Image by: FASHIONSNAP

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ルオハン・ニー(Ruohan Nie)が、2021年に上海を拠点にスタートしたブランド「ルオハン(RUOHAN)」。設立直後から頭角を現し、2022年春夏シーズンには上海ファッションウィークでランウェイデビュー、翌年にはパリファッションウィークに進出。現在は世界約90店舗のリテーラーで展開され、2024年に「アンダム ファッション アワード(ANDAM fashion award)」でファイナリストに選出されたほか、2025年には「Vogue Business 100」「BoF 500」「Forbes Asia 30 Under 30」にも選ばれるなど、アジアの新鋭デザイナーとして注目が高まっている。
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中国におけるクワイエット・ラグジュアリーブームをけん引したとされる「ルオハン」。一見するとミニマルでタイムレスなその服作りの根底には、デザイナーのルオハン・ニーが幼少期から培ってきたクラシック音楽のロジックが存在する。論理的なアプローチによって構築されるクリエイションは、静かながらも確かな存在感を放っている。
今回は、ルオハン本人と、ブランドの経営を率いるCEOのワエル・ベンケルール(Waël Benkerrour)にインタビューを敢行。論理と美学が共存する独自のクリエイションの背景から、変化の激しい中国市場のリアル、若いアジアのブランドがグローバル市場で戦い続けるための生存戦略まで、そのロジカルで美しい思考回路とブランドの歩みを紐解く。
ルオハン・ニー | Ruohan Nie
中国・天津市生まれ。ニューヨークのパーソンズ美術学校を卒業し、「ザ・ロウ(The Row)」「メリッタ・バウマイスター(MELITTA BAUMEISTER)」「ラ・ギャルソンヌ(La Garçonne)」などで経験を積む。2021年3月に自身のブランド「ルオハン(RUOHAN」」を設立。2022年春夏シーズンに上海ファッションウィークで初のランウェイショーを開催し、2023年春夏シーズンからパリファッションウィークの公式スケジュールに参加。現在は、世界中の90店舗以上のリテーラーで展開している。2024年にフランスのデザイナー賞「アンダム ファッション アワード(ANDAM fashion award)」でファイナリストに選出されたほか、2025年には「Vogue Business 100」や「BoF 500」「Forbes Asia 30 Under 30」にも選ばれている。

2026年春夏コレクション
Image by: RUOHAN

2026年秋冬コレクション
Image by: RUOHAN
目次
楽器演奏のロジックからデザインに、「音楽」がもたらした新たな視点
── まずはルオハンさんのバックグラウンドについて教えてください。子どもの頃にさまざまな楽器を演奏していたそうですが、どんな幼少期を過ごしていましたか?
ルオハン・ニー(以下、ルオハン):私は北京近郊の街で育ちました。両親は私が幼いころから、静かに座って時間を楽しめるような子になってほしいと考えていたので、ピアノとチェロを習わせたんです。中学校ではオーケストラでチェロとフルートを担当し、一番好きだったチェロは18歳まで続けました。今はもうあまり弾いていませんが、楽器演奏のロジックは現在のデザインのロジックに通じていると感じています。自分のコレクションを「ソナタ形式(提示部・展開部・再現部からなる楽曲形式)」に例えることも多いです。
── あなたにとって「音楽」はどのような存在ですか?
ルオハン:全く新しい「視点」であり、異なる「ロジック」、そして一種の「言語」です。中国人である私が英語を話しているような、母国語ではない言語を話しているときの感覚にとてもよく似ています。

── そのような幼少期を経て、なぜファッションデザイナーの道を選んだのでしょうか?
ルオハン:とてもありふれた話ですが、両親が「私には音楽の才能がない」と判断したからです(笑)。学校の成績はそこそこ良くて、数学や歴史、文学なども得意で何でもそつなくこなせました。でもやはり「アート」を追求したいという思いがあり、一般の大学のほか、セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins、以下セントマ)やパーソンズ美術学校(Parsons School of Design、以下パーソンズ)などに出願し、パーソンズに受かり入学しました。
── ニューヨークのパーソンズだけでなく、パリやロンドンでも学んだ経験があるそうですね。それぞれどのような影響を受けましたか?
ルオハン:学校というよりも、都市やその文化からの影響が大きいですね。18歳を過ぎて初めて本格的に住んだパリでの経験が私の美学を形成していて、今作っている服もニューヨークよりパリで受けた影響が大きいかもしれません。セントマには3年次に交換留学で行きました。
パリでは、オーストラリア人アーティストのメル・オキャラハン(Mel O'Callaghan)のもとで、16区にある美術館「パレ・ド・トーキョー」での展示に関わるプロジェクトのインターンを経験しました。この仕事を通じて、点と点を結ぶような考え方ではなく、「プロジェクト全体のロジックをどう構築していくか」という思考方法を学びました。
「ザ・ロウ」など3つの現場で学んだ服作りとビジネスの全体像
── 卒業後は「ザ・ロウ(The Row)」「メリッタ・バウマイスター(MELITTA BAUMEISTER)」「ラ・ギャルソンヌ(La Garçonne)」などで経験を積んでいます。それぞれから何を学びましたか?
ルオハン:それぞれで全く異なる経験を積むことができました。ザ・ロウでは学生時代にファブリック部門でインターンをし、アーカイヴ整理などの実務を通じて布帛とニットの生地に関する知識を網羅的に学びました。ペルーへの出張やブルックリンの地元アーティストとの協働も興味深い経験でした。卒業後にオファーをもらって少しの間働きましたが、当時良くしてくれた上司が辞めてしまったので、私も転職を決めました。若いうちはどんな会社で働くかよりも、自分が心から信じられるメンターに従うことが一番大切だと思ったので。

メリッタ・バウマイスターは、非常に組織的で階層化された大きなチームだったザ・ロウとは対照的に、彼女と夫だけの非常に小さなチームでした。彼女の働き方は本当に実践的で、ルック撮影もすべて自分でこなしていたんです。ブランド設立から10年が経っても、ニッチさを保ちながら面白いプロジェクトを展開し続けていく方法を見るのは、とても興味深かったです。
ラ・ギャルソンヌでは、マルチブランドストアで仕事をしていたのですが、コロナ禍だったこともあり、Eコマースのコンテンツ制作からバイイングのアシスタントまであらゆる業務をこなしました。この経験を通して、ファッションビジネス全体がどう動いているか、若手デザイナーがどうやってセレクトショップと仕事をするか、ローンチに向けてどんなコンテンツを作るべきかを学びました。他ブランドのラインシートがどう作られているかを見られたことも大きかったですね。当時ウェブサイトやSNSのコピーライティングを数多く経験したことで、「自分にはコンテンツクリエイティブの才能があるかもしれない」と感じるきっかけになりました。今でも、ルオハンの撮影やコピーライティングのほとんどは私自身が手掛けています。
── ファッションの多角的な側面をとてもバランスよく学んだんですね。
ルオハン:すべてはどこかで繋がっていると感じます。ピアノの基礎練習を何年も繰り返した後で、ある日突然ハーモニー全体のロジックを理解して演奏が楽しくなる感覚に似ています。写真撮影やコピーライティング、ショーの演出も、私にとっては「服作り」のバリエーションの一つだと捉えています。
自身の「デザイン言語」を確立、表現手法として向き合うテキスタイル製作
── その後、2021年に自身のブランドを立ち上げた理由は?
ルオハン:実は、こんなに早く自分のブランドを立ち上げるつもりはなかったんです。卒業間近に応募した「レーン・クロフォード(Lane Crawford)」のアワードで優勝したことがきっかけで、彼らが上海でのファーストショーのスポンサーになってくれました。そして、「レーベルフッド(LABELHOOD)」*がエージェントとして2年間ビジネス展開をサポートしてくれることになり、ブランドを立ち上げました。でも、たとえこうしたきっかけがなかったとしても、何かしらの個人的なプロジェクトは続けていたと思います。クリエイターとして常にさまざまなプロジェクトに取り組むことで、生きている実感を得られるので。
*レーベルフッド:中国・上海を拠点とする、中国の若手デザイナーを支援するプラットフォーム。上海ファッションウィークでの新鋭ブランド向けのショー会場の運営をはじめ、若手デザイナーのインキュベーションなどの育成プログラムやセレクトショップの展開など、幅広い活動を行っている。


── ルオハンは「ENRICH LIFE WITH EFFORTLESS SPIRIT(エフォートレスな精神で生活を豊かにする)」というコンセプトを掲げています。ブランドのアイデンティティについて改めて教えてください。
ルオハン:最初のコレクションは「旅」そのものをコンセプトにしようと考えていましたが、次第に「ストーリー」を作ることよりも、自分自身の「言語」や「方法論(メソドロジー)」を築き上げることの方がはるかに重要だと感じるようになりました。2年ほどかけてようやく、ブランドのデザインナラティブに深く向き合い、探求し始めることができるようになったんです。
── 現在のブランドの拠点はどこですか?
ルオハン:拠点は上海です。素材の調達はイタリアを中心に、その特性に応じて最適な場所で行っています。シルクやカシミアは中国、リネンやコットン、キュプラ、ジャージー素材は日本、ファンシーヤーンはイタリアの工場と一緒に開発しています。デザイナーとして異なる文化を持つ多様なクリエイターと仕事をすることは、自分の心を豊かにするためにも非常に重要だと感じています。
── ブランドの最大の魅力の一つは「テキスタイル」だと思いますが、特にこだわっている点は?
ルオハン:デザイナーを画家に例えるなら、テキスタイルは「絵の具」や「キャンバス」そのものです。バウハウスのテキスタイルデザイナーであるアニ・アルバース(Anni Albers)を知ったのがきっかけで、テキスタイルは単なる「素材」ではなく「アートの表現方法」の一つとして捉えられると気づいたんです。
私たちは毎シーズン、ベースとなる生地を自作しています。2026年秋冬コレクションは「彫刻」がテーマだったので、ジャン・アルプ(Jean Arp)やイサム・ノグチのような彫刻家たちが用いていた素材をリサーチし、さまざまな種類の石の質感を表現しました。例えば、3種類のウールの糸で編んだニットをフェルト化させて固く圧縮することで、玄武岩のような独特の質感を出しています。

玄武岩を表現したテキスタイル

2026年秋冬コレクション
Image by: RUOHAN
対位法から建築、彫刻まで──抽象的なコンセプトを具現化するアプローチ
── コレクション製作は、いつもどのようなプロセスで進みますか?
ルオハン:従来のブランド通り「コンセプト」から始まりますが、1シーズンで一つのコンセプトを完結することは稀です。常に長期的なリサーチに基づいているので、ルオハンはファッションブランドというより「リサーチプロジェクト」と呼ぶ方がしっくりくるかもしれません。
コンセプトが決まると、シルエットよりも先にテキスタイルを開発します。なぜかというと、シルエットは素材そのものが持つ性質から自然に生まれてくるものだと考えているからです。例えば、私たちは「ほぞ継ぎ」という、縫い目なしで異なるパターンを重ね合わせるドレーピングの手法を多用しますが、このドレープはデザイナーが意図して決めるものではなく、素材と技法によって自ずと決まります。私がシルエットをデザインするのではなく、生地と方法論にシルエットをデザインさせているので、ルオハンの服のシルエットの多くは自然でありながら非常に抽象的です。
── シルエットだけでなく、コンセプトも抽象的で美しいものが多いですが、どのように着想を得ているのでしょうか?
ルオハン:初めての長期コレクション(2023年秋冬、2024年春夏、2024年秋冬)のテーマは「点、線、面(forms, lines, point)」でした。当時は自身のデザイン言語に悩んでいた時期で、さまざまなアーティストの制作手法をリサーチする中で、建築家の隈研吾さんの本を読みました。彼の「ひとつの要素の反復」という方法論からインスピレーションを受け、ごくシンプルな要素に焦点を当ててそれを反復・応用させ、自分独自の構造を見つけようと考えました。建築家の思考方法は、非常にインスピレーションを与えてくれます。
私は、良いデザインというのは“説明可能”であるべきだと考えています。もし自分が作ったデザインの理由を説明できないなら、それは感情豊かな「アーティスト」であって「デザイナー」ではありません。私は明確なヴィジョンと方法論を持って仕事に取り組む、優れたデザイナーでありたいと思っています。

2023年秋冬コレクション
Image by: RUOHAN

2024年春夏コレクション
── コレクションを製作する上で、最も大切にしていることは?
ルオハン:毎シーズンの製作は、「SKUドロワー」と呼ぶ表から始まります。縦軸が「カテゴリー」、横軸が「ストーリーライン(コンセプト)」になっていて、すべてのデザインはこの交点に存在します。一つひとつのピースは独立して見えても、全体として一つの作品として機能するように、非常に説明可能な構造を持っています。私はピースごとに独立した物語があるデザインよりも、コレクション全体で一つの世界観を表現する「コレクションデザイナー」でありたいと思っているんです。
── 2025年春夏コレクションでは、「音楽」をより直接的に取り入れていましたね。
ルオハン:「点、線、面」のコレクションを終えた後、次の長期的なテーマとして考え始めたのが、自分にとって馴染みのある「音楽」でした。現代のポップスの多くはソナタ形式のバリエーションなのですが、自分が音楽をテーマにするなら、私が最初に音楽を学んだ際のアプローチであり、論理的で視覚的にも面白い「対位法(カウンターポイント)」を扱いたいと思ったんです。
そこで、対位法の楽譜の中で一つの旋律が別の旋律を追いかけるような構成を、ニットウェアに編み込む方法を模索しました。ニットウェアのデジタルプログラミングでは多くの「X」をマークしていくのですが、それは古いオルゴールの仕組みにとても似ているんです。ショーの音楽も、オルゴールのテープに「HOPE」などの言葉の形で穴を開け、その形が持つ音をリミックスして表現しました。
── これから店頭に並ぶ、2026年秋冬コレクションについても教えてください。
ルオハン:2026年秋冬コレクションは、彫刻家たちがどのように素材を扱い、作品を制作するかに多くのインスピレーションを受けて作りました。ドレスは彫刻を作る際の「鋳型から身体が現れる」というアイデアから生まれ、複数のシームラインで身体の型を作り、そこから取り出された形をイメージしています。そのほか、私たちの秋冬の定番の一つであるシルクの生地にコットンやウールの中綿を入れたアウターも提案していますし、37度以下の低温で染める「コールドダイ(低温染色)」も多用しています。糸によって染料の吸収率が異なるため、フレスコ画のような色褪せた風合いが生まれるんです。また、今季はサイドや肩の縫い目をなくすなど、服全体がひとつの塊に見えるように工夫を凝らしたアイテムも多いです。



上海からパリへ、変わりゆく中国市場と世界で支持されるために必要なこと
── ブランド設立から上海での初ショー、パリファッションウィークへと、非常に速いペースで歩みを進めています。
ルオハン:私は自分が競争する「ステージ」を変えたかったんです。上海には素晴らしい同世代のデザイナーたちがいますが、私はもっと違う環境で挑戦したかった。世界を旅する理由を持ちたかったし、海外のメディアに見てもらうためにもパリに進出することは必須でした。パリは、私が大人になって初めて住んだ思い入れのある街でもありますしね。
── 若いアジアのデザイナーが世界で成功するために必要なことは何だと思いますか?
ルオハン:異なる文化圏での活動は、どこに行っても大変だと思います。まずは言語の壁があるので、私が英語を話せなければパリに行くのは難しかったでしょうし、今でもフランス語が話せないので苦労しています。パリでは、元ギャラリー・ラファイエット(Galeries Lafayette)出身のワエルがCEOとしてブランドにジョインしてくれたからこそ、オフィス開設やさまざまな法的手続きをクリアすることができました。中国には「心を腹の中に収める(腹を据えるの意)」ということわざがあるのですが、困難に直面してもやり抜く覚悟が必要です。
ワエル・ベンケルール(以下、ワエル):「市場に入る」ことと「留まり続ける」ことは別問題です。彼女は自らの実力で入り込むことができましたが、パリで継続していくには公的機関、メディア、ビジネス、顧客の4つに並行して対応していく必要があります。そして、ビジネス的な成功とクリエイターとしての評価や信念はまた別物です。仮に商業的な成功を目指すとしても、ビジネス規模が大きければ自動的にブランドとして確立されるわけではないのが、パリの難しさなんです。

── パリでの発表を初めてまもなく4年ですが、最大の成果と課題は?
ルオハン:最大の成果は、パリでの発表を通して素晴らしい心を持った人々と繋がりを持てたことです。障害は法的な手続きですが、自分のペースで成長していくことも課題です。今はブランドの成長に集中していますが、デザイナーとして個人的にも成長するために、自分の時間を確保する必要があると感じています。
── 現在、卸先は世界に何店舗ほどありますか?
ワエル:約90店舗になります。中国国内が約45〜50店舗、海外が約40店舗(日本が8店舗、ヨーロッパが30店舗前後)です。
── 国や地域によって顧客の好みやニーズが異なると思いますが、どのように対応していますか?
ルオハン:それはバイヤーの仕事であって、私の役割ではないと考えています(笑)。私の仕事はクリエイションに誠実であること。そうすればバイヤーも誠実に買い付けをしてくれるはずです。2026年秋冬プレコレクションでは、同じロンドンでも「マシン-A(MACHINE-A)」はシアーなブラックのアイテムだけを大胆に買い付け、一方で「セルフリッジズ(Selfridges)」は美しいカラーパレットでアイテムを選び、他ブランドと調和させていました。各国や各店のバイヤーがどんなラックを作るのかを見るのは本当に面白いですね。
もちろん、拠点を置く中国市場のことは他の国よりも理解していますが、中国の顧客は多様なので、その思考を完全に読み解くことは中国人である私にも不可能です。
ワエル:中国は「ひとつの大陸」のようなもので、例えば1月なら南部の深圳は20度前後、北部は−10度になることもあるなど気候が全く異なります。だからこそ、彼女のコレクションはそうした幅広いニーズに対応できる構成になっていて、それが他の国に進出する際にも大きな強みになっています。

── 日本では、ブランドがどう受け止められていると感じますか?
ルオハン:例えば「ドゥロワー(DRAWER)」ではエレガントなブランド、「スーパー エー マーケット(SUPER A MARKET)」では素材感やクリエイティビティを重視したデザイナーズブランドとして扱われていると感じていて、ショップやお客さまによってブランドの捉え方が違う状況を、ポジティブに楽しんでいます。
現状は東京を中心に京都と大阪に卸先があるのですが、今後はマーケティング面を少し強化して、日本での認知を育てていきたいですね。でも、けっして誰もが知っているありふれたブランドになるのではなく、お店で服を見たときに「ルオハンだ」と気づいてくれる方がいる、“知る人ぞ知るブランド”のような立ち位置になれたら理想的です。
── 中国のファッション市場はここ数年で変化しているように感じます。現在の中国国内市場の現状をどう見ていますか。
ルオハン:確固たるヴィジョンを持つブランドと、迷走しているブランドに二極化しています。特にここ数年の中国では「ライブコマース」が大流行し、多くのブランドがコレクション製作をやめて配信に専念し、莫大な売り上げと引き換えにブランドの本質を失いました。しかし最近は、消費者も理性的になり、単なる有名ブランドではなく「自分に何が似合うか」を重視するお客さまが増えている印象です。
ワエル:5年前と比べて市場全体が成熟してきているのは確かですが、中国では全く異なるテイストのブランドでも「中国ブランド」として一括りにされがちなので、文脈ごとに差別化して見せていく必要があると感じます。

── そんな中国市場において、ルオハンが評価されている理由は?
ルオハン:ブランド立ち上げ当初から完璧な戦略があったわけではありませんが、「自分たちの世界観を理解していない店舗とは仕事をしない」スタンスを貫き、ライブコマースには一切手を出しませんでした。ルオハンの服は、店舗で実際に触れて着ていただくことで価値が伝わると信じているからです。また、丈詰めなどのお直しや、ホールセールチームによる各店舗でのトレーニングなど、質の高いサービスを提供し、丁寧なコミュニケーションを重ねてきたことがブランドの強みになっています。そして、私のデザインへのアプローチとワエルのグローバルなビジネス知見の組み合わせは、中国国内に限らずグローバルで見ても、とてもユニークだと思います。
商業的になりすぎず、魂を失わずにクリエイティブであり続けるために
── 最後に、今後の目標や展望を教えてください。
ルオハン:このブランドを「商業的」なものにするのではなく、常にクリエイティブな「プロジェクト」であり続けたいです。今年は上海に初の直営店を出店します。パリには半年前に常設のオフィスを開設しましたが、来年にはブランドの世界観を直接お客さまに伝えられる店舗空間を作りたいですし、将来的には日本にもショップとショールームを兼ねた拠点をもつことができたら最高ですね。
ワエル:ブランドが認知されることは大事ですが、商業的になりすぎずにクリエイティブであり続けるバランスが必要です。あと数年は、彼女が自由にデザインできる現在の20人ほどのブランド規模を維持しながら、魂を失わずに成長していきたい。私たちはいつも「このブランドを通じてさまざまな人と出会い、創造性を分かち合い、“人生の旅”を経験していきたい」と話しているんです。

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