原作、荒木飛呂彦。累計発行部数1億2000万部以上を数える人気シリーズ「ジョジョの奇妙な冒険」の人気キャラクター“岸辺露伴”にフォーカスしたスピンオフ「岸辺露伴は動かない」の人気エピソードを実写化した映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が5月26日、全国の映画館で公開される。
高橋一生を主役に迎えた2020年の実写化以来、毎年年末にかけてドラマが放送され、目の肥えた原作ファンからも高い評価を集めている同シリーズは、原作とテイストを変えながら完成度の高い衣裳も好評で、展覧会が開催されるなど人気を博している。クセの強い登場人物たちの衣裳を制作する際、デザイナーが最も重きを置くポイントはどこか。また、批判の的にもなりやすい人気漫画作品実写化の意義とは?実写版「岸辺露伴は動かない」シリーズでキャラクターヴィジュアル全体の舵取りを担い、映画でも人物デザイン監修・衣裳デザインを務めた柘植伊佐夫に話を聞き、衣裳・美術の側面からシリーズを紐解く。
■柘植伊佐夫
1960年生まれ、長野県出身。「人物デザイナー」として作品中の登場人物のヴィジュアルを総合的にディレクション、デザインする。主な作品は「龍馬伝」(2010/NHK)、「平清盛」(2012/NHK)、「精霊の守り人」シリーズ(2015〜18/NHK)、どうする家康(2023/NHK)、映画「おくりびと」(2008)、「シン・ゴジラ」(2016)、「翔んで埼玉」(2019)、「シン・仮面ライダー」(2023)など。2012年には「人物デザインの開拓」により「第30回毎日ファッション大賞/鯨岡阿美子賞」を受賞した。
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「必要に迫られて」柘植伊佐夫が衣裳デザインを学んだワケ
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ー今回、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』での柘植さんの肩書きは「人物デザイン監修・衣裳デザイン」です。映画における人物デザイン監修、衣裳デザインとは具体的にどのような仕事なのでしょうか。
人物デザイン監修とは、一言で言えば作品に登場するキャラクターヴィジュアルの方向性を決める仕事です。髪型や衣裳、劇中に登場する小道具など全ての舵取りを担います。衣裳とヘアメイクのデザイン、衣裳制作やスタイリスト、ヘアメイクのチーム編成、使用する小道具のデザインや選定など、仕事の内容は多岐にわたりますね。ファッションの分野で言えば、メゾンの「クリエイティブディレクター」というポジションが一番近しいかもしれません。ただメゾンとは違い、映画の場合は企画から撮影まで半年以上の期間があるので、その間キャラクター設定がブレていないかのマネジメントも担当します。衣裳デザインに関しては、デザイン画を描くところから生地やカラーの選定まで、ファッションデザイナーの映画版という認識で相違ないと思います。
ー元々柘植さんはヘアメイクアーティストとして活躍されていたそうですが、衣裳デザインはどこで学んだのでしょうか。
完全に独学です。僕がまず「人物デザイン」としてのキャリアをスタートさせたのは、2008年に公開された映画『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』という作品でした。当時は「キャラクター監修」という肩書きでしたね。それまでヘアメイクアーティストとして活動していたのですが、プロデューサーに指名されて扮装の統括役をさせていただくことになりました。その時の僕は衣裳デザインの経験はなかったので、キャラクターデザインを作るアプローチで全体像を考えました。5人くらいでチームを編成して、衣裳制作は専門の方にお願いしたのですが、この考え方やシステムは現在の仕事にも生きていますね。
なんとかその作品を完成させ、「今後はもうこんな仕事はないだろうな」なんて考えていたら、三池崇史監督をはじめ様々な映画監督から同じような仕事が来るようになって。それらの依頼の中で衣裳チームのディレクションをするうちに、具体的な方法論としての衣裳デザインが身についていった感じです。
ーまさか独学とは思いませんでした。「必要に迫られて」といった感覚でしょうか。
そうですね。着物のデザインに関しても同じ流れでした。福山雅治さんからお話をいただいて大河ドラマ「龍馬伝」の人物デザインを担当することになり、着物について勉強したんです。普通は逆だと思いますけどね(笑)。
ー特に大河ドラマなどは「着物の大家」のような方が人物デザインを担当するイメージでした。なぜ柘植さんが選ばれたのでしょうか?
どうしてでしょうね(笑)。ただ、そもそも大河ドラマの扮装(衣裳やメイクなど)に関しては統括的な立場がそれまでありませんでした。時代の過渡期だったのかもしれません。
大河ドラマに限った話ではなく、衣裳や小道具、特殊造形など、当時の僕に専門的なことはほとんど分かりませんでした。しかし、自分でも理由は分かりませんが、僕には「その存在が作品にとって良いか悪いか」ということだけははっきりと分かったんです。やろうとしていることが役に対して適切か、時代背景に合っているか、作品の本質にフィットしているかなど。おそらくプロデューサーや監督たちは、僕のそういった適性を見抜いてキャラクター全体の舵取りを任せてくれたんだと思います。今では、そのような機会を与えてくださったことに本当に感謝していますね。
ー柘植さんはこれまで大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」のほか、『翔んで埼玉』や『シン・仮面ライダー』など様々な有名作品で人物デザインを手掛けてきました。今回の『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』を含め、どの作品の人物デザイン監修が一番苦労しましたか?
もちろんそれぞれの作品にやりがいや苦労というものはありましたが、「龍馬伝」は非常に大変でした。僕にとって初めての大河ドラマでもありましたし、撮影期間も1年半程とかなりの長丁場だったので、どういったスタンスでディレクションをしたら良いかが分からず手探りの状態だったんです。今振り返ると、プレッシャーはありながらも楽しかったですけどね。
あとは、今ちょうど公開している『シン・仮面ライダー』ですかね。映画監督は誰しも何かしらのこだわりをお持ちなんですが、庵野秀明監督はヴィジュアルに対する独特のこだわりをお持ちの方なので、それを正確に汲み取ってそれぞれのキャラクターに落とし込む大変さがありました。
ー庵野監督といえば、柘植さんは『シン・ゴジラ』の人物デザインも担当していましたね。
『シン・ゴジラ』に関しては、登場人物のほとんどが政治家か自衛隊員でしたので、デザイン的にはさほど苦労というほど極端な何かはなかったですね(笑)。ただ、政治家や官僚が着用した日本政府の防災服に関しては、デザインが世の中に出ていないのでテレビ放送をキャプチャしたりして制作したのですが、その辺りは演出部がリサーチを担当してくれて苦労をしていたと思います。
江戸川乱歩的な「気持ち悪さ」、原作の色彩を変えた実写化の妙
ー「岸辺露伴は動かない」は荒木飛呂彦先生による「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフですが、元々作品はご存知だったのでしょうか。
「ジョジョの奇妙な冒険」は有名な作品なのでもちろん存じ上げていましたが、本編のストーリー自体は知りませんでした。三池監督が実写映画(『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』)の撮影をしているときに別の仕事でスタジオが一緒になり、監督から「見に来ない?」と誘われて撮影風景を拝見したのが僕とジョジョの出会いでしたね。「これは強烈だな」と感じたのをよく覚えています(笑)。その後ドラマ「岸辺露伴は動かない」の人物デザイン監修としてお声がけいただいて、岸辺露伴シリーズの原作を読みました。
ー原作「岸辺露伴は動かない」は「ジョジョの奇妙な冒険」同様カラフルな色彩が特徴ですが、実写版では衣裳を含め全体的に彩度が低い印象に仕上がっています。これにはどのような狙いがあったのでしょうか。
実はこの方向性は僕が決めたわけではなく、2018年に渡辺一貴監督にお声がけいただいた時点で既にそのコンセプトは決まっていたんです。みなさんご存知の通り原作はファッションを含め全体的にカラフルで奇抜な印象なのですが、実写版では色彩を極力モノトーンに近づけて、江戸川乱歩作品的な一種の「気持ち悪さ」を孕んだ世界観にしたいという意向でした。
でも僕も当時からこの判断は正しいなと感じていて。色彩というのは作風そのものに影響を与える重要な要素です。もし実写版の街並みにあの色味のキャラクターたちが闊歩していたら、肝心なストーリーよりもヴィジュアル面に気を取られてしまって、作品に入り込めないこともあり得ると思うんですよ。それはそれで「アリ」なのかもしれませんが、あくまで我々が実写化で表現したかったのは「静けさの中にある奇妙な何か」だったんです。
ー実写版では露伴の代名詞とも言える「ギザギザのヘアバンド」も、ブラックにして上手く落とし込んでいる印象です。ヘアバンドをブラックにした理由を教えてください。
ギザギザのヘアバンドは悩んで試行錯誤を繰り返した末に現在の形に落ち着きました。原作でヘアバンドはグリーンやパープル、ピンクなど様々な色で描かれていて、実写化したら「コスプレ感」が強くなってしまうだろうなとは思ったんですが、ブラックにすれば髪と同化して違和感がさほどなく見えるかなと。もちろん近くで見たら「やっぱりギザギザだな」と思いましたが、人って不思議なものでずっと見ていると見慣れてしまうものなんですね(笑)。
ー「ジョジョの奇妙な冒険」第3部の主人公 空条承太郎も帽子と髪が同化していますし、作品との親和性も高そうですね。
そうそう、承太郎のことも頭に浮かびましたね。「岸辺露伴は動かない」は「ジョジョ」と同じ世界線のスピンオフなので、本編と関連性を持たせられるならその方が良いと思いました。
ーちなみに、ヘアバンドを外そうという考えはなかったんですか?
その選択もなくはありませんでした。というか、最初に衣裳デザインなどのヴィジュアルを決めるプレゼンをした段階で、原作者の荒木飛呂彦先生から「もし必要なければヘアバンドをなくしてもいいですよ」と言われていましてね。荒木先生は原作に捉われなくても良いということを伝えたかったのだと思いますし、僕自身ヴィジュアル設計がやりやすくなったのですごく有り難いお言葉だったのですが、あのギザギザのヘアバンドは露伴のアイデンティティでもあるので個人的にそこは残したかったんです。
衣裳デザイナーとファッションデザイナー、服作りに対するアプローチの違い
ー『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』のメインヴィジュアルを見ると、露伴が黒いコートを着用しています。これまでのドラマでは見られなかったアイテムですが、これも柘植さんがデザインしたオリジナルですか?
そうです。あのコートは映画製作にあたってデザインしたアイテムで、厚めの起毛したウールを贅沢に使用しています。シルエットはややオーバーサイズ気味で、ボタンは大きめ。純粋にカッコいいな、作品の雰囲気に合うなと思ってスタンドカラーのデザインにしたのですが、後から見返してみると「このコート、かなりジョジョっぽいな」と思いました(笑)。
ー衣裳の制作プロセスはどのようになっているんですか?
まず僕から衣裳制作の玉置博人さんにデザインを投げて、候補を出してもらった上で素材などを決定します。そこが決まってからパターンや縫製などの各チームに指示を出して進める感じですね。チーム編成は作品によって変えています。
ー「岸辺露伴は動かない」の実写化では、衣裳は基本的にオリジナルで制作していると聞きましたが、何かこだわりがあるんでしょうか。
意地やこだわりがあるわけではないですし、実はサスペンダーやタイツなどは既存のものを使ったこともあります。ただ、この作品においてはキャラクターに着させたいアウター、トップス、ボトムスが既製服でなかなか見つからなくて。だからイメージに合うものを自分たちで作ったという感じですね。
ーちなみに、これまで「岸辺露伴は動かない」の衣裳制作で参考にしたブランドはありますか?
それはないですね。個人的に好きなのは「サンローラン(SAINT LAURENT)」ですが、影響を受けているとは思いません。なぜかというと、僕がファッションとは違ったアプローチで服をデザインしているからだと思います。ファッションデザイナーの方々は、服を通して自身の哲学や考えを表現しますが、僕が服をデザインするのは、あくまで作品のためです。ファッションとしてどうかというよりは、作品のキャラクターにフィットするかということが最優先事項なので、既存のアイテムからものすごく影響を受けるといったことはないんです。
ー抽象的な質問にはなりますが、服をデザインするときに柘植さんはどんなことを考えているのでしょうか。
服のシルエットを考える時は、丸、三角、四角くらいの大まかな捉え方をしていますね。それらを部位によって拡大縮小して組み合わせるような感覚です。例えば、オーバーシルエットの服を作る時は全体のシルエットが「四角のオーバーシルエットなのか、丸のオーバーシルエットなのか、あるいは上半身の中に四角と丸が共存しているのか」といったことをまず考えます。そうすることでデッサン的な意味合いではそのキャラクターに合った服をイメージすることができるんです。もちろんそこからディテールへの掘り込みはありますが、ある種バウハウスデザインに通ずるものがあるかもしれないですね。
映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」衣装デザイン画
Image by: ガイエ
あとはファッションを言語的に考えたりもしています。例えば岸辺露伴の衣裳だったら「ギザギザの」ヘアバンドがありますよね。このモノの形状や性質を表す言葉がすごく重要で。ドラマ第1期の時に、担当編集の泉京香(飯豊まりえ)が露伴の家を訪ねるシーンがあるんですが、そこで京香が着ているコートもギザギザの総柄パターンなんです。特に何か関連があるわけではないのですが、画面の中に2つのギザギザが同居することでイメージがシンクロして、サブリミナル的に人の記憶に残りやすくなる。服の特徴を言語化して捉えることによって、こういった演出もやりやすくなります。
ー映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の衣裳で、これまでのドラマ版と意識的に変化をつけたポイントはありますか?
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』では、全体的にトーンを落ち着かせています。ドラマ版では、視聴者を「不気味だけどワクワクするな」みたいな気持ちにさせたいという意図があって服をデザインしたのですが、今回の映画はドラマ版よりも重いテーマかつヘビーな内容なので、幼稚だったりチープに見えるのは避けたいという思いがありました。だから先ほどお話ししたようにコートの質感も重ためになっているし、作品に「黒」というワードが多く登場するので衣裳もドラマ版と比べて暗めの色味に仕上げています。
柘植伊佐夫に聞く「漫画・アニメ作品実写化の意義」
ーオリジナル作品の人物デザイン監修と比べて、原作がある作品の人物監修を手掛ける難しさは?
一番は原作ファンの方がいらっしゃることですね。ファンの皆さんの思いを裏切らないことはもちろん大前提として、期待を超えていく作品を作らなければいけない。やはりやるからには実写化して終わりではなく「作って良かったね」と皆さんに言っていただける作品にしたいですから。とはいえ、原作に触れていない初見のお客さんも楽しめなければ成功とは言えないと思っていて。そこを両立させることが非常に難しいポイントですね。
ー僕自身「岸辺露伴は動かない」の原作ファンですが、実写版は原作をリスペクトしながら上手く三次元で表現されていると驚きました。SNSなどの意見を見ても、ファンからの賞賛の声が多いように思えますが。
本当にありがたいことですね。当たり前のことかもしれませんが、原作ファンの方々は本当に作品を愛していますから。こちらもそれに負けないくらいの熱量で取り組まなければ失礼になってしまう。これからも気を引き締めて作品に携わっていければと思います。
ー「岸辺露伴は動かない」についてではなくあくまで一般的な話として、漫画・アニメ作品の実写化にはファンから否定的な声も多く聞かれます。そんな中で実写化をする意義とはどのようなものだとお考えでしょうか。
正直、実写化に反対する人の意見もすごく理解できるんですよ。作品が持つオリジナリティは本当に大切ですし、原作に対してファンが抱く解釈やイメージはその人だけの宝物ですから。実写化によってそこが崩されてしまう懸念があると、反対する人がいるのも無理はないのかなと。でも、だからといって実写化はしない方が良いのではないかと言われると、僕は決してそうではないと思っていて。実写化は、原作の良さをより多くの人に伝える一つの手段だと思っています。原作ファンと実写化を楽しむ層は違うので、実写化することによってこれまで原作に触れてこなかった人たちにも作品の良さを伝えることができる。質の良い実写にすることが前提ですが、それは業界全体を盛り上げることにも繋がると思うんです。
もちろん実写化する上では予算だったり、原作の世界観をどれだけ三次元に落とし込めるかという現実的な問題もあります。でも、良い作品を作るための素晴らしいモチーフがあって、それを形にする製作陣の想いとチャンスが存在するなら作品化を進めるべきだと思いますね。
ー原作ファンからも好評を得たドラマ「岸辺露伴は動かない」に携わる柘植さんが言うと説得力を感じます。
「岸辺露伴は動かない」も実写化が発表された時は不安に感じたファンの方がたくさんいたと思うんですよね。でも実際に試行錯誤を繰り返してドラマ化して、原作ファンの方からのご意見を読んでいると「実写化して良かったな」と感じました。もちろん全てがポジティブなご意見とは限りませんが、微力ながら「岸辺露伴は動かない」という作品の「歴史」の1ページを紡ぐ一助にはなったかなと。こういった部分も実写化の意義と言えるかもしれませんね。
(聞き手:村田太一)
■『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』
出演:高橋一生 飯豊まりえ/長尾謙杜 安藤政信 美波/木村文乃
原作:荒木飛呂彦「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」(集英社 ウルトラジャンプ愛蔵版コミックス 刊)
監督:渡辺一貴
脚本:小林靖子
音楽:菊地成孔/新音楽制作工房
人物デザイン監修・衣裳デザイン:柘植伊佐夫
製作:『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』 製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース、NHKエンタープライズ、P.I.C.S.
配給:アスミック・エース
コピーライト:© 2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会 © LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
公式サイト
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