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第1回「コム デ ギャルソン」はなぜ「黒」に戻るのか?(前編)

2026年秋冬パリ・ファッションウィーク断想

渡辺三津子

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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 3月10日に幕を下ろした2026年秋冬パリ・ファッションウィーク。多くのメゾンのクリエイティブ ディレクター交代劇が話題となった前回に続いて、彼らの2回目のコレクションが注目を集めたが、それだけでなく、ファッションの転換期は静かにそして確実に訪れている、と感じさせるシーズンだった。私は2年ぶりにパリを訪れ、半ば「ゲスト」的気分(ショーに向き合うのは真剣だが、組織の責任とは別なので、より軽やかな視点を得られるということ)でコレクションを見て、感じたその「変化の兆し」を短期連載で記したいと考えた。そこで本企画の編集担当者と相談するなかで、「何か共通する切り口を」と設けられたのが、「AI時代のファッションのゆくえ」というお題だった。今まさに世界を急変させつつあるAIは、「時代の気分」と不可分なファッションとも無関係であることはない。これから数回にわたって、私が抱いた「印象」や「感覚」を、具体的なコレクションに沿って語ってみたいと思う。

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はじめに
とはいえ、最初におことわりしておきたいのだが、私はまだまだAI関係に疎く、その詳細を把握しているとは言い難い。しかしながら、そんな私のような人間でも感じる「変化」ならば、なおさら根本的なものかもしれないという逆説によって、これからの文章は記されてゆくことを前提にしてもらえればうれしい。勘違いや、補足すべきことあれば、皆さんの今後の思考や議論のテーマとして深めていただきたいと考えているので、そのあたりまずは「ご容赦を」とお伝えしておきたい。

時代とともに変化するコム デ ギャルソンと「黒」の関係

 さて、ここから本題に入るが、連載の最初に取り上げたいのは「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」である。

「コム デ ギャルソン」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 久しぶりに、ほとんど「黒」のショーが登場した。オブジェのような造形はいつもより優しい印象の丸みを帯び、柔らかな黒のジョーゼットがそれを覆っている。「ヒヅメ(HIZUME)」とのコラボレーションによる黒のカチューシャが美しく羽を伸ばし、足元も厚底ブーツの黒で締め、全身「黒の純粋なシルエット」が描かれた。それは、完全に抽象的でありながら、どこか「古典的」な香りが漂うロマンティシズムも感じさせるものだった。

「コム デ ギャルソン」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 ショー後のバックステージでお会いした川久保玲さん自身が語られた、今回のコレクションについてのコメントは以下の言葉だった。

やはり、最後に残ったのは黒ということです。それがいちばん強い

 黒いサングラスをかけていた川久保さんの表情はうまく読み取れなかったが、その話ぶりも含めて、どことなく穏やかで、落ち着いた印象を私は感じた。「コム デ ギャルソンの色」と誰もが認める黒をあらためてテーマにした挑戦には、静かな覚悟のような重みが込められているように思われたのだ。コム デ ギャルソンが、1981年にパリでの初コレクションを発表してから、今年で45年になる。

 まずはここで、45年の時間の流れを遡って、コム デ ギャルソンと黒の歴史を少し振り返ってみることにしよう。

 80年代の初頭、コム デ ギャルソンは同時期にパリに進出したヨウジヤマモト(当時のブランド名はY’s)とともに、海外メディアから「黒の衝撃」と呼ばれて、ファッション界を揺るがすセンセーショナルな存在感を強く刻んだ。当時その「衝撃」は、西洋的美意識に反抗する姿勢と捉えられ、賛否両論を巻き起こしたわけだが、結果としてその後のモード界では、黒は最もクールな色となり、トレンドをリードしていくことになる。

 しかしそんななか、コム デ ギャルソンは、1988年秋冬シーズンに「Red is Black」と銘打ったコレクションを発表する。文字通り、それまでと打って変わって赤を基調にしたクリエイションで、「コム デ ギャルソン=黒」という既成イメージを覆したのだ(「Red is Black」のコレクション写真が本年度のDMにも掲載されている)。それは、もはや誰でもが気軽に選ぶトレンドと化した黒に決別する意志表示であったのだろう。「わかりやすいものはコム デ ギャルソンではない」という川久保さんの精神が、このとき黒をあえて“相対的な価値”として扱ってみせたのだ。

2026年春夏コレクションのDM「Six」より

Image by: COMME des GARÇONS/ Minsei Tominaga

 かつてのあるインタビューでは、「なぜ黒が好きなのか」と問われた際に、「色は手段であり、テーマではない」と川久保さんは語っていた。それは、川久保さんがしばしば言及する「方法論(切り口)」と「テーマ」の関係を反映しており、色が方法論であるならば特定の絶対的価値をもつものではなく、「赤は黒と同じ(Red is Black)」という論につながる。ただし、最も重要なポイントは、選択した色がそのとき「自分(川久保さん)にとって強いかどうか」という問いである。「好きか嫌いか」は別の次元の話なのだ。

 その後、90年代にはコム デ ギャルソンのコレクションにも比較的、黒以外のさまざまな色や柄が現れることが多くなる。「常に新しいクリエイションを目指す」ことが、会社でありブランドであるコム デ ギャルソンの不変の価値観であり、色はそのなかでのひとつの選択肢として機能することになる。だが、かといって黒が消えたわけではなく、やはりブランドの根幹をなす色であることに変わりはなかったといえよう(コム デ ギャルソン社にはショーで発表されるライン以外、さまざまなブランドが存在することも大きいだろう)。

「コム デ ギャルソン」2009年春夏コレクション

Image by: COMME des GARÇONS

 コム デ ギャルソンの長い歴史の中で、「黒」をキーワードに盛り込んだコレクションが、次に登場するのは2000年代に入ってからだった。2009年春夏の「Tomorrow’s Black」、つまり「明日の黒」だ。さまざまな素材の黒(ハードな人工レザーから透ける素材、光沢やマットな質感など)を使い、幾何学的パターンの組み合わせや構築的シルエットの実験、密集した装飾性など、現在でも散見される「黒の可能性」が探求されている。

 その後、コロナ禍の東京で発表された2022年秋冬コレクションでは、「Black Rose」がテーマとなり、「私にとっての黒い薔薇のダークな美しさは、勇気、抵抗、そして自由を意味します」という川久保さんのステイトメントが伝えられた。パンデミックによって2020年秋冬から4シーズン、パリでのショー開催が中断された時期、コム デ ギャルソンも困難な状況の中、「原点」に戻るような試行錯誤が行われた、という印象を私は抱いていた。黒の薔薇に託された「勇気、抵抗、自由」は、川久保さんが最も大切にする価値観である。そのときの世界の動きに目を向けると、2022年秋冬のショーの数日前、2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まっていた。

「コム デ ギャルソン」2022年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP

「結局、最後に残るのは黒。究極的に、黒」

 実は、川久保さんは、前述とは別の時期のインタビューでは「黒は最も好きな色」という発言もしている。つまり、ときには「好きなもの」から距離をおくことも方法論となり、また反対に戻ることもある。その振り幅のなかにクリエイションの「強さ」が生まれることこそが最も重要なのだ、という姿勢が長年のクリエイションの過程からも見えてくる。

 言葉でコレクションを語ることを好まないコム デ ギャルソンではあるが、主に海外の限られたジャーナリストやメディアにはショーについてのステイトメントが英語の短いショーノート(テキスト)で伝えられることがあり、今回のそれは以下のような内容(日本語訳)だった。

結局、最後に残るのは黒なのです。究極的に、黒。いろいろやってきましたが、最後は黒が私の色だという結論に至りました。とにかく、黒が最も強く、クリエーションに最も向いていて、反骨精神を体現する色なのです。そして、そのいちばん大きな意味は宇宙、そしてブラックホールです。

 私は、ショーの数日後にヴァンドーム広場にあるコム デ ギャルソン パリ本社の展示会に訪れたとき、PR担当者から「Ultimately Black」というキーワードを再び聞き、「Ultimate」という形容詞ではなく、副詞が使われていたことに関心を抱いた。「究極の黒」という名詞表現ではなく、「究極的には、黒」という動的表現に意味があるように感じられたからだ。川久保さんは「究極の黒」を発見したのではなく、長年をかけて黒が内包するさまざまな可能性に行きついた、その流れとそれが意味することを表現したかったのではないだろうか。

 黒は、多義的で、純粋な構造を最もよく表し、川久保さんの精神を貫く「反骨精神」を伝える強さをもつ。多くの人が、今回の「結論」に頷くことだろう。

 そして、もうひとつ見逃せないのがステイトメントの最後に添えられた「ブラックホール」という言葉だ。1月に発表された 「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」のテーマも「ブラックホール」だった。その発表の際は、そこ(ブラックホール)から抜け出すべきものとしてのメッセージが込められており、昨今の混沌とした世界情勢や戦争の悲惨さの隠喩と受け取ることができた。しかし、今回のそれは少し趣が違い、ブラックホールが、どこか可能性を秘めたものとしての印象に変わっている。

「コム デ ギャルソン オム プリュス」2026年秋冬コレクション

Image by: Koji Hirano(FASHIONSNAP)

 近年では、天体の崩壊からブラックホールが生まれたとしても、崩壊しつつある物質の塊が高密度状態になった後、外側に跳ね返り新たな膨張状態に入る、という新説も生まれているという。川久保さんは、その宇宙エネルギーの継続的サイクルとしてのブラックホールをあらためて想起し、それをクリエイションとして黒に重ねたのではないか、とも想像が膨らんでゆくのだ。──後編に続く。

最終更新日:

エディター/ファッションジャーナリスト/コンサルタント

渡辺三津子

Mitsuko Watanabe

資生堂の企業文化誌『花椿』で編集のキャリアをスタート。その後『フィガロ ジャポン』『エル ジャポン』を経て、2000年に『VOGUE  JAPAN』の編集部へ。2008年に同誌編集長に就任し、ウェブサイト、『VOGUE GIRL』などすべてのコンテンツを監修。2022年に独立し、エディター、ファッションジャーナリスト、コンサルタントとして幅広く活動している。2024年から『10 マガジン ジャパン』のファッションフィーチャーズディレクターを務める。

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