
Image by: FASHIONSNAP
会議室でのかしこまった対談よりも、お酒とタバコを片手に話した方が素直な話を聞けるかもしれない、とまたもや二人のデザイナーと一人のカメラマンを居酒屋に呼び出した。
記憶に新しい、ファッションプライズ「LVMH Young Fashion Designers Prize(以下、LVMHプライズ)」のセミファイナリスト発表。日本からは、「ピリングス(pillings)」の村上亮太と、「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」の大月壮士が選出され、同世代のダブルノミネートに業界内外は大いに盛り上がった。そして、ピリングス会心の新作「2026年春夏コレクション」が発表されたその日の夜、そのままの勢いでグランプリを受賞したソウシオオツキの吉報にファッション業界はいわばお祭り状態になった。
LVMHグランプリが発表された7日後。帰国直後の大月と、展示会後に駆けつけてくれた村上、そして2つのブランドの快進撃を陰で支えた立役者でフォトグラファーのローカルアーティスト“河原”を、3人の行きつけだという三軒茶屋の居酒屋に招集した。普段から、飲み友だちでもあり、切磋琢磨し合うライバルでもある彼らは、この日「LVMHの裏側」「それぞれのクリエイションについて」、果ては「デザインとは何か」を題材に5時間以上も話し(飲み)続けた。リスペクトに裏打ちされた対等な彼らの会話は、称賛と示唆、時に異論までも含んで豊かに展開し、国内ファッションの明るい未来を確かに感じさせた。今回、FASHIONSNAPではほぼノーカットの全3話連載でその模様をお届けする。
第1回は、LVMHの裏側とその影の立役者 ローカルアーティストについて。集合場所である居酒屋に到着すると、既に大月が待っていた。
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大月壮士
1990年千葉県生まれ。2011年文化服装学院アパレルデザイン科メンズデザインコース卒。在学中、プライベートスクール「ここのがっこう」に通い、山縣良和と坂部三樹郎に師事。2015年秋冬にメンズウェアレーベル「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」を立ち上げる。LVMHプライズ2016のショートリストに日本人最年少でノミネート。2019年度 Tokyo新人デザイナーファッション大賞プロ部門入賞。TOKYO FASHION AWARD 2024を受賞。LVMHプライズ2025で日本人で3人目のグランプリを受賞した。
村上亮太
上田安子服飾専門学校卒業後、山縣良和による「ここのがっこう」でファッションを学ぶ。リトゥンアフターワーズのアシスタントを経て、2014年に「リョウタムラカミ(RYOTAMURAKAMI)」を立ち上げ。2020年にはブランド名を「ピリングス(pillings)」に改名。同年「K'sK」代表の岡本啓子と共に、ニットスクール「アミット(AMIt)」を開校した。2023年12月にリトルリーグと事業譲渡契約を締結。LVMHプライズ2025でセミファイナリストに初選出された。
ローカルアーティスト(河原)
日本大学芸術学部写真学科を中退後、2017年にセレクトショップ「エスメラルダ サービスド デパートメント(Esmeralda Serviced Department)をオープン。またフォトグラファーとして「ピリングス」や「ソウシオオツキ」のランウェイフォトやルック撮影を手掛ける。
──お待たせしました。どうぞ、好きなものを頼んでください。
大月:ボトルを入れてるんで、デキャンタの緑茶と烏龍茶だけとりあえず頼んどきましょうか。
──よく来る居酒屋だと聞きました。
大月:何がきっかけだったのかな。村上君と吉田(ケイスケヨシダの吉田圭佑)と三軒茶屋にいてたまたま入ったんだと思う。「紙タバコも吸えるしいいな」って。

──まずはグランプリおめでとうございます。「グランプリです」と言われた時の率直な感想は?
大月:そりゃびっくりましたよ(笑)。
──「いける」とは思っていなかったんですか?
大月:手応えはあったんですけど、結局自信があっても他人からの反応は開けてみないとわからないじゃないですか。それでもグランプリをとれるとは流石に思っていなくて。他の副賞だったら「あるかな」と。でも、スティーブ・オ・スミス(Steve O Smith)がカール・ラガーフェルド プライズとして呼ばれたから「ああ、もうだめか」と思っていました。「あるかも」と思いながらグランプリ発表を待ち続けると呼ばれなかった時傷つくから、割と早々に「ダメだった」と心を閉ざしていました(笑)。
──審査員からフィードバックはもらえたんですか?
大月:プレゼンテーションは10分しか時間がなく、実はあまりフィードバックはなかったんですよね。ただ、印象的だったのはいくつかあって。ジョナサン(・アンダーソン)から「世界観やヴィジョンがはっきりしてるから、ホールセールじゃなくて自社ECでやってもいいかもね」みたいなことを言われて「今もやっているんだよね」という話とか、ステラ(・マッカートニー)が「めっちゃ大好き」って言ってくれたりとか。あとはグランプリ受賞が決まった後に、NIGO®さんが「圧倒的でしたよ」と声をかけてくれました。

大月:でも、社交辞令としてかもしれないし、本当のところはどう思っているかはわからない(笑)。
──受賞したにも関わらず、謙虚ですね。
大月:良いことでもあるんですけど「こいつはプライズを獲るべきじゃない」とか「こんなのアルマーニのパクリでしかない」みたいなことをSNS上で見かけるからかな。たくさんの賛辞より、否の声の方が大きく感じちゃったところはありました。
──大月さんはLVMHプライズ2016でもノミネートされていますが、一度目と二度目で何か違いを感じましたか?
大月:全然違いましたね。1回目は、セミファイナルの時からブースを作り込めたんですが、今回はプライズ側が公平性みたいなのをすごい重要視しているから、飾り付けなどはもってのほか。ハンガーも用意されたものしか使ってはいけなかったし、アシスタントも1人しか連れて行けなかった。
(村上、合流)
村上:グランプリ男が、先に来てる(笑)。

──村上さんもセミファイナル、おめでとうございました。日本人が2人、それも同世代のブランドが同時にノミネートされたからこその業界内外の盛り上がりだと感じました。
村上:すごいね、グランプリ。おめでとうございます。
大月:やっと村上くんにも「おめでとう」って言ってもらえた(笑)。
──やっぱり悔しさゆえに「おめでとう」と言っていなかったんですか(笑)?
村上:そりゃ、悔しいですよ。心のどっかで「獲るな」と思ってたし(笑)。
大月:たくさんお祝いの言葉をもらったけど、吉田からの「やりやがったな!」っていうLINEは一番グッと来たな。
村上:撤収後のショー会場で小さな携帯を囲んで中継を見ていたんだけど、「うおー!!」って本当にみんな叫んで喜んでたよ。俺はその1分後に一人で喫煙所に行った(笑)。
大月:プレゼンの直前に村上くんのルックが発表されていて、それを見て平常心を保っていたよ。日常の地続きでありがたかった。

村上:受賞のスピーチは練習したの?
大月:いや、していなかった。もう「サンキュー」しか出てこない(笑)。でも、実は結果発表前に待機していたら「まだ何も決まってないけど、もし賞をもらえるとしたらちゃんと英語で喋れるように用意しといてね」みたいなこと言われて。
村上:それはちょっと「おっ」て思うね。
大月:うん、フラグが立ったんだけど、期待した上でダメだったら嫌じゃん。だから期待は絶対にしないようにしていた。
──大月さんはきっとドンと構えているんだろうなと思っていました。
大月:いや、全然ですね。神社にも通ったし、「何キロ痩せたら獲れる」みたいな願掛けをたくさんした(笑)。

村上:トロフィー見せてよ。
大月:お見送り芸人しんいちみたいに、トロフィーをずっと持ち歩き続ける人もおもろいなと思って、今日も持ってこようと思ったんだけど、リュックの中に入れていたら一部分が壊れちゃって(笑)。いま、「コウタ オクダ(KOTA OKUDA)」に直してもらってる。
村上:そんな簡単に壊れるものなの?
大月:かなり重くて頑丈だと思ってたんだけど、接合部分が脆かったのかな。メッキとかも剥がれていたから、せっかくだし綺麗にしてもらってるところ。
(河原、合流)

──全員揃ったので、改めて乾杯をしましょう。ご飯も好きなもの頼んでください。
河原:肉味噌もやしと、レバ刺し、のりチーズも頼んどきましょう。
村上:はつもと、なんこつ、かしらをお願いします。
大月:ボトルのおかわりと、割りものも追加でお願いします。

──河原さんはメディアに出るのが初めて。フォトグラファーでありながら、富ヶ谷に実店舗がある「エスメラルダ サービスド デパートメント(Esmeralda Serviced Department)」(以下、エスメラルダ)のオーナーでもあります。
河原:古着屋のオンラインストアとして金山(エスメラルダのディレクター金山木子)とエスメラルダをオープンしたのが2017年。大学で写真を学んでいたのですが、大学中退後、師匠についていたわけでもないし、スタイリストの卵と仲がいいわけでもなかったので、ファッション写真の作品撮りができない状況にあって。自分で服を集めて、スタイリングして、そのついで服も売ればいいか、というコンセプトでお店を始めました。
──大月さん、村上さんとの出会いは?
村上:ここのがっこうです。15年くらい前?
河原:僕は服を作っていたわけじゃなくて、みんなの作品撮りをしていたんですよね。
──「ソウシオオツキ」「ピリングス」のクリエイションの深いところから河原さんは参加されていると聞きました。二人が今回のLVMHプライズ選出された陰の立役者なのかな、とも思います。
村上:人気者になっちゃうね。
大月:たしかに、すでになりつつある(笑)。
村上:相手してもらえなくなっちゃう。

──それぞれのブランドは河原さんにどうやって関わってもらっているんですか?
村上:ピリングスでは、ランウェイのルック撮影をお願いしています。彼が撮ったものがいわゆる“オフィシャル”になる。今度、ピリングスの10周年を記念した本を出版するんですけど、その中に登場する写真も全部河原くんが撮ってくれたものだし、LVMHプライズのプレゼンテーション用に作った本があるんですけど、それの撮影や制作もお願いしました。
──「ソウシオオツキ」での関わり方は?
大月:3シーズン前にディレクションみたいなことで入ってもらいました。一緒に生地を見に行ったり。
村上:3シーズン前っていうと「バブル期」の最初のシーズンだ。
大月:専門的な知識ではないフラットな視点での軌道修正が欲しかったんだよね。

「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」の2025年春夏コレクション

「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」の2025年春夏コレクション
河原:2024年秋冬に「TOKYO FASHION AWARD」の一環で、ショー形式でコレクションを発表しているんですけど、吉田に「ドメブラっぽい見え方になっている」と指摘されて。つまりは、日本的なモチーフを過剰に使ったルックが多かったんです。それで「日本のドメスティックブランドが格好をつけている」みたいな見え方になっているんじゃないか、と。
大月:そしたら吉田が「河原に関わってもらえば?」と。たしかに、ここのがっこうに在籍していた時も河原に意見を出してもらいながら作っていた部分もあったので、その時みたいにやったら?というのはいい提案だった。

──「日本の精神性」=「和」というイメージが強くなりすぎて、「誰も気づかなかった日本の精神性を翻訳するために『和』を使っていたはずが『和』に食われてしまった」ということを以前話されていましたよね。
大月:もともと、学生の時にそういう意気込みがあって。でも、ビジネスとか考えているうちに忘れていた節があって、それを吉田の一言で思い出したんですよね。
村上:吉田すごいな、いないのにキーマンや。
大月:吉田は天才ティーチャーだからね。

「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」が「Rakuten Fashion Week TOKYO 2024 A/W」で発表した2024年秋冬コレクション
──大月さんと村上さんから見た河原さんの“良さ”はどういった部分ですか?
村上:クリティカルな視点。客観的な意見として、すごい信頼しているところは学生の時から変わらずにずっとあります。写真で言うと、今のピリングスがやっているクリエイションとすごい相性がいいと思っていて。というのも、彼の写真はあまり我がない。冷静な視点でただ観察してる眼差しがあるので、ニッターさんの写真とかいわゆる「ほっこりしすぎる」ような風景も、いい意味で冷たい目線で写し撮るみたいなことをやってくれる。
大月:俺の場合は、自分だけでやると、”シャばく”なりがちなんですよね。そのストッパーとして河原を頼っているのかも。
河原:“シャバライン”を引く人(笑)。
──「シャばい」と「ダサい」はニアイコールだと思いますが、近年でその“シャバさ”をコントロールした話はありますか?
大月:ピリングスはもともとシャばくないからな。
村上:逆にシャばいのを受け入れてもらったかもしれない。言い訳が得意みたいな(笑)。
大月:俺の場合は、とにかくデザインを抜けって言われ続けてる。いかにレスなデザインでそのムードだけを伝えるか、と。
河原:ソウシオオツキにジョインした3シーズン前は、既にフィニッシュが見えていたから「80年代の印刷物みたいな質感にしよう、それがあれば説明できるから。洋服自体で過剰に説明する必要はない」と思っていたんですよね。一度肩の力を抜いてもらったのが、2025年春夏。そこにフォルムを足したのが2025年秋冬。そこからさらにディテールとデザインを足していったのが2026年春夏だった。

2025年春夏コレクション
村上:大月くんの場合はデザインからがっつり入ってもらってるけど、俺の場合は出来上がったものに対しての感想をもらうみたいな関係。だからそこのドキドキ感はいつもある。信用できる顧客みたいな感じ。
河原:でも俺、ピリングス1回しか買ったことないですよ(笑)。
村上:結構いい値段の買ってくれたよね。2024年秋冬コレクションのエンジェルが付いてるニット。
河原:リトルリーグに入ったタイミングで、自分が着れそうなやつだったから。
大月:1回も着てるの見たことないけど。
河原:結構着てるよ。でも、こういうところに着ていくと臭くなるじゃん(笑)。

ピリングス(pillings)」が発表した2024年秋冬コレクション

ピリングス(pillings)」が発表した2024年秋冬コレクション
──大月さんは最終プレゼンの前に「ダブレット(doublet)」の井野将之さんに話を聞きに行ったと伺いました。
村上:その会をやるって決めて、ちゃんと催した大月くんの人間性や真摯さは素晴らしいなって。
大月:聞きに行ったというか、模擬プレゼンをエスメラルダでしたんですよね。河原と吉田、大野(ヨウヘイオオノの大野陽平)さん、アシュリー(「VOGUE RUNWAY」ジャーナリストのアシュリー・オガワ・クラーク)に来てもらって、プレゼンテーションにおける英語の発音などのアドバイスをもらったりしました。
村上:どんなアドバイスがあったの?
河原:基本的には「内容はいいよ」という話でしたよね。
大月:井野さんからは「自分の言葉で語った方がいい。あの人たちに自分のクリエイションを見せられることに喜びを感じなさい」「売れていい、成功していいんだ、と、自分に承認を与えなさい」と。

大月:あと吉田が「ポケットに手を入れろ」というアドバイスをくれた。
村上:あれめっちゃいい所作だよねって言ったら、吉田が「俺のアイデアだ」って言ってた(笑)。
大月:それを軸にしていたからね。モデルの子もバックステージでもずっとやってくれてた。
河原:手が張り付いているように。
──手を入れているポケットは独自の「インターライニング・ポケット」。ポケットの内側に毛芯をかませ、芯地と表地の間にモノが入れられる構造になっているというもの。
大月:これはFASHIONSNAPで行った津村さんとの対談がきっかけで生まれたアイデアなんですが「着物に見られる日本人の隙間活用の美意識を踏襲していますよ」と説明しても絶対に伝わらないから、手を入れて、ジェスチャーとして「着物なんですよ」というワンパンチで行った方がいい、と。「洋服が所作を与える、そしたらその所作が美しい」みたいなことを吉田が言っていて「さすがだな」と思った。


──最終プレゼンの内容は?
大月:自分が今サラリーマンスーツを日本のトラッドと定義して提案しているという話から、服やスタイルの話、将来的なヴィジョンまでですね。ここのがっこうに通っていた当時、俺の父親はだらしがない人で母親からもよく叱責を受けていたんですけど「そんな父親に似てる」と言われて。それがすごく嫌で「父親のDNAを葬り去る」みたいなことをしたのが学生の時に3体だけ作ったコレクション「FINAL HOMME」だった。そこから、メタファーとしてサラリーマンというのを借りています、という説明から始めました。

大月:エスメラルダでやった模擬プレゼンの時は「通訳の人に内容を補完してもらったほうがいいかも」と話していたんだけど、パリについてから通訳の人と打ち合わせしたら「やっぱり自分の言葉で最後までやった方がいいんじゃないか」となって。プレゼンの内容も方法もそこから二転三転したから本当に余裕がなかったです。
──振り返れば楽しめました?
大月:すごく楽しかった。アドレナリンがが噴き出てました。
河原:プレゼンテーションが終わってそでに帰ってきた時すごくいい表情をしていたよ。
大月:プレゼンの後はぐっときたね。やり切った感あったし。そこが泣きどころだったかもなあ。でもずっとカメラが追っていたから「抜かれまいぞ」と思っていたら泣きどころを逃してしまった。俺がもっと泣いて喜んでいたら、河原ももっと素直に喜べたのかな(笑)。
【続きを読む】2杯目:どうしてLVMHプライズで受け入れられたと思いますか?
最終更新日:
目次
居酒屋本音談義、大月壮士×村上亮太×河原まこと
1杯目:LVMHプライズのグランプリとセミファイナリストの立役者って誰ですか?
2杯目:どうしてLVMHプライズで受け入れられたと思いますか?
3杯目:日本らしいクリエイションって何だと思いますか?
撮影協力:五臓六腑 久
東京都世田谷区太子堂2丁目15−8
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