

「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ 2026」を取材しながら、改めて、時計とは何かを考えました。今年は、「腕に着ける」前提を超えた時計も目立ったのです。そもそも時計は、「腕に着ける」以前から存在していました。置く、下げる、持ち運ぶ。時計本来のあり方に立ち戻る姿勢が、例年以上に厚みをもって提示されたのです。
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その潮流を語るうえで、「エルメス(HERMÈS)」、「ピアジェ(PIAGET)」、「ジャガー・ルクルト(JAEGER-LECOULTRE)」が示した方向性は象徴的でした。
目次
エルメスのポケットウォッチは“首から下げるアート”
エルメスが提示した「スリム ドゥ エルメス ポケット ROAAAAAR!」は、時計の概念を大胆に拡張する一本です。直径45mmのホワイトゴールドケース、エナメル文字盤。そして、カバーにはウッドマルケトリ(木象嵌=もくぞうがん)という緻密な作業で描かれたライオンの咆哮。もはや、時計を超えた美術工芸品と表現する方が正確です。

エルメス「スリム ドゥ エルメス ポケット ROAAAAAR!」
Image by: ©Joël Von Allmen
注目すべきは、“ポケットウォッチ”でありながら、レザーコードで首から下げるスタイルを推奨している点。胸元で揺れるその姿は、ジュエリーと時計の境界線を曖昧にし、19世紀のソートワール(ロングネックレス)を現代的に再解釈したようにも見えます。
アート、工芸といったものを守っていこうとするエルメスというブランドの矜持とともに、「腕から離れることで、時計はここまで自由になれる」のを示しています。

エルメス「スリム ドゥ エルメス ポケット ROAAAAAR!」
Image by: ©Joël Von Allmen
自動巻き(Hermès H1950/超薄型ムーブメント)、パワーリザーブ約48時間。ケース径45ミリ、厚さ10.45ミリ、ホワイトゴールドケース。ヴェール・シプレまたはブルー・サフィールのエナメル文字盤。ウッドマルケトリによるカバー付き。3気圧防水。世界限定3本。価格:3293万4000円(予定価格・2027年発売予定)。
ピアジェがジュエリーウォッチの歴史を現代に揺り戻す
“腕に着けない時計”の系譜を語るとき、ピアジェは特別な存在。1960〜70年代には、カフウォッチやソートノワール(ロングネックレス)で、時計をジュエリーへと開放し、ウォッチメイキングに新しい価値観を持ち込みました。ジュエラーとしてのジュエリー作りとマニュファクチュールとしての時計作り、いずれにも等しく力を注いできたブランドです。

ピアジェ「スウィンギング ペブル」
ブランドのDNAは、2026年の新作 「スウィンギング ペブル」にも息づいています。タイガーズアイ、ヴァーダイト、ピーターサイトといった、オーナメンタルストーンを丸ごと削り出して作られたペンダントウォッチ。21.4mmと小石のようなケースは、石の塊を繊細にくり抜き、自社製クォーツムーブメント355Pを収めた後、再び精密に閉じられる独特な製造工程を経ています。
この“石を彫る”制作方法そのものが、70年代のピアジェの創造精神を現代的に再解釈したものと言えるでしょう。揺れるたびに表情を変えるゴールドチェーンも、同社が誇るチェーンメイキングの伝統を反映したもの。時間を見る行為と、身につける所作のどちらも成立する、ピアジェらしい二面性があります。
ペンダントウォッチは、時計よりも“動きのためのオブジェ”に近い存在です。揺れ、光を拾い、色を見せる。かつては、パーティーで時間を気にするのはエレガントではないとされたものです。装身具としての魅力を持ちながら、必要なときに小さな文字盤の中で時間を知ることができる。これこそが、ピアジェが最も得意とする領域です。
“装飾のための時計”としても“時間のためのジュエリー”としても成立するこのソートワールは、2026年のジュネーブで見た中でも、最も象徴的な非・腕時計でした。

ピアジェ「スウィンギング ペブル」


(左から)“G0A51409”18Kホワイトゴールド×ピーターサイト(ケース径21.4ミリ)。
自社製クォーツムーブメント 355P。チェーンの長さ 80センチ。価格1513万6000円。“G0A51410”18Kイエローゴールド×タイガーズアイ(ケース径21.4ミリ)。自社製クォーツムーブメント 355P。チェーンの長さ 80センチ。価格:1214万4000円。“G0A51408”18Kピンクゴールド×ヴァーダイト(ケース径21.4ミリ)。自社製クォーツムーブメント 355P。チェーンの長さ 80センチ。価格:1214万4000円。いずれも発売時期は未定。
ジャガー・ルクルトはマーク・ニューソンと共演
時間を“空間”と“移動”に解き放つ時計。身に着けるスタイルから自由になった時計の世界を、さらに大きく広げたのがジャガー・ルクルトです。今年は、デザイナーのマーク・ニューソン(Marc Newson)が手掛けた置時計「アトモス」2作と、携行時計「メモボックス・トラベルクロック」を発表しました。これらは、時計を「部屋に置く」「旅に連れていく」といった文脈に分岐させた点で、2026年の潮流を象徴しています。

ミラノサローネ期間中に開催されたジャガー・ルクルトの展示会に登場したマーク・ニューソン
“空気で動く時計”「アトモス」がインテリアの主役になる
「アトモス」は、温度と気圧のわずかな変化で駆動する機械式置時計です。手でゼンマイを巻き上げたり、電池で電気を供給したりすることは不要。この独創的な駆動方式は、ジャガー・ルクルトが発明して、1928年のプロトタイプで発表した技術です。
ジャガー・ルクルトは、自社のためだけではなく、名だたる腕時計ブランドにムーブメントを供給してきた歴史を持っています。だからこそ、“マニュファクチュールの中のマニュファクチュール”の異名を持つのです。ゆえに、他が追随しない技術の置時計も作り続けているのでしょう。スイス本国でジャガー・ルクルトの開発部門責任者を務める浜口尚大氏に、「なぜ、他ブランドはアトモスの駆動方式で時計を作らないのか?」を問うたところ、「極めて難しい技術だからじゃないですか」との回答でした。
今年の主役となったのは、いくつかの「アトモス」をこれまでも手掛けてきたマーク・ニューソンがデザインした二つのモデルです。まず「Atmos Designer 568」は、透明な立方体のバカラクリスタルのケースに機構を閉じ込めた、彫刻のようなモデル。時を刻む“動きそのもの”を見せるためのデザインです。そして、「Atmos Hybris Artistica Tellurium」は、地球・月・太陽の運行を可視化する複雑機構を備え、部屋に小さな宇宙を配置するような作品。工芸性・科学性・装飾性の3つが、高度に融合しています。
ジャガー・ルクルトは、ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブに続くミラノサローネの期間中に「アトモス」を中心とした展示企画 「THE PERPETUAL TIMEKEEPER」 を開催しました。会場にはニューソン本人も登場し、デザインと機構が一体となるアトモスの世界観を語っていました。“時間の静けさ”をもたらす置時計の存在感は格別です。

ジャガー・ルクルト「Atmos Designer 568」
温度・気圧差で駆動する機械式置時計(アトモス機構)。マーク・ニューソンによるデザイン。透明ケース(バカラクリスタル)に機構を収めた立方体構造。金属フレーム+アトモス専用キャリバー。巻き上げ不要の環境駆動式。752万4000円

ジャガー・ルクルト「Atmos Hybris Artistica Tellurium」
温度・気圧差で駆動するアトモス機構。地球・月・太陽の位置関係を可視化するテリュリウム(天文表示)搭載。マーク・ニューソンによるデザイン。複雑天文モデルとしての置時計仕様。3台限定。価格要問合せ
「メモボックス・トラベルクロック」旅先でスタイリッシュに目覚めるために
同時に発表された「Memovox Travel Clock」は、より実用的な「携行の時計」です。折りたたみ式ケースで持ち歩きやすく、ホテルのサイドテーブルに置くだけで、そこに小さな“整った時間”が生まれます。

ジャガー・ルクルト「Memovox Travel Clock」
手巻き(アラーム機構付きトラベルクロック仕様)。折りたたみ式ケースによる携行設計。アラーム表示、時・分表示。マーク・ニューソンによる新デザイン。出張や旅行用の卓上時計として開発。567万6000円
スマートフォンのアラームとは異なり、機械式アラームが鳴る瞬間の確かな手触りが、旅先の朝に独特の気配を与えてくれます。「アトモス」が“家に置く時間”のための時計だとすれば、「メモボックス」は“旅の時間”のための時計です。
ニューソンによるデザインの力も相まって、ジャガー・ルクルトは「時計が存在する場所を広げていく」可能性を示しているように感じました。
ヤマモトの見立て

2026年のウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブを振り返ると、時計はもはや“腕で確認する時間”にとどまらず、「身につけて揺れる」「部屋に置かれて佇む」「旅に連れていく」といった、より広い次元へと拡張していました。それは、時計の本質である「時間をどう扱うか」の問いに対して、各ブランドが新しい角度から答えようとしている姿にも見えます。
腕に着けなくとも、美しい時計は存在します。今年のジュネーブでは、そのことが、確かな説得力をもって提示されていました。

会場写真©2026 Watches and Wonders Geneva Foundation
※腕時計は未入荷や売り切れの場合もあります。また、為替レートなどの影響で価格が改訂されることがあります。
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