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機材や環境の発達により、1日で数百~数千曲がリリースされる昨今の音楽産業。歓迎すべきことではあるものの、その膨大すぎる量がゆえ自ら触手を伸ばすことを躊躇い、真に評価を受けるべきアーティストとの邂逅が消失し、気付けば過去のお気に入りばかりをリピート再生している......という状況に心当たりがある方に向け、月に1回“ファッションシーンとの親和性も高い”アップカミングなアーティストを紹介する連載【服好き必聴アーティスト】。(文:Internet BoyFriends)
■服好き必聴アーティスト:連載ページ
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早耳な音楽フリークの方々にとっては既に知られた存在が登場するだろうが、復習も兼ねてファッション的新情報を得られるという心持ちで読み進めていただければ幸いだ。第8回は、チャンネルの総登録者数が1000万人を超える過激系YouTuberからR&Bアーティストへと転身したジョージ(Joji)についてお届け。
YouTuberのはしりとして活躍した10代
ジョージこと本名ジョージ・クスノキ・ミラー(George Kusunoki Miller)は、大阪府で1992年9月18日にオーストラリア人の父親と日本人の母親の間に生を受けた。彼は18歳まで日本で過ごしたのちに渡米するのだが、それまで通っていた兵庫県のインターナショナル・スクールでブーンバップ(1990年代のヒップホップでみられたサンプリング主体のトラック)をはじめとするUSミュージックと邂逅(かいこう)。友人たちと暇つぶしにヒップホップをサンプリングした楽曲をガレージバンド(GarageBand)で作るうちに、アーティストとして成功する夢を描くように。そして、この時に楽曲制作と並行して行っていたものがある──それがYouTubeへの映像投稿だ。
ジョージは、2008年という早い段階から自身のYouTubeチャンネル「DizastaMusic」を開設し、友人と共にYouTuberの走りのような映像を投稿していた。下の映像は、当時高校生のジョージが2008年7月に投稿した2本目の動画で、TERIYAKI BOYZ®ならぬTEMPURA BOYZたちによる寸劇が行われている。
このチャンネル「DizastaMusic」は、チャンネル名通り(本当かどうか分からないが)当初から音楽活動のプロモーションを目的に開設し、MCラッカス(MC Ruckuss)としてラップソングもいくつか投稿していた(削除済み)。しかし、2011年からフィルシー・フランク(Filthy Frank)という架空のキャラクターとして“おふざけ動画”を投稿し始めると、これがネットユーザーたちにハマり一躍人気者に。さらに、フィルシー・フランクとラップを融合したもう1人のメインキャラクター ピンク・ガイ(Pink Guy)を生み出し、数々の“ネタラップ”(コメディ・ミュージック)や“おふざけ映像”を制作。特に、2013年2月にピンク・ガイとして投稿した「DO THE HARLEM SHAKE(ORIGINAL)」は、“ハーレムシェイク(Harlem Shake)”という世界的なインターネットミームを巻き起こし、使用していた楽曲をアメリカ版アイチューンズ(iTunes)のシングルチャートで1位に押し上げてしまうという珍事件まで起こすほどにまで成長した(2022年11月15日現在で6654万回再生)。
フィルシー・フランクとの別れ
「DizastaMusic」で想像を超える反響を受けたジョージは、“おふざけ映像”が自身および楽曲の宣伝につながると確信し、2013年1月に2つ目のチャンネル「TVFilthyFrank」を、2014年7月に3つ目のチャンネル「TooDamnFilthy」を開設。“音楽制作も行う過激系YouTuber”のようなスタイルで活動すると、今では100%炎上してしまうような内容ばかりのフィルシー・フランク(主にピンク・ガイ)の人気は日々加速し、平均再生回数が数百万回を超えることが当たり前となった。その最中、2014年5月に初のミックステープ「Pink Guy」を、2017年1月にデビューアルバム「Pink Season」をリリースすると、「Pink Season」は全米アルバムチャートで70位に入る快挙を達成。スポティファイ(Spotify)とアップルミュージック(Apple Music)ではそれぞれ数千万回再生され、収録曲「STFU」に至ってはMVだけで9000万回近い再生回数を記録することに。しかし、12曲目のタイトルが「セックス大好き」であるように、その内容は賛否両論を呼び、数曲はSpotifyから削除されている。
※年齢制限が設けられているため、気になる人は「YouTubeで見る」から。
そして、フィルシー・フランクとして自ら“売名活動”をする裏で、本当の自分(George)がやりたい音楽活動を、“Joji”としてこっそりサウンドクラウド(SoundCloud)で始動。下の「Thom」と「you suck charlie」は、どちらもピンク・ガイ全盛期の2015年に制作されたものだが、今のジョージに通ずる音楽性を感じることができる。ちなみに、“Joji”はすぐにフィルシー・フランクのファンたちに身バレしていた。
そんな“真のジョージ”の将来性を見出したのが、気鋭音楽レーベル「88ライジング(88RISING)」だった。2015年に設立された同レーベルは、アジア人およびアジア系アメリカ人のアーティストを積極的にフックアップすることで知られ、フィルシー・フランク(主にピンク・ガイ)を88ライジングのさまざまな企画に参加させながら音楽家としてのジョージの成長をフォロー。2017年に入ると大きく舵を切り、フィルシー・フランクとは正反対のアンビエントでダークかつソウルフルなテイストを前面に押し出し、4月に「I don't wanna waste my time」、7月に「Rain on Me」と88ライジング所属のハイヤー・ブラザーズ (Higher Brothers)との「Nomadic」、10月に「Will He」という4曲を立て続けに発表し、11月には待望のデビューEP「In Tongues」をリリースした。
これらのジョージ名義での楽曲は、一部のフィルシー・フランクを愛する者たちから受け入れられなかったが、純粋な音楽ファンたちの心を掴むことに成功。こうしてジョージの人気と反比例するかのようにフィルシー・フランクは徐々に活動のペースを落とすようになり、2017年9月を最後に動画投稿を休止。同年12月には、コンテンツ作りが楽しめなくなったことと健康上の問題(*2014年にYouTube活動が原因の神経障害を発症していた)を理由に、フィルシー・フランクからの引退も発表した。
なお、ジョージの引退から5年が経った今もフィルシー・フランクの人気は衰えず、「TVFilthyFrank」は789万人の登録者と12億回以上の再生回数を、「TooDamnFilthy」は235万人の登録者と3億回以上の再生回数を記録している。
唯一無二のR&Bアーティストに
2017年に10年近いYouTuberとしての活動に終止符を打ち、ようやくジョージとして活動を本格化させると翌年、デビューアルバム「BALLADS 1」をリリースした。“明るい人ほど闇がある”とはよく言ったもので、フィルシー・フランクとして明るく振る舞うことで隠していた“ジョージ(George)”の闇の部分を巧みにサウンドへと昇華し、主に変化への葛藤を扱った同作は、全米アルバムチャートで首位とはならなかったが3位を記録。ジャンル別のR&B/ヒップホップ・チャートでは見事初登場1位を獲得した。これはアジア出身のアーティストとしては史上初の快挙で、「BALLADS 1」は2010年代のR&B史に残る1枚となったのだ。中でも、修復不可能な人間関係を綴った収録曲「SLOW DANCING IN THE DARK」は高く評価され、フィルシー・フランクで培ったのであろう独特な世界観を描くMVは3億4000万回超えの再生数となっている。
わずか1枚で世界的なYouTuberから唯一無二のR&Bアーティストへと転身したジョージは、その後しばらくは控えめに活動し、「Sanctuary」というシングルや、88ライジングの盟友リッチ・ブライアン(Rich Brian)とのフィーチャリング曲「Where Does the Time Go」などを経て、2020年に2ndアルバム「Nectar」をリリース。オマー・アポロ(Omar Apollo)やイヴ・トゥモア(Yves Tumor)らアーティストをはじめ、人気プロデューサーを多数招聘したことで、「BALLADS 1」よりもサウンドの多様性に富んだメランコリックなバラードとなり、前作と同じく全米アルバムチャートで3位を獲得した。
そして、今月リリースした3rdアルバム「Smithereens」は、“内省的なバラードのPart1(5曲)”と“ローファイでDIYなサウンドのPart2(4曲)”で構成。全9曲で25分に満たないコンパクトな作品だが、相変わらずの“Joji World”と共に試行錯誤も感じられ、全米アルバムチャートは5位と少し落ち込んだが、オルタナティブ・チャートでは首位に立った。なお収録曲「Glimpse of Us」は、ジョージとして初めて全米シングルチャートのトップ10入りを達成。これはティックトック(TikTok)でのバズによる影響が大きい。この“TikTokでのバズ→シングルチャートで好成績”という流れ自体はよくあるものの、これまでの他アーティストの楽曲とはバズり方が違うようで、「ビルボード(Billboard)」ではこれを解き明かすためのインタビュー記事が公開されている。
「ヘインズ」のタンクトップを愛用
人気USアーティストの多くは、ステージ上で煌びやかな衣装を着用し、何かしらのファッションブランドの広告塔を務めることが義務レベルで多い。しかし、ジョージはこういった自身の見せ方を好まず、メディア露出もかなり制限していることで知られる。これは、フィルシー・フランク時代の学びを生かした戦略だと推測され、SNSも滅多に更新せずプライベートをひた隠すことで、ミステリアスさが魅力のひとつになっている。
その中で、大体的に協業したブランドのひとつが「ゲス(GUESS)」だ。といっても、ジョージ単体ではなくレーベル「88ライジング」とのコラボで、2019年9月にリリースされた第2弾コラボコレクションのルックでは、リッチ・ブライアンやニキ(NIKI)らと共に、珍しくモデルを務めているジョージが確認できる。また、好きなブランドは「ヘインズ(Hanes)」と「ナイキ(NIKE)」で、特にヘインズのタンクトップを愛用しており、下記の映像のようにそれ1枚でパフォーマンスすることも。
最後に、フィルシー・フランクの片鱗が未だに感じられる小ネタをご紹介。未だにMVやステージの節々でフィルシー・フランク時代の要素が見受けられるが、「Nectar」がリリースされた際のマーチャンダイズではしっかりふざけており、ルックでは若者のストリートスタイルを真似する高齢者をモデルに起用したほか、一定数以上の購入者には“Nectar(ハチミツ)”をプレゼントしていた。
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