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第2回 老舗ブランドの未来を占う「パラドックス」(後編)

2026年秋冬パリ・ファッションウィーク断想

渡辺三津子

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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 今年2年ぶりにパリを訪れ、2026年秋冬パリ・ファッションウィークを取材した渡辺三津子氏が感じた「変化の兆し」を、AI時代という背景を踏まえて綴る短期連載。第2回は老舗メゾンの新デザイナーが披露した2回目(以降)のコレクションについて。

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 前編では、「ディオール(Dior)」と「シャネル(CHANEL)」を対比的に詳述することで、新クリエイティブディレクターたちの創造性の力について、AIと関連させながら考察を試みた。後編では、2026年秋冬シーズンのパリ・ファッションウィークにおいて、着任したブランドの2回目以降のショーを披露したその他のディレクターたちにも目を向けながら、“老舗ブランド”の今と未来について考えを巡らせてみたい。

「いびつさ」に魅了される心

 「ジバンシィ(GIVENCHY」のサラ・バートン(Sarah Burtonは、今季で3回目のショーを発表した。

「ジバンシィ」2026年秋冬コレクション

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 かつてアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)がジバンシィに抜擢された時期も、彼女はその仕事をそばで支えていたはずだ。ブランド創始者のレガシーだけでなく、マックイーンを通したジバンシィという二重螺旋のように交錯するイマジネーションが刺激されるコレクションだった。

 バートンは「私たちが生きる世界で、いかにして自己をとり戻すか」というメッセージを発した。厳格に仕立てられた精緻なテーラリングと、ドレープが優雅にボディをなぞるドレスの美しさ。バートンは「現代女性のもつ力強さを直感的に描き出した」という。ショーを見た直後の、私の印象を表現すればこうなる――「服本来の美しさを追求した、大胆で端正な佇まい」。ムッシュ・ジバンシィの彫刻的なフォルムとマックイーンの挑発的な視点が、プロフェッショナルな正確さで出現しているようだった。まさに、バートンという人間にしかできない仕事だといえる。

「ジバンシィ」2026年秋冬コレクション Image by:©Launchmetrics Spotlight

 一方ブランドとしての「マックイーン(McQueen)」に目を向けてみると、5回目のショーを披露したショーン・マクギアー(Seán McGirr)のコレクションは、このブランドの新しい方向性がいまだ定まっていないような印象を受ける。今季のショーは未見なので、断定的な発言は避けたいが、現在すでに日本市場から路面店は撤退している。マックイーンというブランドの特異性(飛び抜けた奇才であったデザイナーが若くして突然他界したことなど)を考慮すると、受け継ぐことの困難さは自明であり、デザイナーの仕事以前に組織としてのヴィジョンの見直しも重要といえるだろう。

 考えてみれば、アレキサンダー・マックイーンほどAIから遠い存在のデザイナーはいなかったといえよう。彼の、歴史や世界の闇を覗き込むような強烈なイマジネーションは、既存のデータをいくら集めても生まれるものではない。そして、それを完璧な美学とテクニックで現前させる力は“一代限り”の魔法と呼べるものだろう。

 ゲーテが詩にした「魔法つかいの弟子」では、師匠の留守に弟子が箒に魔法をかけて水汲みをさせるが、制御できなくなり部屋は大洪水になってしまう(ミッキーマウスの同名映画のシーンが思い浮かぶ)。やがて帰ってきた師匠が魔法を解き、最後は「精霊を 呼び出し 使役できるのは 古つわものの魔法つかいにかぎる」という言葉で締めくくられる。(「ゲーテ ショートセレクション 魔法つかいの弟子」理論社より)バートンはマックイーンという「魔法つかい」の「弟子」だったが、洪水を起こす弟子より謙虚だったといえよう。強い「精霊」に近づき過ぎずに、彼女は、“現世”で応用できる師匠譲りの卓抜したテクニックに注力し、自分の求める美しさを探していたように見える。

鏡が張り巡らされたショー会場で行われた展示会。服を360度どこからでも見てほしいという意図と、「自己をとり戻す」というテーマが感じられる。

 ここで、前編でも紹介したAIをめぐる鼎談の内容について再び言及したい。「なぜ、AIの文章はつまらなくなるのか」というテーマのなかで、その理由として、AIが賢くなればなるほどニュートラルな「模範解答に近づいて行くから」と解説されていた。そして、それとは逆に「人間の文章が人の心を打つ」とすれば、それが「いびつだから」だということだ。この観点からすれば、マックイーンは最も美しく激しい「いびつさ」をもった才能だったといえよう。

「人間性の回復」を訴えるデザイナーたち

 2026年秋冬シーズンのなかでも、もの作りの「いびつさ」の魅力に注目したのが、「クロエ(Chloe」のシェミナ・カマリ(Chemena Kamaliだった。

「クロエ」2026年秋冬コレクション

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 2024年秋にクロエのクリエイティブ ディレクターに就任したカマリの、これまでのコレクションを見ると、デザインの「革新」よりも、「クロエらしさ」を尊重する姿勢に重きが置かれているように感じる。今回、彼女は「人間性」や「人間のぬくもり」をテーマにして、手仕事で紡がれる伝統的衣装やフォークロアのクラフトからインスピレーションを得たという。

手の込んだ愛らしい手編みのニットがノスタルジックな感情を喚起する。

 元々プレタポルテの創成期を代表するブランドとして人気を得たクロエは、当時のクチュール的な女性像に対してよりリラックスした装いを提供し、フォークロアとの関係も深かった。今も、ナチュラルな魅力を備えたフェミニニティがブランドの核となっている。

「クロエ」2026年秋冬コレクション©Launchmetrics Spotlight

 機械の完璧さよりも刺繍やニットの手仕事の不規則さが、共感とともに人々の心をつなげる、ということ。いまだに業界でも数少ない女性デザイナーの2人(バートンとカマリ)が、揃って「人間性の回復」を訴えていることにも注目したい。果たして女性たちは、昔よりも自由で、自信に溢れた生き方をしているのだろうか。

 日本の例にはなるが、近年、若年層の女性の自殺率が高くなっているというニュースが、私的に気になっていた。その変化を生んだ要因は限定できないが、SNSなどのデジタル環境が彼女たちの精神に影響を及ぼしている、という説もある。今回取り上げたようなハイファッションブランドをすべての人が購買できるわけではないが、ファッションはメッセージでもあり、服として表現された心情が伝播してゆく影響力をもつものでもある。ファッションの「いびつな」美しさ(平均を目指さない)が、彼女たちの心を支える一助となることを願いたいと思う。

「バレンシアガ」2026年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ピエロパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)が2回目のショーを披露した「バレンシアガ(BALENCIAGAは、ドラマシリーズ『ユーフォリア』のディレクター、サム・レヴィンソンとコラボレートしたインスタレーションをショー会場で展開した。ドラマは、ドラッグ依存の少女を主人公に、Z世代の葛藤や生きづらさを描いた問題作で、バレンシアガというメゾンとの関係性を理解するまでに少しの戸惑いがあったことは確かだ。

 しかし振り返れば、ピッチョーリは「ヴァレンティノ(VALENTINO)」時代にも「アンダーカバー(UNDERCOVER)」とのコラボや現代的カルチャーへの関心も高い柔軟な人であったことを思い出す。

「バレンシアガ」2026年秋冬コレクション Image by:©Launchmetrics Spotlight

 ピッチョーリは「光と闇」の相互作用が、服作りにも新しい構造や再定義をもたらすと語っている。「個としての力、存在そのものの調和のために作られた衣服」をまとった人々によって、社会に「人間性のフレスコ画」が描かれることを思い描くという。

「バレンシアガ」2026年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 クチュールメゾンの伝統と現代社会の過酷な現実とがどうリンクし、ブランドの未来につながるのかはこの先も見届けたいところだ。バレンシアガにおいても、そのキーワードはジバンシィやクロエと同じく、現代における「人間性の希求と再定義」といえるのではないだろうか。

「終わりなき創造的プレイ」を楽しむ

 このテキストの最後に取り上げたいのは、ジョナサン・アンダーソンからジャック・マッコロー(Jack McCollough)とラザロ・ヘルナンデス(Lazaro Hernandez)に引き継がれた「ロエベ(LOEWEだ。

「ロエベ」2026年秋冬コレクション

Image by: LOEWE

 NYの「プロエンザ スクーラー(Proenza Schouler)」のデザイナーデュオだった2人は、先シーズンの初ショーで快活なスポーティさをスペインの老舗に加えて、好評を得た。2シーズン目の秋冬では、同じ路線を継続しながらも、冒険的な素材やフォルムの開発にさらに幅広く取り組んでいる。

「ロエベ」2026年秋冬コレクション Image by:LOEWE

 

 PR担当者の話によると、ロエベにはコンピュータで3D造形を扱う専門部署があり、2人のディレクターは、これまでの規模のブランドではできなかった新たな実験に嬉々として取り組んでいるという。

「インフレーション(膨らみ)」が重要なテーマとなり、空気が注入された服が新しいシルエットを創出する。

 彼らはそのような創作行為を「喜びの表現」であり、「過程を重んじた探究」だと語り、そんな「遊び」に溢れた実験・創作の途上で、あるゲーム理論の原則が浮かんだという。――「有限のゲームは勝利を目的とし、無限のゲームはプレイの継続を目的とする」。そして、「ファッションとは、終わりなき創造的なプレイ――遊びの場ではないでしょうか?」と、秋冬のショーノートを締め括った。私的な感想になるが、「いいこと言いますね」と思わずうなずきたくなる気分になった。

ショー会場では、アーティスト、コジマ・フォン・ボニンの動物のぬいぐるみ作品が観客席の一員に。

 秋冬のロエベのショーには、1回目にも増して実際かなりの「遊び」が溢れていた。コレクションルックでも多数コラボしていたアーティストのコジマ・フォン・ボニンが制作した動物のオブジェが、会場のあちこちに観客と共に「座り」、誰よりもディレクターの二人自身がコレクション制作を楽しんでいるムードが伝わってくるようだった。

 「結果」よりも「過程」を楽しむことは、たぶん、計算外の“人生の果実”を恣意的に運んでくるものだ。その「過程」の豊かさを考えるにあたって、前編で名前があがった村上春樹がAIについて言及した発言を紹介したい。作家は、長編小説執筆の、「夜中に車を運転するような」難しさについてこう語った。

「でも、とにかく見えている現在地を、力を尽くして注意深く、的確にこなしていくしかない。何より大事なのは、自分の本能を信じること。そして物語の生来(せいらい)の力を信じることです。えばるわけじゃないですけど、長編小説を書くのって、けっこう大変な作業なんです。でも、だからこそ楽しいんですけどね。こういうの、AIにできるかなあ。」(「村上RADIO~村上の世間話6~」/TOKYO FM+より)

 最後のセンテンスの「こういうの」とは、先が見えなくても「自分の本能」や「物語の力」を信じ、「けっこう大変な」過程を楽しめる感覚、ということだろう。AIには過程の「苦しさ」は存在しない。そして、それに伴う「楽しさ」も感じないし、「本能」もない。その違いは結果として、創作物の何か(込められた魂みたいなもの)を決定的に変えるのだと思う。

 私は、数ヶ月前にChatGPTの開発・運営会社OpenAIが開いた「生成AI利用の基本講座」みたいなものに参加する機会があった。講師に「ファッションデザインにおけるAI活用の可能性」を質問してみたら、「AIは決して疲れない。そこを上手に活用することがおすすめ」という返答をいただいた。また、デザインのコピー問題については、「プロンプト(質問や資料の入力)で制限を設定し、精度を上げる」ことが必要だということ。これらのアドバイスはファッションに限らず、どんな仕事にも応用でき、「疲れない」アシスタントとうまく付き合うことでメリットは当然生まれるだろう。特に小規模ブランドにはうれしい味方かもしれないし、AIが社会課題に取り組むシステム構築の助けになることも期待できそうだ。また、ビジネス重視のマーケティングに徹するならば、最終的なデザイン・制作方法までAIが担うケースも予測できる。

 しかし、今回多くのブランドのコレクションを振り返りながら確認してきたように、ファッションには「人」が不可欠で、「人」(デザイナーだけでなく職人も)からしか真のクリエイションは生まれないということの重要性が、AI時代のなかで浮き彫りになるとあらためて感じている。

 「人」に関するファッションの特殊性は前々から感じていたことで、その思いは最近さらに強くなっている。ラグジュアリーブランドはこれだけ大きなグローバルビジネスに成長しても、極端に言えば未だに、たった一人のクリエイティブディレクターがその命運を左右し、それが「人」(機械やシステムではなく)であるためにリスクを完璧にコントロールすることもできない。「服」や「デザイン」という、言葉に還元できない価値を人に提供する以上、人の複雑さや矛盾を、「人」として作る側もそのまま引き受けなければならないといえる。なんと特殊な産業なのだろう、と思う。

 その際立った属人性と、高度資本主義社会の消費の象徴のようなビジネスのあり方。ファッションは、そんなパラドックスとともに“いびつ”に歩んでいる。だからこそ、夢もあり、高揚もあり、人間性にもかかわる。

 「結果」だけを求めるのではなく、無限のゲームのごとく、「終わりなき創造的なプレイ(“遊び”とともに“創造的な活動”という意味も含む言葉)」を楽しむことを忘れないでいたい。

最終更新日:

短期連載:AI時代のファッションのゆくえ

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「コム デ ギャルソン」はなぜ「黒」に戻るのか?<前編>

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エディター/ファッションジャーナリスト/コンサルタント

渡辺三津子

Mitsuko Watanabe

資生堂の企業文化誌『花椿』で編集のキャリアをスタート。その後『フィガロ ジャポン』『エル ジャポン』を経て、2000年に『VOGUE  JAPAN』編集部へ。2008年に同誌編集長に就任し、ウェブサイト、『VOGUE GIRL』などすべてのコンテンツを監修。2022年に独立し、エディター、ファッションジャーナリスト、コンサルタントとして幅広く活動している。2024年から『10 マガジン ジャパン』のファッションフィーチャーズディレクターを務める。

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