今年6月に東京ドームで開催された、NewJeansの日本初の単独公演時にメンバーの爪を飾ったネイルアートは、新宿三丁目に位置するネイルサロン「シュクル(sucre)」のアートディレクターを務める男性ネイリスト YOUによるものだった。
独創的で生々しさのある質感やモチーフ、シュールでかわいらしいデザインを得意とするYOUは、NewJeansが国内のライブイベントに初参加した2023年8月の「サマーソニック(SUMMER SONIC)」や同年末の日本レコード大賞など、彼女たちのネイルを複数回手掛けている。
国内でも、様々なアーティストがプライベートでも通うなど多くの支持を集めている一方で、現在では新規客の半数以上が海外からの観光客。海外での勝機を見出し、同店は今年10月にアメリカ・ニューヨークに進出する。初心者からネイリストになり、男性のネイリストがまだ珍しかった時代を駆け抜けたYOUに、本店を構える「新宿」という街が持つポテンシャルやクリエイティビティを尋ねた。
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新宿に潜む、「かわいい」の源流
⎯⎯ 新宿に本店を構えるシュクルですが、もともとのスタートの場所は?
シュクルは、オーナーのヒロが埼玉の川越にあったマンションの1室で1人でスタートしたお店で、今年で11年目になりました。オープンから1〜2年目くらいのタイミングで、僕は3人目のネイリストとして加入し、その後東京に移転を決めた際に最初に選んだのが新宿。今の店舗のすぐ近くの、狭くてボロボロのマンションでした。
⎯⎯ なぜ東京の中で新宿を選んだのでしょうか?
よく聞かれるんですが、「新宿」ってどんな人でも受け入れてくれるというか。二丁目もあれば、西新宿の方はオフィス街ですし、南口の方にはおしゃれなお店があって、少し外れたら歌舞伎町があります。当時はまだ漠然としてはいましたが、「シュクルのやりたいこと」の雰囲気に合っている街だなと思いました。
僕は元々絵を描くことが好きだったんですが、ネイルに関しては全くの素人で、このお店に入ってから勉強したんです。当時のネイル業界はコンサバ寄りの綺麗めなテイストが主流で、まだ奇抜なデザインのネイルをするサロンは少なかったのですが、素人の僕に声をかけてくれたオーナーは「好きなようにやっていいよ」と言ってくれて、遊び感覚で始めました。「その爪で日常生活が送れるの?」と言われそうなネイルばかり作ってきましたが、色々な人がいる新宿には、そういったものを受け入れて、面白がってくれる人がいるんじゃないかと思ったんです。
⎯⎯ オーナーはなぜ、初心者だったYOUさんに声をかけたのでしょうか?
男性のネイリストを採用したかったそうです。今では、男性のお客さまもネイリストさんも増えてきましたが、当時はかなり珍しくて、初めはお客さまとのコミュニケーションがかなり大変でした。でも、マンションの1室で初対面のお客さまを迎えて、手に触れて施術するんですから、男性のネイリストが出てきたら女性のお客さまは当然警戒しますよね。
⎯⎯ 顧客から信頼を得るために努力したことはありますか?
ネイリストはお客さまからの評価やリアクションがダイレクトにその場でもらえるので、気に入って喜んでくれているのかそうじゃないのかは雰囲気ですぐにわかります。そういった反応を見ながら、その場で少しでも喜んでもらえるものを作っていくことでしか信頼は得られないと思います。
⎯⎯ 手元は常に視界に入るので、ネイルの出来栄えが良いだけで毎日元気をもらえる気がします。
僕たちの仕事って、1ヶ月で取れてしまう“たかが爪の上のアート”を作ることなんですが、お客さまから「サロンに行くのを楽しみに、嫌なことも乗り越えられました」と言っていただくこともあります。
1人のお客さまに対峙するのは約2時間で、僕らにとっては1日8~10時間接客する中の2時間、もっと言えば30日間の中の2時間ですが、お客さまにとっては1ヶ月楽しみに待っていた大切な時間ですし、その期待に応えなくてはと思います。
NewJeansも着用、新しいデザインが生まれる理由
⎯⎯ デザインを作る時にはどんなことを考えていますか?
常に「新しいもの」を作りたいという気持ちは強いです。デザイン自体の新しさというよりは、「これを使ったネイルは見たことがない」とか、「このイメージをどう表現しよう」といった感覚を表現できそうな材料を探して作ってみると、新しくて面白いデザインが生まれます。楽しみながら新しいものに挑戦していると、自然とお客さまも面白がってついてきてくれる気がしています。
⎯⎯ 着想源にするのはどんなイメージですか?
僕が特にこだわっているのは質感です。例えば、1枚の風景写真の中に写っているものがひとつじゃないように、光や金属、水の質感だとか、何かに反射したツルンとした柔らかいものだとか、そういうものを爪の上で表現したいんです。
でも、実はそれをネイルで実現するのは意外ととても難しくて。ネイルアートは丈夫に仕上げるために必要な工程がある程度決まっていますし、人体への影響も考慮した上で使用できる素材が限られています。ただそういった縛りの中で、いかに自分が目指すものを表現するかということを考えていますね。
⎯⎯ NewJeansが着用したネイルチップにも採用された3Dの動物ネイルは、人形のような質感も独特です。
動物のモチーフなどは、ヴィンテージのぬいぐるみのような毛の質感や古びたようなニュアンスを出したくて、少し茶色く汚したりしています。
⎯⎯ パーツは事前に用意するのではなく、爪の上で作るんですね。
はい、全部お客さまの爪の上で作ります。ネイル用のパーツ以外のものを使ったり、市販のパーツを壊して作り替えたり、お客さまの目の前で作り上げるパフォーマンス的な部分も込みで、自分だけのネイルを生み出す時間もこだわりかもしれません。
⎯⎯ ご自身の「好きなもの」から着想されていますが、トレンドを意識することはありますか?
流行は意識しませんが、SNSで他店のデザインを見て、僕たちと似たようなムードが来ているなと思うことはありますし、気になっていたものがネイル以外の領域で登場し始めていることはあります。例えば、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」の2024年「アーティザナル」に登場した陶器のようなメイクのパール感や質感は、同時期に僕たちが作っていたネイルに通じるものを感じました。それが正解なのかはわかりませんが、「この方向性でいいんだ」と自分の中で自信が持てたら、信じて突き詰めて広げていきます。
トレンドって、自分たちが良いと思うものを自ら発信して作るというか。「こういうのが良いと思うよ」と提案していくうちに、そういうムードができていくのかもしれません。
「かわいい」とは何なのか
⎯⎯ 一方、東京の店舗には後輩スタッフも多く在籍されています。「シュクルらしさ」を持つ若手を育てるためにどのような教育をしていますか?
「アートの時間」という、お客さまに提案する際に必要な耐久性や安全性などのルールを一旦無視して、各々が今作りたいデザインを自由に作って見せ合う時間を月に1度設けて、みんなで意見交換をしたり、僕からもアドバイスをしています。
実際のサロンワークでの方針は、打ち出していきたい方向性を毎月僕が示すんですが、僕がヒロと同じ最年長の37歳なのに対して、若いスタッフだと20代前半の子もいるので、そういう若い子たちの感覚を常に聞いて、どんなものが流行っているのかは勉強させてもらっていますね。
⎯⎯ 若いメンバーとの会話で最近印象的だったことは?
5〜6年以上前に入荷して、ずっと眠っている蛍光色のホログラムがあるんですが、最近若いスタッフから「気になります」と言われて発掘しました。それまでは「ずっと前からあるやつ」程度に思っていましたが、若い子の新鮮な意見を聞いた後からは、すごくそれが自分の中でもかわいく見えてくるようになって。
そこから生まれる新しいデザインもありましたし、自分だけの発想では絶対に生まれなかったものが、別の世代とのコミュニケーションを経て身近にあることに気がつくと言うか、初心に返るというか。何事も自分1人では作れないなとすごく感じた出来事でした。
⎯⎯ YOUさんは、どんなものを「かわいい」と思いますか?
難しいですね。でも、「ギャップがあるとかわいい」んですよね。僕が作っている動物の人形のデザインも、かわいいと思いますけど、ちょっと不細工というか下手くそというか、偽物っぽさがあります。かわいいのに質感が汚かったり、汚れていたりという「真逆のようなものが同じところにあるとかわいい」という感覚があります。
特に海外の方からは、柔らかいデザインでも少しグロテスクな要素が入っているデザインが好まれます。今まで色々なデザインを作ってきましたが、少しクセになるようなギャップがあるものは変わらずにずっと好きですね。
⎯⎯ その感覚はネイルにだけ、ですか?
服装もそうかもしれません。綺麗なアイテムを綺麗に着れなくて。気恥ずかしさのようなもののせいか、少しサイズ感を崩したり、アイテムもカスタムしてしまうことが多いです。「着方、それで合ってる?」みたいな合わせ方をしたり。加工したものは、気分じゃなくなると着られなくなるので後悔することも多いですが、どうしてもその時の気分を最優先してしまいます。そう考えると、ネイルのパーツをすぐ壊しちゃうところとか、不自然なパーツが好きなところにも似ていますね。
海外客がお土産感覚で楽しむネイルをNYへ
⎯⎯ 海外からの観光客の来店がとても多いそうですね。
海外のお客さまが店内の様子や施術風景、仕上がったネイルをSNSで紹介してくださったのが話題になったようで、今ではお客さまの約半数が海外の方です。
すごい時だとたまたま同タイミングに来店された海外のお客さま同士が2時間の施術中に仲良くなっていたり、家族が10人くらい付き添いで来て施術台を囲んで見守っていたり、お店の中で待っていたり、もはや僕たちの方がアウェイなくらい英語しか聞こえないこともあります(笑)。
⎯⎯ どんなオーダーが多いですか?
お任せの方もいれば、インスタの投稿を見て指定してくれる方もいますが、特に多いのはやはり動物やキャラクターの3Dのデザインですね。僕らしいと言っていただく機会が多いデザインなので、お土産感覚でオーダーしてくださるのかな。
⎯⎯ ニューヨークにオープンする新店舗でも、提案するデザインの方向性は変わらず?
当面の間は今の感覚のままやってみます。「今のまま」と言っても、きっと日本にいても1ヶ月後や半年後にはやってることや好みは変わっていると思います。でも、僕がその時に気分なデザインを提案するということは変えるつもりはなくて、もしそれが受け入れられないとしたら、その時はその時ですね。
⎯⎯ 新宿で「やりたいこと」を叶えたシュクルがニューヨークで「やりたいこと」は?
海外へは初出店なので、より多くの人に作品を見てもらいたいです。日本は世界的にみてもネイルの技術やデザインが先進的だとよく言われますし、確かにそういった器用さや丁寧さといった日本人的な特徴は世界に出た時にも強みにしていきたいと思います。でももちろんアメリカにもヨーロッパにも、優れたネイリストさんはたくさんいらっしゃいますし、そういった方々と一緒に何か面白いことをしてみたい。
一般的にネイリスト業界の横の交流や繋がりってかなり希薄だと思うんですが、そこを繋いでいきたいです。ネイリストの作風にもいろいろなジャンルがありますが、そういったものを跨いで違うジャンルのクリエイター同士が一つのものを作るのも面白そうだなと感じています。
edit&text:Chikako Hashimoto
photographer:Yuzuka Ota
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