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「デザイナーに依存するシステムは限界」 川崎和也が描く、持続可能なファッションの未来

聞き手&文佐々木エリカ

Image by: FASHIONSNAP

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 世界的な気候変動への危機感を背景に、ファッション業界でサステナビリティの波が急激に高まった2019年。同年、AIとアルゴリズムを駆使して衣服生産時の廃棄を減らすデザインシステム「アルゴリズミック・クチュール(Algorithmic Couture)」を携え、シンフラックス(Synflux)を起業したのが川崎和也氏だ。コロナ禍を経て2020年代初頭まで世界的に盛り上がりを見せたサステナビリティの機運は、第2次トランプ政権発足によるアメリカの環境政策後退などのあおりを受け、近年は潮目が変わりつつある。理想論だけでは立ち行かなくなる中、同氏はテクノロジーとデザインの交差点から、現実的な解決策を切り拓き続けてきた。

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 今年1月には、環境規制の厳しい欧州において最上位クラスのサステナブル評価を受ける投資家から、初となる資金調達を実現。さらに5月には、国際的アワード「トレイルブレイザー・プログラム(Trailblazer Programme)」で日本企業初のグランプリを獲得するなど、世界の最前線から注目を集めている。

 サステナビリティをめぐる状況の複雑さと不透明さが増す今、私たちはどうしていくべきなのか。今年2月にこれまでの研究と実践をまとめた書籍「惑星のためのファッション」を発売した川崎氏に、ファッション業界が抱える構造的課題から、小規模ブランドや個人が実践できること、テクノロジーと“人間以外”を巻き込んだ理想的なシステムの在り方までを聞いた。

川崎和也 | Kazuya Kawasaki
スペキュラティヴ・ファッションデザイナー兼Synflux株式会社代表取締役CEO
1991年生まれ、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科エクスデザインプログラム修士課程修了後、同後期博士課程を単位取得退学。デザインリサーチとファッションデザインの実践的研究を専門とし、主な受賞にGlobal Fashion Agenda Trailblazer Programmeグランプリ、Kering Generation Award Japanファイナリスト、第41回毎日ファッション大賞 新人賞・資生堂奨励賞、H&M財団グローバルチェンジアワード特別賞、文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品選出、Wired Creative Hack Awardなどがある。また、Forbes Japan 30 under 30 2019、WWD JAPAN NEXT LEADERS 2020に選出。経済産業省「これからのファッションを考える研究会 ファッション未来研究会」委員を務め、単著に『惑星のためのファッション』(2026年、ビー・エヌ・エヌ)、監修・編著書に「SPECULATIONS」、共著に「クリティカル・ワード ファッションスタディーズ」、共編著に「サステナブル・ファッション」がある。

衣服・デザイン・テクノロジーから問う、新しい社会のヴィジョン

── まずは、書籍「惑星のためのファッション」を出版しようと思った理由や背景を教えてください。

 この書籍の内容には、衣服(ファッション)、デザイン、テクノロジーという主に3つの軸があります。私は大学院で学んでいた時からシンフラックス(Synflux)という会社を立ち上げるまで、この3つを専門領域として活動してきました。この知見と経験を踏まえて、新しい社会のヴィジョンを世の中に問うてみたいと思い、この本を書くに至りました。

 ファッションは生活の中で身近な存在ですし、美しさだけでなく、最近では社会や環境、技術にも関連してきている分野です。ファッション、デザイン、テクノロジーを通して、どのような理想の社会像が描けるのかということにチャレンジすべく、書籍という形にまとめました。

── そもそも川崎さんは、なぜ「研究」や「テクノロジーの社会実装」という分野からファッションに関わることを選んだのでしょうか?

 ありがたいことに、私たちシンフラックスは、ファッション産業では結構謎のポジションとして活動させてもらっています(笑)。本の冒頭にも書いたのですが、2010年代に入ってファッション産業でこれまで起きていなかった現象がいくつか出てきたと感じていて。一つは、ファッションが「社会の分断を分かりやすく伝える分野」にもなってしまったという点です。「環境問題に配慮しているか」「きらびやかなショーは地球の未来や社会の公平性を考えているのか」といったことが問われ、ロンドン・ファッションウィークでの「ボイコット・ファッション(Boycott Fashion)」のような市民運動が出てきたのもその一例です。

 もう一つは、2019年の「ファッション協定(The Fashion Pact)」のように、ラグジュアリーブランドやスポーツブランドといった世界の企業が、競争ではなく連帯して持続可能な未来を考えていこうという流れが出てきたこと。また、スパイバー(Spiber)のように新しい素材やテクノロジーを開発し、社会や環境との新しい関わり方を模索する人々や企業が出てきたのを知り、「自分も新しい関わり方を模索すること自体を目的に活動してみたい」と思ったのがきっかけでした。

── もともとファッション自体もお好きだったのでしょうか?

 SNSの勃興期に新潟の郊外で学生時代を過ごしていたこともあり、雑誌やSNSを見ながらファッションへの関心や憧れは持っていました。でも上京して大学で研究するうちに、どちらかというと「デザイン」に関心が移っていったんです。私が入学したのは東日本大震災の翌年だったので、当時はデザイナーや建築家のあいだで「自然災害に耐えうるレジリエンスを持ったデザインとは何か」を考え直す動きが活発でした。

 ファッションの世界でも、当時は「ここのがっこう(coconogacco)」のような私塾や、蘆田裕史さん、水野大二郎さんといった研究者による批評活動において「ファッションとは何か」といった議論が盛り上がっていた時期。作るだけでなく「考える」ことも大切で、その両方を同時にできるフィールドがファッションなのだと思い、非常に面白いと感じました。

 でも、私にとってファッションデザインは謎めいた存在です。例えばヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)のドキュメンタリーで、彼女がスエードを触りながら「すごく気持ちいい。これにユニオンジャックを重ねるといい感じになると思う」と語っているのを見たとき、「どういうこと?」と(笑)。論理が飛躍しているように見えながら、彼女の中にはフレッシュな発想があり、それを衣服に凝縮して社会に問うことができる。そこに、当時私が興味を持っていたテクノロジーを掛け合わせたら、また違った観念が生まれて面白いんじゃないかと思ったんです。

二項対立を乗り越える「惑星」という概念

── シンフラックスは「惑星のためのファッション」をミッションに掲げ、今回の書籍のタイトルにもなっています。「惑星」という広大な射程で捉えている理由とは?

 「サステナビリティ」という概念がファッション産業の中で一般化してきているのは非常に良いことですが、私は今、その概念を更新しなければいけないと考えています。数十年前にはグローバリゼーションによって世界が繋がることが理想とされていましたが、今では戦争が起きたり、各国が自国の利益を優先するローカルな動きがバックラッシュ的に起こっています。「民主的」「持続可能性」といった既存のサステナビリティを支える思想が危機に貧する状況を正面から受け止めた上で、次なるデザインやファッションのヴィジョンを再考すべきです。そうした危機感の中で、書籍にさまざまなヒントや思索を込めました。

 このグローバルとローカル、分断と連帯といった二項対立を乗り越えるために、グローバルの次の概念として「惑星(プラネタリー)」という言葉に可能性を託しました。AIのエージェント同士が活動することも、素材の原料となる微生物や植物、あるいはCO2といった人間以外の多くの主人公が活動することも、すべて惑星規模で起こっていることです。それらをわざわざ分けずに一挙に考えてみることが、国や分野に閉じようとする動きに逆行せず進歩していける、新しい可能性だと考えています。

天才的デザイナーに依存する「中央集権」システムの限界

── 第1章で語られている「既製服の三体問題(過剰生産・過剰消費・中央集権)」のなかでも、「一人の天才的デザイナーを中心とする従来の体制は、次第に機能不全に陥りつつある」という指摘が印象的でした。

 近代以降のファッション産業の歴史を私なりに分析したのが第1章なのですが、「中央集権」というのは、ファッション産業のシステムにおいて最も重要な職能がデザイナーである、という点を指しています。

 サイズを規格化して衣服を大量生産できるようになった歴史の中で生まれた「メゾン」は、まさにデザイナーを頂点とする組織ですよね。衣服という自分の身体のシルエットを作り、決定する権力をデザイナーに託すことが当たり前になった。でも、その結果としてデザイナーの職能が拡張しすぎ、今ではクリエイティブディレクターなどと呼ばれて権限が広がり、やることが多くて大変な状況になっています。もはや、デザイナーがすべてをコントロールするのは非常に難しくなってきたのではないでしょうか。

 ただ誤解していただきたくないのは、私はファッションデザイナーが素晴らしい創造性を持っていると思っている点です。だからこそ、過剰な生産や消費を推し進めるために権限を集中させるのではなく、彼らが本当にクリエイティビティを発揮できる分野に関われるようにした方が良いと考えています。

── 現在のデザイナーが関わっている領域以外でも、そのクリエイティビティやデザイン思考が活かせるということでしょうか。

 その通りです。素材開発やECなど、デザイナーという職能でなくてもデザインが活かせる場所があるかもしれません。また、ファッション以外のウェアラブルテクノロジーなど、全く違う分野でも貢献できる余地は大きいと思います。

── 服をデザインするだけでなく、別の分野で専門性を活かして協業する形もあり得そうですね。

 「領域を超えた協業」には依然として大きな可能性があると思います。例えば、アンドロイドを開発している人工生命研究者の池上高志さんは、ロボットも身体を持つことからファッションデザインにすごく関心を持っているんです。人間とコミュニケーションをとるロボットにはファッション的な現象が必要になるかもしれないし、ロボット自身が自分の身体をどう心地よいと感じるかということも問題になりうると考えていらっしゃいます。

 そのため、池上さんは「リトゥンアフターワーズ」の山縣良和さんや、「ミキオサカベ(MIKIOSAKABE)」の坂部三樹郎さん、「ハトラ(HATRA)」の長見佳祐さんや私と定期的に議論をする機会を設けています。そういった一見関係なさそうな分野にファッションデザイナーが貢献できる可能性があるのは、非常に面白いと感じています。

── 現在のメゾンのあり方については、どのように考えていますか?

 良い面と悪い面があると思います。ラグジュアリーブランドは規模が拡大した結果、サステナビリティへの投資や伝統工芸への支援に積極的になりました。これまでスポットライトが当たりにくかった現場の人々や環境問題に自ら行動するようになったのは、非常に良いことです。

 一方で、特にここ2〜3年はデザイナーの交代が激しすぎると感じています。これは、企業が果たすべき経済的・社会的な責任と、それをデザイナー1人に集中させることの齟齬の表れではないでしょうか。ブランドとして世界観を打ち出す「エルメス(HERMÈS)」のようなあり方の方が、今は現実的なのかもしれません。デザイナーもメゾンの象徴を目指すより、自分の得意なことや創造性を活かせる分野を探した方が、より生き生きと活動できるのではないかと個人的には思います。

── デザイナーへの一極集中体制が限界に来ている中で、「スタートアップやローカルなプレイヤーがその移行の可能性を担う」とも書かれていました。これは、専門性を持つ他者と協力していくべきだ、ということでしょうか。

 そうですね。ラグジュアリーブランドが、スタートアップやインド、アフリカ、上海といったローカルなプレイヤーたちとコラボレーションしたり、役割分担をしたりする事例が増えていけば、より健全な形で移行が進むのではないかと考えています。

理想はテクノロジーと“人間以外”を巻き込んだシステム構築

── 従来のシステムが限界を迎えつつある中で、川崎さんが考えるファッション産業の理想的な状態とは?

 これは第2章で書こうとしたことでもあるのですが、今から話す3点が進んでいくといいなと思っています。1つ目は、テクノロジーを「恐怖の対象」としてではなく、人間の創造性を拡張したり、在庫や環境配慮など人間だけでは複雑かつ膨大で解決が難しい問題を解決するために積極的に活用していくことです。

 2つ目は、デザイナーや職人、着る人、スタートアップといったさまざまなプレイヤーが、より円滑にコラボレーションできる環境を作ること。国や行政の支援制度なども活用しながら、ファッション産業に新しい分野や人材がより参入しやすい空間をどう作れるかが重要だと思います。

 そして3つ目は、人間以外の存在、つまり微生物やAIなどを巻き込んで制作やデザインをすること。そうすることで、ファッションのアウトプットがより面白くなったり、人間同士で話しているだけでは理解しにくかったサステナビリティの深刻さが、より直感的に理解できるようになるのではないかと期待しています。これからの時代は、ロボットに搭載されたフィジカルAIや、人間から独立して生産活動に携わる自律的なAIなど、さまざまなエージェントが人間と対等に活動する「エージェントワールド」とも呼ぶべき世界が待ち受けていると思います。そこで重要になるのは、AIシステムを人間の意図や倫理原則に沿わせる「AIアライメント」ではなく、「AIだからこそできる創造性を発揮する」という方向性で人工知能を捉え直すことです。

── 「個々の消費者に呼びかけてもあまり効果がなく、プラットフォームやシステム自体を変える必要がある」というお話も印象的でした。

 例えば、不要になった服を手放す手段としての「回収」は、正直ハードルが高いですよね。店舗の回収ボックスに入れるにしても、量が多いと袋に詰めて運ぶのは大変です。これは個人の意識の問題というより、回収プロセスやサービスといったシステム側のデザインの問題だと思います。

 現状では、スマホで申し込んだら自動で配送サービスが来る仕組みもないですし、回収ボックスに入れた服がどうなるのかも不透明です。消費者に「捨てないでください」と呼びかけるだけではなく、そうしたサービスやフローといった仕組みのデザインと整備に注力する方が、今は効果的なのではないかと考えています。

── システムという意味では、ヨーロッパは日本と比べて、法規制も含めた整備や取り組みが進んでいますが、それはなぜだと思いますか。

 ヨーロッパで導入された「拡大生産者責任(EPR)」という政策では、製品を作る側が、消費者が製品を使い終わった後のことまでデザインする責任を負います。その責任を果たした企業には、ポイントが与えられたり資金が還元されたりといったインセンティブが用意されているので、企業側も製品の回収や循環のシステムをデザインすることに意義がある状態になっているんです。ヨーロッパのこうした仕組みは非常にうまいと感じます。日本では、経産省がガイドラインの策定などを進めていますが、企業や消費者への動機づけやインセンティブの整備まではまだ十分になされていないのが現状です。

 一方で、先日ヨーロッパを訪れた際に、現地のブランド担当者からサステナビリティ関連の規制が複雑すぎて現場が困惑しているという声も聞きました。それだけルールや情報量が膨大なのであれば、おそらくそこに人工知能を使うべきなんですよね。トランプ政権下のアメリカは環境問題に懐疑的ですがAI投資に積極的で、ヨーロッパはAI規制をかけつつ環境規制にも積極的というすれ違いが起きています。もしかしたら日本は、このデジタル技術と環境規制の両方の良いとこ取りができる可能性があると考えています。

「CFCL」「ダブレット」に見る、大企業でなくともできること

── 小規模なブランドにとっては、サステナビリティへの取り組みは資金面などで難しいという現実もあります。その場合、どのようなアプローチが可能でしょうか?

 「シーエフシーエル(CFCL)」と「ダブレット(doublet)」が良い事例だと思います。シーエフシーエルは創業当初から、大企業では難しいレベルまで徹底して情報を開示しています。ドレス1着あたりの環境負荷を計測して公開したり、設立当時からのホールガーメントという生産方法や単一素材の選択などは、アイテム数が少ない小規模ブランドだからこそいち早く実現できたことかもしれません。

 ダブレットのデザイナーの井野将之さんは、「義務だから」ではなく「こんなに面白い素材や技術を服にしたらどう面白くなるか」と、服作りの中でど直球に技術や素材の面白さを表現されています。例えば、2026年春夏コレクションのバナナのウェアは、シンフラックスの「アルゴリズミック・クチュール(Algorithmic Couture)」*で手掛けたものなんです。

*アルゴリズミック・クチュール:機械学習、3Dシミュレーション、アルゴリズミックデザインを駆使した、衣服生産時に排出される素材の廃棄を減らす独自のデザインシステム。同システムで型紙を作成すると、生地の廃棄量を最大3分の2、材料使用量を最大15%削減することができる。

「ダブレット」2026年春夏コレクションより

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

── 先ほど「消費者に呼びかけるよりもシステム自体をデザインすべき」との話もありましたが、それでも消費者としてアクションできることは何でしょうか?

 「持続可能なファッションを推してほしい」というのが本音ですね。環境配慮型の素材はまだ価格が高く、流通量の1%未満しか使われていないのが現状です。これは作り手側が「需要があるか確信が持てない」ために、積極的に使えないという側面もあります。ですから、関心がある方には少しでもそういった製品を積極的に選んで、魅力を発見してほしいです。

 しかし、それよりも私が消費者に期待しているのは「服を回収に持って行くのが面倒くさい」といった不便な点について、どんどんフィードバックをいただくことです。作る側としては、そうした意見が改善のヒントになります。作り手と使い手のフィードバックループが回るようになれば、全体のコストも最適化され、利便性も向上していくはずです。日本と比べてヨーロッパの消費者の意識がより高いのも、やはりシステムや制度の違いが大きいと思います。EUが2019年頃に「ビジネスの中心を循環型にする」と宣言したことで、5〜6年かけて意識が醸成されてきたのではないでしょうか。

── 今全世界で猛威をふるっている「シーイン(SHEIN)」などの“ウルトラ・ファストファッション”については、どう考えていますか?

 「H&M」や「ザラ(ZARA)」などのファストファッション自体は、安価にさまざまな組み合わせを試せるようになり、ストリートのコーディネートを豊かにした良い側面もあったと思います。ですから過剰な生産・消費は問題ですが、大量生産・大量消費そのものを完全に否定する必要はないと考えています。

 同じように、ウルトラ・ファストファッションを「全てが悪」と断定するのも違うと思っていて。シーインの需要予測から生産、全世界への発送までをスピーディーに行う高度で効率的なロジスティックシステム自体は、素晴らしい技術の進歩です。今は利益追求が主目的かもしれませんし、高速な輸送にかかる膨大な温室効果ガスは問題です。でも、このシステムを環境配慮型の方向に改善し、転用しつつ実装できれば、興味深い技術変革になるポテンシャルを秘めていると思います。

なぜ「ファッションは移行できる」と断言できるのか

── シンフラックスは、これまで「アルゴリズミック・クチュール」を用いてさまざまなブランドとの協業を行ってきましたが、その手応えと課題は?

 このシステムは元々慶應義塾大学で開発した技術で、ファッション産業での実装を目指すべくシンフラックスを創業した後、最初のコラボレーターがハトラの長見さんでした。ハトラとの「オービック(AUBIK)」というプロジェクトでは、私たちのシステムがまだ未成熟だったがゆえに、人間の手では生み出せないような異形のデザインが出来上がったんです。長見さんはAIやアルゴリズム独自のデザインをすごく面白がってくれる方なので、「面白いものができた」という手応えはありました。

シンフラックスとハトラによる共同プロジェクト「AUBIK」のパーカ

 でも、次に協業したゴールドウインの「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」では、量産化の壁にぶつかりました。当時のアルゴリズミック・クチュールは、ゴールドウインのスポーツウェアとしての高い品質基準と、量産向けの工場での縫製に適した型紙の設計に対応できるものではなかったため、ディレクター(当時)の大坪岳人さんから「君たちのシステムは確かに面白いけど、大量生産品の機能性や意匠設計に必要な要件を満たす必要がある」と鋭い指摘を受けたんです。それで、数千〜数万枚という大量生産に必要な条件をAIのシステムに学習させていき、ようやく量産可能になったのが2022年頃でした。

ゴールドウインとのコラボプロジェクト「SYN-GRID」のジャケット

 そして、2024年にローンチした「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE)」とのプロジェクトでは、デザイナーの宮前義之さんとともに、ブランドが持つ重要な価値観と量産のクオリティをどう両立させ、面白い服を生み出すかという、さらに高いレベルの創作に挑戦しました。

 イッセイ ミヤケでは、まずベースに三宅一生さんが掲げた「一枚の布として」という重要なものづくりの価値観があり、その上でちゃんと縫製が可能か、環境的なインパクトを減らせるか、どう面白くアルゴリズミック・クチュールを使えるかといった多様なレベルの条件がありました。それらは一気に最適化することが難しく、デザイナーやパタンナー、職人の方々と対話をする中で一つずつ新しい条件が生まれ、それを人工知能にインプットさせながら共に学んでいくようなプロセスだったので、非常にエキサイティングでしたね。

エイポック エイブル イッセイ ミヤケとの「TYPE-IX Synflux project」のジャケット

── そのほか「サーキュラーデザイン戦略ツールキット」も開発されていますが、これはどういったものですか?

 これは経済産業省のプログラムで開発したもので、膨大で複雑な欧州の環境政策などを理解し、実際の製品開発やブランド戦略に活かすことをサポートするツールです。ワークショップ形式で、「ヴィジョンについての思考」「欧州の環境政策の検討」「実装までのロードマップ設計」という3つのフェーズを通して、取り組むべきことが明確になっていきます。これまで、ゴールドウインさんが部署間の対話やヴィジョンの共有のきっかけとして活用してくださったり、中川政七商店さんが工芸ならではの循環を考えるために使ってくださったりしました。

ツールキットは、3種類・計22枚の問題集のようなシートで構成されている。

── 日本のファッションブランドがまず取り組むべきステップとして、重要なこととは?

 ここ10年ほど、サステナビリティの取り組みは時間もコストもかかる素材開発が中心でしたが、直近のキーワードとして「レジリエンス(強靭性や回復力を指す言葉)」があると思います。国際的に見ても、サステナビリティを経済安全保障やサプライチェーンの強靭化の文脈と接続することで、経済合理性を兼ね備えた取り組みへと更新することに関心が移っていると思います。

 例えば、エネルギー価格や素材コストが上昇する中で、デジタル技術はエネルギーの省力化やコスト削減に貢献できます。製造プロセスを可視化して消費者に伝えるなど、新しい接点を作ることも可能です。まずはデジタルを活用してエネルギーやコストの最適化からサステナビリティに取り組んでみるのが、一つの可能性ではないでしょうか。この本の中でも「ツインサプライチェーンマネジメント」という戦略を紹介しているのですが、「グリーンとデジタル」を掛け合わせることを、ぜひ皆さんと一緒にやっていきたいです。

── 川崎さんは、書籍の帯やあとがきで「ファッションはトランジション(移行/更新)できると確信している」と断言されています。多くの複雑な課題がある中で、なぜそこまで確信を持てるのでしょうか。

 私は「アライアンス(同盟)」という言葉を繰り返し使っていますが、ファッションは、異なる分野の人々や、ロボット、AI、バクテリアといった人間以外の種と混ざり合って複雑な状況を作り出すことができる、非常に面白いフィールドだと楽観的に考えているからです。ファッションはこうした多様なエージェントが相互に創造性を発揮する、創発のための実験空間としての可能性があると思います。

 サステナビリティの問題でファッションは槍玉に挙げられがちですが、この20年間で「こういうことができるのではないか」というチャレンジの事例は格段に増え、多くの技術や知見が蓄積されてきました。それらを皆で共有して実装・実践していけば、可能性は十分にあると信じています。一方で、積み上げてきた中でコンセプトに矛盾や限界が出てきている部分もあるので、「惑星」や「プラネタリー」という考え方に共感していただける方たちとともに新たな議論やチャレンジを起こしながら、みんなで面白いものを作っていけたら嬉しいですね。

── 最後に、シンフラックスとしての今後の展望を教えてください。

 やりたいことは2つあります。1つは、AIの挑戦的な活用です。大規模言語モデル(LLM)や、AIを介して産業の問題解決を志すフォワードデプロイドエンジニアリング(FDE)などの進化が加速しています。これまでの強みを活かしつつ、サプライチェーンのあらゆるデータを包括的に最適化して、環境負荷を大幅に下げながら面白い取り組みができるようなシステムへと「アルゴリズミック・クチュール」を進化させていきたいです。

 2つ目は、グローバル展開です。先月「グローバル・ファッション・アジェンダ(Global Fashion Agenda)」が主催する「トレイルブレイザー・プログラム(Trailblazer Programme)」のアワードでグランプリに選出され、今年は初めてスイスの投資家から出資を受けたこともあり、今後はヨーロッパのブランドやメゾン、アジアのサプライヤーとのコラボレーションをぜひ成功させたいと考えています。

最終更新日:

■シンフラックス:公式サイト公式インスタグラム

聞き手&文・佐々木エリカ

Erika Sasaki

FASHIONSNAP 編集記者

埼玉県出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、国内大手アパレルメーカー、ケリング傘下ブランドのMDなどを経験した後、2023年にレコオーランドに入社。現在はウィメンズのデザイナーズブランドを中心に、サステナビリティやSDGs、教育分野も担当。ファッションやカルチャーに加えてジェンダーや社会問題にまつわるトピックにも関心があるため、その接点を見出し、思考や議論のきっかけとなるような発信をしていけたらと願っている。

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