元「ランバン(LANVIN)」の名物デザイナー アルベール・エルバス(Alber Elbaz)がハイファッションの世界と距離を置いてから約1年半。コンバースジャパンがハイエンドラインと位置付ける日本限定企画「アヴァン コンバース(AVANT CONVERSE)」のゲストデザイナーに迎え入れ、第一線に戻ってきた。デビューコレクションでは、自らデザインしたプリントモデルなど全6型を制作。3月25日の展開開始に合わせて来日し、記念パーティーでは芸者に扮したブラスバンド隊を率いてダンスを披露するなど、業界でも評判の愛嬌をゲストに振りまいた。「アヴァン コンバース」のキーテーマは「Exclusive For All(=みんなにとってのエクスクルーシブ)」。その背景には日本への愛、そしてデザイナーとモード界の今を俯瞰しながらもファッションへの変わらぬ愛が込められている。
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「ファッション」でやりたいことを再確認
―14年在籍したビッグメゾンのディレクター職を退任してから約1年半が経ちました。この間、何をされてたのですか?
旅行に次ぐ旅行です。世界中のありとあらゆる友達に会いに行き、新しい友達にも出会いました。寺院や博物館に行くような観光ではなく、単に友達に会いに行っていたのです。そして同時に「ファッションでやりたいことはなんなのか」ということを再び自分自身に問いかけていました。
―なぜコンバースを選んだのでしょう。プロジェクト実現までの経緯は?
長年にわたって仕事をし、良い関係を築いてきた伊藤忠からの呼びかけがきっかけでした。コラボレーションのオファーに「もちろんいいよ」と答え、そして伊藤忠がライセンスを手がけるコンバースのプロジェクトが決定したのです。それからコンバースジャパンの方に会い、とても安心して仕事ができると感じました。私は幸運なことに、今自分がやりたくて楽しいと思えることにだけに力を注げる環境にいます。自分の気持ちが乗らなかったらやらなくてもいいということです。それに加え、スニーカーそのものにも興味がありました。なぜならスニーカーは男女限らず、シーズンや時間も関係なく誰にでも身近なアイテムだからです。
ラグジュアリーの世界に今欠けているのは「ユーモア」
―アイテムへのこだわりは?
最初にコンバースの根本にあるDNAを抜き出し、コアを崩して変化させることなく、コンバースではあまり使用しないレザーを用いたり、グラフィックにも取り掛かりました。グラフィックはサイズにこだわっています。もしイラストが大きくプリントされていたら大げさ過ぎますし、小さすぎると何かわからないでしょう。コンバースのDNAを損ねることなく、最適なバランスを見つけることが私たちのミッションだったのです。
Image by: CONVERSE
―6足それぞれにイメージはありますか?
このプロジェクトは小規模のもので、異なったイメージよりも統一性が必要でした。しかし、プロジェクトがスタートした当初、念頭にあったのは日本人のための商品ということです。デザインする時には必ずインスピレーション源があるのですが、私は知り合いの日本人をまず頭に浮かべました。日本に来るとみなプレゼントをたずさえてきます。そこにヒントを得て、スニーカーに合わせてボックスやシューズバッグ、ショッピングバッグもスニーカーと同じグラフィックをプリントし、特別感を出したかったのです。私にとって「箱」は日本人らしさの象徴でもあります。今回コンバースでは珍しいレザーを使用し、エレガントでシックでラグジュアリーなシューズに仕上がり、この箱に収まることで全てが完成するのです。靴を保護することもそうですが、日本人がよく発する「かわいいですね」という感覚も取り入れました。イラストの顔は私自身ですが、気分屋なのでハッピーな時やそうでない時といったように、私の全てを表現しました。ラグジュアリーの世界に今、欠けているのは「ユーモア」です。グロッシーでセクシーさが強調されすぎていますが、人々は「ユーモア」を求めているのです。
日本が美しいのは人や文化が「ささやき合っている」から
―インスタグラムからの投稿などからも、エルバスさんの日本への「愛」を感じます。
日本人の素晴らしいところは、最近では世界中どこに行っても「ガヤガヤ」しているのに対し、日本は「ささやいている」点です。とても静かでエレガントで、人や文化がささやき合っているのが私の目にはとても新鮮に、そして強烈に映るのです。日本人は敬うこと、協調することの大切さを知っています。そしてグローバルとローカルのバランス感覚をしっかり持ち合わせていると思います。グローバルプレーヤーであるには、同時にローカルでなくてはなりません。日本は他のどの国にもない強さと美しさを持っています。
私たちは今「洗脳」の時代に生きています。皆同じような服を着て、同じようなものを食べて、同じ本を読んで、同じ映画を見ていますよね。東京に着いてからそれほど時間は経っていないのですが、東京の行き交う人を見ていると個性を強く感じます。まるで小宇宙のように、各々がそれぞれのスタイルを作り出しているのです。これほどまでにそれぞれが自分を維持し、個性的な人たちが多くいるということは、SNSがひしめくこの時代にあってこの国のプレスやメディアは人々を「洗脳する」ということがあまり上手ではないということでしょうか(笑)。伝統的な食べ物や服が生活の一部としてその美しさを失わないまま存在している。この伝統と新鮮さが互いに強調し過ぎず混ざり合っていることが、美しいハーモニーを生み出しているのです。
ジャーナリストは一方的な批評よりも対話を
―現在のファッションについて感じていることはありますか?
今ファッションの世界にはたくさんの変化が起きています。エディターに挨拶すると決まって彼らや彼女らは「ショーがたくさんありすぎて大変だよ」と言います。デザイナーに「元気?」と聞くと「コレクションがありすぎて大変だよ」と答えるんです。今あなたたちも笑っていますよね。でもこれが現実。この問題については、答えだけでなく解決策を見つけなくてはいけません。なぜこの現状を変えていかなくてはいけないのか、どうすればより良い方向へ導いていけるのかについて方法を考えているのです。
―今、東京ではファッションウィークが開催されています。ショーの意味についてどう考えますか?
東京、ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、パリなど合わせると、1シーズンにどれほどのショーが行われているでしょうか。見たもの全てを覚えていますか? ファッションウィーク期間中は、朝の10時に始まり、夜の7時にはすでに10以上のショーが行われていますから、まずショーの数量の問題があると思います。
私たちはファッション批評などジャーナリストの役割についても考えなければいけません。以前はファッション批評というとファッションのアンテナのようなものでした。批評が「良いショー」「悪いショー」を決めていたものです。今はショーの幕が上がった瞬間、同時にオンラインでもショーを見ることができます。今の時代においてジャーナリストの役割とは何なのでしょうか?私たちデザイナーがジャーナリストに求めることは、批評だけではなく、私たちや作り手との"繋がり"なのです。新聞にわざわざ戻って読みたいものは一方的な批評ではなく「なぜ日本に来たのですか」「日本人のことをどう思いますか」「彼らはどう文化と伝統をスタイルに反映させているのですか」といった繋がりのある対話なのです。イメージが全てのSNSに対し、私たちには必要なのはストーリー。ジャーナリストの仕事が、これまでにないほど重要になってくるでしょう。なぜならストーリーは消えずに、ずっとこの世に残るからです。
ジャーナリストの友人が世界中にいますが、彼ら彼女たちはコレクションシーズンの間、1カ月滞在して朝の7時から深夜まで働き通しです。締め切りに追われ、家族から離れて、熱心すぎるほどに仕事をします。シーズンが終わる頃に気づくのですが、果たして何人がその批評を読んだのでしょうか。一方では何人が、ジジ・ハディッドの恋愛ゴシップを読むのでしょう。ケンダルやジジについてだけ書くこともいいでしょう。もしくは本来の自分たちの職業をもう一度振り返り、私の場合はデザイナーですが、ライターであるならばより深くストーリーを伝える。「YES、NO」や「好き、嫌い」という言葉でなく「なぜ」「どうして」という言葉を使い、教養のある読み物を書くことです。
あるフランスの面白い記事を読んだことがあります。ミシュランの星を獲得したレストランのシェフが『星を返還したい』と言ったそうです。何かの評価の対象である限り、批評家のために料理を作っているようなもの。人々のために料理を作っているのではありません。私が思うに、星を返還したいと言ったシェフはこのシステムに嫌気がさしたのでしょう。これと同じことがハイファッションにも言えます。発表したコレクションを"みんな"に気に入ってもらわないといけません。ここでいう"みんな"とはニューヨークタイムズやVOGUEなどを指します。それらの限られた人に向けてファッションを作っているのです。とても限られたクラブの小さいグループに向けてデザイナーたちは必死になって、限界を押し上げて玄人のオーディエンスに向けてオリジナルのデザインを追求します。しかし今は、もはや限られた人たちだけのクラブではなく、誰もがエクスクルーシブを楽しめる時代に差し掛かって来ているのだと感じます。一部の限られた人に向けたものではなく、何百万何千万の人に向けたコレクションを提案しないといけないのです。これは民主主義の一部でもあり、今回のプロジェクトはそういった意味で「Exclusive For All(=みんなにとってのエクスクルーシブ)」というコンセプトを提案しているのです。
―今の世界にファッションができることは何なのでしょうか。
今を生きる人たちは賢い。特に若い人たちは情報へのアクセスが簡単になったので、色々なことをよく知っています。若い人たちが政治に関心を持っています。それこそ政治は特別な人たちだけのものでしたが、今はそうではない。これは悲観することではなく、ポジティブなことです。
幸運なことにファッションは武器ではありません。ファッションは人々の集まりであり、美しさと幸せを世界にもたらすものです。なのでファッションがこれほどまでにないほど必要とされる時代に差し掛かっているのです。
>>【コラム】メゾンデザイナーの悲鳴 スケジュールの過密さがファッションを崩壊させる?
(取材:今井 祐衣)
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