
Image by: FASHIONSNAP

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ファッションブランドのアトリエには、そのクリエイションと同じくらい、デザイナーの美学や哲学が息づいているのではないか──そんな思いを出発点に、アトリエ取材を通してその空間やディテールから滲み出るクリエイションとデザイナーの真髄を紐解く企画「アトリエ探訪記」。
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今回は、英サヴィル・ロウ(Savile Row)の老舗テーラーや「ジバンシィ(GIVENCHY)」、Ye(カニエ・ウェスト)のオフィスなどで経験を積んだデザイナーの桑田悟史さんが手掛けるブランド「セッチュウ(SETCHU)」のミラノの新オフィス兼アトリエを訪問。ブランドが掲げる「和洋折衷」をはじめとしたものづくりの美学と哲学、桑田さんのルーツに迫った。
■SETCHU
桑田悟史が2021年春夏シーズンにスタートした、イタリア・ミラノを拠点とするブランド。和と洋の融合を表す日本語「和洋折衷」に由来し、「クラシックなものに一捻りを加える」をキーワードに、折り紙などから着想を得たアイテムを展開している。
桑田は1983年、京都生まれ。ピエール・カルダン(Pierre Cardin)のアシスタントを務めていた叔母や美大出身の祖父、母の影響を受けてファッションに目覚め、高校卒業後に「ビームス(BEAMS)」の販売員を経て21歳で渡英。サヴィル・ロウの「H.ハンツマン・アンド・サンズ(H.Huntsman&Sons)」などでテーラリングを学びながら、アートスクールのセントラル・セント・マーチンズに通学し、「ガレス ピュー(Gareth Pugh)」「ジバンシィ(GIVENCHY)」「イードゥン(EDUN)」、Ye(カニエ・ウェスト)のオフィスなどで経験を積んだ。2022年には、イタリア人デザイナー&イタリアを拠点にするデザイナーの発掘コンテスト「Who Is on Next」で最優秀賞を受賞、2023年6月にはファッションプライズ「LVMH Prize for Young Fashion Designers」でグランプリを受賞した。
目次
歴史あるミラノのファッションエリアに構える、ブランドの新たな拠点
セッチュウの新オフィス兼アトリエが位置するのは、「プラダ(PRADA)」や「ポール・スミス(Paul Smith)」のミラノ本社などが点在する、ミラノ南東部の古くからファッション企業が集うエリア。以前はナヴィリオ運河のあるポルタ・ジェノヴァ地区にアトリエを構えていたが、ブランドの成長に合わせ、より広いスペースを求めていたタイミングでこの場所と出会い、2025年6月に移転。もともとここは、「マルセル・パラダイス(Marsèll Paradise)」というクリエイティブな人々が集うギャラリーだったという。ちなみに、今年1月のミラノ・ファッションウィークでセッチュウの2026年秋冬コレクションのランウェイショーが行われたのもこの場所だ。



ブランドサインは、インターホンの部分にさりげなく。

建物の脇には地下へと繋がるスロープが。ショー開催時には、この場所にモデルたちがずらりと並んだ。
「このあたりは、元々は車の修理工場や倉庫が並ぶエリアだったんです。だから建物の作りはすごく質素。冬は寒く、夏は暑いですし、時々雨漏りもします(笑)。でも、このシンプルで工業的な感じが良かったんです。質素でもきれいに飾れば十分“ラグジュアリー”になります」と桑田さん。
約70〜80年前に建てられたという建物は、窓が多く外からの光がたっぷりと差し込む。壁や天井は、「退去時には白く塗らなければならない」というイタリアの慣習に倣い、歴代の借主たちが塗り重ねてきた痕跡が残る「白」をそのまま採用。インテリアも、シーチングを思わせる生成りや木、藁などの明るくナチュラルな色合いで統一されており、クリーンでありながらどこか心安らぐ温かみを感じさせる。

建物は3階建てで、全フロア合わせて約200平方メートルほど。今回見せてもらった1階は、主にショールームやモデルのフィッティングを行うスペースとして使用。「SETCHU」のロゴが入ったカーテンの向こうには、桑田さんや他のスタッフのデスク、ミーティングスペースなどが広がる。奥には、来月発表を控えた新作コレクションやそれにまつわるものが多数あるとのことで、今回は残念ながら非公開。地下1階にはアトリエ、2階にはストックスペースを構え、デザインからパターン製作、サンプル縫製、製品の出荷まで、ブランドのすべての機能がこの場所に揃っている。


「畳」と「工芸品」が物語る、デザイナーのルーツと美学
室内に足を踏み入れてまず目を引くのは、随所に配され積み重ねられた「畳」だ。テーブルや作業台、ベンチの天板として、あるいはモデルを立たせる背景としても活用されているほか、床に敷いてその上で作業をしたり、座ってお昼ごはんを食べたりと、多種多様な用途に姿を変えるという。

作業台やベンチの土台は、フレグランスの国際的見本市「ピッティ・フレグランス(Pitti Fragranze)」に招待された際、桑田さんがデザインし制作したもの。20年ごとに建て替えを行う伊勢神宮からヒントを得て、パーツは全て取り外し可能。傷んだ部分だけを交換して使い続けることができる、サステナブルな作りになっている。土台の素材は、赤松と胡桃の木。

ちょうど桑田さんが腰掛けているように、スタッフ全員がアトリエ内の思い思いの場所に座りながら、日々制作や作業を行っているという。

「僕が育った実家の部屋が畳だったので、この匂いがあると落ち着くんです。そして、もともと僕がものづくりをしていたのも畳の上でした」。桑田さんにとって「畳」は、単なるインテリアではなく、自身のクリエイションの原点。かつて畳の上で絵を描いていた経験は、現在の服作りにも深く影響しているという。
「畳の上で紙に線を引くと、畳の目の凹凸があるので、綺麗な円が描けなかったりしますよね。でも、パターンを1mm変えるだけで他のブランドと変わる服作りにおいては、それが僕のオリジナリティになっている。僕の描く線は、畳に育てられたんです」。直線を引くとき以外は定規を極力使わず、フリーハンドでパターンを引くという桑田さん。その唯一無二の線から、ブランドのアイコンである「折り紙ジャケット」も生まれたそうだ。
畳とともに空間を印象的に彩っているのは、桑田さんが日本各地を巡って少しずつ集めたという伝統工芸品の数々。釘を使わずに作られた桶や、相撲の力士が使う力水を入れる器、祝い事の際などに贈られる檜の角樽など、決して有名ではないが、その技術やものづくりの背景、もの自体の美しさに惹かれたものだけを厳選しているという。

左手前の檜の角樽は、ピッティ・ウォモでのブランド初のランウェイショー時に、モデルが手に持っていたもの。日本では昔、住宅の棟上げの際のお祝いとして黒と赤の漆塗りの角樽を贈る文化があったが、これは大工がその製作の見本として特に綺麗に仕上げたものだという。

盛岡で作られた「蓑」と、秋田のなまはげが腕に巻く装飾品

秋田で種類の異なる稲を用いて編まれた座布団
「みんなが知っているようなブランド化された伝統工芸品は、別に助ける必要もないじゃないですか。僕は、あまり知られていないけれど美しく作られているものの方が意味があると思うし、興味があるんです」。
前回のショーには秋田の「なまはげ」の藁の靴が登場していたが、アトリエにもなまはげの衣装の一部や、東北地方の「蓑」、稲わらの座布団などが点在している。
「こういったものは、東北地方で農家の方たちが、稲の穂を刈った後に残ったものを使って冬の間に作っているもの。だから『何個作ってください』と言ってオーダーできるわけじゃなく、その方が元気で、そのときある材料で作れる分しか作ってもらえないんです」。
なまはげの衣装
「このなまはげの衣装は、本来売ってもらえるものではなく、編み方を勉強しに現地に行ったときに『あげるよ』といただいたもの。とても考えて作られていますし、毎回開くごとに削られていったりと、その完璧ではないところに美しさを感じます。もうこれを編む人は日本に数人しかいないそうなのですが、だからこそ少しでも農家さんの助けになったらいいなと思っていますし、もっと多くの子どもたちにもなまはげを見てほしいですね」と桑田さん。こうした文化的遺産を、敬意を持って大切に飾っているという。

前回実際に現地を訪れた際に教えてもらったという編み方を、桑田さんが目の前で実演。「場所や人によっても作り方や編み方が違うんですよ。乾燥してるものを柔らかくするには、水に浸けて湿らすといいのですが、それは洋服の生地にも応用できる考え方なんです」
和と洋が調和する「折衷」の空間
畳や日本の伝統工芸品と静かに調和しながら共存しているのは、ヨーロッパで集められたヴィンテージと、さりげない名品プロダクトの数々だ。サヴィル・ロウのテーラーに必須だという三面鏡は、桑田さん自身が製作過程で服を着用し、フィットを確かめるために欠かせないアイテム。そのほか、フランスの教会にあったという古い木のベンチや、トスカーナの植木鉢、大理石のオブジェなども彩りを添える。

イタリア・パルマのヴィンテージ家具屋で手に入れた、1950〜60年代製のもの。折り畳むことができるため、パリのショールームにも毎回持参しているそう。


植木鉢やイタリアの古い牛乳入れなどとともに、前回のショーで用いた稲わら製のシートも並んでいる。

後ろのパーテーションは、トワルを製作する際のシーチングの素材を用いて、桑田さんが数年前にDIYしたものだ。
アトリエ内に点在する温かみのある木製の家具は、デンマークを代表する家具デザイナー ハンス・J・ウェグナー(Hans J Wegner)や、アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen)、バウハウス出身の建築家兼デザイナー マルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer)など、20世紀を代表する建築家やプロダクトデザイナーが手掛けた名品たち。インダストリアルな空間の中で、畳や日本の伝統工芸品、ヨーロッパのヴィンテージと自然に調和しながら佇んでいる。

テーブルと椅子は、ハンス・J・ウェグナーがデザインしたハートダイニングセット。日本の桶や、秋田産の稲わらの座布団、ヨーロッパらしいドライフラワーとの組み合わせが不思議と馴染む。

ハンス・J・ウェグナーのワゴンの上には、アルネ・ヤコブセンがデザインしたステルトン社のバーセットに、セッチュウオリジナルの和蝋燭。

ワゴンの下段には、桑田さんが小学校の担任の先生からもらい、5〜6歳ごろから愛用しているというムツゴロウの文鎮が。「これは今でもラッキーチャームですね」(桑田さん)

マルセル・ブロイヤーの「チェスカチェア」の上には、セッチュウのロゴ入り座布団が。
窓際に並ぶ「竹竿」をモチーフにしたユニークなフォルムのランプは、桑田さんが大好きだというイタリアンデザインの巨匠 アキッレ・カスティリオーニ(Achille Castiglioni)が手掛けた「トイオ(Toio)」。「いくつかあるうちの黒いランプの一つは、僕がジバンシィで働いていたときの初給料で、自分へのプレゼントとして買ったもの。今でも少しずつ買い足していっています」とその思い入れを語ってくれた。

隅々まで貫かれた「自分で作る」ことへの矜持
「手芸など多趣味な母親の影響で『ものは自分で作るものだ』と育てられてきたこともあり、なんでも自分で作るのが好きなんです。旅先でも、僕は売られているお土産を買うことはせず、工房を探して実際に行って作ります。そうやって、人生に一手間かけているんです」。そう語る桑田さんは、これまでずっと、国内外問わず自ら現地に赴き、学び、作ることを大切にしてきたという。
「暑い国なら涼しく過ごすための工夫がされていたりと、その土地ごとに作られた工夫を見るのがすごく面白くて。そういった、あまり他の人が気づかないようなところからヒントを得ることも多いです。着飾るために作られたものよりも、そういう“本当の機能性”や、蝶々の柄のように自然と生まれた機能美の方がきれいだと思うので、僕自身もそういうものを作っていきたいという思いがあります」。
アトリエ空間にも、桑田さんの実家から程近いという滋賀の信楽で作った信楽焼のスツールや、スタッフの故郷であるイタリア・プーリアで試作として作った陶器、来客をもてなすロゴ入りのグラスや箸まで、自らデザインしたものが多く揃う。

信楽焼のスツールは、物入れとしても使える一品。蓋には「SETCHU」の文字が。

中にはチョコレートやクッキー、柿の種などお菓子がぎっしり詰まっているという、意外な一面も。



プーリアで製作した陶器は両面仕様。

来客をもてなす際は、「SETCHU」のロゴが入ったオリジナルのグラスや竹製のコースター、箸、ナプキンを使用。お盆は輪島塗のもの。
「僕はサヴィル・ロウ出身のテーラーだからこそ、『実際に作り方を知って自分で作りたい』という思いがあります。だから、製作も工場に任せっきりにするのではなく、最初のプロトタイプは必ず自分たちの手で作り、改善できるところを自分たちで探る。それが一般的な他のブランドとの違いです。その代わり、新しい商品もそんなに多く発表できないですし、年に何回もコレクションを製作することもできないですが」。
ブランドが大きくなっても、自身が引退しない限りはこの姿勢を変えないという桑田さんの言葉には、ものづくりに対する真摯で誠実な思いと、その揺るぎない哲学が滲む。地下のアトリエでは、現在6人いるというインターンにも、ジャケットを一から手で作る、サヴィル・ロウで培った本物の技術を伝えている。
毎週金曜日の夕方には、皆で一斉にアトリエを片付け、掃除をしてから週末を迎えるという。「僕たちは見栄を張るラグジュアリーではなく、きれいにものを使って、きれいに見せることを大切にしています。元は安価だった工芸品が今では高価になっているのにも理由がある。それと同じように、きれいに高く見せながらも、安く売るために工夫して日々ものづくりを行っています」。
今回の探訪を通して見えてきたのは、セッチュウのアトリエは単なる“作業場”ではなく、「和洋折衷」というブランドの精神が、デザイナー桑田さんの生き方や哲学として深く息づく場所だということ。サヴィル・ロウや名だたるメゾンで培った確かな技術と、自らの足と手で「一手間」をかけることで磨かれた独自の美意識、世界各地の手仕事への理解と敬意が随所に感じられるこの空間は、まさにセッチュウそのものだった。
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