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「ユウショウコバヤシ」の過剰な少女的かわいさにはなぜ中毒性があるのか? 27年春夏

徳永啓太編集佐々木エリカ

 TikTokやInstagramを見ていると、「流行」よりも、アルゴリズムによって細かく分かれた「界隈」の情報を目にすることが増えたように感じる。かつてテレビや雑誌が機能していた時代に作られた大衆向けの「トレンド」という言葉は、以前ほど大きな力を持たなくなった。誰もが同じものを見るのではなく、個人の関心に合わせて情報が届くようになったことで、流行もそれぞれのコミュニティの中で生まれるようになったという解釈が正しいのだろう。

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 この視点から「ユウショウコバヤシ(yushokobayashi)」を観察すると、とても興味深い。2026年秋冬シーズンに東京ファッションウィークの公式スケジュールへ初参加し、今回で2度目となるこのブランドの凄さは、その「コミュニティ」にある。ショー会場に集まるファンは、ブランドの服で全身を固めている人はもちろんのこと、そうでなくともパステルカラー、フリル、手編みのニットといった「共通言語」を身に纏っている。一言で表すならば、過剰なほどの「少女的かわいい」。ここに足を運ぶ人々は、自分の中にある少女を否定しなくていい場所を共有しているように感じる。

 一方で、ユウショウコバヤシが作り上げる「可愛さ」には中毒性がある。おもちゃのようなティアラ、手描きの絵、ほどけそうな未完成のニット、大きなリボン。そして会場の装飾や最後のルックに登場したのは、絵が描かれたダンボールだった。子どもの遊びのような自由さと、このまま残ることはないと思わせる未完成さは、私たちの中にある儚い記憶を蘇らせる。

 しかし、それには危うさも同居する。大人になるにつれて「幼い」という言葉は、不器用さや未完成さとみなされ、社会からは成熟や洗練を求められる。このブランドが少女的なかわいさだけでなく、不器用さや未完成さ、儚さまでをも含めて演出に取り入れることは、社会に適応するため器用になっていく自分と、子どもの頃の純粋な気持ちを捨てきれない自分との間で揺れる心に強く刺さるのだろう。

 プレスリリースによれば、2027年春夏シーズンのテーマは「Mermaid's Tears」。地上に降り立った人魚姫の物語をショーの演出に取り入れている。憧れていた人間になれた喜びだけではなく、その代償として悲しみや苦しみを抱える人魚姫の物語だ。

 さらに、ショー音楽として生演奏をしたアーティスト「ん・フェニ」がフィナーレで歌った楽曲「日々」は、完璧ではない生活を綴っている。誰しもが幸せを望み、SNSでは楽しそうな写真が溢れる中で、「日々」を楽しめない人の心を代弁するような歌詞だ。不器用で未熟な自分を代弁してくれる音楽が、ショーの文脈と深く共鳴する。少女性を捨てきれない人や、さらには社会から取りこぼされてしまうと感じる人にとっての救いであり、同時に「劇薬」でもある。だから、私はこのブランドに「中毒」という言葉を使った。

日々を愛してるとは
まだ言えずに
震えた心で生きている
それでも
日々を紡いでいく

(ん・フェニ「日々」、歌詞引用)

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yushokobayashi 2027年春夏コレクション

2027 SPRING SUMMERファッションショー

文・徳永啓太

Keita Tokunaga

ジャーナリスト

coconogaccoでファッションデザインを学ぶ。2013年よりテキスタイルプリンタや刺繍ミシン、レーザーカッターといった機材のオペレーションや現場での運営に携わる。

2017年にジャーナリストとしてフリーランスでBRUTUS、WWDJAPANなどに執筆や企画提供。またDJとして2020東京パラリンピックの開会式に出演。

最終更新日:

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