Image by: Honey Dijon
機材や環境の発達により、1日で数百~数千曲がリリースされる昨今の音楽産業。歓迎すべきことではあるものの、その膨大すぎる量がゆえ自ら触手を伸ばすことを躊躇い、真に評価を受けるべきアーティストとの邂逅が消失し、気付けば過去のお気に入りばかりをリピート再生している......という状況に心当たりがある方に向け、月に1回“ファッションシーンとの親和性も高い”アップカミングなアーティストを紹介する連載【今月の必聴アーティスト】。(文:Internet BoyFriends)
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早耳な音楽フリークの方々にとっては既に知られた存在が登場するだろうが、復習も兼ねてファッション的新情報を得られるという心持ちで読み進めていただければ幸いだ。第10回は、2019年にコム デ ギャルソン インターナショナルのバックアップのもと、ファッションブランド「ハニー ファッキング ディジョン(Honey Fucking Dijon)」を立ち上げた黒人のトランスジェンダーDJハニー・ディジョン(Honey Dijon)についてお届け。
忍び込んだクラブでハウスに魅了された13歳
ファッションシーンにおける2010年代は、大きな転換期を迎えたディケイドだった。その最たる例が、2017年1月に「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の2017年秋冬メンズコレクション内で披露された「シュプリーム(Supreme)」とのコラボレーションに代表されるラグジュアリーとストリートの邂逅だろう。この後世に語り継がれるエポックメイキングなコレクションを音楽面でサポートしていたのが、今回紹介するハニー・ディジョンだ。
ハニー・ディジョンこと本名ハニー・レドモンド(Honey Redmond)は、“ハウスミュージックの聖地”として名高いアメリカ・シカゴ生まれ(年齢不詳)。子どもの頃から自宅で両親のためにDJ(単に好きな音楽をかけていた)を披露し、13歳の時に偽造の身分証明書を手に忍び込んだクラブで聴いた“ハウスの父“の1人と呼ばれるフランキー・ナックルズ(Frankie Knuckles)のDJプレイからハウスの虜となり、“シカゴハウス第2世代”を代表するデリック・カーター(Derrick Carter)に弟子入りする形でハウスDJとしてのキャリアを歩み始めた。これが、1990年代初めのことである。ちなみに、ハニー・ディジョンは“史上最高のダンスソング”としてフランキー・ナックルズの「Your Love」を挙げている。
1990年代後半になると、新しい音楽と居場所を求めてニューヨークに移住。そして、“NYハウス界のレジェンド”であるダニー・テナグリア(Danny Tenaglia)と出会ったことで、彼に影響を受けた王道的なグルーブのNYハウスとルーツであるディープで官能的なシカゴハウスに、カルチャーの坩堝という土地柄からヨーロッパ諸国の影響をミックスさせ、早々とハニー・ディジョンとしてのオリジナリティを確立していった。現在はドイツ・ベルリンを拠点にプロデューサーとしても活動しており、その自由で多様な音楽性はさらに加速。ライブ配信プラットフォーム「ボイラールーム(Boiler Room)」を一聴(一見)すると分かるはずだ。
直近の大仕事といえば、ハニー・ディジョンを「世界で1番好きなDJ」と絶賛するビヨンセ(Beyoncé)との協業だろう。さまざまな音楽メディアの“2022年の年間ベストアルバム”に取り上げられたビヨンセの7thアルバム「RENAISSANCE」は、ハウスとダンスに重点を置いた作品で、ハニー・ディジョンは「Cozy」と「Alien Superstar」の2曲にプロデューサーとして参加。さらに、リードトラック「BREAK MY SOUL」は、1990年代のハウスの名曲「Show Me Love」をサンプリングしているのだが、同楽曲をリミックスしたEP「BREAK MY SOUL REMIXES」の1曲をハニー・ディジョンが担当し、トランスのリズムやトライバルなドラム・ビートを加えている。
NYハウス界でファッションシーン進出のきっかけを掴む
少し時計の針を戻すが、13歳のハニー・ディジョンがハウスに魅了された理由は音楽性だけではない。その一つが、学校でいじめられていたトランスジェンダー女性(MtF)の自分を初めて受け入れてくれる“マイノリティーの居場所”としての側面だ。そもそも、ハウス発祥(1977年)のディスコ「ウェアハウス(The Warehouse)」の主な客層が黒人のゲイでフランキー・ナックルズも当事者だったように、アフリカンアメリカンのLGBTQ+コミュニティーはハウスの誕生と発展に大きく関わっている。
ハニー・ディジョンが拠点を移した1990年代のNYハウス界にもこのムードは当然あり、より人種と職業の間口が広かったことから彼女のパーティーには、ゲイの多いファッション業界で働くデザイナーやフォトグラファー、スタイリストといったオーディエンスも多数足を運んでいたそうだ。その1人が、現在「ディオール(DIOR)」のメンズと「フェンディ(FENDI)」のウィメンズを手掛けるキム・ジョーンズ(Kim Jones)である。
ハニー・ディジョンは、2002年のセントラル・セント・マーチンズの卒業コレクションの時からキムのことを知っていたそうで、2人は翌2003年にニューヨークで出会うと意気投合。キムがルイ・ヴィトンのメンズを率いていた頃(2011~2018年)は、ラストコレクションとなった2018年秋冬メンズコレクションをはじめ6年にもわたってショーBGMを担当し、キムがディオールを手掛けるようになってからも時折ハニー・ディジョンが音楽を添えている。
この他にもニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)やリック・オウエンス(Rick Owens)、リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)らと親交を深め、彼らのブランドのパーティーでプレイすることも次第に増え、居場所だったハウスはファッションシーンへの扉を開く足掛かりにもなった。だが、彼らとの関係性もさることながら、ハニー・ディジョンとファッションシーンのクロスオーバーを語るうえで何よりも欠かせないのが「ハニー ファッキング ディジョン」だ。同ブランドは、川久保玲のパートナーであるエイドリアン・ジョフィ(Adrian Joffe)が率いるドーバー ストリート マーケット パリ(DOVER STREET MARKET PARIS)傘下のブランドで、エイドリアンが抜群のプロポーションと独自のファッションセンスを持つハニー・ディジョンのファンだったことから実現。ハウスというカルチャーを伝えるためのツールとしてアパレルからジュエリーまでを揃えるほか、ハニー・ディジョンが愛するキース・ヘリング(Keith Haring)や「ショール(SCHOLL)」とのコラボアイテムなども展開している。
また、とあるインタビューで「トランスジェンダー女性であることを認めてもらうには、モデルが一番早かった」と語っているように、ハニー・ディジョンはさまざまなブランドでモデルとして起用されており、生前親交のあったヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)の「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー™(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™)」では2021年秋冬コレクションと2022年秋冬コレクションのランウェイを歩いている。
本業のDJの他に、デザイナーやモデルとしても活動するハニー・ディジョンは、黒人のトランスジェンダーとしてインクルージョンや「Black Lives Matter」運動にも積極的に取り組み権利を訴えている。自らを“喜びの推進者”と呼ぶハニー・ディジョンが少しでも気になった方は、SNSをフォローしてみてはいかがだろうか。
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