デザイナーのアダム・リペス氏
Image by: FASHIONSNAP

デザイナーのアダム・リペス氏
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ユマ・サーマン(Uma Thurman)やメリル・ストリープ(Meryl Streep)といった女優のほか、アメリカのセレブ・エグゼクティブ層から支持されるニューヨーク発のファッションブランド「アダム・リペス(Adam Lippes)」。「クワイエットラグジュアリー」という言葉が流行る前から、品質と職人技が織りなすエレガンスと着心地を追求してきた。
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ブランド誕生から十数年を経て、この春、国外初の店舗を大阪高島屋にオープンする。今回は、出店に合わせて来日したデザイナーのアダム・リペス氏にインタビューを敢行。その異色のキャリアからロゴに頼らない服作りの哲学、そしてなぜ初の海外拠点に「大阪」を選んだのか、その真意を聞いた。
■アダム・リペス
「ラルフ ローレン(RALPH LAUREN)」でキャリアをスタート。「オスカー デ ラ レンタ(OSCAR DE LA RENTA)」では当時最年少の27歳でクリエイティブディレクターに就任。2004年に前身となる自身のブランド「アダム(ADAM)を立ち上げた。一時はファッション業界から離れるも、2014年から現行の「アダム・リペス(Adam Lippes)」を手掛けている。世界中の産地から厳選した素材を採用し、職人技による繊細な美しさを追求。建築やアートに着想を得たタイムレスなデザインで、グウィネス・パルトロー(Gwyneth Paltrow)やニコール・キッドマン(Nicole Kidman)、リアーナ(Rihanna)といったアメリカを代表する著名人、ファーストレディなどが着用。アメリカ国内に4店舗を構え、2025年から海外市場に力を入れ、日本ではユナイテッドアローズやエストネーションなどでのポップアップを皮切りに展開をスタートしている。
銀行員からラルフ ローレンに転職しファッション業界へ
──まずはアダムさんのご経歴について教えてください。
ファッションデザイナーになることは、子どもの頃からの夢でした。ですが、実際に学んだのが金融や経済のことだったので最初は投資銀行で銀行員として働きました。当時私は長髪だったのですが、ある時上司に「髪を切ってこい」と言われてしまって。そこで散髪に行く途中、ふとラルフ・ローレンのショップに立ち寄り、その場の勢いで求人に応募したら運よく採用されたんです。1年ほど働いて、オスカー デ ラ レンタに移籍しました。オスカーの元では、「見習い」から始めて、彼と当時の業界の空気から、今に通ずるファッションに関わるすべてを学びました。
──2000年、27歳という若さでオスカー デ ラ レンタのクリエイティブディレクターに就任されましたね。
現在ではメゾンのクリエイティブディレクターに若手が抜擢されることも少なくないですが、当時はもっと厳粛な時代でした。だからこそ、声をかけてもらった時は本当に名誉なことだと思いましたし、貴重な経験をさせてもらいました。
──そこから、自身のブランドを立ち上げようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
オスカーは私にって第二の父親のような存在でしたし、メゾンでの仕事に満足していたんです。その反面、常に「自分の声を持った、自分のブランドを作り上げたい」という想いがありました。起業家・実業家の家系に育ち、銀行での勤務経験もあったことも後押ししましたね。意を決してオスカーに独立の夢を打ち明けたら、「応援する」と言ってくれた。そして、最初のブランド「アダム(ADAM)」を2004年にスタートしました。











Fall 2026 コレクション(一部)
Image by: Adam Lippes
“ロゴドン”時代から貫くクワイエットラグジュアリー
──夢だったブランドを始めてみてどうでしたか。
どんなブランドを持ちたいか、答えが出るまでは時間がかかりました。最初はオスカー デ ラ レンタにパートタイムで在籍しながら、並行して自分のブランドを手掛けていたこともあり、オスカーが僕のクリエイティブをどう思うか気になってしまって.....。そこで、まずは高級なTシャツから始めました。半年ほど経った頃、アメリカの“レジェンド司会者”であるオプラ・ウィンフリー(Oprah Winfrey)が私の服を気に入ってくれて、番組で着用してくれたんです。そこから一気にブランドが成長して、自分のブランド一本で生活するようになりました。ただ、ブランドを8年ほど続けた頃、何か新しい挑戦をしてリフレッシュしたいという気持ちが強くなり、手放すことにしたんです。そして、ブラジルにホテルを開業する計画をスタートしました。
──急転換ですね。ホテル業界からまたファッションに戻るわけですが、何がアダムさんを引き戻したのでしょう。
少しして、「やっぱり自分にはファッションなんだ」という考えが離れなくなったんです。その時は、自分の血に「ファッション」というものが流れているんだなと思いました。そして、2014年に現在も続く「アダム・リペス」を始めたんです。

──アダムさんはコレクションをどういうプロセスで作りますか?
まずは全体のムードや女性像を思いついて、そこから世界中の産地から、どんな最高品質の素材を選んだら良いか考えます。カシミヤやメリノウール、シルク、レザー、デニムなど、世界各地にとびきり美しいテキスタイルがあり、高度な縫製技術や装飾の職人技がある。それらを使ってどう心地良いものを作り上げるかを熟考していくんです。このアプローチは初期から変わらずに一貫しています。
──アダムやアダム・リペスを始めた当時、ファッション業界ではブランドロゴを目立たせたデザインや、カラフルでキャッチーなスタイルがトレンドでしたよね。「クワイエットラグジュアリー」という言葉がない時代から、素材の良さを軸にしたブランドを続けるのに迷いはありませんでしたか?
昔から、「まずは服から始めるべき」と考えていました。ブランドロゴも、大規模なマーケティングも、過度な宣伝も無しにして、純粋に最高の生地と縫製とフィット感からなる良い服を作りたかった。今思えば、自分にはそういうやり方しかできなかったから、というのもありますが。もちろん、続ける中で不安になることは多々ありました。私たちのブランドの売り場の隣には、誰もが知るブランドが並んでいて、それらと競合する必要がありましたから。ただ、今こうしてブランドを継続して、グローバルに拡大できたことを鑑みると、やってきたことが正解だったんだなと改めて思います。
──素材選びの際は、ご自身で各地を訪れるのでしょうか。
良いものがあると聞いたら、どこにでも行って、優れたテキスタイルメーカーと一緒に素材を開発したい。世界中の約100の工場やメーカーと取引していますが、日本からも岡山産のデニムや、上質なコットン素材などを調達しています。


2年かけて初のバッグコレクションを発表
──今回のフォールコレクションについて教えていただけますか。
このシーズンは、私が好きなヴィンテージカーやクラシックなレーシングカーの美しさ、スポーツウェアの機能性に着想を得ています。防水加工を施したシルクのコートや、シルクとウールの混紡素材のアイテム、シルクとメリノウールを組み合わせたパファージャケットなどがあります。鮮やかなブルーやレッドのカラーパレットは美しいヴィンテージカーを彷彿とさせるでしょう?
それから全面にスパンコール刺繍を施したトップスは、異なる色のスパンコールを一枚ずつ縫い付けていくことで、べっ甲のように立体的で絶妙な色合いを表現しました。通常はインテリアファブリックとして使用される名門スカラマンドレ(Scalamandré)社のアイコニックなファブリックを、敢えて薄く仕上げて、スカートやスーツセット、コートへと落とし込んだアイテムもあります。


──今春には、初のレザーバッグコレクションを発売しました。デザインプロセスはウェアと異なるのでしょうか。
バッグのデザインは全然違いますね。非常に才能のあるバッグデザイナーとコラボレーションして約2年かけて完成しました。シルエットを決めてから、そのフォルムに完璧に合うレザーを探し出し、フランスで製造しています。
キャプション:金具部分には18Kゴールドメッキ
──金具のパーツがアクセントになっていて印象的です。
金具は上品な艶にこだわり、18Kゴールドメッキを施しています。アール・デコ様式のライターやペン、「ダンヒル(dunhill)」のクラシックなライターのような小物からデザインを発想したんです。細かいですが、すべて手彫りで仕上げていて、私にとってはジュエリーのようなアイテム。今後は財布やベルトのようなスモールレザーグッズも拡充する予定です。





海外初の常設店で大阪を選んだ理由
──海外初の常設店で日本を選んだ理由は?
理由はシンプルで、私の審美眼と日本の皆さんが持つ美意識が非常に近いと感じているからです。それから、日本はファッションの中心地であり、アジアのハブでもあります。ここでビジネスを広げることは自然な選択でした。それに、私自身が日本に来るのが大好きなので、これから頻繁に訪れる理由ができて嬉しいです(笑)。
──1号店を東京にオープンするブランドが多い中、大阪にした決め手は?
大阪は本当に素晴らしい街だと思いますし、私がアメリカでブランドを育ててきた方法と重なる点がありました。ブランドと顧客が非常に親密な関係性を築いていると感じたのです。だから、ここから始めるのが最適だと。
──店舗のデザインコンセプトを教えてください。
私たちの店舗は、エレガントかつ穏やかな邸宅のようなムードを大切にしています。大阪店はフランスの有名なインテリアデザイナー兼建築家のフランソワ=ジョセフ・グラフ(François-Joseph Graf)の協力を得て、作り上げました。
──いずれは、東京にも出店するのでしょうか。
2030年までに、東京や京都、名古屋、福岡といった主要都市を中心に10店舗を構えるのが目標です。今年の8月にはロンドンにもオープンします。
──最後に、アダム・リペスというブランドをこれからどのように育てていきたいですか?
現在の私の最大の課題は、「服のクオリティを上げること」ではなく、「私たちのストーリーをどのように伝えるか」なんです。世の中には、コミュニケーションやSNSでの発信が非常に上手でも、実際に店舗で服を見るとクオリティにギャップを感じるというブランドもあります。私たちはその真逆です。クオリティには絶対の自信があるからこそ、実際に触れて、着ていただく機会を増やしたい。そして、私たちのストーリーをメディアや皆さんの手を通じて広めていただくことが、何よりも大切だと考えています。

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