
Image by: Lee Whittaker
フレグランスの魅力とは、単に“匂い”だけじゃない。どんな思いがどのような香料やボトルに託されているのか…そんな奥深さを解き明かすフレグランス連載。
今回は「エルメス(HERMÈS)」の香水クリエーション・ディレクター、クリスティーヌ・ナジェル(Christine Nagel)にインタビュー。最新作「ジンセン ビローバ」をはじめ、エルメスでの仕事、現在のフレグランス市場など、たっぷりと話を聞いた。
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「エルメッセンス ジンセン ビローバ オードパルファム」(100mL 4万8400円)9月11日発売予定
Image by: Studio des fleurs
この秋、エルメスのフレグランスコレクション「エルメッセンス」から新作「ジンセン ビローバ」が登場する。「エルメッセンス」は、2つの素材の組み合わせから生まれるエクスクルーシブなコレクションだが、今回、香水クリエーション・ディレクターのクリスティーヌ・ナジェルが選んだのは、高麗人参とイチョウだ。
「私はまずひとつの素材からスタートしますが、今回は高麗人参から始めています。私はよくアジアを旅するんですが、高麗人参の話をよく耳にしていて、とても興味を持っていたんです。が、世界中どこを探しても、高麗人参の香りのエッセンスにはついに巡り合えなかった。そこで何十kgもの高麗人参を取り寄せ、あるフランス企業の協力を得て約5年がかりでエッセンスを得ることができました。世界で初めて天然の高麗人参のエッセンスを香料として使うことができたことを、本当に誇りに思っています」

ナジェルが「ポエティックな組み合わせ」と呼ぶジンセン ビローバの2つの主素材、高麗人参とイチョウ
Image by: Jean Marie Binet
「ではこの高麗人参に何を組み合わせようかとなったとき、グラフィックな側面をもつ高麗人参に対して、美的側面からイチョウの葉を思い浮かべました。イチョウはオスとメスがありますが、メスの葉は少し臭いんですね。オスの葉は非常に自然でベジタルな香りがするのでそれを抽出しようとしましたが、あまりうまくいかなかったので、私の香料パレットからオスの葉の香りを再現しています」
私たちにとって高麗人参は滋養食材として身近な素材だが、それを香料にしようとはなかなか思い浮かばない。これを軸にした香りができるという確信のようなものはあったのだろうか。

アジアの美しさにとても惹かれるというナジェルは今回、緑茶のエッセンスも加えて調香している。
Image by: Studio des fleurs
「私の仕事は科学者チームとの協力で進んでいきますが、高麗人参に関しては、チームのなかで『これは改良できる』ということがわかっていたんです。逆にイチョウに関しては、途中で難しいと気づきました。高麗人参に対してどんな香りを期待していたかと問われれば、それは予見していたわけではなく、やはり抽出されたものが手に入って初めて物語はスタートします。メゾンエルメスの素晴らしいところは、クリエイターをリスペクトし、十分な時間と予算を与えてくれるところです。今回に関しても5年かかったわけですが、5年あったからこそ手に入ったと思うと、本当に誇りに思いますね。私のラボには、アジアのさまざまな植物の皮などがあって、まだ香料としては発見されていない、知られていない素材がたくさんあります。アジアから持ち帰った小さな実があるんですが、これはうまくいきそうだということで、次のクリエーションなどに使えるのではないかと、とても楽しみにしているんです」

クリスティーヌ・ナジェル:スイス・ジュネーブ生まれ。ジュネーブ大学で有機化学を学んだのち、ジュネーブを拠点とする香料会社「フィルメニッヒ」の研究開発センターに入社。その後さまざまな有名香料会社を経て、2014年にエルメス専属調香師となり、2016年より現職
Image by: Lee Whittaker
ナジェルは今年、エルメスの専属調香師となって12年、現職に就任して10年を迎えた。この12年といえば、パンデミックが起こり、ライフスタイルが変わり、香りを取り巻く環境が大きく変わっている。初期と現在ではクリエイションにおける考え方に変化はあったのだろうか。
「何かを学んでいくこと、あるいは何かを発見していくことに終わりはない、と私自身は思っています。おっしゃるようにパンデミックという時期があり、香りを取り巻く人々の生活環境が大きく変わりました。一時的に嗅覚を失ったような方たちもいましたし、だからこそ香りというものの大切さに一層気づいたということもあるでしょう。それは香りに携わるものとしては大切なポイントです。さらに、香りの素材に対する規制の強化という変化もあります。確かにそれは制約といえますが、それを悔やむのではなく、むしろじゃあ今度は何ができるだろうか、代わりに何を使えばいいだろうか、と考える。今は制約かもしれないけれど、その制約があるからこそ新しいところにたどり着くきっかけになるかもしれない。制約があるからこそまた別のクリエイティビティ、別の新しい扉が開く、とポジティブに考えますね」

2つの素材の組み合わせに調香師のクリエイティビティが光る「エルメッセンス」。キー素材のイメージに合わせたキャップのレザーとボトル底面の鮮やかなカラーも魅力
Image by: Laure Sée
フレグランス市場は今、世界的なトレンドとしてプレミアムフレグランス時代を迎えているといっていい。その最前線に立つナジェルは、この動向をどのようにみているのだろう?
「大切なのは、そこで“語られていること”と“実際になされていること”をきちんと見極めることです。私は新作を発表するたびに、使用している素材についてお伝えしていますが、メゾンエルメスとして語りかけるとき、常にそこには明白さ、あるいは誠実さ、嘘のない透明性があります。皆さんにはぜひ、真なる美しさというものを見定めていただければと願っています」
最終更新日:
◾️問い合わせ先:エルメス
ビューティ・ジャーナリスト
大学卒業後、航空会社、化粧品会社AD/PR勤務を経て編集者に転身。VOGUE、marie claire、Harper’s BAZAARにてビューティを担当し、2023年独立。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修了、経営管理修士(MBA)。専門職学位論文のテーマは「化粧品ビジネスにおけるラグジュアリーブランド戦略の考察—プロダクトにみるラグジュアリー構成因子—」。
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