さまざまなフレグランスがあふれる中で、「ストーリーを語る香水」という独特のコンセプトを掲げるブランド「ビーディーケーパルファム(Bdk Parfums)」。祖父母と両親が高級香水店を経営する香水一家に生まれたデイヴィッド・ベネデック氏が手がけ、パレ・ロワイヤル地区を拠点にしている。愛するパリから、物語をまとう香りを提案するビーディーケーパルファムの魅力とは?来日中のデイヴィッドにブランドについて聞いた。
■デイヴィッド・ベネデック:1989年パリ生まれ、パリ育ち。トランシルヴァニアの亡命者である祖父母は、1950年代にパリで「ワース(Worth)」や「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」など有名ブランドの香水を販売することを初めて許可された数少ない人物だった。デイヴィッドは2010年に北京とニューヨークで経済学と経営学を履修し、2012年にアンスティチュ・フランセ・ドゥ・ラ・モードに入学し、香水と化粧品について学んだ。2016年に自身のブランド「ビーディーケーパルファム」を設立。
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ビーディーケーパルファムの誕生は2016年。ディレクターのデイヴィッドは経済・経営学を学び、その後パリの「アンスティチュ・フランセ・ドゥ・ラ・モード(Institut Français de la Mode)」で、世界最大の香料メーカー ジボダン(Givaudan)と共に香水の原料についてトレーニングする機会を得た。一流メーカーのクリエイションに触れ、香りを構築する楽しさを学んだデイヴィッドは、次第に自分が愛するパリの街と人を、香りに閉じ込めたいという挑戦にかられるようになったという。
「名だたるメゾンのフレグランスも素晴らしいものばかりで、その歴史を支える一員として仕事をする選択肢もありました。ですが、自分がフレグランスをクリエイションしていくと考えた時に、生まれ育ったパリの愛おしさを香りで語りたいと思ったんです」
パリのアトリエから見える街並み
デイヴィッドがブランドを立ち上げたのは26歳の時。フレグランス業界において、比較的若手が多いニッチフレグランスのシーンの中でも、当時最も若いフレグランスクリエイターのひとりだった。それでも、デイヴィッドが生み出す香りは、伝統的なムードを漂わせながら、モダンなエスプリが効いているように思う。トラディショナルなフレグランスを身近に感じながら育ち、現代を生きるデイヴィッドが提案する香り。それがビーディーケーパルファムの魅力だ。
その理由は、彼が育った環境に紐づいている。デイヴィッドの家系は60年以上にわたりパリでフレグランスのブティックを構えている。彼の父方の祖父母が第二次大戦後の1950年代初頭にパリに拠点を移し、初めての店を出す。デイヴィッドの両親にも受け継がれ、今もなお、名だたるメゾンのフレグランスをパリジャンたちに届けているのだ。
「私にとってフレグランスは生活の一部で、身近にあるのが当たり前でした。特に祖母との思い出が強く残っています。洗面台に彼女の美しいフレグランスコレクションが並んでいて、『どんな香りがするだろう』といつも心をときめかせていたんです。祖母は毎日とてもいい香りがしました。部屋で過ごす時も、華やかなファッションで街に出る時も、どんな時でも、まるで彼女のためにあるようにフィットした香りを身につけていました」
ビーディーケーパルファムのフレグランスには、デイヴィッドが愛するパリの地、そこで暮らす愛する人々との思い出や物語が詰め込まれている。例えば、パリジェンヌの1日を香りで描写する「パリジェンヌ コレクション」の中の「グリ シャーネル(銀色の情欲)」には、以下のようなストーリーが添えられている。
セーヌ左岸のティノ・ロッシ庭園。夜に集うダンサーたち。銀色の月と船明かりに照らされた体が音楽のリズムと混ざり合う。夏の暑さが二人の男女を喧騒から連れ出し、翌朝のシーツが眠れぬ夜の香りを放つ。
人気の香りのひとつ、「ブーケドゥオングリー(ハンガリーの花束)」は、祖母を思い描いて作り上げたもの。愛らしい祖母のパーソナリティーを彷彿とさせるような物語には、デイヴィッドの優しいまなざしが感じられる。奇しくも、この香りが完成したのを見届けて、祖母は天へと旅立った。
彼女はベッドから降りて身支度をはじめる。裸足で小躍りするようにお気に入りの化粧台へ。薄手のドレスを取り出して、4階の部屋から眺めるパレ・ロワイヤル庭園。空は抜けるように青い。
ブランドにとって物語は大切なエッセンスだが、香りをクリエイトする上で、デイヴィッドはバランスを意識しているという。思い出というパーソナルな出来事からインスピレーションを得ながらも、誰しもが共感するような普遍的な感情や、香りをまとった時の心地よさが秘訣なのだという。
「私が愛すべきパリやそこで暮らす人々、彼らとの思い出から、多大なインスピレーションを受けていますが、例えば、昔香ったことのある香りを再現しても、別の人にとって愛着のあるものにはなりません。愛情やエキサイティングな思い出は誰でも持っています。そんな感情を掻き立てるような香りを、インスピレーションを元に再構築しているようなイメージです」
それから、フレグランスの本拠地とも言えるパリのサヴォアフェール、トラディショナルな製法を継承しながら、モダンな香りを生み出すことに熱意を抱いているのもブランドの特徴だろう。ラインナップはパリジェンヌ コレクションのほか、1つの香料にフォーカスした「マテリアル コレクション」、コート・ダジュール地方でパリジャンたちが過ごすバカンスをイメージした「アズール コレクション」などを展開。設立から8年で着々とグローバルで人気を確立し、現在は53ヶ国で販売している。
伝統的な技法で刷られるラベル
昨年は、フランスの権威あるアワード「The Fragrance Foundation Awards 2022」で、「ベルベットトンカ」の香りがニッチブランドの最優秀フレグランスを受賞。ブランドにとって大きな節目となった。
「自分の香りのクリエイティビティが認められて、本当に嬉しかったです。ベルベットトンカは母との思い出をベースに作ったものなので、私にとっても印象深い香り。母はモロッコ出身で、昔よく作ってくれたお菓子が、スパイスの香りが漂う、どこかエキゾチックなムードがありました。アンバーベースのトンカマメ、アーモンド、オレンジフラワーを主題に、心を惹きつけるような残香のあるフレグランスにしたいと思ったんです」
そんなビーディーケーパルファムの勢いは止まらない。今年、パリ・302番地のサントノレ通りに初のブティックをオープンする予定だ。さらに、顧客からキャンドルやディフューザーなどのホームコレクションの要望が多く寄せられたことから、来年の発売に向けて新製品の準備を進めているという。
「いわゆるフレグランスのブティックとは異なる世界観を目指して、鋭意準備中です。オープンに合わせてローンチする香りも作っていますし、とてもワクワクする日々を過ごしています。日本でも多くの方に愛していただいたことを本当に光栄に思っています」
ビーディーケーパルファムの香りが語りだす物語に、“鼻”を傾けてみてはいかがだろうか。
(聞き手・書き手:平原麻菜実)
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