第5話からつづく——
路面店の店長を経て、リージョナルディレクターとして店舗を育成する「ティファニー(Tiffany & Co.)」での日々が10年を過ぎた頃、目の前に「独立」の二文字がよぎった秋山恵倭子。その道へと導かれるかのように、ワールド・モード・ホールディングスの加福真介代表取締役からオファーを受け、グループ会社として店舗運営コンサルティングや研修を手掛けるブラッシュ(BRUSH)を設立し、社長に就任。日々“勝てる”メソッドの伝授に邁進し、現在に至る。「エルメス(HERMÈS)」のバッグを形見分けされるほどの関係性がある40年来の顧客を持つ秋山は、顧客との長く深い関係をどのように築いてきたのか?——BRUSH代表取締役会長を務め、販売の極意を熟知した店舗運営コンサルタントの秋山が半生を振り返る、連載「ふくびと」販売のエキスパート 秋山恵倭子・第6話。
神様がうまく采配してくれているのかな
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「独立」に興味が沸いた私は、まるで神様がうまく采配してくれているのかなと思うようなタイミングでワールド・モード・ホールディングスの加福代表取締役からお誘いいただき、2015年にBRUSHを設立し、社長に就任。これまでのインポートラグジュアリーブランドでの販売・マネジメント経験を活かした、店舗運営のコンサルティングを提供することになりました。すると、40年以上にわたる販売人生で仕事をともにしてきた方たちから、次々にオファーをいただいたんです。
例えば、私が「セリーヌ(CELINE)」 大丸心斎橋店の店長時代に関わりのあった、当時J.フロント リテイリング取締役兼代表執行役社長の好本達也さんから、「ギンザシックス(GINZA SIX)」2階のコンセプトショップ「シジェーム ギンザ(SIXIÈME GINZA)」のコンサルティング契約の依頼を受けたり、セリーヌ時代に一緒に働いていた方が社長を務めていたイタリアの高級ランジェリーブランド「ラペルラ(LA PERLA)」からも声が掛かった。そうやっていろいろなブランドと仕事をさせてもらいながら、BRUSHはメソッドや研修メニューを徐々に確立していきました。
販売は「お客様に幸せを売る仕事」
BRUSHでは、店舗運営を成功させるために必要なのは、「スタッフ、顧客、数字」の3つを管理し育成することだと考えていて、それを可能にし“勝つ“ためのメソッドを持っています。そして、扱う商品や価格帯など、ブランド特性に応じたさまざまなメニューやコンテンツを提供しています。そのメソッドとともに、私がこれまでの販売人生で実感してきた「販売」という仕事の魅力や、“販売員の魂”を必ず伝えるようにしているんです。
販売は「お客様に幸せを売る仕事」。例えば、洋服を買いに行って似合うものを着たら、誰だって嬉しいし幸せじゃないですか。しかも、自分のアドバイスでお客様はどんどん素敵になっていく。そんなふうに「幸せのお手伝い」ができる本当に面白い仕事だと思っています。だからこそ、販売の仕事をしながら悩みや苦しみを抱えている方たちの杖であり、オアシスのような存在になりたいし、もっとできる販売員や店長を増やしたい。まさに今、そういうサービスを提供することを仕事としていますが、自分が好きな仕事に今もずっと関わることができているのは、とても幸せなことだなと感じています。
過去に「どうしてそんなに顧客がいるんですか?」と聞かれたのですが、それは、目の前のお客様に日々誠心誠意向き合う中で良い方々に出会えたということでもありますし、心を通わせてくださったお客様の手を、私が自分から離さなかったからだとも思っています。顧客づくりに関しては、つい結果を急ぎ過ぎて、早い段階でお客様との関係を諦めてしまう方が少なくないのですが、例えば私が40年以上お付き合いしているお客様は、出会ってから初めてご購入いただくまでに5年掛かったんです。
スピード感・合理性が求められる現代社会では、ご来店がないお客様の顧客データを2~3年で抹消するというルールのある企業も少なくありませんが、販売員が本当にやらなければいけない「管理」は違うと思っています。私には10年近くお会いしていないお客様がいらっしゃいますが、年に1度は必ず連絡をとっていて今でも繋がっています。頻繁に連絡を取るわけではなくても、良い関係を維持していくことが重要なのだと思います。
特に顔の見えるお客様については、お一人おひとりに向き合って見切るタイミングを決めなければなりません。例えば、ご家族の介護などで、一時的にお買い物から遠のかざるを得ない時期がある場合もあります。
顧客様から形見分けされた「エルメスのバッグ」
40年以上の関係性になる顧客様と出会ったのは、私がセリーヌで働いていた時代に、お嬢様のお嫁入りの支度の時にいらしたお母様とお嬢様にお目に掛かったのが最初のきっかけでした。それからお祖母様とお母様、お嬢様、そのお子様と、4代にわたってお洋服をお世話させていただいています。お嬢様のお嫁入りから、お祖母様が亡くなってお母様が会社を継いで社長になられてからの仕事着、お嬢様のお子様のお見合い用の服の見立て、お嬢様のご子息がご結婚する際の婚約指輪、さらには高級な車や時計の購入を検討される際に、ご主人から相談を受けてお調べしご紹介したこともありました。ありがたいことに、今でもお嬢様には「失敗したら嫌だから、高いものを買う時は秋山さんがついてきて」と言っていただいたりしています。
そうやってご家族皆様と長年ずっとお付き合いをさせていただく中で、2015年にお母様が癌で亡くなられた時、形見分けとしてエルメスのバッグをいただいたんです。病気がわかってもう先が長くないとなった時、ご自宅にお伺いする度に、お母様から「形見にどう?」と高価なペルシャ絨毯や有名な画家の絵画などを勧められたのですが、「とてもじゃないけどいただけません」とお断りしていました。でも、「秋山さんのおかげでいつも嗜みのいい洋服が着られて、社長として取引先に行っても、いつもすごく褒められて誇らしかったわ」と言ってくださったことが、心に沁みたのを覚えています。
そして、亡くなった夜に電話をいただき、すぐに弔問して最後のご挨拶をさせていただきました。そうしたら、私が最後におすすめしたアルマーニの服をトータル一式で着ていらっしゃったんです。それは本当に感慨深かったですね。その後、初七日が済んでお線香をあげに訪問した際に、「これを母から預かっています」とエルメスのバッグをお嬢様から差し出されました。「『秋山さんは自分が生きてる時に渡したら受け取らないから、私がいなくなったら“お仕事の時に使って”と言って渡してちょうだい』と言われていたんです」と。それでいただくことになったのですが、今も大事な商談の時などには、お守りのようにして持って行っています。
もう一人、この方も既に亡くなられてしまいましたが、45年のお付き合いがあった顧客様がいらっしゃいました。そんなふうに、お客様の人生の節目に寄り添って洋服をお選びし、喜んでいただける。何かあればお声がけいただき、お目にかかることができるというのは、とても嬉しく幸せなことだなと思っています。
大切なのは、どんなに親しくなっても絶対に同じ土俵に立たないこと。お客様から「友達みたい」「姉妹みたい」と言っていただけることは最高の褒め言葉ですが、どこまでいっても相手はやはり大切なお客様。だから私はあくまで“販売員の秋山”として、これからもずっと伴走していけたらと思っています。——第7話につづく
第7話「販売員の地位と価値向上を目指して」は、11月24日正午に公開します。
文:佐々木エリカ
企画・制作:FASHIONSNAP
【連載ふくびと】販売のエキスパート 秋山恵倭子 全7話
第1話―「私にはこれしかない」
第2話―「よっしゃ、ここから人生始まったわ」
第3話―強烈スパルタ教育のセリーヌ時代
第4話―自分にしかできないことは何か?
第5話―50代で決断、ジュエリーへの転身
第6話―40年来の顧客、形見分けのエルメス
第7話―販売員の地位と価値向上を目指して
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