Fashion インタビュー・対談

【インタビュー】デビュー3年「mame」黒河内真衣子のルーツとデザイン

mameのアイコンバッグ
mameのアイコンバッグ

 アンダー30のジャパンデザイナーの中で注目を浴びている1人が、「mame(マメ)」を手掛ける黒河内真衣子。三宅デザイン事務所出身の28歳で、デビューから3年目にして女性らしさと強さを秘めたデザインがバイヤーやエディターから支持を得ている。この夏にはブランドを象徴するポリ塩化ビニール製バッグをはじめ、新作を揃えた限定ストアを百貨店内に単独オープン。国内の展示会をベースに発表しながら着実に実力をつけている黒河内真衣子のルーツや感性に迫り、「mame」ならではのデザインの背景を探った。

 

■黒河内真衣子がデザイナーになった理由

―デザイナーを志したきっかけは?

 昔から絵を描くのが好きな子供でした。保育園でよくお姫様のためのドレスを描いていたそうで、それがきっかけかもしれません。漠然とですが「大きくなったらお洋服を作る仕事がしたいな」と夢を見ながらデザイン画を描き溜めていきました。中学生のころ、前立てを斜めにデザインしたカーディガンを描いた時には「私天才かもしれない!!」なんて思ったら、それと同じデザインが初めて行ったラフォーレ原宿で売られているのを見つけて、ショックで大泣きしたということもありましたね。

 1998年頃でしたが、地元長野の地方新聞の社会面に、「ISSEY MIYAKE」の写真が載っているのを目にしました。一本の糸から一体成型で服を創り出す「A-POC (エイポック)」の前身になったもので、30人ほどのモデルが1枚の真っ赤な布につながるようにしてフィナーレを迎えるというショーを撮影したもので、見た瞬間に衝撃を受けたのを覚えています。斬新なデザインや色の美しさ。前立てのデザインくらいで落ち込んでいたことが小さく思えて、「こういう作品を世界で発表してる人がいる。自分も頑張ろう」と、その頃から現実的にデザイナーを志すようになりました。

―その新聞記事がきっかけで就職を?

 就職活動の時に、三宅デザイン事務所のプロジェクト「A-POC」で募集があるのを見つけたんです。憧れもありましたが、作り込んでプラスする作業が多かった自分自身の服作りとは対照的な概念に対して興味があって、すぐに応募しました。あの新聞記事を見てから8年後に、その仕事に関わることができたことは光栄で、貴重な経験を沢山させてもらいました。

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デザイナー黒河内真衣子

―三宅デザイン事務所在籍中の仕事内容は?

 「A-POC」をはじめ「ISSEY MIYAKE」のパリコレクションの企画、六本木のデザイン美術館「21_21 DESIGN SIGHT」まで、服だけではなく様々なプロジェクトに携わらせて頂きました。三宅さんがディレクションされた展覧会(「東北の底力展、心と光。『衣』、三宅一生」展)の準備の時には、越前に泊まり込みで和紙をすいたり、産地で経験することも多くありましたね。三宅さんの服作りの哲学を一から学べた事は、とても光栄でした。

―3年半働いた後、独立を決めた理由について教えてください。

 三宅デザイン事務所で技術や素材について学びながらの仕事はとても楽しくて本当に悩みましたが、「25歳なりの価値観で自分がこれから着ていきたいと思う服が作りたい」という強い思いがあって、独立を決意しました。

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