左)玉井健太郎 右)山縣良和
左)玉井健太郎 右)山縣良和
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Fashion インタビュー・対談

【対談】リトゥンアフターワーズを作った2人が振り返る10年とこれから

アウトサイダーであり続けた10年

−2人は今どういう関係なんですか?

山縣:腐れ縁みたいな感じですね(笑)。

玉井:一番近いなって思うのは、仲の悪い兄弟という感じです。距離感のある兄弟というか。

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−同い年なのにですか?

玉井:そうですね。振り返ってみるとセントマ(セントラル・セント・マーチンズ)で会ったのが最初ですから、もう17〜18年の仲になります。実は一緒にブランドをやろうと話を切り出したのは僕なんですよ。ロンドンの「マーガレット・ハウエル(MARGARET HOWELL)」で働いていたんですが、ビザの更新が難しくて帰国することになり、このまま日本のマーガレット・ハウエルで働くか、辞めるのか選択しなければなりませんでした。それで良和とブランドを一緒にやりたいと思い、東中野の居酒屋に呼んでサッカー中継が流れる店内で話したのを覚えています(笑)。

山縣:当時僕は絵を描いたり、学校で非常勤講師をしたり個人で活動していたんですが、ちょうどブランドをやりたいなと考えていた時期だったんです。それで僕がチーフデザイナーのような立ち位置で、彼が社長、そこに僕の兄を入れて3人でブランドを運営していくことにしました。

−その後現クールジャパン機構 代表取締役社長の太田伸之さんが中心となって開催された「ヨーロッパで出会った新人たち」でデビュー

山縣:自分たちで企画を太田さんに持ち込み実現したイベントでした。ブランドを立ち上げると言っても、何をしたらいいのかわからなかったので、とにかくいろいろな人に相談してみようと思ったんです。

−「ヴェトモン(VETEMENTS)」のデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)や「タロウ ホリウチ(TARO HORIUCHI)」、「ミキオサカベ(MIKIO SAKABE)」などが参加したインスタレーションでしたが、反響はありましたか?

山縣:デビューにも関わらず、麥田さん(「QUOTATION FASHION ISSUE」ファッションディレクター麥田俊一)をはじめとしたジャーナリストの方に記事を書いて頂けたのは嬉しかったです。展覧会の入場者数も1週間で1万人を超えたと聞いています。

玉井:今思うとモチベーションと覚悟が相当あったんだと思います。

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−玉井さんはデザインを山縣さんに任せることに不満はなかったんですか?

玉井:セントマ時代から良和の表現を面白いと思っていて、当時は彼を支える名脇役になれたらいいなと考えていました。あくまでブレインは良和と決めていたので、彼の表現に対して異論を唱えたことは恐らくなかったと思います。ただそのせいで自分の立ち位置がわからなかったということは正直ありましたね。自分がどこまで手を出していいのかわからなかったというか。

"ゴミ"のコレクション「Graduate Fashion Show」で玉井さんはリトゥンアフターワーズを卒業します

玉井:「玉井は山縣を見捨てた」とか、「見切りをつけて出ていった」みたいことを結構言われましたね(笑)。

山縣:ショー自体もかなり賛否両論ありましたね。本番直前までバックステージは無茶苦茶で、とても大変だったのを覚えています。

yamagata20171208.jpg2009-10秋冬コレクション

−なぜ辞めたんですか?

玉井:「このままだとお互い腐るから」という話を良和に言われたのがきっかけでしたね。

山縣:どういうバランスでやっていいかわからなかったんですよね。お互い気を使っているのも分かっていましたし。どうしたらいいかわからなくなり悩んだ結果、2人でやる最後のショーでゴミを使って服を作ってしまって(笑)。

玉井:でも僕はあのコレクションは良和なりに完全に振り切っていると感じられたので好きなんです。それこそ10周年なので、今回のショーにアーカイブとして出すんじゃないかと期待したんですがなかったですね。

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山縣:ブランドとして"更新"を見せたほうがいいかなと思って出さなかったんだよね。

玉井:じゃあ実際このあとどう更新していくの?やっぱり10年はある意味区切りなわけで。

山縣:真ん中をやりたいって気持ちはあるよ。これまではファッションのアウトサイドをやってたから。「これもファッションなんじゃないか」って。これからは具体的には、職人に近づいていきたいっていうのがある。いろいろな職人さんと仕事がしたいなって。

−なぜそう思うようになったんですか?

山縣:僕の原風景になっているのが、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)で働いていた時の環境なんです。ガリアーノのショーはぶっ飛んでいますが、実は服のクオリティーを支えるクチュリエが近くにあるんですよね。職人とクリエーティビティーのぶつかり合いっていうのは、やはり自分の中でどこか憧れている部分があるんです。これまではファッションの領域を外へ外へと広げてきましたが、これからは内へ内へと自分なりにもっと服の中心と向き合っていきたい。むしろ逆に内に入った方が、クリエーション面でも更なる広がりが出てくるのではないかと考えています。

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玉井:ただ、今回のショーもだけどやっぱり「Graduate Fashion Show」の頃の方がフォルムの解像度がもっと高かったでしょ?1体1体ルックに対しての細かい部分が見えてたと思う。年をとったことも関係があるのか、体力的な部分とブランドの規模的な部分で服のディティールが粗くなっている気がする。もちろん今が劣っているとかそういうことではなくて、これぐらいの集中力でやったものを見たいなという気持ちがあるんだよね。

山縣:あなたも同じだけ年とってるから(笑)。でも確かにワイドになりすぎて、細かい部分を詰めきれていなかったっていうのはある。

玉井:それができてこそ、職人さんと組む意味があると思う。粗い今のデザインに技術を加えてもうまく融合しないんじゃないかな。

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