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第4回 ファッションの「劇的」なるものとは

2026年秋冬パリ・ファッションウィーク断想

渡辺三津子

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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 今年、2年ぶりにパリを訪れ、2026年秋冬パリ・ファッションウィークを取材した渡辺三津子氏が感じた「変化の兆し」を、AI時代という背景を踏まえて綴る短期連載。

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 短期連載の最終回となる第4回目は、今季のコレクションから感じた「劇的なるもの」について振り返ってみたい。

 「劇的」とは、「芝居やステージを見ているように、心を揺さぶられ、感激させられる様子」なのだが、ある種のファッションショーではそのたった数分の間に、凝縮された“ドラマ(劇)”が展開されることがある。たとえ物語的でなくとも、その視覚的なインパクトや総合的な表現に心奪われる瞬間が、とき折り訪れるのだ。今回は、そんなブランドのクリエイションを振り返りながら、ファッションにおける「劇的」の意味を探っていくことにしよう。

アサンブラージュで感情を揺さぶるジュンヤ ワタナベ

 ファッションブランドの中には、ショーの演出やコンセプトを毎回変化させるブランドもあれば、テイストが一貫しているものもある。前者の中で、今シーズン最も大きな驚きを与えてくれたブランドの筆頭が「ジュンヤ ワタナベ(JUNYA WATANABE)」だった。日常性から離れたコンセプチュアルなクリエイションを行うのが常だったジュンヤ ワタナベが、今回はオープニングから、聴き慣れた情熱的なタンゴ(アストル・ピアソラの曲「リベルタンゴ」)が突然流れ出し、「いつものジュンヤと何か違うぞ!」というインパクトとともにショーの幕が開けた。

ファーストルックをまとったイリーナ・シェイクが、羽織ったコートを椅子に置いた瞬間からショーが始まった

 ランウェイには白黒の市松模様の床が敷かれ、一脚の椅子が置かれていた。1920年代風のピンカールで整えた髪と、往年の女優かダンサーのような完璧なメイクを施した女性(モデルのイリーナ・シェイク)が、ドレスの上に羽織ったコートを椅子の上にはらりと置き、強く物憂げな表情で歩み出したところからショーが始まる。その演劇的な演出と女性の身のこなしの何もかもが今までとは異質で、観客は不意を突かれて一気にその世界に引き込まれていった。

「ジュンヤ ワタナベ」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 テーマは「The Art of Assemblage Couture(アサンブラージュ・クチュールのアート)」。多くのドレスは、ウエストを起点にして、腰からダイナミックに広がるシルエットがクラシックなクチュール的趣を湛えている。しかし、その造形を構成する要素は、モーターサイクル用の様々なパーツ(手袋、ヘルメット、防護パネルなど)にスパンコールやキルティングといった素材が複雑にパッチワークされたもので、クチュールとはおよそ異質なイメージが立ち上がる。ショーが進むにつれて、ぬいぐるみや工業用素材(ネットやビニールシート)、フェイクファー、アンディ・ウォーホルによるマリリン・モンロー作品の額装プリントや、ポルトガル語で「世界人類が平和でありますように」と書かれた木製の看板なども現れ、素材の無限定性(世界と同じような混沌)を探究したコラージュ(アサンブラージュ)が創出されていた。

「ジュンヤ ワタナベ」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 アサンブラージュとは、1950年代から使用され始めた美術用語で、雑多な日用品や工業製品などを「寄せ集め」、「継ぎ合わせる」(Assemblage/仏語)手法のこと。廃品の使用も多いため消費社会への批判的メッセージとして注目されることもあるが、コンセプトの幅はそれだけに留まらない。

 ジュンヤ ワタナベのドレスには、批評的態度より、日常に埋もれてそれそのものの価値があえて問われないような“ものたち”を解体し、組み立て直すことで、そこに新たな文脈や美しさを見出す姿勢が感じられた。考えてみれば私たちの日常的環境は、取るに足らない多くの“もの”に囲まれており、「好き」「嫌い」さえ意識しないもののほうが膨大で、それに新たな目を向けるだけで、世界は違った相貌を表す。

情熱的な「リベルタンゴ」が流れる中、ボーイッシュなルックのモデルがドラマチックな動きで情感を表現する

 渡辺淳弥が今回きわめて珍しくエモーショナルなショーを展開したことについて、私はひとつの推論を思い浮かべた。それは、服だけでなく、女性像やその感情も含めて「アサンブラージュ」し、新しい美しさの発見と創造を試みてみたかったのではないか、ということだ。ピアソラの曲はきわめて美しい曲ではあるが、パッションを盛り上げるタンゴの代名詞のように繰り返し使用されてきたことによって、ある種の通俗性を帯びた旋律として耳に響く。同じように、クラシックなヘアとメイク、モデルのクチュール的ポージングについても、すべてが「クリシェ(見慣れた型)」になりかねないスタイルであったともいえる。

 しかし、それらの要素を見慣れない方法で「アサンブラージュ」することで、直感的に「美しい」と言わざるを得ない強い高みと感動が達成された、といえよう。人は、「見慣れた」ものの中に、深い感情の萌芽を隠しもつものだから

 その達成には当然、最高の作り手が必要となる。ヘアにユージーン・ソレイマン、メイキャップにイサマヤ・フレンチという最強のコンビに加えて、特筆したいのが、初参加したムーヴィングディレクターのパット・モグスロースキーがモデルの動きをディレクションしたことだ。モグスロースキーは、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」でジョン・ガリアーノと約7年間コラボレーションし、もはや伝説となった2024年「アーティザナル」コレクションで、「夜のパリ」の退廃と高貴を人々の“動き”で描き出した。2026年秋冬の「グッチ(GUCCI)」のショーでも話題を呼び、ファッション界で今最も注目される才能といえる。ジュンヤ ワタナベのショーでも、モデルたちはいつもの仕事の枠を超えて、一人の女性としての感情(愛や哀しみ、官能性など)を自身の肉体によって表現していた。

「ジュンヤ ワタナベ」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 ショーの後半になると、モデルたちはメイクが崩れ落ちたような“黒い涙”を流し、彼女たちの感情がより複雑なものとなってゆく。バイクのレザーウェアや装備のパーツを、鎧のように再構築したラストルックを纏ったマギー・マウラーは、最後にランウェイの途中で立ち止まり、“黒い涙”とともに天を仰ぐように両手を広げた。その直後に会場は暗転し、観客の感情が最高潮に達したことを示す熱い拍手と歓声が沸き起こった。まさに、ランウェイが「劇的」な空間となるマジックが、目の前に現れた瞬間だった。

「ジュンヤ ワタナベ」2026年秋冬コレクション

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

ラストでマギー・マウラーが天を仰ぐポーズで会場は暗転し、熱気に満ちた拍手と歓声が湧き起こる

 ショーのラストを飾ったマウラーの姿は、宗教画に描かれた聖なる女性像か、哀しみの中で光を求める舞台の演者のようでもあり、古典的なイメージを想起させると同時に、今ここでしかない情動の躍動を帯びていた。もっぱら“アヴァンギャルド”と形容されることの多いデザイナーの渡辺は、その言葉に縛られることなく、自由な創造性を最高のテクニックで表現することで、見慣れたものや感情を別次元の感動と驚きに変換できることを、見事に証明してみせたのだ。

 モグスロースキーは、モデルとのコミュニケーション方法をこう語っている──

「私は演劇の勉強もしていたので、身体の動きだけでなく“心の動き”もとても大切にしています。つまり、“感情を通して動きを作っていく”ということです」(「ヴォーグ ジャパン(VOGUE JAPAN)」ウェブサイト2025年4月14日)

 “感情から生まれる動き”というものは、人間同士のリアルな心身の関係性からしか生み出せないものであろう。本稿の連載テーマと結びつけるならば、AIとはおよそ世界の違う創造性の発露といえる。今シーズンのジュンヤ ワタナベのショーには、そのような人間の創造性こそが生む「劇的」な感情が美しい不穏さとともにあふれていた。

ジュンヤ ワタナベのショー会場へ続くスロープ。暗がりにライトが灯り、「劇的」空間へと誘い込まれる

ノワール ケイ ニノミヤの「闇に咲く花」

 ジュンヤ ワタナベと同日に開かれた「ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)」のショーでも、「不穏(穏やかではない様子)」な感情が花の美しさと対峙するイメージとして展開されていた。それを裏付けるように、デザイナーの二宮啓はショー後のバックステージでこう語っている。「新しい世紀が幕を開けて以来、世界は悲しみに満ちています。私たちはそれをポジティブなものにしていかなくてはならないと思います」。ショーは、その「悲しみ」を「ポジティブ」なものに変えていく“象徴”に溢れていた。「Dark Blooming(闇の中の開花)」というテーマがそのイメージを端的に表しているといえよう。

「ノワール ケイ ニノミヤ」2026年秋冬コレクション

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 ショーのライトが点灯すると同時に、パンクミュージックにノイズが重なるような激しい音が爆発し、それがDJによるライブパフォーマンスであることに数秒かかって分かる頃、ファーストルックをまとったモデルが目の前に現れた。花弁の先が棘のように尖ったプラスチックの黒い花が全身を覆うドレス。その花にライトが当たると、黒い花が一瞬きらめき、その“明と暗”の不定形な共存にコレクションのテーマが重ねられているようだった。それに続くルックにも、レース状に切り抜かれたバラや、軍用フライトジャケットのMA-1をアレンジしたドレスを飾る大きなコサージュ、「プーマ(PUMA)」のスニーカーを覆うシリコンの小花など、コレクションを通して随所に多様な花々が咲き乱れていた。

「ノワール ケイ ニノミヤ」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 また、服とは別に目を引いたのが、ウイッグの延長のようにかたどられた動物のヘアピースだ。巨大なウイッグのようにも見えるドクロ型のドレスも現れ、それらは、激しい感情や死の隠喩の中にもユーモアを導入する役割を担っているようだった。

「ノワール ケイ ニノミヤ」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 さまざまに相反する表象が混ざり合うショーを見ながら私が感じたのは、二宮が今回求めたのはファッションにおける「ノイズ」の生成だったのではないか、ということだ。ノイズは、整理できない感情の塊であり、「劇的」なぶつかり合いでもある。音楽の世界では、「音」の「外」に位置付けられる「異質で過剰で偶発的」な存在だったノイズは、20世紀初頭のイタリア未来派のアーティストが「不協和音の解放」というコンセプトを生み出したことから、新たな「音素材」として表現され始めたという。従って、合理的な目標達成に対しては、雑音であるノイズは、「役に立たない」ものとみなされる。しかし、理性や倫理が通用しない今の世界情勢の中で、論理や計算が得意なAIが活躍するという不条理に両極化した状況に対して、「ノイズ」はひとつのカウンターパワーの表明になれるかもしれない。不協和音が奏でる「過剰で偶発的」なノワール ケイ ニノミヤの今季のショーは、闇の中で「ポジティブな何か」を見つけるために穿たれた“花の一撃”のようにも見えた。

「ノワール ケイ ニノミヤ」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

「陽気な堕落」へと誘うリック・オウエンス

 ノイズのごとく「異質で過剰で偶発的」なデザイナーをパリのファッションウィークに探すとすれば、「リック・オウエンス(Rick Owens)」を第一に挙げなければならないだろう。オウエンスは自身のブランドを「ワンマンショー」と呼び、デザイナーとしての特性をこのように述べている。

「ファッション界が進化し、自分だけの声を持つことがいかに難しくなってきているかを目の当たりにすればするほど、それが私たちの強みなのだと実感します。(……)パーソナルに感じられると言うことが、人々が私に惹かれる理由ではないでしょうか。彼らはそれが、戦略や計算からくるものではないと知っているのです」(「GQ JAPAN」ウェブサイト2024年6月22日)

 オウエンスのパーソナルな魅力に惹かれるファンたちは「リック信者」と呼ばれ、ファッション界で最も個性的で強固なコミュニティを築いているといえる。リック・オウエンスのショー会場の前で撮影されるファンたちのスナップは、ファッションウィーク中、最も「劇的」な風景を見せてくれる。常識的なバランスを無視した巨大な肩や厚底ブーツに身を包み、ファンたちはリック・オウエンスという“トライブ”に属することの誇りと喜びを最大限に表現する。その理由は、前述したデザイナー本人の言葉が示しているだろう。彼らは、「戦略や計算からくるものではない、パーソナルな声」に心を震わせているのだ。それは、AIが導き出す「最適解」とはまったく別種の、理性では割り切れないノイズのような「声」といえる。

「リック・オウエンス」2026年秋冬コレクション Image by: Rick Owens

 オウエンスの世界には、彼が好む色(黒、グレー、白、ベージュ)と同じく、闇と光が同居している。その背景には個人的な経験が存在する。カリフォルニアの閉鎖的な田舎町で、子ども時代に苦しんだいじめや厳格な家庭環境、そして、そこから脱出し、生まれ変わって「自分」を見出したハリウッドでの退廃的生活と仕事への真摯な情熱……。まるで、1本の映画を見るような「劇的」な人生が生む「光と闇」の感情が、オウエンスのクリエイションにはリアルに織り込まれており、ファンたちはそれに共振し、救われるのであろう。

「リック・オウエンス」2026年秋冬コレクション Image by: Rick Owens

 2026年秋冬コレクションのテーマは「Tower(タワー)」だった。「愛の神殿、光の塔」という、テーマに添えられたフレーズに彼の希望や祈りが込められていた。コレクションは全体的にタワーを具現化した縦長のラインが強調され、フリンジのドレスやジレで女神のように気高い動きが演出されていた。オウエンスが、美しさだけではない「強い責任感と気概にいつも心を打たれる」と敬愛するマレーネ・ディートリヒが、キャバレーのショーでまとったスワンズダウン(白鳥の羽毛)にオマージュを捧げたルックも登場。愛と退廃の両面をあわせもつディートリヒの二面性には、オウエンスの感性に通じるものが確かに感じられる。

「リック・オウエンス」2026年秋冬コレクション Image by: Rick Owens

 オウエンスは、彼の世界をまだ知らない人々を「私が誘惑し、堕落させなくてはならない」と、諧謔的な表現でその必要性を語っている。「堕落」は彼にとっては肯定的な価値観なのだ。2025年にパリで開催されたブランドの回顧展で、展示に添えられた但し書き(過激な内容の展示を未成年に注意喚起するため)が、その態度を簡潔に表明していた――「世間は人を断罪しがちな、過度に道徳的な場所でもある。私はそれに対して陽気な堕落性でバランスをとる責任を感じている」

異端の美学が生む「寛容」と「平和」

 このあたりで、全4回の短期連載を締めくくることになるのだが、終わる前に、オウエンスの「陽気な堕落性」について、最近、偶然思いついたことを語っておきたいと思う。

 私は、今年3月初頭から始まったパリ・ファッションウィークを間に挟んで、一冊の分厚い本を少しずつ読み継いでいた。哲学者の東浩紀の最新著書『平和と愚かさ』である。その大著を簡単に説明などできないのだが、直感的な表現だけで伝えると、東が平和とともに語った「愚かさ」のテーマが「陽気な堕落」に近しいような感覚を抱いたのだ。

 東は、平和と愚かさはともに「考えないこと」の表現である点で共通していて、「ひとはものを考えないときに平和を感じる。しかし、なにも考えないと愚かなことをする」と、平和と愚かさが表裏一体であると述べている。しかし、ここには「重要な問題」があり、「合理性や配慮が讃えられる時代」に、「愚かさと加害の危険を避けるため、社会全体が、もっと調べろ、もっと考えろ、もっと賢くなれ、と人々をせき立てている。SNSとAIがその流れを加速している」と、現代と「愚かさ」の関係について東は記している。

 考えることの重要性と、愚かさが罪の源になることを前提にしながらも、東はこう続けるのだ。

「けれども現実には人間の能力には限界がある。あらゆる問題について合理的な判断を下し、道徳的な正しさを引き受けることができる人間など存在しない。ひとは弱い。だから賢さへの脅迫が過剰だと、不安を感じ逃走してしまう。平和を感じることができなくなる。そしてより深い愚かさに突入する

 ──それが現在、世界で起きていることだという。

リック・オウエンス2025春夏メンズコレクションのショーには200人の”リック信者”が出演し、スペクタクルな演出に

 「陽気な堕落」によって世界中のリック・オウエンスのファンは結びつき、そのディストピア的な美で感情を「劇的」に揺さぶる非日常的フォルムの服をまとうとき、人々は生きづらさを一瞬遠のけることができる。それを、子どもっぽい逃避だと切り捨てることは安易にすぎるだろう。

 オウエンスは、現代の不寛容についても敏感だ。「地球上で最大の問題は不寛容であり、それがすべての戦争の原因」であり、「私のような、必ずしもスタンダードではない美学を広めることによって、ある種の寛容さを奨励することができる」(「GQ JAPAN」ウェブサイト同上)という“使命”を語っている。ここで言う「スタンダードではない美学」とは「陽気な堕落」であり、「考えないこと」の表現としての「平和」に通じる。

「誘惑」され続けるために

 今回取り上げた3人のデザイナーは、あからさまなメッセージではなくとも、それぞれのスタイルで「戦争」や「平和」についての言及を行っている。「平和」でこそ自由な命を宿す「ファッション」は、「争い」に「陽気な堕落」という寛容の剣で対抗することが、果たしてできるのだろうか。デザイナーたちは、ぜひその「誘惑」の手を緩めないでいてほしい。

 2026年秋冬シーズンのファッションが立ち上がる季節が、すでに訪れている。新しい服を探しに、外に出かけよう。

最終更新日:

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文・渡辺三津子

Mitsuko Watanabe

エディター/ファッションジャーナリスト/コンサルタント

資生堂の企業文化誌『花椿』で編集のキャリアをスタート。その後『フィガロ ジャポン』『エル ジャポン』を経て、2000年に『VOGUE  JAPAN』編集部へ。2008年に同誌編集長に就任し、ウェブサイト、『VOGUE GIRL』などすべてのコンテンツを監修。2022年に独立し、エディター、ファッションジャーナリスト、コンサルタントとして幅広く活動している。2024年から『10 マガジン ジャパン』のファッションフィーチャーズディレクターを務める。

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