トレンドの最前線を行く者、映画の最新作も気になるはず──。今月公開が予定されている最新映画の中から、FASHIONSNAPが独自の視点でピックアップする映画連載企画「Fスナ映画部屋」。
今回は特別編! ファッションフリーク待望の映画「マルジェラが語る"マルタン・マルジェラ"」の公開に先立ち、ユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文さんと、アントワープ王立芸術アカデミー卒業生の「ミキオサカベ(MIKIO SAKABE)」デザイナー坂部三樹郎さんの対談が実現。マルジェラファンの2人がマルタンや映画の魅力を語り尽くします。
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気になるあらすじは?
常に時代の美的価値に挑戦し、服の概念を解体し続けたデザイナー、マルタン・マルジェラ。キャリアを通して一切公の場に姿を現さず、あらゆる取材や撮影を断り続け匿名性を貫いた。本作の監督のライナー・ホルツェマーは、難攻不落と思われた彼の信頼を勝ち取り「このドキュメンタリーのためだけ」「顔は映さない」という条件のもと、マルタン・マルジェラが初めて映画の制作に協力。ドローイングや膨大なメモ、7歳で作ったというバービー人形の服が公開されるほか、ドレスメーカーだった祖母からの影響、ジャン=ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)のアシスタント時代、ヒット作となったタビブーツの誕生、「エルメス(HERMÈS)」のデザイナー就任、51歳での突然の引退など、ベールに包まれていた全貌がマルジェラ自身の言葉で初めて明かされる。
■マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”
公開日:2021年9月17日(金)
渋谷ホワイトシネクイント、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか。
上映時間:90分
監督・脚本・撮影:ライナー・ホルツェマー
出演:マルタン・マルジェラ(声のみ)、ジャン=ポール・ゴルチエ、カリーヌ・ロワトフェルド、リドヴィッジ・エデルコート、キャシー・ホリン、オリヴィエ・サイヤールほか
公式サイト
一足先に「マルジェラが語る"マルタン・マルジェラ"」を観た、栗野宏文と坂部三樹郎による ゆる〜い座談会
ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当。大学卒業後、ファッション小売業界で販売員、バイヤー、ブランド・ディレクター等を経験。1989年にユナイテッドアローズ創業に参画し、販売促進部部長、クリエイティブディレクター、常務取締役兼CCO(最高クリエイティブ責任者)などを歴任し、現職。2004年に英国王立美術学院より名誉フェローを授与。LVMHプライズ外部審査員。無類の音楽好きでDJも手掛ける。
1976年、東京都生まれ。成蹊大学理工学部卒業後、2006年、アントワープ王立芸術アカデミー・ファッション科を主席で卒業。台湾出身のシュエ・ジェンファンとともに「MIKIO SAKABE」を設立。
ーまずは率直に、お二人の感想を教えてください。
坂部三樹郎(以下、坂部):僕はとても好きな映画だったんですが、栗野さんはどうでしたか?
栗野宏文(以下、栗野):いい映画だったと思いますよ。同作の監督は「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」を製作したライナー・ホルツェマー。マルタンと同じく、密着取材を断り続けた孤高のファッションデザイナー ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)を撮っています。
坂部:僕、ドリスの映画は観ていないんですよね。「We Margiela マルジェラと私たち」(以下、We Margiela)は観ましたけど。
ーWe Margielaではマルタン本人は出演せず、マルタンを知っている人たちへのインタビュー映像で構成されています。噂ではマルタンへの許諾はなく、彼が満足いくものではなかったとか。
栗野:We Margielaは見ていて寂しい気持ちになるのよ!(笑) マルタンの不在感だけが最初から最後まで際立ってしまっていて。
坂部:結果的にですけど、We Margielaがあったから、この作品が出来たんじゃないかと。We Margielaに納得していなかったマルタンが、ドリスの映画を観て、あるいは誰かから観せてもらって、「この監督になら撮ってもらってもいいかも」と思ったのかもしれない。
栗野:監督インタビューでも同じようなことを言っているから、坂部くんのおおよその予想はあっていると思う。We Margielaを観て、自分が認めたくないものがあったからこそ、マルタン自身が自分でも良いと思える映画を作りたかったんだろうね。それでも監督は、マルタンと打ち解けるまでにかなりの時間を要したとのこと。
マルタンが信頼を寄せる人たちが僕の「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男 」を観てくれていて、最高の組み合わせだと彼に助言してくれたんだよ。最初のメールを出してから半年後、ついにマルタンから返信が来た。「もしまだ映画作りに興味があるのなら、会わないか」ってね
ー映画監督 ライナー・ホルツェマー
栗野:マルタンは今作までインタビューを受けたことがなかったから、自分が言いたいことを文章にまとめて撮影場所に訪れたそうです。でも、ホルツェマー監督は「読んでいる感が出てしまうから」と言う理由で断った。その代わりにインタビューする際の撮影班を最低人数に絞って、かつワイヤレスマイクを付けることでマルタンが身構えないように提案したそうです。仕事の手を止めさせず、話したい時は話すままにしていた、と。
坂部:だからインタビュー感がない、独白のような語り口になっているんですね。
ーワイヤレスマイクの提案もそうですが、必要最低限の情報のみを載せた真っ白なメインヴィジュアルも映画のポスターデザインとしては異例で、細部に至るまでマルタン・マルジェラに寄り添っているのが伝わってきます。
坂部:劇中歌もベルギーのロックバンド「デウス(Deus)」が多く使われていましたし。
栗野:そうなんだよね。マルタンの生まれ故郷であるベルギーのロックバンドを中心的に使用するというのは、監督からのリスペクトを感じたかな。マルタンらしくなるものは、なるべくマルタンぽくしてあげるというか。
ー坂部さんはこの映画の魅力はどこにあると思いますか?
坂部:多くの人が、マルタンのミステリアスな部分だけを享受していたのだとしたら、彼のヒューマニティーが感じられる良い映画なんじゃないかな、と。
栗野:それでいて、創作の秘密みたいなものもはっきり表されている。
坂部:実際、マルタン・マルジェラという人物像は、みんなが話すことで創造された部分が多いと思うんですよ。
栗野:ほとんどの人は、会ったことも喋ったこともないだろうから、彼の服だけを見て人間像を構築するだろうね。例えば「小難しい人なのかな」とか。
坂部:つまり、どうしてもすごくアーティスティックでコンセプチュアルなイメージが先行するはずなんです。でも、この映画を通して本人の声を聞くと柔らかい印象を受けるというか……。喋り方一つ取っても、硬くコンセプチュアルな人ではなくて、結構直感的なところもあったんだ、と。みんなで作り上げたマルタン・マルジェラ像と本人のズレが凄まじかったし、僕も「あ、こんなに柔らかい人なんだ」と意外でした。
ー栗野さんは、1994年9月に世界6都市、9ヶ所で同じコレクションを見せるという「メゾン・マルタン・マルジェラ(Maison Martin Margiela)」のプロジェクトに携わっていますよね。マルタンの第一印象は?
栗野:「優しい人だなあ」というのが第一印象です。マルタンと接点のある人から聞いても「穏やか」「良い人で、人間性が素晴らしい」とみんな言う。
坂部:劇中で、メゾン・マルタン・マルジェラのランウェイを歩いたモデルも同じことを言ってましたね。「彼が服を着させてくれる手に、優しさを感じる」と。その手にずっとフォーカスを当てている本作は、手が本人の代わりに喋っている部分もあります。声とか喋り方とかを含めて、滲み出ているものがすごい人。「人情味が溢れている」とでも言うんでしょうか。
栗野:この話になると思い出すのは、東京の責任者として携わった1994年メゾン・マルタン・マルジェラのプロジェクトで、僕がマルタンに「選曲はどうする?」という問いを投げかけた時のことです。マルタンは「12体のルックを着る9ヶ所のモデルに、好きな曲を選んでもらって作った108曲のプレイリストをランダムに繋げるつもりだ」と。モデルに対するリスペクトが強いな、と思いました。
坂部:映画の中でも、ランウェイの上を歩いたことのない素人をキャスティングし「君が好きなように歩いていいよ」と助言するシーンがありました。モデルを「着る人形」ではなく、「生きた人間」として信頼している気持ちがとても強いし、「生きた人間らしさ」を誘発するようなものが好きなのかな。
ー「生きた人間らしさを誘発」というのは具体的に?
坂部:例えば劇中でも言及されていた、移民のファミリー層が多く住むパリ市北東部で行ったショーもそうだと思います。当時ファッションショーの会場といえばルーヴル美術館の中庭かその周辺。決して治安がいいとは言えない北東部でのショーなんてもっての外だったと思います。でも、マルタンは「人間らしさ」を誘発するためにあえてそこを選んだ。自家用車やリムジンで馴染みのないエリアに入った来場者の戸惑う反応というのはある種「人間らしさ」が滲み出る瞬間だし、家の近くに突然ランウェイが現れ、「楽しそうだな」という純粋な理由でショーに乱入してくる子ども達も「人間らしい」と言えるでしょう。すごく深いコンセプトを作る一方で、そこからずれてしまうことも許容できてしまう。ものすごい振り幅ですよ。そこがマルタンの軸な気がします。
栗野:偶然を許容する範囲が人よりも広い気はするよね。例えば、マルタンが長らくアシスタントをしていた、ジャン=ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)は、ファッション界のタブーを全てやってきた人ではあるけど、逆に「結果OK」というタイプではない気がする。コントロールフリークとは言わないまでも、明確にやりたいものがあるからこそ、偶然の産物を全て受け入れるような人ではないのかな、って。
坂部:噂で聞いただけなんですが、学生時代のマルタンは、何をするのにも人より遅かったらしいんです。それで、思いついたのがヴィンテージアイテムのリメイクだったと。1から製作するのではなく、あるものを繋ぎ合わせて作品を作り出し、卒業ショーを行ったそうです。
ーその話は興味深いですね。マルタンのクリエイティビティに直結するエピソードのような気がします。
栗野:「締め切りがない」という感覚は「消費期限という概念が存在しない」という時間に対してとてもフラットな態度のようにも思う。もしかしたら、「タイムレス(平等な態度)」というマルタンへの評価は、人々が生み出したものではなく、マルタンの時間概念があったからこそ生み出された「発想」なのかもしれないね。
坂部:ギリギリまで自分を追い詰めるという事象が、時間の概念の上にないんですよ。細かく資料を作ったりもするんだけど、締め切りに追われることなく自分のペースを一定のリズムで刻み続けることができる人。マメな人って時間もきっちり守りそうだけど、マルタンはマメなのに時間という概念に縛られていないから面白い。すごいコンセプチュアルだけど、ゆるさとも両立しているのは、人間として興味深いです。
栗野:そのゆるさが保てたのは「家族に大事に育てられてきたから」なのかなと思います。例えば、彼はよく髪の毛をモチーフに取り入れますが、リンダ・ロッパに「当たり前ですよ、だって彼は実家が美容院だもの」と聞いて納得しました。祖父母に愛されて育ったゴルチエも同じで、子どもの頃から大事にしているぬいぐるみは今でも服のモチーフとして度々登場しますし、「愛されていた」という経験はクリエイションに大きく影響を与えるんだと思います。
※リンダ・ロッパ:アントワープ王立美術アカデミーで、アントワープ・シックスを輩出した。
坂部:「愛されていた」という自覚はきっと自信にも繋がりますよね。愛されて育ったマルタンはルールに縛られず、自由な気持ちで良いと思えるものを純粋に楽しんでいた時期が長かったのかも。「男の子はこうするべき」「普通はこう」みたいな言説に触れないで済んでいたというか。
ーミキオサカベも男性デザイナーでありながら、ウィメンズアイテムを作っていますよね。
坂部:近いかはわかりませんが、幼少期の記憶として、女の子と遊ぶとか男の子と遊ぶとかの差がよくわからなかったし、女の子が遊んでいる物の面白さに興味がありました。「興味の対象が人とは少し違うかも」とも思っていなかったので、純粋にそれを楽しんでいた時の記憶は強いですね。
栗野:具体的に楽しんでいたものは何?
坂部:宝石が好きでした。飽きずにずっと宝石を眺めていましたね。
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