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第5話からつづく——
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10年勤めた演出家 四方義朗の会社から独立。フリーの仕事がようやく軌道に乗ってきた頃、若槻善雄の元にパリから一本の電話が入る。2001年、「エルメス(HERMÈS)」からの依頼だった。当時クリエイティブディレクターを務めていたのはマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)。舞台裏で見せた、謎めいたデザイナーの素顔とは。——演出家 若槻善雄の半生を振り返る、連載「ふくびと」第6話。
・誰もいないプレスルーム
デザイナーの宮下貴裕くんのことは、「ネペンテス(NEPENTHES)」で働いていた頃からすごくお洒落な青年ということは知っていて、遊び場でもよく見かけていました。2000年頃、スタイリストの野口強くんからの紹介で「宮下くんのナンバーナイン(NUMBER (N)INE)がショーをやりたいそうだから、会いにきてくれないか」と言われ、南青山にあったプレスルームに行きました。でも、ビートルズか何かが爆音でかかっているだけで、誰もいない。え、どういうこと? と困惑したのをよく覚えています。
ナンバーナインのコレクション準備のある日。モデルではなく当時のPRを担当していた男の子でフィッティングをしていた時に、確認用の写真を眺めていたら「下を向かせて歩かせよう!」とひらめいて、宮下くんに提案しました。ランウェイでうつむきながらゆっくり歩くモデルたちは、どこか影があるナンバーナインのイメージに合っている。そのスタイルが、だんだんと定着していきました。
もうひとつの特徴として、ナンバーナインのショーは照明が暗い。でも、服はちゃんと見えるはずなんです。僕は、暗い中で格好いい服を作っているんだったら、明るくする必要はないんじゃないの、という考え。カメラも2000年前後から徐々にデジタルに移行していたし、フィルム一辺倒だった頃のように明るくないと撮れないなんてことはないんだから。時代は常に移り変わっていて、ショーの形も変わってきているということ。彼が今手掛けている「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.)」のショーは、もっと暗いですから。

2021年9月に東京で開催された「タカヒロミヤシタザソロイスト.」2022年春夏コレクションのフィナーレ
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・マルタン・マルジェラの素顔
照明家の二瓶マサオさんも、僕の師匠というべき人のひとり。彼がエルメスの仕事をしていた頃、演出家として僕の名前を紹介してくれたみたいで、いきなりパリから連絡がきました。ショーのスタイリングを担当していたのが日本出身のカナコさん(Kanako B. Koga)だったことも、コミュニケーション面で助かりました。
二瓶マサオ——照明デザイナー・空間演出家。パリを拠点に、イッセイ ミヤケ、コム デ ギャルソン、ヨウジヤマモトといったファッションショーの舞台照明を担当し活躍。展覧会などの照明や演出も手掛けた。
マルタン本人に会ったのは事前の打ち合わせで、一回挨拶した程度。次に会ったのがコレクション本番当日。準備の時間に、暗いランウェイを一人で何かを確認するように歩いていました。なので、今日のショーはこうする予定です、ということを説明したら「セボン!」と言って、あとは任せたという感じで帰っていった。いつもショー会場に本人がいないという噂は聞いていたけど、ああ本当なんだって。
次のシーズンからは、信用してくれたのかお昼を食べようと誘ってくれて。エルメスの会議室に並んだお弁当を囲んで「ワイン飲む?」とか、気さくに話してくれるようになりました。その年、僕が40歳になったので、打ち合わせに行った時にエルメスのお店に寄って、レザージャケットを買ったのが思い出です。
マルタンとは東京でバッタリ会ったことも。仕事としては、マルタンがエルメスを退任するまで続き、5シーズンをお手伝いしました。
・バルセロナのプールに5千人の観客
2007年、バルセロナファッションウィークのプロデュースに入っていたパリのクキ・ドゥ・サルヴェルトが「ヨシオにやらせてみよう」というということになったらしく、オファーが来ました。丸々4日間、全14本のショー演出という大掛かりな仕事です。
でもこれが、とてつもなく大変だった。けど、ものすごく面白かった。最後の日は「ミュグレー(MUGLER)」のアーカイヴコレクションで、僕がプールでやろうと提案したんです。ミュグレーといえばブルーだから。それでオリンピックでも使われた飛び込みプールを会場に使うことになりました。
選曲はミシェル・ゴベール。でも本番直前になって、いきなり「一曲変えたい」と言い出して。「OK」と言ったものの、編曲がなかなか終わらない。5000人の観客を待たせていたので、ブーイングが上がりだし紙飛行機が飛び出す始末。「もうヤバい!始めないと!」とみんなが焦りだしてハラハラ。結局スタートしたのは、予定時刻から40分経った頃でした。パリコレも30分遅れなんてざらだけど、遅れてしまうのは色々と理由があるんです。

パソコンに映る映像は、2007年のバルセロナにて、ミュグレーのショー
ショーは、筋肉隆々の男が10メートルの高さからプールに飛び込み、水飛沫が上がったところで音楽が鳴り始めてスタートするという演出。終わった頃には、めちゃくちゃ疲れていました。でも翌日、ホテルのプールに疲れを癒しに行ったら、ショーの招待客たちも同じ場所に泊まっていたようで「great job!!」とお褒めいただけたので、結果的にはよかったのかなと思います。
だんだんと海外ブランドの仕事も増えていったんですが、まあ色々とありました。とある海外デザイナーのショーを手伝った時には、ギャラが支払われないなんてことも。その後、そのデザイナーが来日した時に払ってくれと言いに行ったら、逆ギレされたりもしました。あれは今でも腹が立ちます(笑)。——第7話(最終話)につづく

パリにて、ショー会場の準備をする若槻善雄
最終更新日:
第7話(最終話)は3月6日に公開します。
文:小湊千恵美
企画・制作:FASHIONSNAP
【連載ふくびと】演出家 若槻善雄 全7話
第1話―寺に生まれ東京へ、道を開いた1本のビデオ
第2話―ブッ飛んだディスコ 金ツバ通い
第3話―憧れの師匠のもとで
第4話―来るはずの電車が...地下鉄のショー
第5話―生のギャルソンの衝撃
第6話―マルタン・マルジェラの素顔
第7話―ショーができなくなった時
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