【インタビュー】STUDIOUS 谷正人 30歳社長の挑戦

谷正人 Photo by: Fashionsnap.com

 「日本発ファッションスタイルを世界へ」をコンセプトに事業を展開しているSTUDIOUS(ステュディオス)。日本のブランドだけを取り扱うセレクトショップで、現在全国に12店舗を展開している。今回はSTUDIOUS代表取締役CEOの谷正人氏に、これまでの事業展開を振り返りながら、上場、海外展開が噂される今後の展開やセレクトショップのこれからなどについて聞いた。

 −昔から独立を考えていたとか。

 小さい頃から好きなことを仕事にしたいと思っていました。幼稚園の年中から小学校2年生までアメリカに住んでいたこともあって、日本をすごく客観的に見ることが出来ました。日本のことを語る機会も多く、将来的には何かしら日本をアピールするようなことをやりたいなと思うようになっていました。年齢が上がっていくにつれてだんだんと好きなことがファッションになり、浮き沈みが激しいファッション業界の中で生き残っていくためには、トレンドを情報収集をする拠点、つまりはショップが必要だと思っていました。そのため日本のブランドを取り扱うセレクトショップをやりたいとずっと考えていました。

 −デイトナインターナショナルに入社した理由は。

 私自身、アパレルの販売経験もなく、一度セレクトショップ業界に入って学ぶ必要あると考え就職活動をしました。会社説明会などに参加していて、そこで出会ったのが「FREAK'S STORE(フリークスストア)」の鹿島社長でした。鹿島社長はもともと茨城県で六坪の小さな古着屋からスタートし、一代で現在のFREAK'S STOREまで成長させた私にとってのヒーローのような存在で、単純にその人に付いていくのが自分のやりたい事への一番の近道じゃないかと思い入社しました。

 −入社後まもなくSTUDIOUSを立ち上げるが。

 当時デイトナに不採算店舗があり、そこの再生プロジェクトのリーダーを任されました。その店舗が今のSTUDIOUS原宿本店の場所なんですが、事業をうまく不採算から黒字化させることができました。ただ、その事業に関しては、店舗展開も難しいと思っていたので、改めてその場所を使って自分が昔から構想していた東京ブランドのみを取り扱うセレクトショップ事業を提案しました。社内を説得して最初のSTUDIOUSオープンしたのが2007年の4月25日です。

 −MBOをしようと思った理由は。

 3店舗目の新宿店がオープンする時にはデイトナで事業部長になっていました。順調に売り上げが伸びていく一方で、このまま事業部長としてSTUDIOUSを続けていくか、昔からの夢であった独立するかという迷いがありました。そこで勇気をだして鹿島社長に、「鹿島社長のように、自分の資本で独立したいです。STUDIOUSを完全独立という形でやらせてください」と説得し、STUDIOUSを買い取り独立しました。

 −資金はどういった方法で調達したのか。

 3店舗もあるのでMBOするためには、億を超える金額をデイトナに支払う必要がありました。当然一括では支払えないので、鹿島社長に分割での買い取りの交渉をしたり、資金調達のため、様々な銀行やベンチャーキャピタルを訪問しました。しかしながら、リーマンショック直後のタイミングに、やアパレル業界で社会人経験3年未満の私に融資をしてくれるわけもなくほとんどの金融機関に断られました(笑)。結局親から借りるなどしてしてなんとか資金を工面しました。

 −MBOすることにより、社内で不協和音は声はあったか。

 どうですかね。今思えば言っていた人はいたのかもしれないですけど、当時は事業を推進していくことに必死だったので気にならなかったですね。

 −事業は立ち上げ時の業績は。

 有難いことに独立前も後も、お店の売り上げは順調でした。ただ資金繰りは大変で。要は3店舗の店をいきなり起業するということになるので、独立して初めの半年弱は、資金が回らない状態が続きました。後から回収できると分かっているとはいえ、先のことなんて考えてる余裕もなかったですね。

 −当初から自由にセレクトできたか。

 最初にSTUDIOUSをやったところは、エリアバッティングの問題がなかなかクリア出来なくて。様々なブランドさんにオファーしましたが、ほとんど取扱いには至りませんでした。

 −当時セレクトしていたブランドは。

 最初に取扱いをスタートしたのは、今でも大事にお取扱いさせていただいている「MofM(man of moods)」。近くに他の取扱い店があったにも関わらず、STUDIOUSのビジョンに期待してくれ、お取引に至りました。そうすると、当時の「MofM」の立ち位置が若手で勢いのあるブランドだったので、それを見た他のブランドさんが「『MofM』がやるんだったら、ちょっとやってみようかな」と話が進みました。現在メンズ・ウィメンズ合わせて100ブランド以上取り扱っていますが、MofMに関しては今でも売り上げトップ5に入ります。時間とともにファンがつきましたし、洋服だけじゃない世界観に最初から取り組んでいるからこそできる強さがあると思います。

 −一度セレクトしたブランドとはその後も関係を継続するのが方針。

 基本的にはそうですね。もちろん過去には途中で取り扱いをやめたブランドもあるといったらあるのですが、基本的には長くお付き合いさせていただいています。ただ、個人的に「友達だからやるよ」というアパレル業界の内輪なノリが嫌いで。やはりビジネスで繋がった関係はお互いビジネスである程度まで成功しないと全く意味がないですし、ビジネスで成功したからこそ親密な関係になる。そのためしっかりお互い成果を出すために、時には厳しい意見も提案します。その変化によって更に売れるようになったブランドもあるので、そういった厳しさを持つことは必要です。

 −具体的に助言して良くなったブランドとは。

 「MofM」です。本来のブランドの世界観のエクストリームの機能面とかそういうものを大事にした服と、東京のモード感を大事にした服というのが今まで一緒になっていた。うちは東京の都会的なスタイルを大事にしているので、そのスタイルに合った新しいラインを作ったらどうかと提案し、「MofM」のアーバンラインを作りました。それはすごく売れましたね。僕らが言うのはクリエイションに関してではなくて、お客様がブランドに対してどう思っているのかです。デザイナーって意外とお客様の顔が見えていないことが多いので、良くも悪くも現実を伝えるようにしています。昔はあまり言えなかったのですが。

 −昔言わなかった理由は。

 昔は立場上と年齢が23、4歳だったのでなかなか言えなかったですね(笑)。


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