Image by: KEISUKEYOSHIDA

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「やっとケイスケヨシダがこの先数年かけて向き合うべき命題に出会えた」——先シーズンのプレゼンテーションでそう語った吉田圭佑。その言葉通り、「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」の2027年春夏コレクションでは、前回掲げた「失われつつある“ファッションのふくよかさ”をどう現代に浸透させるか」というテーマを、吉田自身が体験してきた“ふくよかさ”の具体例を直接的に参照しながらブランドのスタイルに落とし込む方法を模索した。エモーションや強固な女性像を脇に置いてもなお立ち現れる、「服そのものが持つケイスケヨシダらしさ」の輪郭を浮かび上がらせるとともに、より日常的で地に足のついたワードローブへの移行を感じさせるシーズンとなった。
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吉田が言う“ファッションのふくよかさ”とは、自身が学生時代に過ごした東京で、アメカジの古着やユーロヴィンテージ、新進気鋭のデザイナーズ、ハイファッションといった多様な服が同じエリアに垣根なく混在し、全てをフラットに「ファッション」や「服」として捉えて愛することができていた状況や感覚を指す。しかし、デジタルやAIの発達により過剰な効率化が進む現代では、ファッションはより合理的なものになった。さらに近年はラグジュアリーブランドの価格高騰によって、ハイファッションやモードが再び一部の人々のための特権的なものになりつつある。
そのような現状に危機感を抱く吉田は今季、自身が過去に影響を受けてきたデザイナーたちのクリエイションを振り返りながらリサーチを深めていく中で、1980年代のアメリカのファッションをけん引したデザイナーの仕事に着目。なかでも特に惹きつけられたという、ダナ・キャラン(Donna Karan)のセクシーでありながらヘルシーで、力強さとナチュラルさが共存する、自由闊達でエネルギーに満ちたムードや感覚をコレクションに色濃く反映した。
ダナ・キャランのクリエイションに惹きつけられた理由を、吉田は「自分のファッションの原体験である、子ども時代に通学路だった池袋の東武百貨店で体験した化粧品の匂いや広告写真、百貨店が持つエレガンスに近しいものを感じたから」だと語る。今回プレゼンテーションの会場となったのは、2026年9月末に閉館を予定している西武渋谷店。その空間はまさに吉田の原体験としてのエレガンスの名残を残す場であり、1970〜80年代には東京のファッション文化をけん引・醸成してきた象徴的な場所が失われゆくことが、自身のファッションへのまなざしや向き合い方とも重なったという。

今季のケイスケヨシダは、2023年秋冬から2026年春夏シーズンまで続いた厳格さや緊張感のあるムードからは離れ、ゆったりとしたシルエットにドレーピングやブラウジング、タックインなどによってシェイプを加えることでボディラインを浮かび上がらせる、ヘルシーさの中にエフォートレスな色気を感じさせるスタイルを軸に構成。変形したドルマンスリーブ調のパワーショルダーと立ち襟によるシェイプが特徴のコートやシャツ、ブラウジングによって表情やムードを生み出したデニムジャケットやトレンチコートなどからは、ダナ・キャランのコレクションのスタイルやムードの影響が感じられる。


加えて同コレクションを構成するのは、吉田自身の日常的なワードローブや愛着を持つヴィンテージ古着にシェイプや変化を加えることで、「品」をまとわせたアイテム群だ。吉田が特に好きだというファイヤーマンジャケットは、ケープのようなシルエットに仕立ててケイスケヨシダらしいシャツとタイトスカートに合わせ、フレンチカバーオールは背中をメタルのジュエリーで留めることでウエストコンシャスなシルエットを形成。サファリジャケットやレーサージャケット、ウインドブレーカー、コマンドセーターといったメンズウェアはウエストをシェイプし、ケイスケヨシダらしいドレープスカートや光沢のある素材のスカートと合わせることで、エレガントにまとめ上げた。


ウエストのシェイプとともに今季のコレクションで象徴的なのは、吉田が現代的な美しさを感じるという「V字のシルエット」だ。チェスターコートやテーラードジャケットは、ハンドウォームポケットに手を入れる所作によって、V字のシェイプが生まれるようにデザイン。ステンカラーコートやシャツは、アームホールの内側に肩パッドを入れることで、足元に向かって逆三角形のV字シルエットが生まれ、シャツの襟開きや深いVネックラインのニットも、コレクション全体を通してV字のラインを強調している。


今回吉田が取り入れたダナ・キャランの「セクシーでありながらヘルシーで闊達なムード」は、厳格さと繊細さを持ち、どこか妖しさと哀愁漂う色気をまとうこれまでのケイスケヨシダの淑女的なスタイルとは対照的に思える。しかし、吉田がそこに惹かれた最大の理由は、彼女が「モードを大衆化したデザイナー」であることを踏まえると見えてくる。
1980年代のダナ・キャランは、女性の社会進出が進んだ時代に、従来の女性服とも男性の仕事着とも異なる働く女性たちのアクティブな生活やマインド、身体に寄り添う新しいワードローブを提案。当時の多くの女性たちに新たな選択肢と力を与えた。今、ラグジュアリーブランドの価格高騰によってモードが再び限られた人々のものとなりつつある。そんな時代において、ラグジュアリーではないブランドとしてモードを提案し続ける吉田にとって、ダナ・キャランが体現した「モードをより多くの人の日常へと開く」という姿勢は、自身が向き合うべき命題と強く共鳴したのではないだろうか。

こうした吉田の姿勢を見ていると、服飾史家の中野香織が著書「エレガンス入門」で論じていた定義が思い起こされる。中野は、エレガンスとは自分と他者、個人と社会、自由と責任、欲望と節度といった複雑に絡み合う関係をできるかぎり穏やかに、誠実に調整する技法であり、自らの意思で「選びとる」ことの積み重ねによって形づくられる態度だと論じている。吉田が掲げる「ファッションのふくよかさ」とは、多様な時代や価値観、文脈を持つ衣服をフラットに受け止め、それらを現代の感覚へと調整しながら、自らのスタイルとして選び取っていくことでもある。今回、ヴィンテージやワークウェア、1980年代のアメリカンモード、そして自身の日常着を横断しながら、それらすべてに「品」をまとわせようとした試みもまた、そうした営みの延長線上にあるものだったように感じられる。
これまでケイスケヨシダは、厳格さと繊細さを併せ持つ「淑女」のような女性像を通して、そのエレガンスを一貫して描いてきた。しかし前シーズン、その人物像はすでにブランドのアティチュードとして服に宿るようになったと考え、一度コレクションの中心から外すという選択をした。その変化の途上にあったからこそ、ブランドらしさの輪郭が見えづらくなった部分もあったかもしれない。

しかし、同じ命題に向き合い続けた今季、そのブランドらしさは決して失われたのではなく、「宿る場所が変わった」のだということが明確になった。強固な人物像や情動を削ぎ落とした先に残ったのは、服そのものの構造や佇まい、着る人の身体との関係性の中で静かに立ち現れる、ケイスケヨシダらしい「品」だった。ブランドの本質が、より普遍的なかたちで服そのものへと定着したシーズンだったと言えるだろう。
こうした変化の背景には、吉田自身のデザイナーとしての成熟と、ファッションに対する純粋な愛がある。吉田は今季のクリエイションについて、自らの現在地をこう語っている。
「自分にとって身近なもの、ルーツのあるもの、今まで積み上げてきたものを混ぜ合わせながらブランドを広げていきたい。ブランドを始めたころは『冴えない自分』というテーマから出発したが、僕自身は、その冴えなさを乗り越えてファッションを好きになってからの時間のほうが、もはや長くなっている。その中で育まれたファッションへの愛こそが、今自分が大切にしているものとファッションとの結びつきだと思う。ただ過去のものを作るだけでなく、現代とミクスチャーしながら時代と接続していくことが一番大事だと考えている」。


また、吉田は今回のコレクションについて、「これまでは1回のコレクションで完結させようとするあまり風呂敷を広げすぎていたが、半年かけて一つのテーマに集中することでクオリティの積み上がりを感じている。今後もさまざまな時代から影響を受けたものを取り入れながら、ブランドとしての表現の言語やバリエーションを増やし、『ケイスケヨシダ』を形作っていきたい」と話す。
エモーショナルさと強固な女性像を一度手放し、現在の吉田の等身大で地に足の着いた感覚やまなざしをもとに、多様な時代や背景の服とじっくり向き合いながら作られたケイスケヨシダの新たなワードローブ。自然体で肩の力が抜けつつも確かな品と豊かな奥行きを感じさせる服からは、現実の女性たちのリアルな日常や身体へとより開かれたものにしようとする意志がうかがえる。来季以降、さらに奥行きや幅が広がっていくであろうケイスケヨシダのまだ見ぬ側面とその全貌に期待したい。

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