
ファッションブランドで経験を積み、独立して自分の名を冠したブランドを設立する。そのような王道の道筋に反して、在学中や卒業後すぐにブランドを立ち上げる若者たちがいる。専門学校卒業後に「フジ(FUJI)」を始めた藤本凌太も、その一人だ。2020年に始動したフジは、ナイーブで繊細な感性を映し出す青年像のような服づくりを特徴としていた。だが、2022年春夏の一時休止を経て、コレクションは穏やかでクリーンな世界観を保ちながらも、そこに大人の落ち着きと余裕が宿り、より洗練されたスタイルへと進化した。
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現在は「ワンエルディーケー(1LDK)」をはじめとするセレクトショップで取り扱われ、パターンや素材、縫製の精度を突き詰めるブランドとして、一歩ずつ堅実に成長している。たった一人で始まったフジ。どのような思いでブランドを育て、服をつくり続けてきたのか。ノスタルジックな音楽が流れるアトリエで、“続けること”の価値とその背景を藤本に訊ねた。(文:AFFECUTS)
藤本凌太
広島県出身。大阪文化服装学院を卒業後、2020年に自身のブランド「フジ」を設立。オーセンティックな服づくりで、柔らかな色彩、滑らかな素材、穏やかなシルエットによる普遍的なウェアを発表し続けている。2023年、日本服飾文化振興財団「JFLF AWARD」を受賞。
自分のための服から、誰かのための服へ
⎯⎯服づくりを始めたきっかけを教えてください。
気づいたら自然と、楽しく服づくりに向かっていった感じなんです。友人同士でお互いの服を見せ合ったり、Twitter(現X)で見かける人たちのスタイルを参考にしたりして刺激を受けて。「フルーツ(FRUiTS)」や「チューン(TUNE)」などの雑誌も食い入るように見ていましたが、それはあくまで感覚を広げてくれる存在という感じで、直接的なインスピレーションは身近な人から受けていました。

フジデザイナー 藤本凌太
⎯⎯専門学校卒業後、フジを設立しました。
在学中は二つの選択肢で迷っていました。一つは卒業してすぐ自分のブランドを始めること。もう一つは、どこかのコレクションブランドに入ること。実は当時、一社だけ受けていたんです。面接で「どういうものづくりをしたいの?」と聞かれて、僕は自分の考えとつくりたい服を率直に答えました。でも、話しているうちに「自分でやったほうがいいんじゃない?」と思い始めて。母親が「自分の好きなように生きてね」と背中を押してくれたこともあり選考を辞退し、卒業から1年後に「フジ」をスタートしました。
⎯⎯ブランドを始めるまでの準備期間にはどんなことをしていましたか?
生地屋さんに連絡を取って実際に見に行ったり、縫製工場に問い合わせを始めたり。自分でパターンを引いたりもしていました。あとはリサーチです。どんなブランドをつくりたいのか、どういう方向性で展開していくのか、そういったことを考えながら、自分にできることをやっていました。

⎯⎯専門学校を卒業したばかりの頃は、縫製工場や生地屋を探すのも大変だったと思います。
ご縁に助けられました。最初は本当に手探りで、自分でサンプルを縫っていたときにボタンホールを開けてくれるところを探していたら、そこが縫製工場だったりとか。生地屋さんはネットで検索して片っ端から連絡し、徐々に紹介などで繋がっていきました。
⎯⎯フジを立ち上げた当初に描いていたブランド像と、現在の姿のギャップは?
最初に立ち上げたときは、「自分をそのまま受け入れる」ということをテーマにしていました。服を通して、自分の中にある不安や脆さみたいなものを肯定する、そんなイメージでした。でも今は、その考えがなくなったわけではないんですが、もう少し前向きな方向に変わってきたというか。自分を受け入れた上で、ほんの少しだけ気分を上げてくれるような服。そういうものづくりにシフトしてきました。だから今は、より「普遍的なものづくり」を意識しています。

⎯⎯立ち上げ時は「自分を表現するブランド」という印象でしたが、今は「ものづくり」そのものに重心が移っているように映ります。
それもあると思います。噛み砕いて言うと、立ち上げ当初は自分自身に向いていた矢印が、今は社会に向くようになった、というイメージです。自分の内側を見つめるところから、他者や社会との関わりに目が向いてきたというか。
⎯⎯社会に目を向けるようになったきっかけは?
2022年春夏シーズンに、一度ブランドを休止したことです。あのときはもう、率直に疲れてしまって。年に2回コレクションを発表するという流れに息が詰まってしまったんです。だから、一度立ち止まってみようと思いました。1シーズンをスキップしただけでしたが、休んでいる間も自然と「服をつくりたい」という気持ちが出てきて。街を歩いているときに目に入る生地や服を見ながら、「もし自分ならこうするだろうな」とか、「こう仕立てたらきっといいだろうな」と考えるようになっていきました。思えば、あの休止期間は、服づくりの純度を高めるために必要な期間だったと思います。
⎯⎯目を向けるようになった「社会」とは具体的に?
世間一般で言われる「社会」とは、少し違うかもしれないです。以前は、完全に自分に向けて服をつくっていました。それが、休んでいるうちに少しずつ「周り」に目が向くようになってきて。誰かの顔を思い浮かべながら、「この服を着たら、この人はきっと喜ぶだろうな」と思えるようになっていったんです。「社会に向くようになった」と言うと大げさに聞こえますが、自分以外の誰かをちゃんと見るようになった、という感覚に近いです。
また、だんだん物事を深く考えられるようになってくると、ファッションとか音楽、アートって、生活に絶対必要なものではないなと思うようになりました。でも、それがあることで日常が少しだけ変わる瞬間ってありますよね。今はそういった、日常を少し変えてくれる服を作りたいと考えています。
シンプル🟰退屈ではない
⎯⎯ブランド名の「フジ」には、どのような思いや意味を込めましたか?
最初の由来は本当にシンプルで、自分の名字「藤本」からとったんです。ただ、「フジ」という言葉は日本の中にすごく多く存在していて、たとえば富士山は日常の中にありながらも、どこか特別な存在感を放っている。「フジ」という名前には、そうした日常と特別の間のようなニュアンスを込めています。服も同じで、着る人の日常に自然に馴染みながら、主張しない。ほんの少しだけ気分を変えてくれるような存在でいたい。そういう意味でも、今はこの名前がとても気に入っています。
⎯⎯ 1人でブランドを立ち上げる中で苦労した点や、そこから得た学びを教えてください。
やっぱり孤独です。学校を卒業して1年後にはブランドを始めたんですが、完全に一人でやっていたので、最初は本当に誰にも相談できなかった。何を決めるにも自分一人で判断して、動かないといけない。誰に聞けばいいのかもわからない状態で、それがいちばん大変でした。
⎯⎯精神的にもかなり大変そうですね。
メンタルの維持がすごく大事でした。最初の1~2シーズン目は、とにかく楽しかったんです。たとえセレクトショップへの卸が決まらなくても、服をつくって発表すること自体が純粋に楽しかった。でも続けていくうちに、コレクション撮影や展示会の流れにも慣れてきて、だんだん結果を求めるフェーズに入っていきます。数字を出せないと苦しくなる。現実がリアルに迫ってくる。年に2回コレクションを発表しますが、誰にも見られず、評価もされずに製作を続ける半年間は憂鬱でした。

⎯⎯どんな方法で気分を切り替えていましたか?
今でこそあまり気分が沈むことはなくなりましたが、昔は落ち込んだときこそ服をつくっていたと思います。つくること自体が気分転換になっていたというか、気持ちを立て直す方法でもあった。作業を通してまた前に進めるようになる、そんな感覚でした。
⎯⎯2026年春夏コレクションのテーマを教えてください。
このシーズンは、これまで話してきた「生活の中で感じること」と密接につながっています。日々の暮らしの中で、なんとなく心に残った言葉を拾っていくような感覚で、ひとつキーワードを選びます。それが今回は「土っぽさ」でした。ただ「気になる」というところから始まったのですが、どこか温度を感じるというか、生活の中で見落としそうな質感を表している言葉な気がして。だから今回は土っぽさを起点に、素材や色、形まで考えていきました。
⎯⎯今季を象徴する生地は?
シルク70%、カシミヤ30%の生地です。ニットポロやクルーネックのニットなどに取り入れています。今、シルクがすごく気分で、プライベートでもよく着ています。カシミヤは肌触りが良い内モンゴル産。素材ごとにどんなアイテムを作るか決めているわけではなく、繰り返し考えて試行錯誤していくうちに、作りたい服が見えてきます。

⎯⎯色使いは休止以前と変化しましたか?
だいぶ変わりました。明るいトーンも増えましたし、落ち着いた色を選ぶようになっています。以前はもう少しモードっぽくて、白や黒を多用していたんです。でも今はその割合が減って、ベージュや淡いイエローなど、柔らかいトーンが多くなりました。以前よりもエッジィな印象はなくなっていますね。

⎯⎯フジの服について「シンプルで綺麗」という声がありますが、その言葉をどのように受け止めていますか?
すごく嬉しいです。言い方を変えれば、「無難」とか「面白くない」と捉えられるかもしれません。でも僕は、退屈でないシンプルな服もあると思っていて、そんな服を作りたいと思います。
⎯⎯「退屈でないシンプルさ」とは、どんなところから生まれると思いますか?
素材やパターンはもちろん、細かなステッチ1本、たとえばコバからプラス3mmのステッチを入れるだけでも印象は変わります。感覚的な話にはなりますが、生地、色、重さ、デザイン、シルエットなどをひとつひとつ突き詰めながら、最終的に理想の空気に落ち着いたとき、「これだな」と思える。そこに「退屈でないシンプルさ」は宿ると思います。
人から人へ、“ちゃんとした形で”広がっていくブランドを目指して
⎯⎯ブランド開始時、初の展示会ではどのようにショップとコンタクトを取りましたか?
本当にシンプルに、直接メールを送りました。たしか30社くらいだったと思います。そのうち実際に来てくれたのは2社だけ。最初のシーズンは受注がつきませんでした。
今思えば、当時はパンツもフリーサイズしかなく、型数も少なかった。バイヤーの立場からすると、オーダーしづらいブランドだったと思います。
⎯⎯2シーズン目では、どんな改善を?
サイズ、カラー展開を広げました。SKUを増やすことで、選びやすさを意識したんです。「お客さんが選びやすいか」「着たいと思ってもらえるか」ということを軸に考えました。その視点を持つことで、結果的にバイヤーにも伝わりやすくなったと思います。2シーズン目の展示会で、ようやく2社ほど受注がつきました。

⎯⎯ブランドを始めた当初、意識していたことは?
とにかく毎シーズン、ものづくりの精度を上げることを考えていました。縫製以外はすべて自分でやっていたので、体力的にも大変でしたけど、回を重ねるごとに、自分の中で服の完成度の基準が少しずつ上がっていったと思います。同時に、価格設定や展示会での見せ方など、ビジネス的な部分も毎回少しずつ修正していました。大きな転機があったことはなくて、本当に小さな積み重ねの連続です。ブランドが一気に伸びたことはないけれど、その積み重ねが今につながっていると思います。
⎯⎯現在のブランド運営で得た経験と知識を持ったまま、創業時にタイムリープできるとしたら、当時のやり方を変えますか?
多分、同じやり方でやると思います。結局のところ、あの頃のやり方があったから今がある。失敗も遠回りも、全部必要な時間だったと思うんです。ブランドって、一気に伸ばすものじゃない。着実に、少しずつ積み上げていくものなんじゃないかと。これはあくまで推測になりますけど、「エルメス(Hermès)」だって、最初のシーズンからいきなり爆発的に成功したわけではないと思うんです。
最初は小さくても、自分の手で土を耕すように、少しずつ形にしていくことが大事なんじゃないかって。だから、過去に戻ったとしても、何か新しいことをやるというよりは、きっと同じことを繰り返していると思います。それが、ブランドを“つくる”ということなんじゃないかなと。
⎯⎯フジが選ばれる理由はどこにあると思いますか?
これは本当に難しいですね。加工が得意なブランドでもないし、分かりやすいデザインを打ち出しているわけでもありません。ひとつ強い特徴があるというよりも、デザイン性、生地、縫製、色といった色々な要素がうまく噛み合っている。その空気そのものなんだと思います。

⎯⎯フジの顧客はどんな人ですか?
お店の方から聞いた話ですが、フジのお客さんって、目的を持ってその服を買いに来るというより、ふらっと立ち寄って買っていく人も多いそうなんです。「このブランドのこれが欲しい」と狙って来るのではなく、ただ「今日はちょっと服を見に来た」という人が、試着して気に入って買っていく。そうやって偶然出会ってくれた人たちに選ばれているのも特徴かもしれません。一方でブランドを愛してくれて、何着も買っている人も多くて。「同じアイテムを5着持っています」という声を聞いた時は驚いたと同時に嬉しかったですね。
⎯⎯普段の暮らしの中で大切にしていることを教えてください。
家族との時間です。妻が料理を作るのが好きで、ご飯の時間がいつも楽しみです。あと、家ではワンちゃんと一緒に過ごしています。ビションフリーゼという白いモフモフのワンちゃんで、名前は「ヨモギ」。六月の新緑の季節に生まれたので、そう名づけました。ヨモギと遊んで、家族とゆっくり過ごす。それが今の僕にとって娯楽というか、人生を豊かにしてくれるものです。
⎯⎯これからフジをどんなブランドに育てていきたいですか?
これも難しいですが、一気に大きく広げたいという感じではないんです。どちらかというと、人から人へ、「あのブランド、いいよね」と自然に伝わっていくような形で広がっていくのが理想です。ゆっくりでいいから、ちゃんとした形で。そういう流れの中で育っていくブランドでありたいと思っています。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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