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「武田双雲 2.0」“嘘”を捨てて見えたもの⎯⎯「美しい線」を目指し自分を整える

 書における美しさは、技術だけで決まるものではない。どれだけ整った状態で筆を持てているか、そのときの感覚や判断の精度が、そのまま一本の線に現れる。

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 「“薄っぺらい”自分に気がついて。これまでの考えを全て捨てて、生まれ変わった感覚です」。そう語る書道家・現代アーティストの武田双雲。かつては活動の幅を広げ、外へ外へと意識を向けていた時期もあったが、現在は状態を整えることを重視している。ここ数年で起きた価値観の変化やウェルネスへの考え、そして作品の美しさに対する考えまでを聞いた。

会社員時代は硯と筆でメモ取り

 武田は、熊本県で3人兄弟の長男として書道家 武田双葉のもとに生まれる。母親の影響で幼少期から書道に励みながらも、本格的にその道を歩み始める転期となったのは25歳、会社員としてNTTに勤めていた頃だ。実家が家を建て直した際に、母が障子や襖などに書を書く様子を目にし、改めてその魅力に引き込まれたという。「大胆に書く姿がかっこよく感じられて。大学生の頃も時間がある時に書いてはいたんですが、その時に改めてハマりました」。

 それ以降、職場に硯と筆を持ちこみ、電話対応時には、墨をすり筆でメモを書いた。その姿は社内で話題になり、次第に部署目標の代筆なども任されるようになった。ある日、他部署の女性社員から、名前を書いてほしいという旨の依頼を受ける。書いた文字を手渡すと、涙を流して喜ばれたという。「こんなに喜んでくれる人がいるのなら、書道はすごいものかもしれない」と。

 その後、会社を辞め、路上で名前を書く活動を開始。書道教室の運営やメルマガ発信を通じて徐々に認知を広げ、テレビ出演をきっかけに活動は一気に拡張していく。大河ドラマ「天地人」の題字や異業種とのコラボレーションなど、活動の幅は広がり続けた。「当時は勢いがあったので、とにかくいろんな業界に顔を出して、さまざまな刺激を受けさせてもらいました」。

40代後半 “薄っぺらい自分”

 転機が訪れたのは数年前、40代後半になってからだった。「これまでは、いろんな人に会ったり、書道とは関係がない楽曲制作やオンラインサロンを開催したりと横に幅を広げることばかりをしていました。でもそれを続けていくだけでは“薄っぺらい”ままになってしまうと気がついたんです」。

 活動量や経験が増えても、それがそのまま表現の深さにはつながらない。むしろ意識が外に向き続けることで、判断の精度が鈍っていく感覚があったという。三越や大丸といった百貨店での個展を重ねる中で、その感覚は強くなっていく。「もっといい線が書けるんじゃないか」、そう思い始めた時に、問題は技術ではなく、自分の状態にあることが分かったという。

 「書ってごまかせないんですよ。そのときの自分の状態が、そのまま線に出る。エゴや承認欲求があればそれが滲み出る。慢心や迷いがあれば線はブレる。逆に自分が整っていると、それが線にも現れる」。書くその瞬間だけ集中すればいいものではなくて、日常も含めた継続的な自分のあり方が大切と気がついたと語る。

 そこから、感覚や判断の精度を保つために“状態を整える”という発想が生まれた。「ひらがなは一画で終わるものもあるからこそ、一画にこだわった美しい線を描きたいなと強く思うようになりました。じゃないと、この先頭打ちになってしまうなって」と心情を明かす。

 以降、共に個展を手掛けるプロデューサーと、より美しい作品をつくるために、どのような変化が必要であるかを議論。このことをきっかけに、ライフスタイルに大きな変化が起きたという。人と会う頻度が減りSNSからも距離を置いたほか、カフェインの摂取も控え、日々の刺激を減らしていった。かつては業界横断的にさまざまな人と会ったり、いろいろな場所に行ったりと動き続けていた。しかし、その状態が続くことで、意識は常に外に引っ張られ、目の前の状態に対する感度は鈍くなっていた。本人の言葉を借りれば、それは「気が散っている状態」であり、「雑だった」。

 食事や生活習慣も、変わっていった。薬膳や有機野菜を取り入れ、蒸し野菜のようなシンプルな調理を好むのも、余計なものを足さずに状態を整えるためだ。あわせて体調を補うためのサプリメントといったインナービューティも取り入れている。スキンケアも自分を調整する一環として数年前から開始したという。ちなみにスキンケアは資生堂のエイジングケアブランド「エリクシール(ELIXIR)」の「アドバンスド」シリーズを使用しているという。

オーガニックスーパーで購入したにんじんを蒸したもの

 こうした習慣はいずれも健康そのものを目的とするのではなく、自分の感覚や思考の精度を保つための選択だ。外部からの刺激や内面のノイズを減らし、生活全体を通じて状態を整えている。

 世界保健機関(WHO)は健康を、単に病気でないことではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態と定義している。武田の実践も、外部からの刺激や内面のノイズを減らし、食事や生活環境まで含めて状態を整えているという点で、この捉え方に近い。そして武田の場合、それは健康だけでなく作品の質とも直結している。

欺瞞(ぎまん)は中毒になる 

 合わせて自分の考え方も手放したと語る。それは、これまでの武田双雲を辞めたと同義でもある。「今までは丁寧にやろうとか、上機嫌でいようとしていたのですが、それを辞めました。ただ雑な自分に気が付く。不機嫌な自分を捉える。それだけです」。無理に理想を保とうとすることで、葛藤が生まれ、二元性が出てしまう。そしてそれは“欺瞞(ぎまん)”と称すこともできる。

 「早い話、現実から目を背けるのをやめたんです」。

 「こうなりたいという理想に対して、人は簡単で安全な方法論を求めがちです。ただそれは、現実から逃げるための隠れ蓑になっていることもあると思うんです。進んでいるかのような実感が得られるので」。一見前向きな行為でも、その実感自体に依存してしまう側面があるという。

 「思えば、自分もそれに近い状態でした。無理に気分を上げているというか、一時的にハイになっているだけで、実際の自分とはどこか乖離している」と振り返る。いわゆるポジティブさも、瞬間的な高揚に過ぎない場合があるという。「理想って、キラキラと切り取られたイメージでしかないことも多いですよね」。幸せな理想を追いかけている間は、現実を見ないで済む。しかしそれは、ある意味で自分への免罪符になっている側面がある。

 現実は、もっと地味で変化が少ない。「毎日って、そこまで劇的には変わらないじゃないですか。朝起きて眠いとか、体調が悪い日もあるし、人間関係もうまくいかないことがある。それが普通だと思うんです」。

 「もっといい状態があるはずだと未来に目を向け続けると、今の自分は常に不足したものとして扱われることになる。その状態でいると、“今”がずっと苦しくなるんだと気がつきました」。目標を持つこと自体は否定しない。ただ、それが現実から目を逸らすためのものであれば、意味は変わってくる。「地道で、時にはしんどい現実の積み重ねの上にしか、変化はないと思うんです。それを見ないために理想を掲げるのは、少し違うのかなと」。

武田のアトリエの2階、自身を整える空間が広がる

ただ“美しい線”を目指して 自分を整える

 以前は、そうした点に気づけていなかったと振り返る。「欺瞞や不自然さに気がつかなかったのは、自己啓発で塗りつぶしていたから」。現実をから目をそらし、短期的な高揚に逃げていたこともあったと語る。しかし、そうした状態では、自分の中に生じている違和感やズレに気づくことができない。気がつくことができなければ、整えることもできない。

 だからこそ今は、現実を直視し状態を観察し続けること価値を置く。「これからはもっと自分と向き合う時間が増えると思います。ウェルネスですね」。それは理想を目指すことではなく、状態を整え続けるという意味している。

 さまざまな活動をする中で自分には書道しかないと腹落ちした武田。美しさについては、「頭ではなく、体全体で感動するもの」と定義し、それを書の道で追求することにした。

 「良くない線には作為があったり、油断がある。美しい線は無作為で細かいところまで精神が行き届いているんです。結局人との関係の中で打算的だったり、油断しているとそれが線にも出るんだと思います」。

 外側に広げるのではなく、内側の状態を整える。その結果、保たれた感覚やあり方が、そのまま一本の線に現れる。武田は今日も自分の状態を整え続けている。ただ一つ、美しい線を描くために。

FASHIONSNAP 編集記者

平松将

Sho Hiramatsu

青山学院大学経営学部卒業後、大手事業会社を経て文化服装学院に入学。服作りを学んだ後にレコオーランドに入社。
ファッション、アート、カルチャーに加え、人々の暮らしや都市の現実といったテーマにも関心を持つ。日課としてジャーナルとメモをつける記録愛好家兼トレーニー。

最終更新日:

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