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全く異なるジャンルでありながら、古くから蜜月関係にあるファッションと音楽。ここ十数年でその結び付きはさらに強くなり、今やファッションメディアでなにがしのアーティスト名を見ない日は無いと言ってもいいほどである。だがアーティスト名は目にするものの、彼/彼女らがファッションシーンへと参画した経緯や与える影響力、そして何よりも楽曲に馴染みが薄く、有耶無耶の知識のまま名前だけを認知している人も少なくないだろう。
そこで本連載【いまさら聞けないあのアーティストについて】では、毎回1組のアーティストをピックアップし、押さえておくべき音楽キャリアとファッションシーンでの実績を振り返り、最後に独断と偏見で「まずは聴いておくべき10曲」を紹介。第11回は、USヒップホップシーン随一の変わり者ながら実力も兼ね備えたタイラー・ザ・クリエイター(Tyler, The Creator)についてをお届けする。(文:Internet BoyFriends)
■いまさら聞けないあのアーティストについて:連載ページ
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目次
きっかけはファレル・ウィリアムスの作品との出会い
タイラー・ザ・クリエイターことタイラー・グレゴリー・オコンマ(Tyler Gregory Okonma)は、1991年3月6日にアメリカ・カリフォルニア州ラデラハイツで誕生。父親はナイジェリア人で、母親はアフリカ系アメリカ人およびヨーロッパ系カナダ人だが、父親とはほぼ面識が無く母親の女で一つで育てられた。母親は定職につけず転職を繰り返し、トレーラーハウスでの生活を余儀なくされ、タイラーは12年間で12校もの学校に通ったという。現在、“クリエイター”というアーティスト名を名乗る通り幼少期からクリエイティビティに溢れ、7歳の誕生日に音楽アルバムをプレゼントされると、見様見真似でアートワークやトラックリスト、演奏時間などを設定した架空の音楽アルバムを作ったそうだ(もちろん、実際に音楽を作ったわけではない)。
その後、12歳でビートメイクを、14歳でピアノを独学で始めるとメキメキと上達し、2006年11月に15歳でオルタナティブ・ヒップホップ集団「オッド・フューチャー・ウルフ・ギャング・キル・ゼム・オール(Odd Future Wolf Gang Kill Them All、通称Odd Future)」を結成。オッド・フューチャーには、のちに稀代のR&B歌手となるフランク・オーシャン(Frank Ocean)をはじめ、ソウルバンドのジ・インターネット(The Internet)でボーカルを務めるシド(Syd)、ラッパーのアール・スウェットシャツ(Earl Sweatshirt)らが所属しており、2008年にインターネット上でリリースした1stミックステープ「Odd Future Tapes」が全米で話題となったことで、リーダーを務めていたタイラーの名も同時に早耳の音楽リスナーたちに共有されていった。
ここでひとつ、オッド・フューチャーの結成にまつわる小話を。タイラーがオッド・フューチャーを結成した年でもある2006年7月、本連載の第2回でご紹介したファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)が記念すべきソロデビュー作「In My Mind」をリリースした。同作は全米アルバムチャートで初登場3位の好成績を収めるも、発売元のレコードレーベルの重役に「失敗作だ」と言われるなど、意見の割れる作品となった。
しかし、若きタイラーの心には深く刺さったようで、「In My Mind」がリリース10年を迎えたタイミングではインスタグラムに熱い思いを綴り、同作との出会いをきっかけにオッド・フューチャーを結成したことを明かしている。以下は、その一部を訳したもの。
「ポピュラーなスラングを使い、与えられたものを聴き、当時のトレンドの服を着るだけの子たちが悪いとは言わないが、『In My Mind』は彼らにウケるわけがない。でも、周りのみんながハマっていることにハマれなかった15歳の黒人の少年だった俺には、安心できる場所のような作品だった。その年、俺はオッド・フューチャーを結成した。ファレルの事を信じて、挑戦すれば素晴らしいことをなし得ると思ったんだ。俺が生まれ育った場所は、刑務所に入るか、死ぬか、クソみたいな仕事で身動きが取れなくなるやつらばっかり。みんな成長しないんだ。でも、俺はそのサイクルに落ちなかった。それはファレルが言うことを信じたからだ。長くなっちゃったけど、誕生日おめでとう『In My Mind』!。父親や兄弟、叔父が周りにいたことがない俺にとって、ファレルはロールモデル的な男性であり続けている。自分の考えを信じ続けてさせてくれるファレルには感謝してもしきれない」。
なお、残念ながらオッド・フューチャーは2015年以降は目立った活動をしておらず、タイラー自身が再開する気がないことを何度も公言しているため、事実上の解散となっている。
世界に衝撃を与えた「Yonkers」のMV
「Odd Future Tapes」をリリースした翌年12月25日、タイラーはセルフプロデュースしたソロ名義の1stミックステープ「Bastard」をリリース。ホラーコア・ラップと呼ばれるダークな内容をテーマとした作品が音楽評論家たちの間で話題となり、辛口で知られる音楽メディア「ピッチフォーク(Pitchfork)」の年間ベストアルバムの32位にランクインするなど注目を集めた。
そして、「Bastard」を機に「XL レコーディングス(XL Recordings)」とアルバム1枚限りの契約を結び、2011年5月に1stアルバム「Goblin」をリリース。前作に引き続き、ホラーコア・ラップを全面に押し出したスリリングなサウンドとクオリティで全米アルバムチャートで初登場5位を記録し、見事人気ラッパーの仲間入りを果たしたのである。
「Goblin」のヒットはカニエ・ウェスト(Kanye West)ことイェ(Ye)の存在も大きい。というのも、「Goblin」のリリースに先駆けて配信された収録曲「Yonkers」のミュージックビデオは、ゴキブリを食べて嘔吐し、最後には首を吊るという衝撃的な内容になっているのだが、これをを見たイェが「今年一番のミュージックビデオだ」と呟いたことで再生数と知名度が急上昇。実際、「Yonkers」のMVはMTVが主催するミュージックビデオの祭典「MTV・ビデオ・ミュージック・アワード(MTV Video Music Awards)」で最優秀新人賞を受賞している。
余談だが、今を時めくビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)はタイラーのファンを公言しており、彼女の人気曲「when the party’s over」のMVは「Yonkers」のオマージュだと言われている。
2010年代のUSヒップホップシーンを代表する傑作の誕生
「Goblin」の2年後となる2013年4月に2ndアルバム「Wolf」を、2015年4月に3rdアルバム「Cherry Bomb」をリリース。それぞれタイラーらしいダークなラップとネガティブなサウンド、殻を破る実験的なサウンドから全米初登場3位と4位を獲得したが、飛躍の作品となったのは2017年7月にリリースした4thアルバム「Flower Boy」だろう。
「Bastard」と「Goblin」の内容が人道的に不適切だという理由からイングランドとニュージーランドで入国禁止処分を受け、ライブやイベントを急遽中止せざるを得ないハプニングなどを経て、2作ぶりにタイラーらしさ全開のサウンドを披露し、リリックでは人生や人間関係、ラッパーとしてのキャリアなど、これまで以上にタイラーのパーソナルな部分にフォーカス。全米アルバムチャートで自身最高位となる初登場2位を記録したほか、「ピッチフォーク」と「コンプレックス(COMPLEX)」の年間ベストアルバムでそれぞれ第8位と第6位にランクインし、グラミー賞では初めて最優秀ラップアルバム賞にノミネートされた。だが、その成功とは裏腹に制作は難航したそうで、収録曲の多くはイェやニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)、ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)、元ワン・ダイレクション(One Direction)のゼイン・マリク(Zain Malik)、スクールボーイ・Q(ScHoolboy Q)らに提供する予定だったものの、彼らに断られたことで結果としてタイラー自らが使用したという。
また同年10月には、恵比寿リキッドルームで緊急来日公演が行われたのだが、開演時間が24時という深夜帯にファンは困惑。蓋を開けてみると、同日夜に「サカイ(SACAI)」と「アンダーカバー(UNDERCOVER)」の合同ショーが行われており、タイラーはこれに出席するためにライブの時間を遅らせていたのである(さらに遅刻もした)。
そして「Flower Boy」の2年後となる2019年5月、のちに2010年代のUSヒップホップシーンを代表する傑作と称される5thアルバム「Igor」をリリースした。タイラーが同作の配信1時間前にインスタグラムで「とにかく全ての先入観を捨てて1回聴いてほしい」と更新したように、これまで以上に幅広い音楽性や緻密な音作り、フック中心の構成、初めて自身の歌声をフィーチャーするというラッパーとしての新境地を見せ、念願の全米アルバムチャートで初登場1位を獲得。しかも、全編セルフプロデュースによるソロラッパーの作品が初登場1位を獲得するのは史上初の快挙で、SNSには感涙する姿を投稿していた。
当然、その音楽性はプロの批評家たちをも唸らせ、年間ベストアルバムで1位に評価した「コンプレックス」をはじめ、30以上のメディアがトップ10内に選出し、グラミー賞でも最優秀ラップアルバム賞を初受賞。授与式のスピーチでは実母を壇上に招き、感動的なスピーチを行っていた。以下は、その一部を訳したもの。
「また受賞できるか分からないから、少し話をさせてくれ。まず1つ目。ママ、俺を育ててくれてありがとう。2つ目、俺のマネージャー。君たちは、俺という種に水を与えてくれた。俺のアイデアを信じてくれてありがとう。3つ目は、友だちや家族に感謝を。俺のアイデアを信じてくれて、イラつくぐらいハイパーアクティブな俺に子どもの頃から付き合ってくれて、いつもサポートしてくれてありがとう。俺はクレイジーなことばかりするし、ラップ界に完全に受け入れられていると感じたことがないけど、君たちはいつも俺を支えてくれた。おかげでここに立つことができたし、心からありがたく思っている。そして、ファレルに心から感謝している。子どもの頃、俺はテレビで見るものの多くから疎外されていると感じていた。でも彼のおかげでありのままの自分でいていいんだと思えるようになったし、彼は想像もできないほど俺の心の扉をたくさん開けてくれた。ファレルに会う前も、そして実際に会ったときもね。ありがとう、P。そしてみんな、愛しているよ」
「今までにないレベルに到達した自分の最高傑作」
感の良い読者の方はお気付きかもしれないが、タイラーという男は2011年に1stアルバム「Goblin」、2013年に2ndアルバム「Wolf」、2015年に3rdアルバム「Cherry Bomb」、2017年に4thアルバム「Flower Boy」、2019年に5thアルバム「Igor」と、きっちり2年ごとにアルバムをリリースしており、この周期に基づき2021年に6thアルバム「Call Me If You Get Lost」をリリースした。
タイラー自身が「今までにないレベルに到達した自分の最高傑作」と太鼓判を押したように、同作も「Igor」に続き全米初登場1位を獲得し、デビューから6枚のアルバム全てが全米トップ5入りを果たす快挙を達成。さらに、各メディアが発表した年間ベストアルバムでも軒並みトップ5入りを果たし、2作続けてグラミー賞の最優秀ラップアルバム賞も受賞するなど、名実共に21世紀を代表するラッパーとなったのだ。
なお、「Call Me If You Get Lost」の「Lost」は、「何をすればいいのか分からない時」ではなく、「夢中になって自分を失っていること」を指すそうで、「俺は自分のやりたいことをやっているから、お前がやっていることを教えてくれ。そうしたら、飛行機に乗ってでも会いに行くことになるかもしれない。『Call Me If You Get Lost』はそういう意味だ」と語っている。
ファッションデザイナーおよびアイコンとしての一面
タイラーは、ラッパーの活動と並行して自身のアパレルブランド「ゴルフ ワン(Golf Wang)」を手掛けていることでも知られている。「ゴルフ ワン」はカラフルかつポップな色彩とグラフィックが特徴で、世界を見渡しても同じようなブランドは無いと言っても過言ではないほどオリジナリティが高い。当然タイラーは頻繁に着用しており、彼の独特な世界観を形作る上で非常に重要なピースとなっているが、ブランド名はスポーツのゴルフとは関係なく「“GOLF”という単語がカッコいいから」という単純な理由と、オッド・フューチャーの正式名称の頭文字“OFWGKTA”をスプーナリズム(頭音転換)して命名したそうだ。そして、ラッパーひいてはアーティストが手掛けるブランドとしては珍しく直営店を持っており、地元ロサンゼルスとニューヨークの2都市に店を構えている。
この「ゴルフ ワン」の甲斐もあって、タイラーは早くから唯一無二のファッションアイコンとしての地位を確立。「グッチ(GUCCI)」のキャンペーンに起用されるなど多くのブランドからサポートを受け、「ゴルフ ワン」は「リーバイス(Levi’s®)」や「スイコック(SUICOKE)」とコラボ。さらに、2017年には「ヴァンズ(VANS)」から鞍替えする形で「コンバース(CONVERSE)」とのパートナーシップを締結し、コラボライン「ゴルフ ラ フルール(GOLF le FLEUR)」を展開している。
また、都市伝説的な話ではあるが、「シュプリーム(Supreme)」の人気に火が付いたのはタイラーによるものだと言われている。「シュプリーム」は、2000年代後半から2010年代初頭にかけて低迷状態にあったが、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったタイラーをはじめとするオッド・フューチャーの面々が頻繁に着用し人々の目に触れたことで、人気再燃の要因になったというのだ。実際、ジェイデン・スミス(Jaden Smith)はタイラーが「シュプリーム」を着用していたことで気にかけるようになったと語っている。
最後にファッションアイコンとは別の話を。タイラーは、5thアルバム「Igor」に収録されている「EARFQUAKE」という楽曲のMVで金髪のおかっぱ姿にスカイブルーのスーツを着用していたのだが、なんとこのセットがハロウィーンのコスチュームとして発売され即完売。10月31日の街には“ジェネリック・タイラー”が溢れていた。
まずは聴いておくべき10曲
1曲目:She
1stアルバム「Goblin」(2011年)収録曲で、フランク・オーシャン(Frank Ocean)との楽曲。女性にストーカーする男性の様子を描いており、聴く人によっては嫌悪感を抱くが、多くの音楽評論家から絶賛された。
2曲目:Tamale
2ndアルバム「Wolf」(2013年)収録曲で、タマレとはメキシコ周辺で食される「ちまき」のような食べ物。タイラーのツイッター曰く、TERIYAKI BOYZの「TOKYO DRIFT」をイメージして作ったという。
3曲目:OKAGA, CA
3rdアルバム「Cherry Bomb」(2015年)収録曲で、タイラーが2020年に発表した“自分の好きな楽曲ランキング”で2位に輝いている。
4曲目:See You Again
4thアルバム「Flower Boy」(2017年)収録曲で、コロンビア出身シンガーソングライターのカリ・ウチス(Kali Uchis)との楽曲。もともとは、タイラーが元ワン・ダイレクション(One Direction)のゼイン・マリク(Zain Malik)のために書いたが、ゼインがスタジオ入りを2度キャンセルしたため自身が使うことにしたという。
5曲目:Potato Salada
アルバム未収録曲(2018年)で、親友エイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)との楽曲。R&B歌手モニカ(Monica)のヒット曲「Knock Knock」のトラックを使用しており、エイサップが率いるクリエイティブエージェンシー「アウグ(AWGE)」が手掛けたMVも必見。
6曲目:OKRA
アルバム未収録曲(2018年)で、冒頭では「I did this shit in one take(このクソみたいな楽曲は、ワンテイクで録った)」と言い放ち、YouTubeに投稿されたプロモーション映像の概要欄には「throwaway song(使い捨ての楽曲)」と書かれた意味深な作品。
7曲目:NEW MAGIC WAND
5thアルバム「Igor」(2019年)収録曲で、タイラーが2020年に発表した“自分の好きな楽曲ランキング”で見事1位に輝いている。
8曲目:GONE, GONE/THANK YOU
5thアルバム「Igor」(2019年)収録曲で、終盤に山下達郎の「Fragile」をサンプリング。タイラーは過去に「ポッドキャスト」で山下の楽曲を流していたこともあるファンで、山下本人は「健全な(サンプリングの)使い方」とコメントしている。
9曲目:U Say
ゴールドリンク(Goldlink)の2ndアルバム「Diaspora」(2019年)収録曲で、タイラーがロンドンのラッパー、ジェイ・プリンス(Jay Prince)と共に参加している楽曲。
10曲目:WUSYANAME
6thアルバム「Call Me If You Get Lost」(2021年)収録曲で、ヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲイン(YoungBoy Never Broke Again)とTy Dolla $ign(タイ・ダラー・サイン)とのコラボ楽曲。R&BグループのH・タウン(H-Town)の「Back Seat (Wit No Sheets)」をサンプリングしており、心地良いスイートなトラックが特徴。
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