伝統素材にフィクションを 京大出身、田邉大祐が「ダイスケ タナベ」で描く服と未来

フェアンヴェーで開催中のポップアップ会場で陳列を整えるデザイナーの田邉大祐
Image by: FASHIONSNAP

フェアンヴェーで開催中のポップアップ会場で陳列を整えるデザイナーの田邉大祐
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フェアンヴェーで開催中のポップアップ会場で陳列を整えるデザイナーの田邉大祐
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ファッションをはじめ、カルチャーの最前線にいる新しい才能を追うFASHIONSNAPの「次世代クリエイター」特集。独自の世界観を提示する設立5年以内の若手デザイナー3人目としてフィーチャーするのは、2024年に「ダイスケ タナベ(daisuke tanabe)」を立ち上げた田邉大祐だ。
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京都大学経済学部在学中にパターン養成学校で服作りの基礎を学び、卒業後は西陣織の老舗・細尾でテキスタイルに携わった田邉。素材や加工技術への理解を土台に、映画や文学、音楽、写真、旅などから得た感覚でファッション的な“捻り”を加えた服作りが強みだ。
伝統的な素材とフィクションが衝突することで生まれる静かな意外性のある服は、ファーストシーズンから梅ヶ丘の「フェアンヴェー(fernweh)」などのセレクトショップのバイヤーの目にとまり、近年はパリでも展示会を行い海外の取引先も広げている。日本が誇る繊維産業に敬意を払いながら、ファッション表現を未来へ繋げていく田邉が見据える先とは。
■田邉大祐|Daisuke Tanabe
1997年生まれ。京都大学経済学部在学中にパターン養成学校に通い、服作りの基礎を学ぶ。卒業後は西陣織の老舗・細尾に勤務し、2024年に独立して自身のブランド「ダイスケ タナベ」を立ち上げた。 2025年に予約制ショールームを開設。また、プロパガンダガーメンツ(Propaganda Garments Inc.)として法人化。国内19店舗、海外7店舗で販売(2026年8月時点)し、2026年秋冬シーズンからパリでの展示会を開催。ブランド立ち上げから一貫して京都を拠点に活動している。
目次
母親からもらった「リーバイス」デニムジャケットが原点
──京大卒のファッションデザイナーという異色の経歴を持つ田邉さんが、ファッションに興味を持ったきっかけはなんでしょうか。
具体的な記憶だと、小学生のころに母からもらったリーバイスのデニムジャケットがかっこいいと思ったのが原体験かなと。そこから自分が着るものに意識が向くようになりました。中学でヒップホップにハマり、エミネム(Eminem)が「カンゴール(KANGOL)」のキャップを被っているのを見てショッピングモールに探しに行ったり。高校時代は運動部がユニフォームをおしゃれに着崩すような細かい工夫を見るのが好きでしたね。スケートボードも好きで、ジェイソン・ディルやディラン・リーダーなど、海外のスケーターのファッションをよく見ていました。

「純粋に服や取り組みに目を向けてもらいたい」として自身の顔出しはしないようにしているという
──高校時代は一時期をロサンゼルスで過ごしたそうですね。どういうきっかけだったんですか?
中高一貫校だったのですが、高校進学のタイミングで、漠然とまったく知らない場所に行ってみたくなったんです。当時はダフト・パンク(DAFT PUNK)やタイラー・ザ・クリエイター(Tyler, The Creator)をよく聴いていて、その頃のロサンゼルスを実際に見てみたいなと。何か明確な目的があったわけではなく、一度は行ってみたいという思いで渡米したんです。いわゆる留学というより、ホスト先を転々としながら現地で生活していたという感覚に近いです。10ヶ月ほど過ごしてから帰国して、また日本の高校に通いました。
当時LAファッションの聖地だったフェアファックス・アベニュー(Fairfax Ave)には「シュプリーム(Supreme)」の向かいにオッド・フューチャー(Odd Future)*のショップがあり、タイラーのブランド「ゴルフ ワン(GOLF WANG)」の商品も並んでいました。滞在中にお店に行った際に本人を見かけたのが思い出に残っています。
*タイラーがリーダーとなり2007年に結成したオルタナティブ・ヒップホップ集団。ラッパーやR&Bシンガー、音楽プロデューサーなどが在籍。フランク・オーシャンやジ・インターネットなどを輩出している。
──ストリートカルチャーに影響を受けているんですね。
服に興味を持った入口はストリートカルチャーでしたが、昔から気になったことはそのままにできなくて、調べていくうちにラグジュアリーブランドのアーカイヴにも自然と辿り着きました。ファッションショーを単純にかっこいい、美しいと思って見ることもあれば、ストリートブランドのドロップの仕組みや、どうビジネスが成り立っているのかが気になって調べることもある。自分の中では全部同じ延長線上にあって、勉強やリサーチをしているという感覚はあまりないんですよね。
デザイナーを目指す決定打は「ヨウジヤマモト」のショー
──ファッションデザイナーを目指すきっかけは何だったのでしょうか。
大学ではイノベーション理論を扱うゼミで現代アートやアートマーケットを専攻していましたが、2年生の頃からはパターンの養成学校に通い、服作りの構造を学ぶのに熱中していました。そうやってパターンを学びながら、服を仕事にすることを少しずつ意識し始めていたタイミングで、友人のつてで偶然「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」(2020年春夏ウィメンズコレクション)のショーをパリでみる機会があり、それをきっかけにファッションデザイナーになろうと決めました。
──ショーでの体験が決定打になったんですね。
今でも鮮明に思い出せるくらい、とにかくかっこよかったです。ショーの後半で「神田川」を使っていて異国の、しかもファッションの中心地で日本語のフォークソングが流れてくる趣深さに食らいましたし、バックステージで耀司さんがタバコの“赤マル”を吸いながらファンにサインしている姿にしびれました。世界的に評価されている人なのに、それをひけらかさずに、ただファッションクリエイティブを楽しんでるように見えたんですよね。

取材時は、ヨウジヤマモトのショーの思い出を当時の写真を見せながら語ってくれた
──大学卒業後は、西陣織の老舗である細尾に就職しています。
パターンの学校には合計で5年くらい通って服作りの構造のことは分かったので、もう少し広くファッションビジネスやものづくりの基盤を学びたいと思ったんです。大学の授業で細尾さんを知る機会があり、技術はもちろん歴史的な背景も含めて興味が湧いて応募しました。
──実際にどんなことを学びましたか?
ありがたいことに、本当に幅広い業務を経験させてもらいました。テキスタイルや商品の開発から、ブランドマガジンの製作、展示企画、SNS、撮影などの発信まで、ものが生まれて、どう発信して届けるかというところまで、一通り関わらせてもらいました。名だたるメゾンに素材を提供している企業なので、世界水準のテキスタイルがどのような文脈で評価されるのかを間近で見られたことも貴重な経験でした。そうした体験で得た知見と考え方は、今のものづくりのベースになっていると感じています。

温故知新の視点からの創造 肝はウィットとユーモア
──ブランドコンセプトにしている「standing on the shoulders of giants(巨人の肩の上に立つ)」*は哲学、科学史で登場する言葉です。先人の積み重ねた発見や功績に基づいて何かを発見し、新たな創造を目指すといった意味があります。
ファッションだけでなくほとんどの創作は、自分が特に気に入っているものや印象深いものが少なからず土台になっていると思うんです。サンプリングやオマージュもそうですが、同じものを見ても、そこから何を受け取ってどう表現するかは人によって違う。あるテーマに対して異なる視点で解釈し、全く違う表現が生まれる。そういう対話が連綿と受け継がれるからこそ、ファッションは面白いんだと思っています。今自分が作っているものも、いつか誰かが何かを作るときの参考になるかもしれない。そんな気持ちで製作しています。
*17世紀、アイザック・ニュートンがロバート・フックに宛てた書簡に用いたことで知られる。12世紀にヨハネス・サレスベリエンシスが、類似する表現をベルナール・ド・シャルトルの言葉として記録している。




ファーストシーズンの2024年秋冬コレクション
Image by: daisuke tanabe
──毎シーズンのインスピレーションが多層的です。例えば、2026年春夏コレクション「season 03 "x"」はシンガーソングライターのジェイムス・ブレイク(James Blake)の楽曲「Like the End」が起点となったそうですが、そこから「不要な関心の増幅が結果的に社会全体の無関心を生む」という現代が持つ暗さに目を向けています。真偽不明な情報が行き交うSNSに対する疑念なども込めたそうですね。
基本的には今起きていることや自分の関心事がインスピレーションになるのですが、一つのトピックからスタートしても、製作を進めていくうちに「こういうことを考えていたんだな」と自分の考えの輪郭が見えてくるので、自然と複合的なものになります。実際に考えていることでも、そのまま表現すると言葉が強すぎたり、意図とは違う受け取られ方をすることがあるので、少しずらして表現する方が自分にはしっくりきています。「スマホばかり見ていると時間の無駄だ」とそのまま指摘するのではなく、「10円玉が綺麗になる動画を見ていたら1日が終わる」*と自虐的に言ったら面白いじゃないですか。ウィットとユーモアを交えて表現することは、自分のものづくりの根っこにある気がします。
*「M-1グランプリ2025」の決勝でドンデコルテが披露した「デジタルデトックス」のネタより。

2026年秋冬コレクション「season 04 "atom"」のイメージヴィジュアル。写真家の水谷太郎が撮影
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──コンセプトやデザインと素材選びの順番は?
最初は直感的に色が浮かんだり、直近の考えをぼんやり具現化したものから始まります。そこから実際のマテリアルの話に移っていきますね。作っていくうちに「自分はこういうことをやりたかったんだな」と、後から自分の考えが見えてくることも多いです。
いかにファッション好きの物欲に刺さる服を作るか
──オリジナルのテキスタイルを開発するとき、一番意識していることは何ですか?
テキスタイルも含めブランドとして、「見たことがないのに昔から存在していたように見えるもの」を作りたいと思っています。古くから確かに存在した技術やテキスタイルに、どことなくフィクション性をまとわせるというか。映画「ブレードランナー 2049」で主人公が自分の過去だと思っていた記憶が、実は他者の記憶だったという設定があるように、「自分では見ていないのに、自分の記憶のように感じられるもの」という感覚が面白いと思うんです。
立ち上げ当初から続けているデニムアイテムは、硫化染料で染められた黒い経糸と茶綿の緯糸を旧式織機で織り上げた、オリジナルのセルビッチデニムを使用しています。ボタンは無垢鉄製で、鈍さのあるエイジングが楽しめる。ブラックデニム自体は古くから存在しますが、1950年代のワークウェアにブラックデニムが使われていたらどんな姿になっただろう、という想像からスタートしたアイテムでした。

オリジナルのセルビッチデニムは「コーヒー ブラック デニム」と命名

使い込むことでほんのりとブラウンが浮かび上がってくる。デニムらしい強度と柔らかな色合いが絶妙にマッチしたファンが多いアイテム
──前職時代に工場や職人さんたちを訪ね歩いた経験も生きていますか。
色々な工場にお邪魔して、たくさんの職人さんに会う中で、挑戦的な素材やテキスタイルの面白さを学ぶことができました。高級だとか質がいいとかよりもまず、たたずまいがかっこいい。シルクやコットン、ウールなど、伝統的で高度な技術に裏打ちされた美しいものはすでにある。だからそれをそのまま使うのではなく、現代の目線で実験的に扱えないだろうかという考えにつながっています。
新潟県五泉市のニッターさんに継続的に生産をお願いしているのですが、よく「編んでみないとどうなるか分からない」と言われます(笑)。上がってくるものがめちゃくちゃいい時もあれば、ちょっと違ったか、となることもよくあります。でも結果が読めない要素を2割ぐらい残しておきたいと思っていて。完全に説明できるものは要は作らなくても分かっちゃっているので、それだとつまらないじゃないですか。立ち上げ当初からお願いしているニッターさんなので、面白がって付き合ってくれるのでありがたいです。
──40万円弱のレザーアイテムもシグネチャーとして人気だと聞いています。
デニムと同じく、レザーアイテムは立ち上げ当初から続けています。毎シーズン2、3種類ほどのレザーを使っていて、イタリアやフランスをはじめ、世界各地のタンナーさんと相談しながら、色やなめし、仕上げまで、一からオリジナルで開発してもらっています。春夏、秋冬を問わず必ずレザーアイテムを作っているのですが、シンプルなシャツよりも多くのオーダーが付くこともあります。

2026年春夏コレクションで登場した、イタリア・トスカーナ製のゴートレザーとベンタイルコットンのリバーシブル仕様のマウンテンパーカ。レザーはシルバーで染めた上から黒い顔料を重ね、表面が削れていくうちに下層の光沢が鈍く浮かび上がってくる
Image by: daisuke tanabe

このジャケットの視覚的な着想源は、映画「関心領域」の夜間のシーン。収容所に密かに食品を届ける少女の姿がサーモグラフィで白く浮かび上がる映像表現をデザインに落とし込んだという。スイスの老舗高級ファスナー「リリ(Riri)」の止水ファスナーを使用
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──ダイスケタナベのレザーアイテムは、何が他のブランドと違うと思いますか?
レザーの良さを生かしながらファッション性をどれだけ出せるかというバランスをいつも探しています。染めや加工はやろうと思えばいくらでもできるのですが、レザーじゃなくてもいいじゃんとなると意味がないので。レザーアイテムはこれからも作り続ける予定ですが、「レザーブランド」にならないように全体の見せ方の精度も上げたいと思っています。



2025年春夏コレクションより、茶芯のゴートレザーにデストロイ加工を施したジャケット。スウェーデン軍のモーターサイクルジャケットを引用しており、ポケットのフラップはアシンメトリーでステッチによるデザインも特徴
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──語れるところが多い素材使いやデザインながら、田邉さん自身は積極的に語ることはあまり好みませんよね。
理想形は、何も説明しなくてもファッションが好きな人の物欲にしっかり刺さる服です。若いころ、全然説明を受けていないのに「なんかやばいぞ」と感じる服があったじゃないですか。そういうふうに、にじみ出るものにしたい。もちろん、作る側として心情があることは大切ですが、それを押し付ける必要はないなと。実際、お客さんもまずデザインから入ってくれている印象なので、そこはもっと突き詰めていきたいですね。

2027年春夏コレクションより、イタリア・マルケ地方のタンナーで特注染色、なめし、仕上げを施したゴートスエードを使用したカフェレーサージャケット。スイス製 リリ ジッパー、羽二重織りのシルクの裏地付き
今後も京都を拠点に国内外のビジネス拡大へ
──現在の取り扱い先は国内が19店舗、海外が7店舗。5シーズン目としては順調な印象です。
立ち上げ当初から地方を含めた個店の方々に興味を持っていただいて、少しずつ取扱先が広がってきました。一方で、大手セレクトショップや百貨店はまだこれからという部分も多いです。自分としては、まず個店の方々としっかり関係を築きながら、少しずつ大手にも広げていく方がブランドには合っていると思っています。来シーズンから阪急メンズ大阪の「ガラージュ D.エディット」での取り扱いも決まっていて、いい流れだと感じています。
──今後の海外展開はどのように考えていますか?
昨年までは、海外ではポップアップを中心に不定期で催事を行っていました。今年は1月と6月の2回、パリ・ファッションウィーク期間中に現地のショールームに出展し、展示会を開催しました。展示会への参加をきっかけに海外の取引先も増え、ニューヨークや上海の卸先でもポップアップを実施できたので、一定の手応えを感じています。
一方で、今後さらに広げていくためには、展示会にただ服を持って行って来場を待つだけではなく、まず「何か面白いことをしていそうだ」と興味を持ってもらうことが必要だと思っています。そこから、ブランドがどのようなことに取り組み、どんなものを作っているのかを実際に見に来てもらう。そのきっかけをはじめ、展示会の見せ方や発信、現地での関係づくりをもう一歩踏み込んで考えていきたいです。


──昨年、京都のアトリエに予約制のショールームを開設しましたね。
僕個人が対応するので、できる範囲ではありますが、基本的に何か購入を検討して来られる方が多く、ありがたいことにほとんどの方に何かしらお買い上げいただいています。
お客さんから直接感想を聞けるのも刺激になります。パンツはもうちょい太め・細めがいいんだ、とか、カットソーやニットだったらホームケアできるかで結構悩むんだな、とか。今すぐ全て解決できるわけではなくとも、実際にどういうところで迷うのかが分かると、次に考えるべきことも見えやすくなるので、とても参考になります。
──立ち上げから一貫して京都を拠点にしていますが、今後も変わりませんか?
そのつもりです。一緒にものづくりをしている織工房やメーカーさんが京都に多いこともありますし、東京は良くも悪くも情報量が多く、サイクルも早いので。展示会シーズンやイベント等で訪れて、普段は少し距離をとって落ち着いて製作に向き合える今の環境がしっくりきています。
──田邉さんと同世代のデザイナーがアワードを受賞する機会が増えています。国内外のファッションアワードへの参加意欲は?
将来的には「LVMH Prize for Young Fashion Designers」に挑戦したいと思っています。大月さん(「ソウシオオツキ」デザイナー 大月壮士)の受賞には刺激を受けました。いきなり出すのではなく、段階的に何を整えていくべきか今から考えて準備しないといけないですね。
──ヨウジヤマモトのショーが自身にとっては大きなターニングポイントでしたが、ダイスケ タナベで開催する考えはありますか。
ショーを開催することには興味があります。ただ、服を順番に見せることだけを目的にしたランウェイではなく、写真や映像の記録だけでは置き換えられず、観客がその場で同じ時間と空間を共有して初めて成立するものにしたいです。
僕は映画が好きなので、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)が手掛けた「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」のショーのように、ショーそのものに脚本やストーリーがあり、モデルも単に服を見せるのではなく、その世界に生きる登場人物として存在しているようなものに惹かれます。
服を起点にしながら、空間や音、光、人の動きまでを含めて、一つの物語を体験するような、より実験的な形式を考えてみたいですね。

札幌のセレクトショップ「ガレージ69」でもポップアップを実施。気候の特性もあり、ムートンジャケットなど重衣料の反響が大きかったという
衣食住への拡大も視野に 将来の夢はものづくりの「集落」
──自身を取り巻く同時代的な出来事がデザインのインスピレーションになっている田邉さんですが、生まれ変わってもファッションデザイナーをやっていると思いますか?
この体とこの考えで生まれてきたら、面白いと思うことがそう変わらなさそうなので、多分同じようにファッションデザイナーをしている気がします。でも、ストレート160キロが投げられる体なら、迷わず野球をしてるでしょうね(笑)。
──最後に、今後のブランドの未来像を教えてください。
ブランドを始める前からずっと言っているのは、小さな集落のような場を作ること。革のなめし工場や牧場、綿花の畑、紡績するところがあるような。生きた博物館のようなものというか。ていねいなものづくりの技術や知恵だけでなく、それが地域の暮らしの中でどのように営まれてきたのかについても、次の世代に残していきたいと思っています。規模や方法はまったく違いますが、フランスの地方に自社アトリエを設け、地域社会と共生しながら職人技を継承している「エルメス(HERMÈS)」の取り組みは、イメージに近いです。量産のための場所というより、作り手が好奇心を持って「こんなものを作ってみたい」と試せる場所にしたいんです。異なる分野の人たちが知恵を持ち寄り、失敗も含めてものづくりを続けられる、小さな環境が作れたらいいなと思っています。
中長期的にはファッションを中心としながら、料理やお酒といった自分が好きなものと融合した衣食住関連の企画も考えられるかもしれない。ただあくまでも服作りが基盤であり、僕のライフワークなので、まずはそこを実直に続けていきたいですね。

「カカン」や「ビブリオテーク」など同世代のデザイナーとの交流も生まれている。切磋琢磨できる関係でありたいと意気込んだ
■直近のポップアップ情報
・2027年春夏コレクション受注会
住所:<fernweh>東京都世田谷区梅丘1-33-9 モンド梅ヶ丘ビル 201
日程:8月29日(土)13:00〜18:00、8月30日(日):13:00〜18:00
・別注アイテム受注会「CASHMERE SILK DOWN JACKET JOHN EXCLUSIVE by daisuke tanabe」
住所:<JOHN> 東京都渋谷区元代々木町18-8
日程:8月28日(金)〜
※終了日未定、数量限定で生産
最終更新日:
■daisuketanabe:公式サイト
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