ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。第28回を迎える今回は、6月の2025年春夏コレクションをもってドリス・ヴァン・ノッテンがデザイナーを退くことが発表された「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」をフィーチャー。美しいテキスタイルで知られるドリスの隠れた名品として、ミニマルなラウンドトゥレザースリッポンをピックアップ。
無意識に手に取ってしまうものってあると思う。中華料理屋に行けばとりあえずチャーハンだし、スマホはとりあえずiPhoneだし、色で迷ったらとりあえず黒を選ぶ。その選択は常になんとなくの判断であり、大きな理由はないように見える。強いて言えば、そこには安心感があるくらいだと思っていたのだが、実はその安心感は大事にした方がいいのではないかと最近は感じる。「とりあえず」の選択には、実は自分の芯のような部分が大いに影響していると思うのだ。そして自分の「とりあえずの感覚」を考察することで、今後何を手に取るべきか迷ったときに、自分自身を心地よくする選択肢を選び取れる確率を上げることができると思う。人生は選択の連続である、みたいな趣旨のことを誰かが言っていた気がするが、連続する選択で少しでも良い方を選び、人生をうまく進めていくために、「とりあえずの感覚」をうまく言語化して認識しておくべきだ。
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日常の中で難しい選択を求められるタイミングと言えば、そう、服を選ぶときである。これは結構真面目に言っていて、服を着るという行為において正しい選択をするには、自分が着ていてしっくりくるかどうかという内向きのベクトルの評価と、周りから見てかっこよく決まっているのかという外向きのベクトルの両方を満たす必要がある。自分にとってラクチンであっても、目上の人間との会食にパジャマで行くわけにはいかないし、適当なスーツを着ておけばいい職場だったとしても、いい歳して就活生のようなリクルートスーツではうだつが上がらない。「今日何を着るのか」というテーマに対する選択は、毎日迫られるにしては多大な労力がかかるのだ。中には毎日同じものを着続ける、という力業でその戦いから解脱する人もいるが、多くの服好きにとってはその道は厳しい。だからこそ、己の日々の「とりあえずの感覚」を考察することで、少しでも楽にこの戦いに勝利することができれば良いと思わないだろうか。
というわけで、今回は僕の「とりあえずの感覚」を具現化したような靴である「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」のラウンドトゥレザースリッポンを紹介したい。
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ドリスの代名詞と言えば、何と言っても見る人の目を引く美しいテキスタイルだろう。そういう意味ではドリスのシューズというのはあまりピンとこないと思うが、これが個人的にはまあ名品なのである。
僕はコーディネートを組むときに、“ちょうどいい靴”を選ぶのがかなり苦手である。靴自体は好きだ。短靴もブーツも、ローテクスニーカーも、ハイテクスニーカーも、サンダルも。数もおそらく一般的な感覚の人からすればかなり持っている方だと思う。ただ、部屋の中でトップスとアウターとパンツを決めて、あとはあの靴を履いて……よしこれだ、となった後に、玄関で靴を履いてみて「これじゃない」となることが多々ある。そうなってくると振り出しに戻って頭の先から足の先まで最初から構成を練り直すか、ええい、ままよ!と別の適当な靴に履き替えそのまま外に出るかの二択になるが、前者を選ぶような時間を余して家を出発するような計画性はあいにく持ち合わせていないので、大方後者のパターンで玄関で狼狽(ろうばい)することになる。僕にはこういう時「とりあえずこれを履いておけばなんとなくいい感じになる」という靴がいくつか存在しており、かつてこのドリスのスリッポンはその中でも2007年阪神タイガースの久保田投手ばりの登板回数を誇る安心安定の存在だったのである。
このスリッポンは酷使の末、数年前にストラップがはじけ飛び、ソールも摩耗しきったため処分してしまったのだが、以後も現在に至るまでドリスが抜けた穴を埋める形で様々な選手がそのポジションに入っている。ある時はマルジェラのタビブーツだったり、ある時はギョサンだったり、今は古いイブ・サンローランのローファーや、ナイキのエア リフトがそのポジションにいる。しかしその中でも、いかにこのドリスのスリッポンがオールラウンダーであることか。ペタンコでパンツのシルエットを邪魔せず、ゴムのストラップなのでサンダルのノリで脱ぎ履きも楽。カジュアル靴の範疇でありながら素材はレザーであるのでジャケパンにも合わせることができる。タビはブーツなので夏には向かないし、ギョサンは冬に履けない。イブ・サンローランのローファーはカジュアルな格好にはあまりはまらないし、エア リフトは逆にきれいめな格好にはあまりしっくりこない。その問題をすべてクリアするドリスのスリッポンは「これを履いておけばとりあえずいい感じ」をいかなるケースにおいても高い水準で実現してくれた、隠れた名品なのである。
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こうして歴代の「これでいっか」枠の靴たちを列挙してみると、ある共通項が見える。ペタンコで、紐がない靴である。よくよく考えてみれば、自分の性格やスタイル、体質を踏まえればこれらの特徴を備える靴がいかにピッタリであるかが納得がいく。体質や性格の話で行けば、自分は基本的に裸足が好きで、以前記事でも挙げたように夏場なんかはほぼ毎日サンダルである。理由は簡単で、紐がなくて脱ぎ履きしやすくて快適で足の形にあまり干渉しないから。スタイルの話で行けば、自分はどちらかというとハズしや抜け感があるスタイルよりも、あくまで全体の統一感があるスタイリングを好むので、タックインした際のベルトや主張の強い靴など、全体のトーンの分断になる要素や強いコントラストを生むものが好きではない。こういったスタンスが無意識のうちに自分の中に存在しているので、「とりあえず」で靴を選べば自然にドリスのスリッポンような靴が心地よくなってくるというわけだ。
靴に関しては、このことに気付いてからは自分が手に取るべき形・スタイルの物が明確に言語化されたので、結局履かなくなる靴を買ってしまう事や、スタイリングで靴がしっくりこないなんてことがかなり減ったように思う。服が決まらずに人との待ち合わせに遅刻、なんてことは服好きあるあるだと思うが、タイパにうるさい人が増えた昨今で自分のようなガサツな人間が周りに迷惑をかけないための術として、日々の「なんとなくの選択」を見つめ直し、「確信を持った選択」にレベルアップすることを試みてはいかがだろうか。
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先日、ドリス・ヴァン・ノッテンが6月の2025年春夏コレクションをもってデザイナーを退くことが発表された。ブランド自体は後任のデザイナーによって存続されるとのことだが、最近では「ヴァレンティノ」のクリエイティブディレクター、ピエール パオロ・ピッチョーリの退任があったりと、徐々に一つの時代が終わりつつあるようにも感じる。自分にとっては世代ど真ん中のカリスマたちがキャリアに区切りをつけるというのはどうしてもさみしくも思うものだが、時代は移りゆくものである。引退の悲しみに包まれて終わるのではなく、後任の発表でいい話題に転じればいいと思う。
この記事を書くにあたりドリスのスリッポンを検索した。当時履いていたのは2015年春夏シーズンの物だったのだが、どうやら同じデザインの物が近々のシーズンで復刻していたよう。確か記憶では4万円くらいのイメージがあったので、当時の自分には高い買い物だったが、いい大人になった今では価格も程よく、これはいいタイミングだし買いだ!と思ったのだが、新作は税込7万8000円と、筆者の約9年の成長を加味したリアルなダイナミックプライシングが行われていた。ご勘弁願いたい。
>>次回は5月31日(金)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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