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「IWC」が示した未来の腕時計──「ウォッチズ&ワンダーズ」取材記vol.5

山本晃弘

 毎年ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブを取材していると、「ブランドの現在地」が伝わってくる瞬間があります。今年「IWCシャフハウゼン(IWC SCHAFFHAUSEN)」(以下IWC)が発表した「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」と「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・セラリューム®」は、“現在地”を突き抜けて、未来の腕時計を思わせる方向性を備えていました。

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 ドイツにルーツを持つIWC は航空時計を中心に“実用性の美学”を追求してきたブランドです。しかし今年は、その実用性が宇宙空間という極限領域へと押し広げられ、素材と構造の革新が、腕時計そのものの表情を変えはじめたことを強く感じました。

リューズなしで操作する「宇宙の時間」

 IWCはこれまでも宇宙飛行ミッションに関わってきましたが、それらは“航空時計の応用”にすぎませんでした。今年の新作 「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」 は、そこから一線を画します。これは、「宇宙飛行士が新たな時代の宇宙で本当に必要とするツールウォッチとは何か?」をゼロベースで見直し、白紙から設計された初のIWCウォッチ だからです。「宇宙で使うために生まれてきた」初めてのIWCと言っていいでしょう。

IWC「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」

 最大の特徴は、リューズを廃した操作系にあります。

✔️ ケース側面のロッカースイッチで、巻き上げ・タイムゾーン・モード切り替えを行う
✔️ ベゼル自体が“巻き上げ機構”として機能する
✔️ 厚手の宇宙服グローブでも操作可能

 この仕組みは「Vertical Drive(バーティカル・ドライブ)」と名付けられ、特許出願中。宇宙空間での“確実な操作性”を最優先にした結果、リューズという腕時計を象徴する伝統的なパーツを思い切って無くしています。

 宇宙船は90分で地球を周回します。つまり、宇宙飛行士は1日に16回の朝と夕方を迎えるため、そこでは地上のような「昼夜の感覚」は通用しません。

 この時計は、「ミッション基準時間(UTC)」と「ホームタイム」を明確に分けて読めるように、24時間針とセンター表示を組み合わせた独自のデュアルタイム構造を採用しています。地球のリズムを保ちながら、宇宙の“時間の揺らぎ”に飲まれないための時計。使われ方が変われば、時計の設計思想も変わる。その必然を感じます。

 このモデルは、IWC のパートナーであるVast社の厳格なテストを受け、2027年に打ち上げ予定の商用宇宙ステーション「Haven-1」での使用向け認証を取得しています。「最大10Gの振動」「-150℃から+100℃への急激な温度変化」「真空と放射線」──。こうした極限環境を耐え抜いた時計は、歴史的にもきわめて稀です。

 素材使いも宇宙基準。ケースはホワイト酸化ジルコニウムセラミック、ベゼルとケースバックはセラタニウム®、ストラップは一体型FKMラバーです。軽さ、耐傷性、温度変化への耐性を高いレベルで実現するための組み合わせで、いずれもIWCが長年磨き続けてきた素材工学の結晶です。宇宙服の腕に本当に収まる時計とは何か? その問いに対する回答が設計の端々から垣間見える1本でした。

IWC「パイロット・ウォッチ・ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」 

自動巻き(IWC自社製Cal.32722)、パワーリザーブ約120時間。デュアルタイム表示(ミッション基準時間24時間表示+ホームタイム)、日付表示、ロッカースイッチ式機能切り替え、リューズレス操作構造。ケース径44.3ミリ、厚さ16.7ミリ。ホワイト酸化ジルコニウム・セラミックケース、セラタニウム®製ベゼル&ケースバック、ホワイト一体型FKMラバーストラップ。10気圧防水。407万9900円

伝統の複雑機構時計に、青く輝く新素材を採用

 2本目の新作 「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・セラリューム®」 は、“発光する複雑時計”という、過去にない領域に踏み出したモデルです。

IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・セラリューム®」

 この時計の特長は、IWC独自の“セラリューム®”という新素材で、ケースそのものが発光するところにあります。セラミック粉末にスーパールミノバ®顔料を均質にブレンドすることで、太陽光や人工光から光エネルギーを吸収すると、ケースと文字盤とストラップのすべてが、暗所で青く発光します。しかもこの発光は 24時間以上持続するとされています。日中は白く、凛とした表情。暗所では、ケースごと青く光りだす“発光オブジェ”。ひとつの時計がまったく異なる2つの顔を持つという、視覚的な革新性があります。

 搭載されるムーブメントは、IWCが誇るCal.52616。7日間パワーリザーブを備え、「パーペチュアルカレンダー」「ダブルムーンフェイズ」「4桁年表示」といった高度な表示を、完全機械式で実現しています。技巧の極みである永久カレンダーを、あえて“発光するケース”という未来的な素材と組み合わせる。そこには、「古典と革新を同時に前へ進める」という IWC の決意が感じられます。

 発光素材の製造には高度な工程が必要で、均質化には専用のボールミルプロセスが導入されています。技術的難易度の高さを反映し、250本の限定生産です。

IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・セラリューム®」

自動巻き(IWC自社製Cal.52616)、パワーリザーブ約168時間(7日間)。永久カレンダー(月・日・曜日・4桁西暦年)、ダブルムーンフェイズ、パワーリザーブ表示、スモールセコンド。ケース径46.5ミリ、厚さ15.9ミリ。セラリューム®発光ホワイト・セラミックケース、ホワイト発光ラバーストラップ。10気圧防水。250本限定生産。1105万600円

そして腕時計は、次の世代にも受け継がれる

 IWCの2本を並べて見ると、共通しているのは、「”時計はこうあるべきだ”という思い込みからの解放」です。リューズをなくす。宇宙で使う前提で設計する。ケース全体が発光する。古典と未来素材が共存する。こうしたアプローチは、技術革新でありながら“エンジニアリングの哲学”でもあると感じました。

 IWC は、航空時計の歴史を礎にしながら、2026年の新作で次の段階へ踏み出しています。それは、「時計の使われ方そのものが変わる未来」を見据えたものでした。宇宙で使う時計。光る素材で時間の表情を一変させる時計。どちらも、ただの新モデルではなく、“腕時計の概念そのもの”を更新する試みでした。

ヤマモトの見立て

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今年のウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ取材シリーズの最終回として、この2本を取り上げるのはとても象徴的だと感じます。あるブランドは歴史を紐解き再解釈し、また、あるブランドは技術や素材の圧倒的な進化を探る。

腕時計は次の世代にも引き継がれる──そう確信した取材となりました。

会場写真©2026 Watches and Wonders Geneva Foundation
※腕時計は未入荷や売り切れの場合もあります。また、為替レートなどの影響で価格が改訂されることがあります。

最終更新日:

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服飾ジャーナリスト / AERA STYLE MAGAZINE WEB編集長 兼 エグゼクティブエディター

山本晃弘

Teruhiro Yamamoto

「メンズクラブ」で編集者のキャリアをスタートしたのち、「ELLE a table(現ELLE gourmet)」「GQ JAPAN」「アエラスタイルマガジン」の3誌を創刊。2019年にヤマモトカンパニーを設立し、新聞、雑誌、WEBでファッションや腕時計について執筆する傍ら、ブランドの広告制作やコンサルティングを行っている。スイス現地での時計展示会やファクトリー取材は、20年以上にわたる。

ビジネスマンや就活生に着こなしを指南する「服育」アドバイザーとして、また、郷里である岡山のRSK山陽放送でラジオパーソナリティとしても活動中。著書に「仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。」がある。

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