マルジェラ期「エルメス」 ミス・ディアナがクリエイションを支えたリブ編みのシルクニット【連載:sushiのB面コラム】
illustraion: Kyoko Kimura
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マルジェラ期「エルメス」 ミス・ディアナがクリエイションを支えたリブ編みのシルクニット【連載:sushiのB面コラム】
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伝統的で歴史ある組織ほど、時に伝統が足かせとなり、大きく方向を転換したり、新たなチャレンジをしづらくなっていく。特にファッションという業界は、どんなに伝統的なメゾンであったとしても常に時代の潮流を読み、更には先取りするような変化を求められるという点で生存競争が熾烈な世界だと言える。裏を返せば、今現在も愛され続けているという事実は、メゾンにとっては時代に取り残されることなく進化を続けてきたという事。僕はその最たる例が「エルメス(HERMÈS)」だと思う。
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エルメスはその歴史の中で時代の流れを読み、何度も重大な舵切りをしてきた。もともとは最高の職人芸を看板とした馬具工房だったが、車社会の到来をいち早く察知し、現在のファッションブランドの姿へと転換した。1960年代以降のファッション業界ではライセンスビジネスが広く普及したが、エルメスはライセンスの発行を一切行わず、ブランドを直接のマネジメントのみで管理することにこだわり、結果として唯一無二のロイヤリティを現代まで確立するに至っている。
そんなエルメスが1997年にマルタン・マルジェラをデザイナーとして起用したこともまた同社の偉大な変革の歴史の一つだ。モードの最先端であるパリで、当時一世を風靡していた若かりしマルタンの起用には、これまでやや保守的に成長し続けてきたメゾンに新たな風を吹き込み、より若年層の顧客を獲得する意図があったはずだ。しかし思えばグランジやデストロイなど、エルメスのイメージからほど遠いスタイルを得意としていた若手を伝統的メゾンのデザイナーに抜擢するというのは、180度に近い勢いの舵切りだったのでは、と感嘆する。
そんなマルタンが手掛けた時期のエルメスのB面的名作として紹介したいのが、リブ編みのシルクニットだ。
エルメスのニットといえば、カシミヤを連想する人が多数派だろう。マルタンも例には漏れなかったようで、彼の手掛けた時期のエルメスは特にカシミヤを贅沢にあしらったアウターやニット類が代表的アイテムとして知られる。
今回紹介するリブ編みのニットも、実はシルクではなくカシミヤタイプのものが定番品として複数シーズンにわたり展開されていた。特に面白いのがタートルネックでないタイプのもので、ネックの部分がそのまま切り落とされたようなデザインになっている。編みの終わり部分には横方向からも糸が通してあり、切りっぱなしかのようなデザインを守りながらも縫製の崩壊は防いでいる、という手が込んだ職人芸が光る一着だ。
このニットのシルク生地のものは、1999年春夏シーズンに一度だけ展開された。もちろん手触りの良さや贅沢な生地量など、物の質としても名品なのだが、実はこのシルクニット、エルメスの工房ではなく当時のメゾン・マルタン・マルジェラのニットを手掛けていたミス・ディアナの工房で編まれたものらしい。僕も、本家マルジェラでディアナが手掛けたニットと全く同じサイズの表記タグがシルクニットにも付いていることでこの事実に気がついた。ディアナがシルクニットを手掛けたという情報は公式には発表されていないが、カシミヤタイプのものには別のタグが使われているし、渋谷のコンセプトショップ「ライラ トウキョウ(LAILA TOKIO)」もディアナの工房で製作されたものと明言しているので間違いないだろう。
ミス・ディアナといえば、マルタンフリークの間ではメゾン・マルタン・マルジェラの初期のコレクションラインのニットとカットソーを手掛けたことで知られる人物で、これまでにジャンニ・ヴェルサーチやイヴ・サンローランとも仕事をしてきた凄腕だ。彼女の尋常ならざる繊維への理解は、マルタンの無茶ぶりとも思えるアイデアの実現には必要不可欠だったとされるが、マルタンはエルメス時代にも彼女と仕事を共にしていたのだ。素材違いの一着を敢えてディアナの工房で制作したことの理由については、シルク生地を用いた際のこのニッティングが難しいのか、たまたま発注先にディアナの工房が含まれていただけなのか、真相は謎だが、まさにマルタンが手掛けた時代のエルメスならではと思えるバックストーリーのあるB面的一着だ。
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2003年まで続いたマルタンのエルメスは商業的に成功したかというと、売上的には実はそうでもなかった、という話をよく聞く。彼の手掛けたエルメスは極めてモダンで洗練されたものだったが、「メゾンの伝統をどうぶち壊してくれるのか」という自身のフォロワーの期待にハマらなかったのでは、とも言われている。しかし、マルタンのエルメスには今回のニットのように、デニムのディテールをそのままトレースしたレザーパンツや、フランス軍のM-47を裏返した際のポケットを模したポーチベルトなど、彼が得意とするアプローチを用いている物も多くあり、ある意味で厄介なマルタンフリークを唸らせるには十分なはずだったと僕は思う。何より、自身のブランドではグランジ風味だったマルタンの仕事を美しく洗練された世界観で楽しむことができる、というのがこの時代のエルメスの最大の魅力だ。
ちなみにエルメスの変革の歴史は同社の社史「エルメスの道」で詳しく語られているが、この社史も実は直近で近代のエルメス史が追加された最新版が漫画で公式サイト上で公開されている。社史をネット上、しかも漫画というフォーマットで、という同社の時代感覚は、やはりあっぱれだなと感じることができる。
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
■「sushiのB面コラム」バックナンバー
・フィービー・ファイロのデザインの神髄ここにあり 「セリーヌ」のタキシードシャツ
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