
7月6日、パリ・クチュールウィーク前夜、「セリーヌ(CELINE)」の2026年春夏メンズ・ウィメンズコレクションが発表された。エディ・スリマン(Hedi Slimane)に代わり、新アーティスティック・ディレクターに就任したマイケル・ライダー(Michael Rider)によるデビューコレクションである。
招待状に日本独自の表現
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ショーの招待状に使用されたのは、1枚のスカーフ。フランス在住の日本人アーティストEmiko Oguriが、14世紀から続く小笠原流の折形にならい、美しく結び上げたものだ。折形は、単なる包みではなく、そこに敬意や心遣い、つながりを宿す日本独自の表現。シンプルなスカーフの結びに、思いを届ける静かなジェスチャーが封じ込められていた。
マイケル・ライダーとは?

Image by: Ko Ueoka

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ショー会場となったパリのセリーヌ本社は、入口前の通りが封鎖され、道路脇にはセリーヌロゴ入りの自転車がずらりと並んでいた。中庭の吹き抜けには、巨大なスカーフが帆を張るように設置され、柔らかで軽やかな演出はブランドの新たな船出を予感させる。

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アーティスティック・ディレクターに就任したマイケルは、これまであまり表に出ることのなかった人物だ。1980年、アメリカ・ワシントン生まれ。ニコラ・ゲスキエール(Nicolas Ghesquière)時代の「バレンシアガ(BALENCIAGA)」で4年間勤務した後、2008年にフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)がセリーヌのディレクターに就任したタイミングで合流し、彼女の退任直後である2018年まで、ダニエル・リー(Daniel Lee)とともにデザインディレクターを務めた。以降はアメリカに戻り、「ポロ・ラルフローレン(Polo Ralph Lauren)」でウィメンズのディレクターを歴任し、2024年半ばまで務めていた。
新生セリーヌの多様なスタイル











今回のショーでは、72人のモデルたちが足早にランウェイを歩き、ひとつの強いヴィジョンを打ち出すというよりは、多様なスタイルが提示された。パッド入りの力強いショルダーラインにウエストが絞られたテーラリング、重ね付けされたアクセサリー、ピタリとしたスキニーパンツ。シャープなカッティングに大胆なドレーピング、フィービーが描いた都会的で先進的な女性像の気配もあれば、エディによる70年代フレンチ・ブルジョワジーやロックの精神も息づいている。






創業者セリーヌ・ヴィピアナ(Céline Vipiana)のスカーフ使い、1997年から2004年にディレクターを務めたマイケル・コース(Michael Kors)時代のグラフィックからの引用、さらにマイケルのキャリアであるポロ・ラルフローレンのDNAからは、アーガイルセーターやレジメンタルタイ、ポロニット、バルーンスリーブのスウェットシャツといったプレッピースタイルのエッセンスが反映された。ミニドレスやイブニングルックも抜かりなく、赤・青・緑といった大胆な色使いが新鮮に映る。フィービー期のアイコンバッグ「ラゲージ ファントム」は、ジップがスマイルマークになり、ユーモアを添えて再登場(ジップは水平バージョンもあり)。


「過去を消すようなことはしたくなかった」
ショー後のバックステージで、マイケルはこう語った。「創業者のヴィピアナの時代から、かつて私がセリーヌで過ごした9年間(フィービー期)、そして直近の6年間(エディ期)——すべてがこのブランドの土台になっている。私は"過去を消す"ようなことはしたくなかった。むしろ、その上に何かを積み重ねていく感覚こそが、いま現代的で倫理的なアプローチだと思う」
これまで多くのラグジュアリーブランドでは、新たなディレクターが就任するたびに、前任者の痕跡がリセットされてきた。しかし、マイケルはその潮流とは異なり、継承の精神を大切にする。これは、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)による新生「ディオール(DIOR)」がエディ期やキム・ジョーンズ期の要素を引き継いでいたこと、さらに、ピエルパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)がバレンシアガのクリエイティブ・ディレクター就任時にVogue Businessで語った、「これは"椅子取りゲーム"ではなく、"トーチの継承"なのだ」という言葉とも重なってくる。
アンダーソンのディオールと同様、マイケルも"スタイル"に強い関心を寄せている。今回のコレクションには明確なコンセプトや主題はなく、彼自身も「綿密に計画されたマスタープランがあったわけではない」と語る。「むしろ、"見覚えがあるのに、今の気分に新しく感じられるもの"こそが、再出発にふさわしいと思った」と言い、「ザ・ロウ(The Row)」も手掛けるスタイリストのブライアン・モロイ(Brian Molloy)と共に、大胆なスタイリングで半ば強引にもバラバラなリファレンスをひとつのコレクションへと組み立てた。










ファッションの枠を超えた、よりリアルなものへ
では、今回見られたマイケルらしさとは? なんでもこなせる器用さは見ての通り。アイテムとしては、ある種の外しとして機能したコンバット風ブーツやレザージャンプスーツ、ジョッパーズパンツ、ミリタリージャケット、花のビーズ刺繍があしらわれたデニムパンツ、ストローハットと合わせた優雅な白のドレス。ロング丈のコートやジャケットの背面には深いスリットが入り、動きを強調するディテールが光っていた。
「2019年春夏以降、セリーヌはウィメンズとメンズ、そしてそれ以外のすべての人々のためのブランドになった。だからこそ、世界の多様性を反映することが必要であり、性別の枠に縛られるべきではない」とマイケル。「ファッション"だけ"にフォーカスするのではなく、それらすべてを一緒に見せることで、ファッションの枠を超えた“よりリアルなもの”に触れられる瞬間がある」とも。次回以降のコレクション発表時期については、まだ模索中だというが、ファッションウィークのカレンダーに沿ったものになるという。








明確な方向性を打ち出すのではなく、さまざまな要素を並走させながら、可能性を試す──そんな楽観的で実験的なムードに満ちた、しなやかで寛容なデビューだった。まずは風呂敷、いや、スカーフを大きく広げてみせたが、その中にどんなビジョンと物語を包み込むのかは、次の章で明らかになるだろう。散文的な今回のコレクションも、視点を絞って見れば、セリーヌが打ち出すべき“核”が透けて見えるようでもある。彼がこれから何を選び取り、どんな個性を露わにしていくのか。そしてマイケルというアーティスティック・ディレクター自身の物語も、いままさに始まったところなのだ。
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