信田阿芸子
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Fashionインタビュー・対談

【インタビュー】"やり残したことは川久保玲との仕事" アナへのプレゼン、東コレ改革、伊藤忠から送られた商社ウーマンの11年

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東コレをキラーコンテンツにするためには?

ー東京ファッションウィークの時期についてはどのように考えていますか?ソウルファッションウィークと被っていたり、一部のブランドは受注後にショーを行うというスケジュールになるなど「遅い」という声が聞かれます。

 韓国については、政府も交えたスケジュール調整の話は今後していく予定ではあります。ただ「遅い」という声に関しては、例えば10月から7月に開催時期を移すとなると、スポンサーを説得しなければいけません。ただ1シーズン20ブランドが集まれば、スポンサーを説得できるとは思っています。でも過去にブランドに調査をしたら、時期の前倒しに賛同する人が少なかった。今は展示会を早めるブランドが増えていますし、今後はもしかしたら動かせるかもしれませんが。

ー例えば、1シーズン見送って準備すれば調整できるのでは?

 運営はできたとしても、実質ニューヨークよりも早い時期に開催することになるので、海外のバイヤーやジャーナリストが見に来るかはわかりません。日本のショーを見たいと熱烈なオファーもあったりするんですが、現状は招待できるだけの予算も少ない。1シーズン5〜6人しか招待できていないんですよね。

ー渋谷ヒカリエをメイン会場としていますが、それを他の予算に回すなどは?デザイナーからしたら会場費の負担は減りますが、ヒカリエ以外のユニークな場所でやりたいというブランドも多いようです。

 渋谷ヒカリエにもサポートして頂いていますが、スポンサーが同意したら変えることもありえますね。ヒカリエをメイン会場にして6年経ちましたし、そろそろ変化があっていいかもとは思います。今後はそういった変革を期待しています。

ー質の高い20ブランドだけに絞って実施したら良いのでは?

 ミニマムだと20ブランドが参加すればファッションウィークとしては成り立つので、それもアリだと思います。ただある程度、公的なポジションにあるファッションウィークという立場もあって、間口を狭めるのは難しいところではあります。それも時代とともに変わっていくかもしれませんね。

 

やり残したことは「川久保玲さんと一緒に仕事をすること」

ーJFWOでの仕事について、感想としては楽しかったですか?

 苦労はありましたが、ずっと楽しかったですよ。営業の時は儲かるのが正しいことですから選り好みはできないんですが、自分が一番美しいと思うファッションは触れられていたので。

ー辞めたいと思ったことは?

 それはあまりなかったですね(笑)。ファッションはどんどん既成概念を壊していいもの。なので、どんどん若い人たちが違う感覚でやったほうがいい。JFWOは若い人たちに任せて、私は伊藤忠の方で少しでも変えることに注力できればと考えています。

ー伊藤忠に戻った後もファッションに関わることはありそうですか?

 欧州アフリカの外交担当として、扱う商材にはファッションも含まれてくると思います。今後は全省庁とのお付き合いになりますし、大使館関係者との関係も広がりそうなので、その中でデザイナーのインキュベーションについて話していくこともできればとは考えていますね。

ーファッションウィークに関しては、どういった人が運営すべきだと思いますか?

 まずはパッションがあること。あとはやはり、日本のファッションを海外に売る時に圧倒的に足りてないのはビジネスのナレッジですから、その育成は考えた方がいいと思います。海外の人と組むとか、そういうことも含めて考えていく必要があるなと。

ー日本のファッション産業で注目しているところはありますか? 

 最後の3年間は、生地産地のサポートもやってたんですよね。ここは伸びしろがあると思っていて、もちろん個々のデザイナーをサポートするのも引き続き大事なんですが、産地の方がインパクトがあると思っています。

ー産地を巡って繋げる仕事をしているセコリ荘のような役割でしょうか。

 そうですね。ただ、もっとダイナミックにやってもいいんじゃないかと思います。産地のブランディングが進んでいないので、そこをガラッと変えたいですね。例えば「エルメネジルド ゼニア(Ermenegildo Zegna)」も元はファクトリーから生まれたブランドですが、こういった事例が日本から出てくるようになるといいなと思います。

ー生地背景を持っている「オーラリー(AURALEE)」はそれに近いでしょうか。

 岩井君(オーラリーのデザイナー岩井良太)のような人は、もっと出てくるようになるといいなと思いますね。以前は産地を打ち出したブランドはダサいというイメージがありましたが、今はその強みを売りにした方が海外からも引きが良いことが分かってきたので、今後も活躍してくれると思っています。

ー信田さんがやり残したことで、退任後にやってみたいことは?

 そうですね......川久保玲さんと一緒に仕事をすることでしょうか。JFWO側が無知の状態の時に無理なお願いで押しかけてしまった経緯があったり、関係を築けていなくて。バーサストーキョーの時に、コム デ ギャルソン社のブランドとして丸龍君(「フミト ガンリュウ(FUMITO GANRYU)」デザイナー丸龍文人)に公式参加してもらったりと、少しづつ距離は縮まっていたとは思います。なので、いつかちゃんと何かを一緒にできればと思っています。ラブコールみたいですが、それで少しでもファッション業界のために何か残せたらと今でも考えています。

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■ファッションウィークの最新情報:特設サイト

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