左:ライラディレクター Hideo Hashiura氏、右:「ラ・ミュージアム」展示イメージ
IMAGE by: 左:FASHIONSNAP、右:LAILA
2024年6月に惜しまれながら幕を下ろしたコンセプトショップ「ライラ トウキョウ(LAILA TOKIO)」や北青山のヴィンテージショップ「ライラ ヴィンテージ(LAILA VINTAGE)」などを手掛けるライラ(LAILA)が、3D技術を用いて撮影・データ化した衣服や装飾品を展示するバーチャル美術館アプリ「ラ・ミュージアム(LA MUSEUM)」を7月にスタートした。
ライラはこれまで、「ピエール・カルダン(PIERRE CARDIN)」や「イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)」といった現代ファッションに大きな影響をもたらした歴史的重要性のあるメゾンブランドのヴィンテージから、「メゾン マルタン マルジェラ(Maison Martin Margiela)」や「ヘルムート ラング(HELMUT LANG)」などのメゾンのアーカイヴ、「ブレス(BLESS)」「マリナ イー(MARINA YEE)」といった新進気鋭のデザイナーズブランドまでを厳選して展開。その感度が高く先見性のある独自の審美眼と編集力は、国内外のファッション・ヴィンテージラバーから高い支持を集めてきた。
20年以上にわたって実店舗を拠点に“古きを新しく発信”し続ける活動を行ってきたライラが、デジタルの世界に足を踏み出した背景にはどのような意図や思いがあるのか。今回はそれを探るべく、これまでほとんどメディアへの露出をしてこなかったライラ創業者のHideo Hashiura氏にインタビューを敢行。「ラ・ミュージアム」開発の背景から、ライラのこれまでの歩み、ファッションやヴィンテージ市場にまつわる考え、今後の展望までじっくりと話を聞いた。
■Hideo Hashiura
LAILAディレクター。1969年生まれ。2002年に「ライラ ヴィンテージ コレクション(LAILA VINTAGE COLLECTION)」をオープン。その後、「ライラ ヴィンテージ(LAILA VINTAGE)」「ライラ トウキョウ(LAILA TOKIO)」「シュール(SURR)」「キリコ(DE CHIRICO)」をオープンさせ、2018年には出版プロジェクト「プリンティングス(printings)」を始動。そして2024年7月、バーチャルミュージアム「ラ・ミュージアム(LA MUSEUM)」をスタートした。
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目次
ファッション展示を取り巻く“格差”をなくす「バーチャル美術館」
── まずは「ラ・ミュージアム」開設の経緯を教えてください。
最初のきっかけは、3年ほど前にコロナ禍で「何か新しい形で服を見てもらうことができないか」と考えたことでした。外に出られずどこにも行けない、服を見たくても見られないという状況の中でさまざまな技術革新が進んでいくのを見て、「バーチャルな美術館」ができたらいいなと思ったんです。
でも実はそれ以前に、元々日本では「歴史ある服」を見られる場所がほとんどなく、海外でエキシビションがあっても簡単には行けないというストレスを自分自身が抱えていたこともありました。最近は、日本でもコマーシャルなファッションエキシビションが少しずつ増えてきましたが、特に東京は、大都市であり「東京ファッションウィーク」という新作コレクションの発表の場があるにもかかわらず、歴史ある服を見られる場所がなかった。数年に1回、KCI(公益社団法人 京都服飾研究文化財団)や神戸ファッション美術館などがやらない限り、見る場や機会がなかったんです。そういった背景から、日本でも何かできないかと考えていました。
そして、ライラでは買い付けたヴィンテージの洋服の一部は商品として店舗で販売しているものの、その大半は商品登録されて倉庫に保管しているだけで、自分たちですらちゃんと見られる環境にない。それでは誰のためにもならないというフラストレーションもありました。これまでも、山﨑潤祐さんと一緒に何冊かアーカイヴの本を出させてもらう機会はあったのですが、それ以外にも未来に向けて何か表現できる手段がないかと考えたとき、最終的に「バーチャル美術館をやる」という結論に至りました。
── これまでのライラさんの活動を拝見していると、「フィジカル」や「アナログ」を強みにされている印象が強く、今回の試みは少し意外なようにも感じます。
まさに今回の取り組みは、どちらかといえばこれまでライラがやってきたこととは対極的なところにある、自分らしくない、得意ではない分野に手を出していると言えます。正直なところ、デジタルの世界に必ずしも正解があるとは全く思っていませんし、小売をやめたいという気持ちもゼロです。どれか一つを取れと言われたら、やはり直接小売で、自分たちが触れた世界に一つしかないものの素晴らしさをメッセージを込めてお客様に届けるという“儚いこと”の方により意味があると、私は常に思っています。
でも一方で、デザイナーの思いや歴史などが詰まったせっかくの素晴らしい服たちを、クローゼットや倉庫にしまっているだけでは何の意味も成さない。我々がやりたいことは「未来にどう繋げ、どう残すか」が大きなテーマなので、それを世界中の方と共有しようとすると、やはりデジタルの力は強いんですよね。
こういった取り組みに対して、「絶対にリアルなものの方がいい」という反対意見を持つ方もいると思います。でも、例えばロンドンのヴィクトリア&アルバート(V&A)博物館やニューヨークのメトロポリタン美術館にファッションの展示を観に行きたいと思ったとき、そのためには時間やお金も含め、さまざまな条件をクリアしなければ観に行けない。ここに、行ける人と行けない人の間のヒエラルキーがありますよね。
ですから、我々がバーチャル美術館をやる目的は、こういった格差を無くし、スマートフォンやパソコンといったデバイス一つさえあって平等な金額を払えば、誰もが同じものを見て知ることができる環境を作ること。フィジカルな美術館で実物を見た方がいいのは大前提として、それでもファッションエキシビションに対する一つの新しいアプローチとして、こういった取り組みが存在すべきだと考えています。
── ラ・ミュージアムは、どのような人をターゲットにしているのでしょうか。
ファッションデザイナーやファッションを学ぶ学生など、元々服の歴史に興味がある方たちはもちろん、それだけではない幅広い方たちに観ていただきたいと考えています。私は、美術館を訪れる一番の大きな意義は、自分が知らなかったデザイナーやブランド、歴史などを“知る”ことだと思うんですよね。
特にフィジカルなエキシビションは、良くも悪くも暇つぶしの対象として娯楽感覚で観に行っても、そこで何かを知ることで教養になったり、展示のテキストを読むことでその洋服が作られた時代背景や舞台・映画作品との意外な関係性など、他の領域や自分が知っているものとのリンクが見つかったりする良さがあります。
その点、バーチャル美術館はアクセスするための地理的・時間的・金銭的な格差はなくせる一方で、入場者はデザイナーやファッションを学ぶ学生など、どうしても元々服の歴史に興味のある、目的を持った人に限られやすい。でも、やはり後世に繋げていくことを考えると、「知らない人が知る」ということがとても重要です。なので時間がかかることだとは思いますが、より多様な方たちに観ていただけるように、我々がどんな編集や見せ方、アプローチをしたらいいのかということは、これからもっと探っていきたいと考えています。このラ・ミュージアムという場所が、皆さんにとって「何かを新しく知ることのできる場」になってくれたらうれしいですね。
── 現在は、第1弾として「History of Modern Fashion Design」をテーマに、ライラが創業時から収集・保存してきた1950~2010年代のアーカイヴピースをオンラインで展示しています。下記のラインナップはどのような基準で選定したのでしょうか。
【Part1 ラインナップ一例】
・1950年代:マダム・グレ(Madame Grès)
・1960~1970年代:ピエール・カルダン(Pierre Cardin)、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)、オジー・クラーク(Ossie Clark)、「イーストウエスト ミュージカルインストゥルメンツ(East West Musical Instruments Co.)」、「グラニー・テイクス・ア・トリップ(Granny Takes a Trip)」
・1980年代以降:クロード・モンタナ(Claude Montana)、ティエリー・ミュグレー(Thierry Mugler)、ジャンニ・ヴェルサーチ(Gianni Versace)、アズディン・アライア(Azzedine Alaïa)、アンヌ・マリー・ベレッタ(Anne-Marie Beretta)
今回のエキシビションは、「ライラのコレクションの中から今見てもらいたい歴史ある服を展示する」というコンセプトでセレクトしています。従来の美術館的な文脈や、歴史的なファッションの文脈は踏襲していない、“自分が好きなもの”を並べた編集や構成になっているかと思います。
── 「見てもらいたいもの」「自分が好きなもの」とのことですが、Hashiuraさんがセレクトした具体的なポイントや基準とは?
「美術館に展示する服=装飾性の高いもの」という捉え方が一般的だと思うのですが、私がコレクションしているものは、日常的なものが多いです。そして、「この服があることによって、現在のファッションに何がもたらされたか」という点が私が伝えたいことの一つなので、デザイン的に後世に繋がるようなアプローチがされている洋服を主にセレクトしています。
時代的には、自分自身がこれまで好きでコレクションしてきた、ある程度掘り下げて説明することができる1960年代以降のものを中心にラインナップしています。「ライラ ヴィンテージ コレクション(LAILA VINTAGE COLLECTION)」という店舗をオープンした頃に展開していた商品も、やはり1960年代の「クレージュ(Courrèges)」や「ピエール・カルダン(PIERRE CARDIN)」からスタートして、1970年代、80年代、90年代、そして吉井雄一さんが「セリュックス(CELUX)」(※2008年に閉店したルイ・ヴィトンの会員制セレクトショップ)でやっていた当時のエネルギー感のような1970年代のロサンゼルスのカルチャームーブメント、クラフトレザーなど、いずれも自分がこれまで辿ってきた、興味があったものを軸に編集しました。
そのため、ファッションの知見がある学術員の方などがキュレーションを手掛けたエキシビションと比較すると、もしかしたら至らない部分もあるかと思います。ただ私としては、「今無いものは何か」という視点で考えたとき、「個人が思いを持って集めたコレクションを見てもらい、そこから何かを感じ取れる場所」を作りたいという思いがありました。ですから、我々のバーチャル美術館の在り方には、歴史あるメゾンブランドがフィジカルの美術館で行う展覧会とはまた違った良さや役割があると考えています。
── 「歴史あるメゾンブランドが行う展覧会とは違った良さや役割」とはどういったことでしょうか?
個人のコレクターが純粋に好きで集めた服を「作品」として美術館で見てもらえる場を作ることで、コマーシャルではない新しいファッションエキシビションの形を提示できたらと思っています。
歴史あるメゾンブランドが行う展覧会の中には、その長い歴史ゆえに少し威圧的なほどに情報量が多く、結局はブランドの価値や権威をアピールして商品を売ろうとするような強いコマーシャリズムを感じてしまうことがある。そうすると私は、「一体何を見せられているんだろう」と疑問を抱いてしまうんですよね。ですから、むしろコレクターなどが個人的に好きで集めたものの方が何の忖度もないからこそ、その思いや服の魅力がストレートに伝わるのではないかと思ったんです。
今はさまざまなフィルターを介さずに直接人から人にリーチできる時代になったこともあり、「コレクターが純粋に好きで集めた服をSNS上にひたすら上げている」という行為や熱量の延長線上にあるものを、360°で見られる「デジタル美術館」という形式の中で見せるという選択肢もありなのではないかなと。でも、個人のコレクターがフィジカルな美術館で展示をやろうとしても現実的には難しいからこそ、全くの素人ではないにせよ、日本のマーケットで多少知られている程度の我々が「好きで集めてきた服たちを、歴史的・文化的文脈を辿りながら編集した“美術館でのエキシビション”です」と言って見せることに意味があると思っています。
── 「美術館」や「ファッションエキシビション」という場所や枠組みが従来持ってきた特権性や権威性に疑問を投げかけるとともに、コマーシャルではない在り方で歴史ある服の魅力を届けようとする試みなんですね。
このプロジェクトを進める中で、最初は正直「美術館」と掲げることにすごく抵抗感がありました。私には美術館でキュレーションを手掛けた経歴がある訳ではないですし、従来の美術館での展示と同じように、歴史的・学術的な知見のもとで編集を行えるわけではない。ただ、我々はこれまで美術館がやってきた展覧会とは異なる、新しい編集方法やエキシビションの在り方を実践しようと思っているので、従来的な美術館のやり方とは対極にあってもいいのかなと今は思っています。もちろん、間違った情報を出さないようにしなければならない責任はありますが。ちなみに、実際にエキシビションをご覧になってみていかがでしたか?
── 作品数やテキストでの情報量も含めてとにかくボリュームがすごく、見応えがあると感じました。
今回のパート1では、全部で250着の作品を展示しています。元々は200着ほどにする予定だったのですが、「見てもらいたい」という気持ちと、フィジカルのエキシビションよりも進むスピードが速いだろうとの想定から、満足度を高めるために着数を多くしたんです。ただ、その後説明のテキストを含めいろいろな項目や機能を足していったら、結果的にフィジカルのエキシビションよりも見るのに時間がかかるほど、盛りだくさんな内容になってしまいました(笑)。
パート1の所要時間は、約3時間ほど。後半となるパート2では、さらに多い280〜290着ほどを予定しているのですが、今後はお客様にストレスがかからないような、適切な展示ボリュームと料金を探っていけたらと考えています。
── 展示内には、各セクションおよび作品ごとに、時代・文化的な背景やブランド、デザイナーについてのテキスト情報がたっぷりと記されていて圧倒されました。あれはどのように準備されたのでしょうか?
各ルーム内の時代や文化的背景を説明しているメインのテキストは、元KCIで「ドレス・コード?」展のキュレーションなども手掛けていた小形道正さんにお手伝いいただきました。1作品ごとのテキストは、今年6月に閉店した「ライラ トウキョウ」の責任者をやっていたスタッフが、基本的に全て執筆を担当しています。彼女は並外れたエネルギーを持っている人物で、ライラ トウキョウのクローズ準備をしながら、裏ではずっとこのテキストを書いていたんです。内容については、もちろんどこかに記載されているもののコピーペーストではダメなので、複数の資料や情報を解釈して言葉にしつつ、外部のチェックも入れながら内容や表現を調整していきました。
展示内のセクションの説明テキスト
Image by LAILA
── 一部の作品には、説明のテキストと合わせて当時の雑誌への掲載画像も展示されていますよね。
「美術館」という言葉を掲げている以上、それに見合った情報の水準や精度が求められます。服の年代を特定・裏付けするためにも、私とスタッフとで手分けしながら、できるだけその作品の関連画像も探して展示するようにしています。
発案から3年、「ラ・ミュージアム」ができるまで
── ラ・ミュージアムを最初にやろうと考えてから、今回ローンチするまでにどれくらいの時間がかかりましたか?
3年ですね。コロナ禍でやりたいと思い立ったものの、まず服を3Dでスキャンする必要があるとなったときに、今でこそそういった装置を商品化して売っている会社もあるのですが、3年前には存在しなかった。当時は3D撮影ができるスタジオも都内に2ヶ所しかなかったので、まずはそこに服を持って行って撮影しました。どのように撮れるかを見せてもらいコストを確認すると、1着約15万円。それを仮に1万着分撮影すると考えると15億円もかかってしまうので、「これは無理だ」と。そこで、自分たちで3D撮影スタジオを作ることにしたんです。
── 自社で作ってしまうとはすごいですね。そのプロセスを教えてください。
そもそも3Dの撮影装置を販売している会社が存在していなかったので、まずは人伝いに辿っていき、デジタルハリウッドの教授に技術者を紹介してもらいました。「彼らも作ったことはないけど、いろいろな機材を合わせたらできると思う」と。当時から、「リアルキャプチャー」という3Dにするソフトだけはあったのですが、撮影したものをソフトに流す装置がなかった。ですから、それを作れるところを探していろいろとテストを繰り返しながら、2022年11月に自社スタジオをオープンしました。
── 自社でスタジオを構えてから、どのように開発を進めていったのでしょうか?
ラ・ミュージアムは、ゲームエンジンを使って制作しています。「アンリアルエンジン(Unreal Engine)」と「ユニティ(Unity)」という代表的な2つのゲームエンジンがあるのですが、それぞれに良さがあったのでどちらにすべきか迷い、一度は前者に決めて5割くらいまで作ったものの、途中から後者に変えて一から作り直したんです。
── なぜ途中で変更することになったんですか?
前者ではスマートフォンで使える機能に制限があったことや、我々が目指すプラットフォームの在り方には後者の方が使いやすいというのがその理由でした。例えば、同時に最大8人まで入って会話しながら楽しめるような「ボイスチャット機能」や、ホストが話す内容を5000人のオーディエンスが聴きながらコンテンツを見ることができる「ガイドツアー機能」など、ユニティであれば再現できる特徴がある。こういったことをいろいろと突き詰めていった結果、最終的にユニティに切り替えた方がいいという判断になり、ゲーム会社も開発会社も変えてまた一からスタートすることになりました。それが2023年3月だったので、元々は去年11月ごろにローンチ予定だったものが、最終的に半年ほどずれ込んで今年7月になったんです。
── それは大変でしたね。その他に制作する過程で苦労した点はありますか?
正直苦労話は尽きないですね(笑)。例えば、3Dの撮影は万能ではないので、透けているものや毛皮、レザー、スパンコールなどは、綺麗に写らない、質感がうまく出ないといった問題もありました。そのため、いろいろな工夫をしたり、後にCGで作り込んだりしながら、本当にギリギリまで光の加減や素材の質感などが良い形で出るように調整しながら作っていきました。テクスチャーやマテリアルなどを含めて、見る方たちに実物をなるべく忠実に感じ取ってもらえるように、技術的な部分はかなり頑張ったつもりです。
── 展示内では、素材を拡大して見ることもできるのでしょうか?
少し拡大ができるようになっています。本当はもっとギリギリまで寄ることもできるのですが、CGで組んだパーツなどもあるため、寄りすぎるとCGっぽさが強くなってしまう。それを防ぐために、現状は今の距離感になっています。ただ、「もっと近くで見たい」という声が多いので、今後はもう少し拡大して見られるように修正する予定です。
── エキシビションは12ユーロ(1DAYチケット)から閲覧が可能ですが、開発コストに対して回収できる金額が少ないようにも感じます。「ラ・ミュージアム」を収益化することは考えていますか?
すぐには考えていないですね。例えば、これが2〜3年の時間を経て、オンラインで展示を観て楽しむことがある程度社会に認知されたり、競合も増えて美術館の在り方の一つとして定着し、1つの展示あたり2万人以上観てもらえるような状況になればもちろん採算がとれます。ただ、そこに到達するまでの道のりはまだ長いと考えています。
我々は民間企業なので、本来は収益化ありきで物事を進めていくべきだと思います。ただ私の性格上、「新しいことにチャレンジする」「新しい価値観を見てもらう」というのが、これまで店をずっとやってきた中でも常に持ち続けてきた、大切にしている感覚なんです。ですから、どこかで見た情報をなぞる事はなるべくしたくないと思うと、自身もアップデートしていく必要があるし、どのような形でアップデートしていくべきかということを常に社内外と相談しながら模索しているところですね。
美術館で展示すべきは「誰かの私物コレクション」
── 現在パート2のエキシビションも準備しているとのことですが、どのような内容を予定していますか?
パート2の方が、比較的現在も活躍している、皆さんが耳にしたことのあるようなデザイナーの作品も多く入っているかと思います。日本のデザイナーのものや、「ワールズエンド」の頃の「ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)」など、パート1でセレクトしている作品と時代的には重なりつつも、異なる文化的背景があるものなどをセレクトし編集しています。12月中には公開できたらと考えています。
── 各企画展は、開催後全てアーカイヴとして残り、いつでも見られるような状態になるのでしょうか?
基本的には残していくつもりです。ただ、もちろん企業やブランドさんが期間限定でやりたいと言うのであれば、それはフレキシブルに対応できます。
── 過去に開催したものがデータベースとして残っていくのはいいですね。
SDGs的な観点でも、デジタルなら壊す必要もないのでゴミが出ないですし、未来に繋ぐという意味でも、デジタルなら30年後にも全く変わらない状態で同じ内容を見ることができるというメリットもあります。
── 将来的に、ラ・ミュージアムでどのような企画をやっていく予定ですか?
これはあくまでも「プラットフォーム」なので、今回のような弊社のアーカイヴを編集したエキシビションだけではなく、他の企業やブランド、あるいは個人の方のコレクションやデザイナーの私物、服以外の陶器や絵画など、いろいろなことができると思っています。
そして、ラ・ミュージアムはライラとはなるべく切り離して、誰かの私物的なものという捉え方をされないような、既存の美術館と同様にある程度公共性のあるプラットフォームにしていく必要があると考えています。もちろん、当面はライラ色が強いエキシビションが続くと思いますが、企業やデザイナーさんなどともタッグを組んだりしながら、自分たちが思っていないような新しい編集や切り口を取り入れていきたいですね。
── 「個人のコレクション」に関して、既に具体的な人選案やイメージなどはあるのでしょうか?
まずは、デザイナーやスーパーモデルなどの私物コレクションを展示できたら面白いのではないかと考えています。例えば、過去にはマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)がオークションハウスのサザビーズ(SOTHEBY’S)で自身のアートコレクションを出品していましたが、ああいったパーソナルなコレクションを美術館で展示することの方が、私は面白いと思っていたんです。
美術館では、デザイナーが手掛けたコレクションを展示することはあっても、デザイナーの私物コレクションを展示することはなかなかない。でも私物のコレクションからは、そのデザイナーが服を作る上で影響を受けてきたことや、興味を持ってきたことなどがいろいろと見えてくるはずなんですよね。
また、元々「アップル ヴィジョン プロ(Apple Vision Pro)」をはじめとしたVRゴーグルへの対応も考えていたのですが、残念ながら今回は間に合いませんでした。でも、いずれはゴーグルでより没入感を感じながら展示を楽しんでいただけるように、開発を進めていきたいと思っています。
30代で未経験からスタート、ライラのこれまでの歩み
── ここまで「ラ・ミュージアム」のお話をいろいろと伺ってきましたが、そもそもHashiuraさんは、どういった経緯でヴィンテージの収集や「ライラ」をスタートしたのでしょうか?
元々服が好きで、服飾に携わる仕事をやりたいと思った時期もあったものの、実はライラを立ち上げるまでは、ファッション関連の仕事には全く携わったことがなかったんです。20代の頃はIT系の仕事をしていたのですが、30歳を過ぎて自分の人生を振り返り、過去に“服熱”があったことを思い出した時、「ファッション」に関して何かしないと後悔するなと思ったのがきっかけでした。
それで、当時仕事でロサンゼルスなどに行く機会があった際に、少しずつ現地のヴィンテージショップを回って買い集めるようになり、ある程度お店として成立するくらいのボリュームが溜まったので、2002年、31歳の時にライラをオープンしました。独学で始めたので、当初は服を「リースしたい」と訪れてくる人がいても、「リースって何ですか?」というくらい何も知らない状態からのスタートでした。
── 買い付けはいつもどういったところでされているんですか?
他の仕事でロサンゼルスに訪れていたころは、普通にヴィンテージの店で買っていました。でも、ずっと店を回って買っていたら、金額的に採算が合わない。それで、一般的な買い付け方だとは思いますが、フリーマーケットやディーラーなど、なるべく奥から買っていくようになりました。
ただ、私たちの場合はデザイナーを絞ったり、コンセプトや背景の中である程度厳選しているので、例えばTシャツを買おうとすると、「1000枚見てやっと1枚買えたらいい方」という感じで、5000枚見ても1枚も買えない時もあります。ですから、毎回買い付けに行く時にはある程度自分たちのコンセプトやテイストに合った場所を回りつつも、いつも買う場所に行っても良いものが買えないこともあるので、新しい場所にもチャレンジしていく。そうやって、20年間なんとか買い付けに失敗せずにやってこれたのは、現地のいろいろな知り合いの力のおかげでもあります。
── 今回の展示の中では、イヴ・サンローランやピエール・カルダンといった誰もが知るデザイナーやブランドもある一方で、日本では一般的にあまり知られていないデザイナーが手掛けた服も多く扱っているかと思います。そういったデザイナーやブランドとはどのように出合ったのでしょうか?
やはり年に数回、海外に買い付けに行く中で出合ったものが大半ですね。例えばアンヌ・マリー・ベレッタ(Anne Marie Beretta)というフランスのデザイナーは、決して“知る人ぞ知る”ではなく、1980年代にはフランスの権威ある賞(芸術文化勲章)も受賞したほど、コレクションブランドとして代表的なデザイナーの一人であったはずなのですが、私が知ったのは6〜7年前。ライラを始めてから15年くらいは知らなかったんです。買い付けの中で突然「これはなんだろう」と思って収集を始めて、今では世界でもなかなかないほどのボリュームをコレクションしています。そんなふうに、仕事の買い付けを通して知って、コレクションするというケースが多いですね。
アンヌ・マリー・ベレッタの作品の展示
Image by LAILA
── 服の保管はどのようにされているんですか?
ライラの本社が倉庫になっているのですが、そこだけではスペースが足りないので、知り合いの倉庫にも何百点か置かせてもらっています。未来のための文化的活動をしているので、国が倉庫代ぐらい出してくれてもいいのになと思ったりもしますね(笑)。
── アーティストの方などからは、「作品を保存するのが難しい」という話も耳にします。
我々もKCIさんに保存方法を相談したら、「建物の壁側に置かず中央に倉庫を設ける」「ハンガーはなるべく太いものを使用し、型崩れしやすいものはできれば平置きで保存する」「無菌状態にする機械を買って無菌に、それが無理であれば掃除機で最低限の微生物を殺す」「温度と湿度を管理する」「遮光管理をする」などといろいろなアドバイスをいただいたのですが、正直大半は実践するのが難しい。もちろんニットなどは畳んで保管していますが、スペース的にも「建物の中央に倉庫を設ける」という時点でまず無理でした。
このように、ヴィンテージの服は保存しておくこと自体にもコストや意識が必要になってくるのですが、我々のような民間企業ではどうしてもできることに制限がある。国がどう動いてくれるかはわからないですが、今後は国も含め外部の力なども借りながら、アーカイヴしている服を適切な状態で保存していくことに取り組んでいかなければならないなと考えています。
── ライラでは、現代の服をアーカイヴすることもあるのでしょうか?
ないですね。私がものすごく資産家だったら、未来のためにアーカイヴしておこうと思って手を伸ばすものがあるのかもしれないですが、今の自分の考えとしては、現在のものは未来まで寿命があるとは思っていないんです。
── あるデザイナーが「1990年代はギャバジン素材が今よりも上質で、某デザイナーズブランドの服は当時が一番よかった」と話しているのを聞いたことがあります。シンプルに今よりも昔の方が生地や作りが良いから長く保つ、といったことはありますか?
何が良くて何が悪いというのは、時代によって異なる基準や価値観があるので一概には言えないと思っています。今は「重たいウールは売れないから作らない。軽い方が良い」と言われている時代ですし、「丈夫さ」で考えたら今の方が良いとか、「儚さ」や「美しさ」で考えたら昔の方が良いとか、いろいろな基準がある。
ただ、私も昔の目の詰まった重たいニットを触るとやっぱり感動しますし、海外のビッグメゾンのデザイナーが来店して、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)が手掛けた2000年の「エルメス(HERMÈS)」のニットを触って感動している姿を目の当たりにすると、やっぱり現代には再現できない昔の良さというものがあるんだな、と感じます。
実際、機械がない、職人がいない、効率が悪いから作らない、値上がりしていてコスト的に選ぶ生地の質を下げざるを得ないといったさまざまな事情から、現在では作れないものがたくさんあるのも事実です。なので一概に良い・悪いとは判断できないものの、昔の方が良かった部分は確かにあると思います。
── Hashiuraさんご自身も、現代の服はあまりご覧にならないですか?
最近は本当に見なくなりましたね。もちろん自分が服を着て楽しむという時代もあったのですが、そもそも根本的にコレクションしているのは大体ウィメンズですし。何度か展示をやっていることもあってマルジェラ好きだと思われるのですが、自分が着る服としては、実はマルジェラは1着しか持っていないんです(笑)。
今の私は自分自身が着る楽しみよりも、誰かに提供して喜んでもらうことへの興味や楽しさの方が完全に勝ってしまったので、自分のことは本当にどうでもいい。自分の服を買うぐらいならライラのコレクションを買いたいと思ってしまうので、今自分が着るものとしては、家に2ラック分、同じシャツとパンツが並んでいるだけですね。
── ライラでは、現在3つの実店舗を運営されています。店ごとの棲み分けや、店舗運営の方針などについて教えてください。
「シュール(SURR)」はスタイリングで見せずに個体としての服の美しさや魅力に深くフォーカスして紹介する店、「キリコ(DE CHIRICO)」はスタイルで提案する店、「ライラ ヴィンテージ(LAILA VINTAGE)」は、着こなし方を含めてブランドやデザイナーの背景とともに販売する店、今年6月に閉店した「ライラ トウキョウ(LAILA TOKIO)」はカルチャーや背景を伝えながら服を個体で売る店、と実はそれぞれテーマが全て違っています。
SURR
Image by LAILA
店舗に関しては、店のコンセプトや方向性といったハード面は私が考えているのですが、接客スタイルや服について伝える内容や言葉といったソフト面は、基本的に店のスタッフたちが全て考えて作ってくれています。正直、ライラのスタッフは皆、私よりも服のことをよく知っているので、弊社には「スタッフを教育する」という考え方はないんです。もちろん会話の中で吸収してくれたことや、自分が見せているやり方の中で感じ取ってくれていることなどはあると思うのですが、研修などをして一つひとつの服の背景を教えるようなことは全くしていないですね。
── ライラには、優秀なスタッフの方がたくさんいらっしゃるんですね。そのほかに店舗運営で意識されていることはありますか?
あとは、その服の歴史や文脈以外の、スタッフ個人のパーソナルな情報をお客様と共有せずに、なるべく「服」を通した会話をするという接客方針にしています。というのも、個人的にはパーソナルな情報で売れる店にあまり意味を感じないんですよね。「この人から買いたい」という要素は必要なのですが、その人から得たい情報が何なのかは、結構重要だなと思っているので。
ですからラ・ミュージアムに関しても、キュレーターとして私の名前を出すかどうかについては議論がありました。最終的に出そうと思った理由は、自分の子どものために「お父さんはこういうことをやっていた人なんだよ」ということを残すためだったのですが、それ以外に自分が前に出たい要素は何もないんです。あくまで「ラ・ミュージアム」でやっていること自体を見てほしいだけなので、「ライラがやった」とか「Hashiuraがやった」ということにはあまり意味がない。このバーチャル美術館という新しい形式の中で、しっかりと情報を共有したいと思っています。
── ライラに関しても、これまでHashiuraさんはメディア露出などはほぼされていなかったですよね。
ライラや私個人のことで考えると、あまり個人の情報を出すことにメリットはないと感じています。今後のエキシビションの中で、例えばデザイナーさんがキュレーションした企画などについては、その名前を大きく出すことはしていかなければいけないと思いますし、日本というマーケットで店をやっている以上、届けたいところに届けるためにうちの情報が必要な部分も確かにあると思います。ただ、「出さない美学」というわけではないですが、あくまで届けたい情報はそこではないので、自分が無理に前に出るという行為は私もスタッフもあまり望んでいないですね。
ライラ トウキョウは、“情報が多いことが必ずしも正義ではないこと”を証明できた店
── 建物の老朽化に伴う取り壊しにより、今年6月に「ライラ トウキョウ」の店舗を閉店されました。11年間続けてきた中での気づきや手応えなど含め、率直な思いをお伺いしたいです。
まずは店をああいう形までお客様に育てていただけたということに、本当に感謝しかないですね。我々があの店でやっていたのは、ヴィンテージという“過去”に存在しているものを、新しく編集して発信しただけ。でも何でもあるからこそ、編集することによって区切ったり削いだりして必要なものしかない状態にした店であり、それが新しかった。情報が多いことが必ずしも正義ではなく、“必要な”情報を提供すれば、それを必要とするお客様に来ていただける店作りが成立するということを証明できたのかなと思っています。
LAILA TOKIOの店舗外観
Image by LAILA
「ライラさんっぽいね」と言われることをしなければ自分が満足しない。他にあるような「〇〇っぽいね」と言われることが、私にとっては最大の否定の言葉なんです。ですから、他がやっていない新しいことをやろうと探っていった結果が、「正統派なのに新しい」という真逆を表現したあの編集の仕方でした。
── 確かに、今デザイナー古着がこれだけいろいろな場所で売られるようになったのも、ライラさんがきっかけですもんね。近年はヴィンテージの二次流通価格の高騰が注目されがちですが、それについてはどのような考えをお持ちですか?
もちろん、自分たちがやったことが今の在り方の全てに影響を与えているわけではないですが、何かのきっかけにはなることができたのかなとは思っています。ただ、それが全て正解だったというわけではなく、ライラが火付け役となってヴィンテージの価格が大幅に上がってしまったことは、結果として我々にとっては一番マイナスなことだったかもしれません。
我々は、価格の高騰に乗じて売ることが正義だとは思わないし、もっと違うことを伝えたいと思ってやってきたはずなのに、「ビジネスでやっている」と悟られた瞬間に、うちのお客さんは離れていってしまうと思うんですよね。ですから、以前「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」のアーカイヴのボンバージャケットが300万円で売れたという噂が流れたときも、ライラではすぐに店頭からラフの商品を全部下げてしまいましたし、私たちが仕掛けて1970年代のイーストウエストのクラフトレザーがムーブメントになったときも、すごく価格が上がったタイミングで買い付けするのをやめました。
もちろん、価格高騰はマーケットのニーズなので止めようもないですが、マーケットの流れとその物自体の価値を考えたとき、それを本当に高額な値段で売ってしまっていいかどうかをちゃんと判断しないと、ただのマネーゲームになってしまう。私たちは、そういった部分は常に注意しながら、儲けるために意図的にマーケットを操作して自分たちの優位性を高めるようなことは本当にやってこなかったので、その点ではすごく真摯にやってこられたと思っています。むしろ、最近は展示のために、20万円で売ったものを40万円で買い戻したり、10万円以下で売ってしまったものを80万円で買い戻したりと、安く売って後悔したものたちを買い戻しているところです(笑)。
── そのほかにも、Hashiuraさんが今のファッション市場について何か思うことや、それに対してアクションをしてきたことはありますか?
私の場合はすごくシンプルに、自分が好きなことしかやりません。ただ、「売れるから買うのではなく、お客様に伝えたいものだけを買う」「新しいブランドは、自分たちが日本で最初に取り扱うものしかやらない」「広がり過ぎたり価格が高くなり過ぎたら手を引く」といったことは徹底してきました。
例えば、ライラ トウキョウという店をやっていた時は、唯一「トゥーグッド(toogood)」だけはドーバー ストリート マーケット ギンザ(DOVER STREET MARKET GINZA)さんが既にやっていらっしゃった中で取り扱いましたが、それ以外は全て「自分たちが日本で最初に取り扱うブランドしか扱わない」という制約を勝手に決めたんです。
── それはすごいですね。
なぜかというと、他の店で感じた感覚を、あたかも自分の店で新作が入ったかのように取り上げる仕事が単純に嫌だったからです。ですから、ライラで新しいブランドを展開し始めると、よくセレクトショップのバイヤーさんなどがリサーチのために見に来たりするのですが、正直「どういうつもりでやっているんだろう」と思ってしまって。「自分の足と目で見つけた海外のショールームで買い付けたら、偶然別の店も取り扱っていた」のではなく、ライラに来て、我々がセレクトしたものを見てメモして、連絡して買おうとしている。その行為をお客様にどう説明するのか、ということに疑問があるので、ライラではどこかが扱っているものはやらない。展示会に行って良いと思っても、「これ日本でどこかの店が取り扱っていますか?」と訊ねて、もし他店で既に展開していることがわかったら断念する。ですから、ライラで取り扱うのは限られたブランドしかないんですよ。
── 本当に徹底されていますね。
もちろん、大手のセレクトショップさんなどがそういうやり方を徹底するわけにはいかないことも理解しています。年間50億円の売上予算が組まれたら、50億円分のものを買わなくてはいけないので、我々の正義と同じようなことをするのは難しい。でも逆を言えば、我々は「これぐらいの量なんだからこれぐらい真剣にやろうよ」と思って、そういう選択肢をとる。ですから、売れるから買うのではなく、お客様に伝えたいものだけを買うようにしてきました。
同じように、例えばパリ発のジュエリーブランド「シャルロット シェネ(Charlotte Chesnais)」もそうでしたが、ライラが日本で初めて展開した後、ショールームが入って他店での取り扱いが増えたら、私たちは手を引きます。それはもちろんブランドやショールームが悪いわけではなく、皆さん生業としてやっている以上、ブランドにとってはより多く販売したいという思いもあるでしょうし、それに対して我々がどうこう言うつもりはない。ただ、広がりすぎたものはやらない、高くなりすぎたら手を引くなど、なるべくビジネスライクにならずにお客様に接するということは、ずっと意識してやってきましたね。
── 結果的に、それが一番お客様にも届くのでしょうか?
そうですね。新しいものが溢れている時代だからこそ、ちゃんと引き算していきながら届けるとともに、それをどう新しい演出や空間と質の高い接客でお客様に提案していくかということを大切にしています。
長く続けるために必要なのは、「何を届けたいか」という考えを明確に持つこと
── 現時点で、将来的にやってみたいと思っていることが他にあれば教えてください。
デジタルだけではなく、場所と予算とタイミングが合えば、今後はフィジカルのエキシビションも並行してやっていきたいと考えています。
── 企業やデザイナーだけではなく、美術館などからも声が掛かりそうですよね。
ゆくゆくは美術館さんと一緒にやるという目標ももちろん持っています。先日まで東京オペラシティアートギャラリーで高田賢三さんの展示を開催していましたが、ああいったフィジカルの展示をデジタルと並行して表現するということも、将来的にやれたらなという思いはありますね。
そして、いろいろな方に届ける活動をしていく一環として、ラ・ミュージアムを国内外の学生たちに無料で見てもらう取り組みはしっかりやっていきたいと考えています。というのも、どうしてもオンラインだと学生である確認が取れないので、「学生チケット」や「学生無料デー」といった対応ができない。そのため、近い将来学校などと提携しながら、無料のチケットやクーポンなどを学生に配って展示を見てもらえるようにできたらと思っています。
── 学校側が持っている服を3Dスキャンしてバーチャル美術館で見せる、といった取り組みもできそうですね。
学校も含め、ファッションのコンクールを主催している団体で過去の受賞者のアーカイヴを保有しているところなどもあるので、将来的な取り組みを視野に入れながら、ファッション関係の学校や団体には既に情報を共有したりもしています。まずは時間をかけながら、学校や団体の方たちに「ラ・ミュージアム」というものを知っていただき、見てもらうことから始めているところです。
そして、ライラ トウキョウという店舗も今は一旦閉じてしまいましたが、また違うアプローチでいつか復活できたらと思っています。閉店前最後にマルタン マルジェラの1993年のコレクションを展示したのですが、そのときたった12着のボリュームでも皆さんがとても楽しんでくださることを改めて感じたんです。今はそういった歴史ある服に直接触れる場所や、1着のドレスが飾ってあるだけでも訪れたくなるような場所が日常的にはないじゃないですか。ですから、小さくてもいいからいつ行っても歴史ある服が見られる場所があったら面白いなと考えています。
閉店前最後のエキシビション「Maison Martin Margiela Printemps/Été 1993」の様子
Image by LAILA
──この時代にこれほどに「ファッション」や「服」に向き合っている企業体は他にないと思います。
それがもっと大きなエネルギーで世界中にお届けできればいいのですが、今は物一つにしても高いし円安なので、現地のディーラーさんでもやっていけなくて辞めた人も何人もいますし、逆にヴィンテージを扱う若いエネルギーがどんどん増えてきたりもしています。
私がこの業界に入った2002年以前から、ヴィンテージは比較的すぐに手を出して始めやすい生業ではあるんですよね。若くても数百万円あれば店を作って起業できますし、今はオンラインもあるのでますます誰でも挑戦できるチャンスがある。でもそういう場所にいるからこそ、周りに流されずに自分たちが「何を届けたいか」という考えが明確にないと、続けていくのは難しい。私たちがこういう削ぎ落としたことをやりながらも20年以上続けることができたのは、その「何を届けたいか」という軸をブレずに持ち続けていたからだと思います。なので、今回のデジタルでの取り組みはあくまで一つのアプローチとして、店は店として継続しながら、今後も“ライラらしい”ことをやっていくつもりです。
text & edit:Erika Sasaki(FASHIONSNAP)
photographer:Yuzuka Ota(FASHIONSNAP)
■ラ・ミュージアム
1DAYチケット:12ユーロ、チケット使用から24時間有効
7DAYチケット:28ユーロ、チケット使用から168時間有効
アプリダウンロード:iOS/Android/Mac/Windows
公式サイト
■各店舗公式サイト:LAILA VINTAGE/LAILA TOKIO/SURR/DE CHIRICO
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