のほうが強いかもしれません。僕、丸一日オフの日ってほとんどないんですよ。すべての仕事が地続きになっている感覚のせいなのか、いつも何かしら動いていないと落ち着かない。自宅に作業台があるんですけど、サロンワークから帰ったら自分のブランドのステッカーを作ったり、オンラインサロンのメンバーに向けて文章を書いたり、まあせかせか動いています(笑)。何かを作っているときのほうがリラックスできるんでしょうね。よく思うんです、何歳になっても自分のときめくことに正直でいたいなって。忙しいっちゃ忙しいのですが、嫌な瞬間は今まで一個もなかったし。そんな僕を観て美容師になりたいって言ってくれる子がいたらもう本望ですよね」
「自宅の作業スペース。机は自分で作ったオリジナル。帰宅したらだいたいずっとここにいます」(伊藤)。伊藤さんが「インスタントカメラ」で撮影した画像
「猫のベルちゃんとお気に入りのソファ。中古屋さんで見つけたのがですが、わりときれいな状態で残っていました。ベルちゃんといるときはとてもリラックスできます」(伊藤)。伊藤さんが「インスタントカメラ」で撮影した画像
―とはいえ、ジャンルの違うお仕事のそれぞれを軌道に乗せていくことは一筋縄ではいかないことと思います。一つひとつを実らせるための秘訣は何かあるのでしょうか?
わりとうまくいくまでやり続けるタイプなので、途中で投げ出すことは少ないかもしれないですね。カメラもなんだかんだ5年以上やっていますし、海外のYouTubeをひたすら見続け、独学ですがIllustratorもPhotoshopなど編集ソフトも使えるようになりました。実るまで諦めない。シンプルですが、大切なことです。あっ、でももしかしたら10年やっていた空手の影響もあるのかも。すごく厳しい先生に忍耐力を鍛えられたので……。僕自身は体育会系ってわけではなく、むしろゆるいほうではあるんですけどね(笑)。あとは、常にセンスを磨くことも大切かもしれません。例えば、おしゃれじゃない人に100万円渡してもファッショナブルな服は買ってこられないですよね。それと一緒で高価なカメラを持っていたからといって、センスがなければいい写真は撮れない。写真で言えば切り取る角度や撮りたいイメージがあって初めて成り立つものだと思います。僕のような職業は特に根本のセンスの部分に左右される部分が大きいのではないかなと。
■пороша(ポロシャ):ホームページ
―伊藤さんの軸となるセンスや感性は、どういったものからの影響で作られているのでしょうか?
最初に入ったサロンの先輩や尊敬する美容師の先輩の影響ももちろんありますが、身近なところでいうと雑誌や映画、ファッションには影響を受けているかも。「BRUTUS(ブルータス)」や「POPEYE(ポパイ)」なんかのカルチャー雑誌も好きだし、昔の「STUDIO VOICE(スタジオ・ボイス)」を古本屋で漁って読んだり。最新のものだけではなく古いカルチャーからもインスピレーションを得ています。最高にかっこいいと思っている映画は、「Lords of Dogtown(ロード・オブ・ドッグタウン)」。でも「Interstellar(インターステラー)」のようなSF宇宙映画も観ますし、ちょっと眠たくなるような邦画も好き。オダギリジョーさん主演の「アカルイミライ」というクラゲを題材にした映画があるんですけど、おもしろいですよ。服は東京っぽいファッションが好きです。気づけば自然と東京のブランドばかりを身につけています。なんか好きなんですよね、いろんなカルチャーがごちゃっと混ざっている東京の独特な雰囲気が。今一番アツいと思うファッションブランドは、「DAIRIKU(ダイリク)」です。僕よりも若いデザイナーさんがつくっていてかっこいいんです。
■DAIRIKU:公式インスタグラム
■DAIWA:公式サイト
―お話を聞いていると、「好きなことを突き詰めること」も伊藤さんを語る上での大事なキーワードのひとつのような気がします。これからの美容師にとって好きをとことん追求する姿勢はより重要になっていくでしょうか?
そうですね。なんでもいいと思うんです、好きなことだったら。好きを集めていけば、それはいずれ自分の唯一無二のアピールポイントになっていくはずです。例えば僕の場合、純粋に映画が大好きで、自分でもいい映像を撮ってみたいなというところから映像の仕事はスタートしているので。この服が好きで、このブランドが好きで、この音楽が好きで、こんな好きなことがあって――だからこんな髪型が好き。今の時代、狭く、深く、特化していったほうが人は集まると思うんですよね。Tik TokやYouTubeなどいろいろなSNSを目にする機会に溢れている今は見るほうも確実に目が肥えてきています。僕が美容師になりたての頃はいかに生涯顧客を作るかが重要な時代だったのですが、今は良くも悪くもお客様が定着しづらい流動的な時代になってきた。だからこそ、一点突破が叶う“武器”を持っている人のほうが美容師としても強くいられる気がします。
―となると、若いうちから好きなことや熱中する何かを見つけて磨いていったほうがよいのでしょうか?
相反してしまうかもしれないのですが、そうは思っていないです。若い頃はしっかり練習をして、ちゃんと美容師を全うしてほしいなと。カメラやりながら美容をやりたいとか、音楽と二足のわらじを履きたいなどと新卒採用に応募してくる学生さんも多かったりするのですが、やっぱり美容師は髪を切ってこそのものです。あくまで美容師。このスタンスは崩したくないので、はじめからどっちもやるっていうのはちょっと違うかな。僕も最初から全部並行してやっていたわけではないので、最初は技術を極めたほうがいいと思います。とはいえ、髪の毛だけの美容師にはなってほしくもないのも正直なところです。塩梅がとてもむずかしいのですが、技術技術ばかりになりすぎてもつまらなくなっちゃうよなと考えていて。最近、Instagramで技術メインのポストをよく見かけるようになりましたが、僕は髪以外の部分でヘアを作っていきたいって思うタイプなので、なんだかなあという気持ちです。集客になるので技術の投稿をしたい気持ちはわかるんですけどね。
―なるほど。では採用試験ではどこを見られるのですか?
Instagramはもちろん見ます。僕としてはセンスを見たい。作品撮りの写真でもいいし、好きなご飯でもいい。誰かがいいなと思うように写真を撮り、いいなと思う文章をアップするという行為そのものがセンスじゃないですか。どんな角度で見せるかはその人の感性次第です。そこにどれだけこだわりを持っているか、Instagramを見ればわかるのも現代のおもしろいところですよね。
―伊藤さんはたくさんの“武器”をお持ちのように思います。例えばヘアカラーでいえば、ハイトーンナチュラルというジャンルはsikiの代名詞として地位を確立されていますよね。
siki立ち上げの前後、スタイルをどうしていこうかと悩んでいたときハイトーンをナチュラルなゾーンへ落とし込めたら面白いんじゃないかと思ったんです。当時ハイトーンといえばギャルっぽい極端に強いスタイルしか存在していなかったという背景もあり、ハイトーンナチュラルなら外国人への強い憧れがある日本人女性の気持ちにもうまく寄り添えるんじゃないかと。僕自身がそういうスタイルが好きという感覚はもちろんあったのですが、武器を作る――つまりブランディングという面でもとても意義があったと思っています。パーマが好きとか、カラーが好きとかそういうスタートでも、ざっくりした好きなジャンルでもいいです。必ず心地よく感じるカテゴリはあると思うので、自分らしさを探していくのも武器を手にする一歩になる気がします。
―最後に読んでいる美容学生さんや若手美容師さん、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
いい映画を観たり、いいものを食べたり、いい本を読んだり、いい服を着たり――もちろん練習はしっかりしてほしいのですが、若いときはそういうところに貪欲でいてほしいし、興味を持ってほしいと思っています。若い時だからこそ、たくさん遊んで吸収する。それは今しかできないことです。
(写真:伊藤 竜、企画・編集:福崎明子)
■宮本香菜
編集者、ライター。出版社2社を経て独立。書籍の企画・編集、ブックライティング、記事等のインタビューなど活動中。ペンギンが好き。今回の「now&then」の聞き手、文を担当する。
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