今年のお買い物を振り返る「2022年ベストバイ」。1人目は、昨年の出演が大好評だった、ユナイテッドアローズの創立者の1人で上級顧問の栗野宏文さん。2年前に開設したインスタグラムは、栗野さんの私服やスタイリングを見ることができると業界内外から好評です。
「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」と「ニューバランス(New Balance)」とコラボし話題を集めた「自由な背広」など、今年も私たちをワクワクさせるような企画を立ててくれた栗野さんが選ぶ2022年に買って良かったモノ10点。
目次
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Maison Margiela のジャケット
FASHIONSNAP(以下、F):栗野さんといえば業界の“マルジェラ通”としても知られています。
栗野宏文(以下、栗野):これは1年ほど前から気になっていたピースで。
F:昨年も「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」のジャケットを購入されていましたよね?
栗野:そうですね。あれも気に入っていたのですが「もう少しだけ薄い生地感のものが欲しいな」と探していて、見つけたのがこれです。国内外のどのオンラインサイトを見ても大きいサイズしか残っていないくて。数シーズン前に出たものだし、半ば諦めていたんです。
F:ではこのジャケットはどのように手に入れたんですか?
栗野:出張でロンドンに行った時、帰国前にマルジェラのお店に寄ったんです。さっと見て帰ろうと思ったらショップスタッフが「ここにないものもありますよ」と声をかけてくれて、ダメ元でこのジャケットの写真を見せたんです。そしたら「サイズが合うかわからないけれど、お店から歩いて数分の倉庫にストックがあるから、取りに行ってくる」と。でも、サイズが大きかったり、実物をみて気に入らず、買わなかったら申し訳ないじゃないですか。そしたら「私はいま、ヨーロッパ中の在庫を見ました。パリにはサイズ42とサイズ44があるから、もしこの後パリコレ等でフランスに用事があれば、そちらで買ってもいいんじゃないですか」と。
F:かつてはビームスの看板販売員だったことでも知られている栗野さんを唸らせる接客だった、と。
栗野:自分のお店の売上を立てよう、という接客ではなく、アイテムを探しているお客さんに対して全力で協力してくれたんですね。しかも、倉庫から持ってきてくれたジャケットもサイズ46でぴったりでした。
栗野:このジャケットは、おそらく「ロバットミルズ(Lovat Mill)」というスコットランドの生地屋さんを使っているかと。フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)在籍時の「セリーヌ(CÉLINE)」がよく使用していたと聞いたことがあります。
F:着丈がジャケットにしては長めで、袖口にかけて末広がりになっているシルエットが特徴的ですね。
栗野:おそらく着想源は、乗馬用に特化したディテールを備えるホースライディングジャケットと、ハンティングジャケット。それらの要素をミックスしているんだと思います。つまり、イギリスの古典的なスポーツの様々なモチーフが随所に散りばめられている。
F:具体的にはどのようなポイントに着想源のニュアンスを感じますか?
栗野:一番分かりやすいのは、上襟の裏地が赤であること。これはおそらく「狩猟者からの誤射対策として目立つ色の服を着用すること」がソースだと思います。
F:内ポケットが大きいのも気になります。
栗野:これもハンティングジャケットの特徴でもある、ゲームポケットが元ネタだと思っています。ゲームポケットというのは、捕らえた小型の動物などを入れて使用されるもの。だから通常のポケットよりも大きかったりします。
F:言われてみれば、こんなに大きな内ポケットはシティライフでは必要ないですよね。
栗野:僕はイギリスが好きだけど、イギリスに行って乗馬をするわけでもないし、ハンティングが良いこととも思わない。しかし、長い歴史があったからこそ生まれた文化があると思うし、そういうものは残すべきだと思っています。だからこそ、実際にイギリスの服飾文化を現代のアイテムとしてしっかり形にして残しているのは本当に奥深いな、と。
F:平置きされた時のシルエットが角張っておらず、丸いですね。パターンも複雑そうです。
栗野:ジョン・ガリアーノ(John Galliano)ももちろん凄いけれど、型紙や縫製などを含めたチームが素晴らしい。ブリティッシュ・ディテールが詰まっている上に、作りが美しいなら買わない手はない。これに関しては完全に“リスペクト買い”でしたね。
Carusoのセミオーダージャケット
F:続いてもジャケットです。
栗野:「カルーゾ(Caruso)」で、モデルやボタン数、生地などを選ぶセミオーダー形式で購入しました。僕は今回「アイーダ」というモデルを選びました。
F:メタルボタンに紺色のシンプルなジャケットです。セミオーダーでありながら、オーソドックスなブレザーという印象を覚えます。
栗野:「THEブレザー」が欲しかったんです。だから2ボタンでパッチポケットにして、素材をカシミヤにしました。
F:なぜ最もベーシックなブレザーが欲しかったんですか?
栗野:既にジャケットをたくさん持っているから(笑)。それでもまだ買っているんですけどね。とはいえ、そんなにじゃんじゃん買わなくはなってきたし、最近はベーシックなものを手に取りがちです。
F:数多のジャケットに袖を通したであろう栗野さんが思う、カルーゾのジャケットの魅力は?
栗野:軽い、着やすい。これにつきます。
F:それは生地が良質なものだから?
栗野:生地もそうですけど、仕立てが良いから体に負担がかからないんです。例えば、肩の作り。これは肩パットが入っていないにもかかわらず、肩の形にしっかりと沿っている。人間の体は角張っていないので、いかに曲線を綺麗に表現できるかに全てがかかっています。その点、カルーゾのジャケットは美しいカーブを描いていて、ただ身体に乗っているだけだから楽で綺麗。
F:セミオーダーということは、栗野さんの身体をきちんと測って仕立ているわけではないんですよね?
栗野:そうですね。今回お願いしたのはパターンオーダーなので、型があって、サイズがあって、選べるのはウエストの絞り方くらい。でも完全に僕の体型に合わせて作ったみたいにみえるでしょ(笑)? これがカルーゾの凄いところです。既製品でこれだけ綺麗に体に沿うように作れるブランドはそうそうないんじゃないかな。
F:他にもカルーゾの技術が感じられるポイントはありますか?
栗野:ステッチですね。100%の手縫いであれば、その名の通り手作業でジャケットの端を星のようにステッチをかけるのですが、カルーゾでは、AMFというミシンを使っています。機械でステッチが掛けられているのですが、手作業のニュアンスが十分に表現できている。素晴らしい技術です。
F:胸ポケットが少しだけ曲がっているのもアクセントになっていますね。
栗野:そういうところがやっぱり、彼らの「こっそりとうるさいところ」で僕の好きなところでもある(笑)。
F:(笑)。真っ直ぐの方が縫製としては簡単ですもんね。
栗野:わざわざ少し斜めにしているんです。
栗野:僕のお気に入りポイントは、襟のボタンホールだけ手縫いであること。このジャケットに限らず、カルーゾのジャケットは全て、襟のボタンホールだけは手縫いなんです。
ちょっと話が脱線するかもしれないんですが、このジャケットにまつわるエピソードがあって。今年、僕は「ユナイテッドアローズ(UNITED ARROWS)」とコム デ ギャルソン、ニューバランスが協業したポップアップストア「自由な背広」を開催したんですが、その時にカルーゾのジャケットをギャルソン本社で提案しました。そしたら、ギャルソンの生産の方が来場されて一目見た瞬間「ボタンホール、手縫いなんですね」と言われて。気づいてもらえたことが、嬉しかった(笑)。
F:ちなみにこのジャケットはいくらで購入されたんですか?
栗野:30万円しないくらいかな。今は円安の影響であまり参考にならないかもしれないけど、ラグジュアリーブランドだったら50万円〜100万円が相場。素材がカシミヤということを考えても比較的お手頃なのではないでしょうか。
F:「栗野さんといえばジャケット」というくらい定着したイメージがありますが、栗野さんがジャケットに求めるものは?
栗野:生地と完成度かな。
F:「完成度」というと?
栗野:縫製とパターンですね。車や時計のような精密機械における「完成度」と、服、特にテーラーリングにおける「完成度」は意味が違うと思っていて。例えば、ミシンで機械的に縫った方が綺麗ではあるけど、手縫いだったら、生地や糸に余裕を持たせることができるから、動きやすかったり疲れなかったりする。そういうことが、ジャケットの奥深さですよね。
OVERCOATのウールケンピブルゾン
F:ジャケットはトレンドとして完全に復活していますが、ブルゾンはまだ新鮮ですね。
栗野:リバイバルというより、「昔流行った服」というイメージがまだ強いですよね。でも、さすがは「オーバーコート(OVERCOAT)」。絶妙なシルエットでカジュアル過ぎない。「大人のブルゾン」とでも言えば良いのでしょうか。例えばグレーのウールパンツに合うし、下にネクタイを差し込んでもいい感じです。
F:このブルゾンが子どもっぽく見えないのはどのような工夫が施されているからなんでしょうか?
栗野:リブの長さや幅が絶妙に設計されているのが一番大きな要因だと思います。ひとつひとつのリブの太さが、これ以上細いと作業着っぽいし、これ以上短いとボマージャケットみたいになってしまう。一番象徴的なのが、このブルゾンは袖を捲っても腕で止まらないんですよ。それは、作業着ではなく、ウェアだから。
F:シルエットへのこだわりはどうでしょう?
栗野:ブルゾンの語源は「ブラウジング(ふくらませる)」なんですが、その中でも膨らんでいる方だと思うし、丈も長い方なんじゃないかな。
F:オーバーコートは、独自のパターンメイキングにより、サイズやジェンダーから解放された服に定評があります。
栗野:ジェンダーレスだからと言って、信念や服があやふやではなく、頼り甲斐があるのが一番の魅力ですよね。軸がしっかりしているな、と。それは「ものが作れる」という絶対的な技術力があるからなんでしょうね。
F:絶対的な技術力とは具体的に?
栗野:今回紹介したブルゾンの場合は違いますが、大丸君が一番得意としているのは、背中にプリーツが入っているアイテム。あのプリーズがあるだけで、どんな体型の人でも着ることができます。つまり、服としての機能性や合理性をカバーしている。具体的にいえば、5サイズ展開をしなくても、2サイズあれば大抵の人々のサイズをカバーすることができる。そういう意味では実にサステナブルだと思います。それはパターンを知り尽くしている人じゃないと出来ないこと。「あのプリーツは特許とった方がいいと思うよ」と大丸君には何度も言っています(笑)。
F:ピーター・マイルズ(Peter Miles)がデザインしたというロゴからも、無駄な装飾がなくシンプルであるが故のブランドの魅力を感じさせますよね。
栗野:それが多分、大丸君のルーツなのでしょうね。シンプルだけど、ちゃんとしている。限界まで不要なものを省きつつ手抜きが一切ない。
栗野:比較的親しいので、機会があればよく話すのですが、物を見た時に彼は頭の中で展開図を作っている、と言うんですね。展示会に行った時も、会場に空き缶や服など、様々な物が分解された状態で展示されてあって。あれは、大丸君の頭の中なんだな、と。若干のサイコパスみを感じるし、だからこそ彼が作るものは良い。日本には職人気質の素晴らしいクリエイターはたくさんいる。ただ、そこに一部の狂気があるとやっぱり頭一つでるのかな、なんてね。
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