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ヴィンテージはどうして私たちを魅了するのか、NIGO®が示す答え

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ヴィンテージはどうして私たちを魅了するのか、NIGO®が示す答え

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 会期中も会期後も読める新たな批評の在り方を模索。会期後のレビューではなく、会期中の展覧会を彫刻家で文筆家の鈴木操がレビューする同連載。第6回は、デザイナーのニゴー(NIGO®)が手掛け、少年期からおよそ35年にわたって収集してきたヴィンテージコレクションを展示する「未来は過去にある”THE FUTURE IS IN THE PAST”-NIGO’s VINTAGE ARCHIVE-」。鈴木は同展をどう見たのか。

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絵画にトマトスープ投げつける抗議と「未来は過去にある」というタイトル

 10月14日ロンドンにあるナショナル・ギャラリーで、環境活動団体「Just Stop Oil」のメンバーが、ゴッホの「ひまわり」にトマトスープ投げつける抗議騒動を起こした。彼女たちはオレンジ色に汚れた「ひまわり」の前で、イギリス政府に対し「芸術と命のどちらが大事か」を問いつつ、石油・ガスの新規開発中止を求める主張を行った。ここで彼女らの是非を問うことはしないが、芸術(あるいは芸術というイメージ)を破壊することで世界の全体性へ干渉しようとする行為は、過去に様々な革命的場面や映画のワンシーンの中で繰り返し行われてきた。現在、彼女たちだけに限らず世界中の至る所で「未来の危機」が叫ばれ、世界を変えたいと考え活動する人たちがたくさんいる。この展覧会を企画したNIGO®についてはもはや説明する必要もないと思うが、もともと「ア ベイシング エイプ®︎(A BATHING APE®︎)」の創業者として裏原宿カルチャーを世界に知らしめ、2021年9月にはLVMH傘下の「ケンゾー(KENZO)」アーティスティックディレクターに就任したことで世間を賑わせ、絶え間なく注目を集め続ける日本を代表するファッションデザイナーの1人である。またこの展覧会は、NIGO®がケンゾーのアーティスティックディレクターに就任したことを機に、高田賢三の軌跡を踏まえ、若者に向けて「自分にも何か出来ることはないか」という思いのもと実現されたとのことだ。展覧会開催に添えられたNIGO®のあいさつ文の中には下記のようにある。

展覧会のタイトル、未来は過去にある“THE FUTURE IS IN THE PAST”は、僕のモノ作りのテーマそのものです。

 少し悲観的な物言いになるが、この非常に分かりやすくまとめられた彼の信条を、現実の社会状況と照らして受け止めると、なかなかシリアスな意味となるのが今現在の世相である。いずれにしても、先輩である高田賢三とNIGO®という連なりによって実現してい るこの展覧会に対し、私も後輩として微力ではあるが何かしら応答を試みたい思う。

NIGO®が収集してきたヴィンテージコレクションの凄み

 このような世界的状況の中、文化学園服飾博物館で開催されている同展は、若者に何を見せ、どんなメッセージを届けようとしているのか。まず、今回の展覧会は言うまでもなく、服好きは奮って観に行くべきだ。NIGO®秘蔵のヴィンテージコレクションが観られるのだ。下手な展示物の描写はここでは控えるが、会場の構成はシンプルで見やすく、必要最低限の展示解説に留めることで物に目が行く導線が作られており、じっくりといくらでも見ていられるものであった。展示されているヴィンテージ製品の中には100年程前の物もあったが、そういった経年を感じさせないみずみずしい生命力と、製品としての揺るぎなさが感じられ、私は驚きと感動に包まれた。多くの逸品を前にして私は高揚感が抑えきれず、その場にたまたま居合わせた初対面の方と、目を見合わせ自然と会話が生じ、お互いの興奮を共有した程である。ただ一方で、これらNIGO®のコレクションが見せる強度がそのまま、展覧会のタイトルとして据えられた「未来は過去にある」という言葉に強い説得力を与えていたことには、してやられたと思った。

「未来は過去にある」ーーNIGO®はヴィンテージコレクションを通して何を伝えたかったのか

 そもそも通常「過去」とは、時代遅れの郷愁的な時空間を指す言葉である。もしそのような意味で「未来は過去にある」のだとしたら、時代遅れの過去が未来ということになり、未来をそのような陳腐なものに規定してしまう危ういタイトルであったはずだ。だが実際観終わってみると、驚くべきことに展示物の強度によってそのような危惧は回避されていた。そのうえで正直に言えば、「現在」を置き去りにして、ヴィンテージアーカイヴを通して「過去」と「未来」がスムーズに繋がり、一瞬でも自分が了解させられてしまったことに私は少し困惑した。もし過去に未来があるのだとしたら、ヴィンテージが生み出していていた「確かさ」や「強度」はそのまま未来の安定感でもある。単純な理解で言えば、私たちはヴィンテージのおかげで安心してファッションの未来を信じられるかもしれないが、しかしこの隙のない感覚が何か居心地の悪いものであったのも確かである。

過去=ヴィンテージ、過去に属しながらも現在において価値ある生命力溢れるもの

 同展では「過去=ヴィンテージ」として過去が扱われている。つまり「未来は過去にある」と言った時、その「過去」として指されている時代区分は、産業化され工業化された以降の文明となる。ヴィンテージは過去に属しながらも、現代の高度に産業化された世界において、一般的な製品以上の衣服として存在している。ここで生じている価値とは、時間の流れによって精製される、コモディティ化の反対の動きとしてのある種のブランド化である。現代のファッションの全体性が、もしブランド化の力学を主軸にして構築されているのであれば、ヴィンテージはそれとどのように関わるのだろうか。現在の私たちの暮らしと連続的な繋がりがあるこれらヴィンテージ製品は、ある過去の時代的条件の中で作られたという骨董的眼差しにおいて見出され、次いで新しい期待と意味を込められ保存され記録され使用されることでヴィンテージというステータスが与えられる。つまりこれらは過去の文化を生き残り、過去に属しながらも現在において価値あるものとして選ばれ残され続けた、生命力溢れる日用品なのである。このように、過去を「過去にとっては未来からの視点=現在」と創造的に解釈し価値付けすることで、ヴィンテージの中には「未来へと向かう過去」と「過去へと向かう未来」の二つの時間の流れが存在することとなる。そして今回は博物館と いう空間と相まって、ヴィンテージが放つ非同時代的でユートピアな感覚が強調されており、従来のヴィンテージからはみ出す新しい意味さえもが生じていたように感じた。

そもそも私たちにとって「ヴィンテージ」とは何なのか。

 通常ファッションが持つ「流行」という時間の力学において言えば、「過去」の製品はすぐに時代遅れ=陳腐なものと見做され、現在と深く関わる同時代性という価値体系からは外されてしまう。私たちは常に「現在」という時間の中で生きており、外の時間(過去、未来)の中で生きることができない。それゆえ同時代性という価値体系の中には「私たちは生きている」という生存的価値が暗に含まれている。この同時代性が必要とする生存的価値を踏まえると、ヴィンテージという体系は、時代遅れでありながらも「生き残った」という強い生命力を示すことによって、ファッションという運動体が条件とする同時代性へと接近し、同質的な参照項として優良な関係性をファッションとの間に築いている。実際ヴィンテージという体系が、現代の多くのファッションデザイナーに活力を与えていることは、言うに及ばず広く知られていることだ。そしてこの活力下にあるファッションデザイナー達は、そこから生じるレトロフューチャーな感性を利用して、単純に過去への回顧的なデザインを行うものと、未来に介入されたフィクションとしての新しい過去のデザインを行うもの二つの傾向を示しており、また同時に二つ混ざりあった形としても現れる。例えば、NIGO®ディレクションによるケンゾーからは、前者と後者の傾向が混ざったものが感じられる。

 ともあれ、私たちにとって「ヴィンテージ」とは一般的には「価値のある年代物の製品」のことであるが、ここでは展覧会が構築しようとした意味を探りながら、もう少し踏み込んで思考を進めていきたい。

ヴィンテージはどうして私たちを魅了するのか、NIGO®が示す答え

 ところで、タイトルはなぜ「未来は現在にある」ではなく、「未来は過去にある」なのか。当然単純に、温故知新的な意味以上のものが込められているわけではないことも理解している。だからこの問いが不適切であることも、逸品揃いの展示を前にしては明らかである。だがその上で私たちはもう少し踏み込んで、この展覧会の仮面として据えられた「過去と未来」の背後に存在する「現在」を、展示を通してポジティブに捉えることが可能か問いを立てる必要がある。というのも「現在」とは、ヴィンテージとは何かという問いを通して既に見たように、未来にも過去にもなりえる潜在的可能性に満ちた空間であるからだ。このように私たちの生の可能性を開いていくためには、過去と未来を行き来するための基点となる「現在」が必ず必要となる。産業社会における「ヴィンテージ」という特別な製品のステータスには、製品の商品性を維持しつつも、ある種の神秘化を施し、そこで生み出される意味や期待といった魅力によって、私たちの「生きている」感覚を、より現代の文明的・製品的生活に没入させていく力がある。そしてこのような状態に陥っては、私たちが世界に対してメタな視点を築くことは、もはや不可能かもしれない。

 しかし他方で、ヴィンテージは過去から「生き残った」という活力において、実際には過去や未来ではなく、とりわけ「現在」と深く関わり、少なくとも「未来へと向かう過去」と「過去へと向かう未来」という二つの時間の流れを示すことで、私たちの意志を試し、創造的解釈を求め続けている。だから現代社会の隅々まで産業化され製品で埋め尽くされたこの世界において、製品とは何かを問い、そしてそれをどのように扱うかという方法的行為は、絶えず実験されるべきである。そしてそのような実験場として、美術館=博物館のような特殊な時間を有した空間を利用することは、実効性を重視する意味で有効であるだろう。そもそも世界の全体性に変化を与えるため現在性へ常にアプローチし続ける芸術の方法と結託することは、むしろファッションの歴史においては、かつて王道であった。だからNIGO®という一人のファッションデザイナーの名の下、生活から切り離された博物館という空間を利用してヴィンテージのアーカイヴを見せることで「プロダクトに没入させられている私たちの生活」に対してメタな視点を持ち得る可能性を構築していたことは、私にとって非常に刺激的であった。NIGO®のアーカイヴには、アメリカのカウボーイやユニフォームなどを通して見るミクロなアメリカ文化史を辿る側面があったし、それ以上にこのアーカイヴが、NIGO®の精神性を規定するものとしてのアメリカ合衆国という外部性を示唆するに至っていたことは興味深かった。これがNIGO®の意図していたものかは分からない。ただ、もともと原宿・表参道エリアは、ワシントンハイツ(1964年に日本へ領土返還ののち、跡地に代々木公園が整備され、ほか国立代々木競技場などが建設される)に暮らしていた在日米軍の存在によってショッピングエリアへとエスタブリッシュされた街という歴史的経緯がある。NIGO®のアーカイヴがこういった歴史性を内包していると感じたのは、おそらく私一人ではなかったはずだ。米ソ冷戦崩壊直後の1990年代に隆盛した裏原宿カルチャーの再解釈は、現在も続くロシアによるウクライナ侵攻という治政的状況と、日本の「失われた30年」という経済的状況から鑑みても、現在明らかに重要なテーマの一つである。その上で、ただの商業主義と言われてきた裏原宿カルチャーの先駆者であるNIGO®が、アメリカン・ヴィンテージを多く所有し、自らのデザインワークにおいて参照し、さらには博物館でアーカイヴ展を開催している事実は非常に重要である。つまり私は、NIGO®の一連の活動を個人の活動として収斂させて理解するのではなく、文化的意味合いとして読み解くべきものだと考えている。なぜなら世界中で「未来の危機」が叫ばれる中で、過去を破壊するのではなく、過去を選んで残すことで未来を創造しようとするNIGO®の態度は、実は非合理な個人的信念においてしか実現できないからだ。そしてこのパッションが生み出す生の過剰性は、壊したり見捨てたりすることの公共的合理性と向き合うことで、常に窮地に立たされている。

 したがって冒頭で触れたゴッホの「ひまわり」にトマトスープ投げつけた彼女たちが、何を残すかの判断を他者に促したのは完全に悪手そのものだった。この点については西洋美術の文脈において言いたいことはあるが、いずれにしても、彼女たちの行為を馬鹿にした人たちは、あらゆる社会的場面において、残すか壊すかの判断の機会を全て自らの手中に収めるられるつもりでいるのだろうか。しかしそれは非常に非現実的であり、成功させるにしてもかなり強欲な精神を呼び寄せることになるだろう。その意味で自らの手で個人的アーカイヴを構築し、それに基づいて過去と未来を見据えるNIGO®は、徹底して現実的であると同時に過剰なパッションを持ち合わせた、希有なファッションデザイナーと言えるだろう。展覧会のタイトルの通りに、もし過去に未来があるのだとしたら、それは各個人それぞれにおいて、残したり壊したりする行為のあいだに生じてくる「作る」行為によって幻視するしかない。NIGO®はその受難の一端を私たちにポップに垣間見せてくれたのだ。

彫刻家/文筆家

鈴木操

 1986年生まれ。文化服装学院を卒業後、ベルギーへ渡る。帰国後、コンテンポラリーダンスや現代演劇の衣裳デザインアトリエに勤務。その傍ら彫刻制作を開始。彫刻が持つ複雑な歴史と批評性を現代的な観点から問い直し、物質と時間の関りを探る作品を手がける。2019年から、彫刻とテキストの関係性を扱った「彫刻書記展」や、ファッションとアートを並置させた「the attitude of post-indaustrial garments」など、展覧会のキュレーションも手掛けている。

(企画・編集:古堅明日香)

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