清永浩文氏
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清永浩文氏へのインタビューは約2年半ぶりになる。前回は緊急事態宣言が明けて間もない頃に、ソフ(SOPH.)の代表として「ジーユー(GU)」とのコラボレーションについて話を聞いた。月日が流れ、再びインタビューの席に着いた同氏は、Jリーグ(公益社団法人 日本プロサッカーリーグ)のクリエイティブダイレクターという新たな役職に就いている。24年間務めたソフから離れ、新天地での活動を始めた同氏は、Jリーグを「ユニクロのようなもの」と話す。今年30周年を迎えるJリーグを、クリエイティブでどう変革するのか。
格好良いことが全てか?洗練させることがゴールではない
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—いつJリーグからクリエイティブダイレクター就任のオファーが来たんですか?
2022年の6月30日にソフを退任しましたが、退任後に正式にオファーをいただき、8月1日に就任しました。よく「Jリーグの話が決まったからソフを辞めたんですか?」と聞かれますが、辞めた後に決まったことです。
—オファーから就任までスピーディーに決まっていますが、迷いはなかったですか?
特にはなかったです。僕は1998年にソフを立ち上げて、1999年から大分トリニータのスポンサーをしています。その後、同年の1999年にソフで「エフシーレアルブリストル(F.C.Real Bristol)」というサッカーラインを始めましたし、20年以上サポーター目線、スポンサー目線、フットボールMD的なクリエイティブ目線でサッカーに関わってきました。今までの叡智をサッカーへの恩返しに使えたらなと考えて、迷いなく「よっしゃ いこ!」と。
—Jリーグのクリエイティブダイレクターという役職はこれまでなく、新設されたポジションです。オファーの際にJリーグ側からはどのような要望があったんですか?
野々村芳和チェアマンからは、「Jリーグを格好良くしてください」の一言だけです。ただ、「果たして格好良いことが全てか」という疑問も自分の中にあります。ファッションブランドだとクリエイティブダイレクターの交代はブランドの雰囲気をガラッと変える方法論としてありますが、30年間の歴史があってクリエイションをウリにしている訳ではないJリーグで、いきなり斬新に変える方向性は正しいのかどうか。模索しながらやっている感じですね。
—就任前に「ここを変えた方が良いのでは?」と課題に感じていたポイントはありますか?
応援しているチーム目線ならあるんですけど......。リーグ全体となるとね。よく引き合いに出すのは、やっぱりプレミアリーグ※。ただそれは、プレミアリーグのイメージが良いから所属チームが格好良く見えるのか、所属チームが強くて格好良いからリーグが良く見えるのか。卵が先か、ニワトリが先かという判断は僕の中でまだ答えが出せていません。
※プレミアリーグ:イングランドのプロサッカー1部リーグ。冨安健洋が在籍するアーセナルや、三笘薫が在籍するブライトン、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、リヴァプール、チェルシーなど強豪チームを多く抱える。
30周年オープニングイベントでチェアマンが言っていたように、Jリーグは成長戦略として「60クラブが、それぞれの地域で輝く」と「トップ層が、ナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く」を掲げています。特に「トップ層が、ナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く」は、Jリーグからビッグクラブが出てくることが必要なんじゃないかという考えで、それも一つの正解ではないかなと。関東一円にビッグクラブができてくると、良くなっていくんだろうなと僕も思っています。
—では、プレミアリーグを参考に考えることが多い?
参考にというより勉強しているくらいでしょうか。プレミアリーグはイングランドの1部リーグだけのことを指しますが、JリーグはJ1からJ3まで全60チームあって、全国をほとんど網羅している状況なんです。そうした中で、果たしてプレミアリーグのようにクールにして良いのか否かは考えなければいけません。老若男女のファンがいて、年配のおじいちゃんやおばあちゃんが応援しているような地域もありますし、町々にあったやり方があるのではないかなと。
大分トリニータでスポンサーをやっていた時に、エンブレムやユニフォームなど色々と相談されましたが、率直に「別に格好良くしなくて良いな」と思ったんです。例えば、格好良いポスターよりも従来通りのポスターの方が街に溶け込んでいて魅力的なのではないかとか。じゃあ町々にあったやり方は何かというと、正直就任6ヶ月でその答えはまだ見つけられていません。
Jリーグはファストファッションと近い感覚を追求するべき?
—そもそもJリーグにおいてクリエイティブダイレクターが抱える「クリエイティブ」の枠組みはどこまでなんですか?
どこまでなんでしょうね。本当に移籍したばかりで、まだ戦術理解度が上がっていないような状況なんですよ。練習には参加しているけれど、コンディションが上がってきていない段階というか。もう少ししたら色々なパスがくるとは思うんですが、自分がウイングなのか、センターフォワードなのか、ボランチなのかもわからず様子を見ながらやっているような感じです。
所属部署で言うと「チェアマン室」なので、今関わっているのはチェアマンからの意向を汲み取って、メディアやSNSなどをチェックしています。最近だと、Jリーグ30周年プロジェクトのキャッチコピー決めは最初から参加しました。「J30」という30周年ロゴは途中段階から参加して、年末と1月に出した2本のムービーをチェックしたり。少しずつゆっくりとパスが回るようになってきている感じで、本番はこれからですね。
—ポジションで言うとクリエイティブダイレクターは、攻撃的な中盤の「トップ下」あたりのイメージです。
皆さんから「トップ下」と思われているのは僕も肌で感じますし、本来はトップ下なんでしょうね。でも周りを巻き込んで攻めていくというよりも、今はもう一段後ろのボランチをやっているような感じに近いです。だから元日本代表ミッドフィルダーの長谷部(誠)選手くらいの動きをしないと、認めてもらえないのかなと思ったり。
クリエイティブダイレクターというポジションで大事なのは、斬新に変えて「清永さんがやったんですね」と言われることではないと思うんです。サッカー選手もゴールを決めた際に「みんなの得点です」と答えるように、チームプレーなんですよ。僕がヒーローになることではないですし、ゆっくりとみんなの意識が変わっていくことが良いかな。だから数年して良い意味で「なんかJリーグ変わったよね」と言われるようにしていきたい。野々村チェアマンは2022年3月に就任しましたが、歴代のチェアマンで一番若いんですよ。野々村さんは元々サッカー選手で、北海道コンサドーレ札幌の運営会社のコンサドーレの代表取締役会長も務めていた人なので、様々な目線を持っている。だからこれから変わっていきそうじゃないですか。僕はその船に乗ったというか。
—清永さんが関わった2本のムービーのうち、1本目はワールドカップが終わったタイミングで公開した「ここから」ですか?
そうです。外部ディレクターがいますが、絵コンテの段階でチェックをしました。実は、絵コンテチェックが中2日、撮影が3〜4日後で、トータルで10日くらいで完成させた。ワールドカップが終わったあのタイミングで公開することがベストだったと思いますし、意識だったりスピード感が変わってきている感じがします。スタッズが良くなってきているというか、走行距離が上がってきた感じですね。
—タイミングもあってか、「ここから」は感動したという声が多かったですね。
もしかしたら皆さんの想像する「格好良い」ではなかったとしても、今はああいった方向性の方が良いのかもしれませんね。そう考えると、Jリーグは「ユニクロ(UNIQLO)」みたいな感じなのかも。全国に展開していて、格好良いこともやるけど、親しみやすいこともする。近年はユニクロもファッション的に“格好良い”というか“あり”になってきていますよね。ユニクロが最初から格好良いを求めていたら、おじいちゃんやおばあちゃんは足を運んでいなかったでしょう。親近感というのも大事だと思うので、Jリーグはファストファッションに近い感覚を追求するべきなのかもしれません。
—続いて、1月25日には30周年のコンセプトワード「よっしゃ いこ!」やムービーが発表されました。「よっしゃ いこ!」はソフ時代の「モード失礼します。」「まいったな 2020」「最後の戦術」と同様に、白水生路さんと作ったんですか?
お察しの通り、「よっしゃ いこ!」も白水くんと作りました。僕が8月1日に就任してからのファーストミーティングが「30周年のコンセプトワードを考えてください」という依頼で、1番最初の仕事だったんですよ。会議の参加メンバーの皆さんが口を揃えて言うのは「まいったな 2020」が良かったと。就任した2022年の8月はコロナが落ち着く前だったので、「まいったな 2020」のような共感できる言葉にしようというのがスタートでした。
—「よっしゃ いこ!」にはどのような思いを込めたんでしょうか?
これからのサッカーファンと、これからのJリーガーになる子どもたちへのメッセージで伝わりやすい言葉というリクエストだったので、「未来の子どもたちへ」というのが一番のテーマで、裏テーマとして「大人たちにも響くように」という思いで作りました。「よっしゃ いこ!」は、子どもたちが公園や練習場ではよく使っているんですよ。だからサッカーキッズからしたら耳馴染みのあるワードで、応援コピーとしても色々な人に置き換えられますし、それこそコロナ禍の日本にも置き換えられる言葉なんじゃないかなと。
—実際の反響は?
SNSなどで使ってくれている人がいるとは聞きました。ただ、サポーターはチームが好きなのであって、リーグ全体のメッセージとなると少し叩かれやすいんです。だからエゴサーチはあまりしたくないんですよ。
ただ、賛否があって話題に挙げてもらうことは良いことだなと思います。「J30」という30周年のロゴも多少批判的なコメントもあったんですが、これまでJリーグのキャッチコピーやロゴが話題になることはあまりなかったので、みんなが気にしてくれているというのは良いポイントだと、ポジティブに捉えています。
—「よっしゃ いこ!」に出てくる「たまにカードをもらうけど」は清永さんらしさを感じました。
少し親近感がある言葉を入れるのが、僕と白水くんで作ってきた一連のパターンです。僕やソフのことを知ってくれている人からは「なんか匂いますね」と言われますね。サポーターやスタッフに、色々な面で僕のこともわかってほしいので、コミュニケーションを取ったり、発信を試みています。
ファッション業界人の“セカンドキャリア”の道標に
—サッカー選手のセカンドキャリアが注目されることが増えてきていますが、清永さんのファッションからJリーグへの移行はファッション業界人のセカンドキャリアとも捉えることができそうですね。
僕が「最後の戦術」として55歳で退任したときに同じ世代を見渡したんですが、ファッション業界から違う世界に進んだ人ってそんなに多くなかったんですよね。例えば建築業界からファッション業界へ来る人とかは結構いるじゃないですか。僕も一度きりの人生なので、可能性を試してみたい。業界の外に出て、ファッションやクリエイティブについて見つめ直すために。
—前回のインタビューで、M&Aやスポーツブランドのコラボは先駆けとして後輩たちに選択肢の広さを示したかったと話していましたが、今回のセカンドキャリアについても選択肢が増えたと感じるファッション業界人が多いと思います。
こういうパターンがあっていいんじゃないかなという考えが、常にあるんですよ。日本は諸先輩方のデザイナーがどっしりと構えていて、辞めるタイミングはもう潰れるか死ぬかのどちらかだといった風潮があるように感じます。違う方向にズレたらいけないような雰囲気があるというか。
—ファッションブランドは事業終了=業績が悪かったというイメージを持たれる傾向にありますね。
そうですね。ソフが2013年に買収されたときも、ファッション業界だとマイナスイメージだったんですよ。「ダメだったんだ」「買われたんだ」みたいな。歴史的に良いときにM&Aされた企業って数社しかなくて、大体が弱って潰れそうだから売却するという流れでしたから。だから僕は、良いときに会社を売るという事例を一回作りたかったわけです。Jリーグとの取り組みが、ファッション業界から新しい業界へチャレンジする人の道標になれば良いなと思います。
—退任を発表した「最後の戦術」では「もう一度、力を持たない場所で、自由に思考する場所で、ファッションを見つめ直す。トータルファッションとは何かを見つける」というコメントがありました。退任から半年が経った今、ファッションを見つめ直し、考えに変化はありましたか?
ファッションの情報を自分から取りにいかなくなったので、ファッション業界のことはわからなくなりましたね。任期中から「スピードが速いな」と思っていましたが、離れたら速いのかどうかもわからない。僕は月刊誌世代で、当時は1ヶ月間情報が古くならなかったわけですが、今はウェブ時代で、秒単位で更新されていくので大変な時代ですよ。ブランドをやっている人とかは情報過多で不安になっているんじゃないですかね。
—ファッション業界は他業種からの参入も増えているので、市場は飽和気味かもしれません。
ゴール前にかなりの人が立っていてスペースがないように感じますよね。例えば今はストリート側に偏っているので、じゃあ逆サイドが空いているかなと思うけど、実際は逆サイドもそこまで空いていない。ファッションで新しい戦術が見つけられそうにないんですよね。
あとは一旦距離を取ると、そんなに服っていらないなと思いました。年齢を重ねて自分のワードローブが固まったこともあり、年々ストライクゾーンが狭くなりスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)化している。これまでは自分が着るためにブランドで服を作っていたところもあったんですが、昔みたいに作りたい服があるわけでもない。着る物がなくなったら作るかもしれませんが、良いブランドが見つかれば充分ですし、それか誰かに作ってと頼むと思うので、またブランドをやることは多分ないかなと。
—ちなみにワードローブは何ですか?
「チャーチ(Church's)」の靴は10年近く履き続けていますし、最近パンツは「キヨナガアンドコー(KIYONAGA&CO.)」で「グラミチ(GRAMICCI)」と作ったロロ・ピアーナ製素材のものばかりです。トップスは大体「チャンピオン(Champion)」のスウェットで、MA-1かダウンを着用する。いつもこのパターンで、最近はこれしか着ていません。
—Jリーグのオフィスは6月に丸の内に移転予定で、清永さんが監修したと聞きました。
そうですね。「臨場感」をコンセプトに、Jリーグの試合が始まる時の高揚感や臨場感をデザイナーに依頼しました。コロナも落ち着いて国内外からサッカー関係者がオフィスに来ることが多くなると思うので、新しいJリーグを見てもらえるようなオフィスになっていますし、特に今よりアクセスが良くなるので働く人の意識が変わってくれたら良いなと思います。
—楽しみにしています。最後に現段階で掲げている目標を教えてください。
僕がチェアマンから依頼された「Jリーグを格好良くしてください」に対しての僕なりの答えを見出せれば良いですね。その結果「格好良くなりましたね」という言葉が100点なのかはまだわかりませんが、「Jリーグ最近良いですね」と、そういう声が聞こえてくるようになるのが目標です。
(聞き手:林慎哉)
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