美は陰にこそ宿る、アイム メンが一枚の布に宿した“竹翳礼賛”の精神

 「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。夜光の珠も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に曝せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はないと思う」。2025年に没後60周年を迎えた文豪 谷崎潤一郎の代表作の1つ「陰翳礼讃」の一節だ。電灯やガスなどの西洋文明が急速に普及し、日本が明るく便利になっていく中で「これによって失われる日本の美がある」と危機感を抱いた谷崎は、建築、食器、料理、さらには女性の化粧や演劇まで、生活のあらゆる場面を挙げながら、日本人がいかに「影」を愛し、それを媒介として美を創造してきたかを論じた。出版から約1世紀を経て、過剰な情報と光が溢れる現代社会。谷崎が愛した「陰翳のあや」は、西洋の地で、コンテンポラリーな息吹を与えられる。

 イッセイ ミヤケが展開する「アイム メン(IM MEN)」2027年春夏コレクションのテーマは「竹翳礼賛 — In Praise of Bamboo Shadows —」。デザインチームがパリ装飾芸術美術館に赴いた際に見た、竹をモチーフとした東洋美術がインスピレーション源となっており、影のなかに潜む気配、わずかな明暗の差が醸し出す奥行き、そこから生まれる意識の高揚や感覚の揺らぎを衣服に落とし込んだという。陽光と竹の織りなす影が、ランウェイに描く微細なグラデーション。同コレクションには、谷崎が愛した「陰翳の美」が現代の日常着として息づいている。

 ショーの幕開けを飾ったファーストルックは、今季のコンセプトを最も分かりやすく体現した一着だ。ゆったりとしたシルエットのロングコートに捺染プリントによって落とし込まれたのは竹そのものではなく、グラフィックデザイナー 長嶋りかこが描き起こした「竹の影」。デザインチームの1人である河原遷がテーマを見出すきっかけとなったのはパリ装飾芸術美術館で見た竹の水墨画や型紙だというが、その心を動かしたのは植物としての竹そのものというよりも、竹のシルエットや、影に潜む妖しさを孕んだ空気感だった。「物事の本質を表現するとき、物体の姿を明確に描くことが最適な方法だとは限らない」と語るように、あえて具象を排して「影」という抽象へ向かうことで、竹そのものが持つ「目に見えない本質的な美」を衣服の上に掬い上げることを目指した。

 このアイテムに使われている糸は、竹繊維とオーガニックコットンを撚り合わせたもの。竹の繊維は匂いがつきにくい上、空気もよく通すため、春夏の衣服には適しているという。衣服の構造そのものからテーマを追求するこのストイックなアプローチからは、プロダクトの根源から“本質”を表現しようとするアイム メンの真摯な姿勢を垣間見ることができる。

 中盤では、目が覚めるようなホワイトカラーのルックが多数登場する。一見、影というテーマとは対極にある世界観のようにも思えるが、光と影は表裏一体であり、一方がなければ他方も存在できない。この光の連なりは、ほかのルックがまとう「影」を際立たせるための、極めて知的で逆説的なアプローチだ。

 「竹の影」に重心を置いている同コレクションではあるが、直接的な竹のモチーフも取り入れている。ハンドプリーツで竹の造形を表現したジャンプスーツや、生地のカッティングによってフロントに筍を形作ったノーカラージャケット、竹藪のグラフィックをあしらったチュニック。いずれもコンセプチュアルではあるが、デザインの出発点がどれほど前衛的であっても、服作りの美学から逸脱することなくリアルクローズに落とし込まれているため、コスチューム的な見え方になることはない。「ショーで見せるためではなく、着るための服を作っている」というチームの言葉通り、アイム メンの服はどこまでも日常に根差している。

 終盤には、アイム メンが得意とする日本の伝統染色法を取り入れたアイテムが登場する。今回メインとなるシリーズで採用したのは、機械を用いて回転させている布に対し、柄杓で染料を流し落としていく技法である。しかし、それ以上に目を引いたのはカラーリング。竹とも影とも光とも違う、ピンクの色彩がランウェイを彩った。ここで着想源となったのは、「竹取物語」に登場するかぐや姫だという。「かぐや姫には、『なぜ竹から生まれてきたのか』『なぜ理由も告げず突然月に帰っていったのか』など、ミステリアスな部分が非常に多い。しかし、かえってそれが彼女の美しさを引き立てている。我々が『竹の影』に感じた魅力と本質的なところで繋がっているんです」(河原)。かぐや姫が生まれた竹や花をイメージしたカラーパレットで仕上げたというコートは、襟裏に多数のタックを入れることで、肩周りに平安時代の女性の正装である十二単のディテールを再現した。

 足元を飾ったのは、MDS(三宅デザイン事務所)とアシックスの共同開発によるシューズプロジェクト「ISSEY MIYAKE FOOT」の第2弾だ。「SORTIE VEILED」と名付けられた新作は、1980年代のアシックスを代表するマラソンシューズ「SORTIE」シリーズを基調に、モダンな表情へと刷新された。最大の特徴は、その名の通り“ベールに包まれた”ようなシームレスな構造。通常アッパーの外側に縫い付けられるデザインや補強パーツを、あえて一枚のファブリックの「内側」に格納し、それらが生地を押し上げることで、表面に陰翳を伴った立体的なレリーフとして、その輪郭を浮かび上がらせている。

 アイム メンの2027年春夏コレクションは、何事も白黒つけたがる合理主義のもとで大幅に失われてしまった陰翳の世界を、衣服という身体から最も近い領域へ呼び戻す試みだ。ファッションという殿堂の軒を深くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用な装飾を剥ぎ取って、竹のしなやかな気配をまとわせてみる。試しに余計な情報を遮断し、直感に従って衣服の重なりが描き出す「竹の影」に、静かに目を凝らしてみたい。きっと古来から日本人が尊んできた、静かで本質的な“美の在り様”が見えてくるはずだ。

IM MEN 2026年秋冬

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最終更新日:

村田太一

Taichi Murata

FASHIONSNAP 編集記者

群馬県出身。男子校時代の恩師の影響で大学では教員免許を取得するも、ファッション業界への憧れを捨てきれず上京。2021年にレコオーランドに入社。主にビジネスとメンズファッションの領域で記事執筆を担当する。幼少期、地元の少年野球チームで柄にもなくキャプテンを任せられた経歴を持ち、今もプロ野球やWBCを現地観戦するほどの野球ファン。実家が伊香保温泉の近くという縁から、温泉巡りが趣味。

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