「日本人のための香水」をコンセプトに掲げた香水ブランド「サノマ(çanoma)」が、昨年のデビュー以降、「トゥモローランド(TOMORROWLAND)」やニッチフレグランス専門店「ノーズショップ(NOSE SHOP)」など有力店での取り扱いを開始し、着々と存在感を高めている。ファウンダーで香水クリエイターの渡辺裕太氏の感性と、香水の本場フランスで活躍する調香師ジャン=ミッシェル・デュリエ(Jean-Michel Duriez)のテクニックを融合した「新しいのに懐かしさを感じる香り」が特徴だ。渡辺ファウンダーが考える「日本人のための良い香水」の定義とは、ブランドの今後とあわせて聞いた。
渡辺裕太
東京大学大学院 工学系研究科技術経営戦略学専攻(TMI)を卒業後、モルガン・スタンレーに入社。みずほ証券プリンシパルインベストメントでの勤務を経て、フランスのパンテオン・ソルボンヌ大学に留学した後、ジャン=ミッシェル・デュリエの下でインターンを行う。2019年に香水ブランド「サノマ」のローンチに先駆けてクラウドファンディングを実施し、2020年に本格的にブランドを始動した。
ー東京大学大学院卒でモルガン・スタンレーに就職というエリート街道から、フレグランス業界に転身した理由は?
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渡辺裕太(以下、渡辺):進学も就職も自分の意思で決めたものの、今振り返ってみると「エリート」のレールに沿って動いていた側面も少なからずあったと思うんです。本気で入社したモルガン・スタンレーでは学びはありましたが、生活サイクルが乱れて散々でした。そこで本当に自分がやりたいと思うことを実現させようと考え、たまたま始めたフランス語の勉強などをきっかけにフレグランス業界での仕事に興味が湧いてきて。
ー元々香水は好きでしたか?
渡辺裕太(以下、渡辺):香水は中高生の時から好きで、一番最初に買ったのは「アラン・ドロン(ALAIN DELON)」の「サムライ(Samourai)」。大学生時代も色々と集めましたが、当時は自分が作る側になるとは思ってみませんでした。
ーフランスに留学した際は、調香師の学校ではなく一般大学でMBAを取得しています。
渡辺:最初は調香師に憧れましたが、専門学校に行く必要や香料メーカーでの経験、時間とお金が掛かりますし、勿論才能も必要。大学院では技術のイノベーションのために必要なマネジメントや戦略について学んでいたので、自分の力を活かすためにブランドのブランディングやマーケティングに携わる方向にシフトしました。調香師になるための学部ではなくブランドマネジメントコースに行くつもりでしたが、その年は学部が開講されなくて。フランスの一般大学でMBAを取得して香水メーカーに入社することにしました。
ーサノマの調香師として参画しているジャン=ミッシェル・デュリエとはインターン時代からの付き合いだそうですね。
渡辺:MBA取得のために香水メーカーでインターンをするため、100社に応募しましたが返事は10通のみ。面接はジャン=ミッシェルのブランドと、「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー(OFFICINE UNIVERSELLE BULY)」の2社だけしました。友人たちからは当時既にラムダン・トゥアミ(Ramdane Touhami)の指揮下で勢いがあったビュリーを勧められましたが、ジャン=ミッシェルによる香水が純粋に良い香水だと感じたのと、香りに対する哲学が僕とあっていそうだと思ったので、彼の方に決めたんです。
ーインターン当時からブランド立ち上げの話を進めていましたか?
渡辺:当時は自分のブランドについて具体的なところまでは考えてはいなくて。インターンでは主にファイナンスのサポートをしていて、香水についてもジャン=ミッシェルと深い議論を交わせるようになれました。インターン終了後は知人のジュエリーブランドの立ち上げに参画して。その経験を経て、香水ブランドを設立する知見が全て揃ったのでジャン=ミッシェルに調香師として参加して欲しいと話したら快諾してくれました。
ーサノマの使命について「良い香水を作ること」「日本人の好みにあった香水を作ること」を挙げています。渡辺さんが考える、「良い香水」とは?
渡辺:「香水として良いストラクチャー(香り全体の構造)で、そしてその中に新しい提案があるもの」だと考えています。香水業界って大手とニッチフレグランスでやっていることが二分しているんです。大手は調香師も香料も一流でテクニカルな面でもきちんとしたものを作っていますが、新しい提案は希薄。ニッチは新しさや大胆さに関しては突出していますが、反対にストラクチャーの面では尖りすぎてしまって香水というより「香り」や「匂い」に近いものが多い気がします。だから、サノマではストラクチャーも提案も両立した香水を作ることが目標なんです。
ー「良い香水」とあわせて「日本人の好みにあった香水を作ること」も重要視しています。現在の香水市場には日本人好みの香水は無いのでしょうか。
渡辺:売れている香水も人気の香水もあるので、「日本人好みの香水」が無いという訳ではないです。ただ、今の香水市場で日本人向けに作られているものは皆無と言っても良いくらいだと思っていて。日本ブランドの香水もありますが、スキンケアやルームフレグランスアイテムの香りを香水というプロダクトに落とし込んでいるだけのものも多いと感じます。サノマで目指しているのはあくまでも「良い香水」。新しい提案をしながら、尚且つ日本人的な感覚でどこか共感できる香水を目標にしています。
ー肩書きの「香水クリエイター」は調香師やファウンダーと何が違うのでしょうか。
渡辺:僕は調香技術を学んではいないので、調香はジャン=ミッシェルを信頼して任せているんです。ただ、僕はどんな香水を作るか、インスピレーションの共有、商品化の判断など調香以外の全てを担っていて、「香水クリエイター」はこれらの仕事の総称です。
ーブランド名のサノマは造語ですが、どんな意味を込めていますか?
渡辺:まず日常的なシーンの「茶の間」と、上質な嗜みである「茶道」を組み合わせて「サノマ」という音を考えました。「sa」の部分をセディーユ付きの「c」にすることでフランス的なエッセンスを融合し、ブランドの軸「日本人的な感性とフランスのテクニックの融合」を表しています。
ーデビューでは「1-24 鈴虫」「2-23 胡蝶」「3-17 早蕨」「4-10 乙女」の4種類を販売しています。それぞれの特徴は?
渡辺:名前の数字にも実は意味があって、前半は作った順番、後半は何番目の試作品で商品化したかなんです。1-24 鈴虫は最初に作った香りで、24個の試作品を作ったという意味。
1-24 鈴虫はブランドを立ち上げる前からまず作りたいと構想を練っていた香りで思い入れが強いんです。夏の終わりの少し湿気のある空気の中に秋の予感がよぎるようなイメージ。シダーウッドやアンバーがオリエンタルな雰囲気を演出し、アクセントにカルダモンやサフランが香る。バジルを入れたことでアロマティックな印象もあります。
2-23 胡蝶はパチュリ中心のウッディやインセンス、レザー、ローズなどを組み合わせました。ウッディ、ローズ、スパイスを組み合わせるのって代表的な構成のひとつなんですが、幼少期に育てていたアゲハ蝶が山椒を食べていたことをヒントに、スパイスに四川山椒を選んでいます。日本人ってウードの中にアニマルな要素や濃くて甘い香りのローズだと苦手なことが多いのですが、胡蝶ではアニマル感を排除して甘さを抑えたローズを採用。4種類の中で最も重たさのある香りで持続時間も長く、2番目に人気の香りです。
3-17 早蕨はラベンダーやセージのアロマティックなノートを中心に、松の木などのウッディノート、さらに青リンゴの香りで包み込み、寒い冬の朝に窓から暖かな光が差し込む様子を表現。例えばこの香りを大手やニッチブランドが作った場合は、どこか一つの香料を強めて個性を強調すると思うのですが、サノマでは心地よく使えるバランスを追求して調香しました。4種類の中で一番売れている香りです。
4-10 乙女はガルシア・マルケスの著書「百年の孤独」の叶わぬ恋を描いたワンシーンに着想した香り。南国のように陽気なフローラル、爽やかなアクアティック、刈ったばかりの芝生のようなグリーン、土っぽさのあるウッディの4つのノートをバランスよく組み合わせていて、あえて香りの芯を作らないことで捉え所のない雰囲気に仕上げています。
ー「日本人的な感性」で香りを作るということで着想源は和の要素に限るのかと思いましたが、「4-10 乙女」は海外作品からインスパイアされたんですね。
渡辺:「日本人的な感性」は具体的な日本の伝統文化や和風なものではなく、「日本で生まれ育った渡辺裕太という一人の香水クリエイターの視点」と捉えると分かりやすいかもしれません。4-10 乙女はマルケスの作品がインスピレーションになっていますが、日本人が使いやすいかどうか、良い香水かどうかの軸で香りを作っているので、日本人にとって良い香水に仕上げている点は他の3種類と同じです。
ーボトルのラベルに記載したマークは、香道の遊び「組香」を取り入れたものだそうですね。
渡辺:香水の名前に「ローズ〇〇」とあるとどうしてもローズ系の香りのイメージがついてしますよね。香りを楽しんでもらうために、商品名やデザインからの前情報を抑えるのが案外難しくて。ラベルのマークは、香道の遊びである組香の一種「源氏香の図」の模様です。52種類の図それぞれに源氏物語の帖の巻名がつけられていて、サノマの香りのイメージとリンクする巻名を商品名に、巻名に対応する図がラベルのマークになっています。興味がある人が深堀すれば香りのイメージやインスピレーション源の繋がりを辿れるような仕掛けですが、特にこれを売りにするわけではないですね。
ー今後の新作の予定は決まっていますか?
渡辺:今は新作3つを進行中です。4まで作りましたが、5は香水史に偉大な功績を残したシャネル N°5への敬意を込めて永久欠番にするので次の新作は6。試作品は6が14、7が11、8が7まで進んでいて、6と7は今年中のローンチを目指しています。8はもう少し練りそうなので来年以後になるかと。今後は年間で新作2〜4本をコンスタントに出そうと考えています。
ー現在はトゥモローランドやノーズショップを中心に地方のセレクトショップなどで取り扱っていますが、出店先の基準は?
渡辺:出先にたまたま香水が売っているという状態を作りたいので、セレクトショップや香水専門ショップだけではなく香水の「こ」の字も無いような店舗でも売りたいです。それから、日本って香水の路面店がまだまだ少ないので、直営路面店をなるべく早く出せるように計画しています。
ープロダクトに関して、日本人が香水を使いやすくするためにすることはありますか。
渡辺:香水の香りを用いたシャワージェルやボディクリームを作る予定です。日本人の嗜好的にはルームフレグランスの方が売れるのですが、香水への一歩手前として香りと体の距離を縮めるという狙いで前者の開発を進めようと考えています。サノマによって一気に日本で香水文化が広まるとは楽観視していませんが、単純に僕らの顧客を増やすという意味でも香水を使用する人の母数を増やすための努力は必要ですから。
(聞き手:平原麻菜実)
■サノマ:インスタグラムアカウント
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