
FASHIONSNAPでは、夏の読書を楽しむサマーリーディング*特集を掲載中。特集7本目の今回は、これまでの企画で取材した文芸評論家の三宅香帆さんやオーディオヴィジュアルアーティスト「tamanaramen」のほか、エッセイなどの文章にも定評がある「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」デザイナーの吉田圭佑さん、本好きモデルのイア(ia)さんなど、幅広いジャンルの11組による「サマーリーディング"ブックリスト"」全33冊を公開。「今年の夏に読み返した/読み返したい本」「ファッション描写が印象的な本」「“ファッション好き”におすすめしたい本」の3つを選書してもらったところ、バラエティに富んだブックリストが完成しました。この夏はスマホの代わりに本を手に取り、他者に干渉されない自分の時間を過ごしてみては?
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*夏休みやバカンスの長期休暇を生かして読書に没頭しようという欧米の習慣。ビーチやプールサイドといったバケーション、涼しい室内といった幅広いシーンで楽しめるものとして提案されている。
目次
文芸評論家:三宅香帆
近年の読書カルチャーをけん引する文芸評論家の三宅香帆さん。この夏は自主企画のブッククラブ「Miyake Book Club」をスタートし、初回の参加者は会場、オンラインを含め約300人と盛り上がりを見せています。そんな三宅さんに聞いた、この夏おすすめの3冊は?
・今年の夏に読み返したい本
「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ 著/土屋政雄 訳
好きな小説のひとつなんですが、AIが身近な話題になり、「人間とは何か」を考えるようになった今だからこそ、改めて読み返す意味があると思います。著名な作品なので「意外と読んだことがなかった」人もいるでしょうし、昔読んだことがある人でも、現在の社会状況の中で読み返すと、きっと違う角度から感想が立ち上がってくるのではないでしょうか。
「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ 著/土屋政雄 訳
・ファッション描写が印象的な本
「カフェーの帰り道」嶋津輝
舞台の中心は戦前から戦後にかけての上野あたりのカフェ。そこで暮らす人々と着物の描写が素敵なんです。時代的に着物は普段着になっていて、カフェの女給さんたちは仕事中は着物の上にエプロンをかけている。ただ着物を着ているところが描かれているのではなく、いかにも登場人物が着ていそうなのが想像できるのデザインや仕立てなのが面白いです。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「神戸・元町 下山手ドレス シリーズ」西村しのぶ
このシリーズは、とにかく「お買い物好きな人」に薦めたいです。漫画家の西村しのぶ先生のコミックエッセイなんですが、作中でとにかくお買い物をしています。読むだけでショッピングをしたような、お買い物の高揚感が得られるんです。神戸の芦屋あたりに住む人たちの人物像、バブル時代の空気感、たくさん服を買っておしゃれを楽しむ雰囲気が感じられて楽しい作品です。
tamanaramen
HanaとPikamによる姉妹オーディオヴィジュアルユニット「tamanaramen」。囁くようなボーカルとアブストラクトなサウンド、映像表現を融合し、没入感のあるライブが人気を集め、国内外の音楽フェスに出演しています。ラーメン屋を貸し切ったり、クラブでラーメンを振る舞ったりするイベントシリーズ「RAMEN RAVE」が話題に。今回はユニットとして、各テーマで選書してくれました。
・今年の夏に読み返したい本
「アムリタ」吉本ばなな
夢、喪失、気配、偶然。個人的に夏は、目に見えないものや死者を近くに感じがちなのですが(蝉の抜け殻とか、蝉の死体がアスファルトに落ちてたりする。お盆もあるからかな)、「アムリタ」を読んだ時の、喪失と回復の間の不思議な浮遊感が記憶に残っています。夢や予感、偶然を通して、いなくなった人の気配が現実のすぐそばに残り続けるような。その感覚が、昼と夜、生と死の境目が少し曖昧になるような夏の夕方の空気に似ている気がして読み返したくなりました。
・ファッション描写が印象的な本
「ロリータ」ウラジーミル・ナボコフ 著/若島正 訳
「ロリータ」では、少女の装いがとても鮮明に描かれているのが印象的。サングラスやショートパンツ、スニーカー、水着など、ヒロインのドロレスが身につけているのは当時のアメリカの少女らしい、ごく日常的なもの。それらが主人公のハンバートの視線を通すことで、一つずつ特別な意味を帯び、「ロリータ」というイメージが作り上げられていく。でも、そのイメージと実際にそこにいる少女ドロレスとの間にはずっとズレがあるようにも感じる。服は彼女自身を見せているはずなのに、同時に見る側の欲望によって別の人物像を着せられてしまう。その二重性が、ファッションの描写として特に印象に残っています。
「ロリータ」ウラジーミル・ナボコフ 著/若島正 訳
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「センスの哲学」千葉雅也
センスがいい、悪い、何かとセンスのことを私はよく考えるのですが、(だってこの世はセンスが結構全てだと思ってるから!笑)センスっていうぼやっとしたものについて、反復やズレ、逸脱といった、音楽的な「リズム」として言葉で掴んでいく感覚がなかなかに興味深い本です。ファッションという非常に視覚的なものに興味がある人に今一度センスとは何かを考えるのはとても楽しいと思うから。難解なものと簡単なものは案外一緒だなって。
ナインストーリーズ:かとうさおり
ハンドメイドブランド「ナインストーリーズ(NINE STORIES)」を手掛けるデザイナーのかとうさおりさんは、読書に特化したプロジェクト「ロスト ガールズ ブックス」を主催。プロジェクトのオリジナルグッズであるブックポーチは本を数冊収納でき、読書好きから支持されるアイテムに。毎年夏にサマーリーディングをテーマにしたZINEも発表しています。
・今年の夏に読み返した本
「チョコレートで朝食を」パメラ・ムーア 著/糸井恵 訳
サガンの「悲しみよ、こんにちは」のアメリカ版としても知られる本書ですが、先日たまたま本棚から手に取って読み返しました。細かい描写までは覚えていなかったのですが、一人の聡明で繊細な女の子が迎える特別な季節と夏の終わりまでが描かれた完璧な小説で、この本の存在をしばらく忘れていたことを後悔しました。大人になることの難しさが書かれた小説はたくさんありますが、飛び抜けて素晴らしい作品です。
・ファッション描写が印象的な本
「歓楽の家」イーディス・ウォートン 著/加藤洋子 訳
100年以上も前に書かれた小説ですが、幸せを掴むために社交界での生き残りをかけて画策する主人公のリリー・バート嬢の姿はたくましく、流行のファッションやアイテムを追い求める姿は空虚に感じるものの、現代に通じる要素もあります。きらびやかなドレスなど当時の最先端のファッションの描写も楽しく、それらは結婚を勝ち取り当時の女性が幸せになるための戦闘服のようなものです。簡単には諦めないバート嬢の物語は痛快で恋の駆け引きも見逃せません。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「仮縫」有吉佐和子
1960年代の東京で、日本で唯一のオートクチュールの店で働くことになった若い女性の物語。高級素材を使った唯一無二の服を顧客に提案するシーン、タイトルにもなっている特別な方法で「仮縫い」をするシーンはもちろん、美しい生地の数々、デザイナーとはどういう審美眼を持つ人間がなり得るのか、などファッション好きには読みどころが満載です。欲望が渦巻く東京の街を舞台に展開する恋や出世など、読み始めたら止まらず何十年も前に書かれた作品とは思えない面白さです。
「仮縫」有吉佐和子
リトゥンアフターワーズ:山縣良和
ファッションレーベル「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」で「装うことの愛おしさを伝える」をコンセプトに、既成概念にとらわれないさまざまなファッション表現する山縣良和さん。ファッションを中心とした私塾「coconogacco(ここのがっこう)」を主宰し、多くのデザイナーやアーティストを輩出しています。自身が絵と文を手掛けた絵本「ぼくは0てん」も出版。
・今年の夏に読み返したい本
「Where the Sidewalk Ends」シェル・シルヴァスタイン
10代の頃から好きな絵本。真っ白なページにシンプルな線画で描かれた詩的でユーモアのある世界観が表現されています。9月19日に開幕する前橋国際芸術祭に出展予定なのですが、実はその作品タイトル「Where the story ends」のインスピレーションのひとつでもあります。
・ファッション描写が印象的な本
「パンどろぼう シリーズ」柴田ケイコ
息子の寝かしつけで何度も読んでいる「パンどろぼう」シリーズ。実は、パンどろぼうのルーツはおにぎり一筋の「おにぎり一家」だったという物語がとても好きなんです。中でもお父さんは典型的な頑固親父で、ハイウエストの海パンを穿いているかのように海苔を巻いたおにぎりをまとったねずみという装いが、なんとも言えず愛らしいキャラクターです。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「シャネル、革命の秘密」リサ・チェイニー 著/中野香織 訳
言わずもがな、世界で最も有名なデザイナーの、表向きでは語られない生々しい生涯を赤裸々に描いた本であり、現代のファッションデザイナー像を遥かに超えた異次元の人脈や政治的影響力、行動力にただただ圧倒されます。
「シャネル、革命の秘密」リサ・チェイニー 著/中野香織 訳
ケイスケヨシダ:吉田圭佑
ここのがっこうやエスモードジャポンを経て、2015年に「ケイスケヨシダ」をスタートした吉田さん。今年4月にはブランドの旗艦店を原宿・神宮前にオープン。ファッションクリエイティブはさることながら、実は抜群の言語感覚を持ったデザイナーのひとりとして知られています。「文學界」の過去2回のファッション特集ではいずれもエッセイを寄稿。担当編集も太鼓判を押す文才で、特集の関連イベントで小説家の金原ひとみさんと対談を行うなど、ファッションと文学をつなぐクリエイターのひとりとしても活躍の場を広げています。
・今年の夏に読み返したい本
「ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』精読」多木浩二
大学生の頃に読んだのですが、改めて読み返したいと思っています。写真や映画など複製技術の登場により芸術がアウラ(作品が『いま、ここ』にしかないことの重み)を失った先を論じた本書。それから約100年。インターネットやAIが発達し、人間の在り方も変化しました。魅力的で感情的であることより、間違えず、欠点を見せないこと。思考の深度より、素早く答えに辿り着くこと。そんな変化に憂いています。「芸術の衰退期に現れる奇矯で粗野なものもまた、芸術の豊饒きわまる歴史的な力の中心から発している」(同書引用)。今日に何を見出し、どんなファッションが現れるのか。古典から現在を眺めたいと思います。多木浩二による精読も読みやすく、おすすめです。
「ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』精読」多木浩二
・ファッション描写が印象的な本
「象の消滅 短篇選集 1980-1991」村上春樹
衣服そのものについての描写が印象的というわけではないけれど、僕の思うファッションや、最近考えていることに近い感覚があり選びました。確かなものが揺らぐ不安が、なんてことのない日常の延長に描かれていて、現実のリアリティと、そこに潜む掴みどころのなさに、僕が惹かれるファッションに近いものを感じます。本書の「象」は、僕が唱える“ファッションのふくよかさ”のようにも捉えられます。便宜性や合理性で成立する現代との対比として描かれていて、その消滅と、それを取り囲む社会と「僕」の在りように、最近考えていることが重なりました。ただ読んでも心地よく、その奥を読み解こうとしても面白い。短編で読みやすいのもおすすめです。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「ノスタルジア」島本理生
コロナ禍を経て、どうしようもない現代で無力感が増すなか、痛みや矛盾を抱え、なんてことのないように日常を生きるさまは、現代的で大人びているように感じます。人と人だからこそ生じるズレ。理解されない苛立ち、理解できない不安。孤独と他者への渇望。生命を積み上げる食事と希死念慮。祝いと呪い、現実と非現実のマジカルな行き来。答えのない現実に向き合い、揺蕩(たゆた)い、湧き上がる感情には、今日欠けつつある人間的なエネルギーを感じます。島本さんが創作の不安と対峙する姿勢にも救いを感じ、胸を打たれました。旗艦店で配布しているタブロイド「FW26号」で島本さんと対談しているので、ぜひ、こちらも読んでいただきたいです。
トゥ エ モン トレゾア:佐原愛美
2010年から手掛けるウィメンズブランド「トゥ エ モン トレゾア(Tu es mon Tresor)」を、2020年にリブランディングした佐原愛美さんも、ファッション業界の読書家のひとり。吉田さんと同じく、文學界の特集号「ファッションと文学 again」に参加し、自身初の短編小説「私はエミリー・ディキンソン」を寄稿。“ブックリストが気になるデザイナー”に浮上しています。
・今年の夏に読み返したい本
「星の時」クラリッセ・リスペクトル 著/福嶋伸洋 訳
日本で初公開となる、スザーナ・アマラウ監督による映画「星の時 4K」を劇場で見る前に、改めて原作を読み返したいと思いました。19歳のマカベアという、社会の片隅で貧しくひっそりと生きる女性を描きながら、作家として登場する語り手の思考や葛藤も同時に進んでいきます。作家の頭の中を覗きながら、物語を読んでいく構造が面白いです。リスペクトルの独特な言葉と世界に是非触れて欲しいです。
「星の時」クラリッセ・リスペクトル 著/福嶋伸洋 訳
・ファッション描写が印象的な本
「ティファニーで朝食を」トルーマン・カポーティ 著/村上春樹 訳
主人公ホリー・ゴライトリーの描写が魅力的で、とても好きな作品です。映画はハリウッドらしい幸福感のある物語ですが、小説は大きく異なります。映画のオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)演じる洗練されたホリーも素敵ですが、小説の自由奔放に生きる彼女も魅力的です。「ほとんど夏のような夜で、彼女はほっそりとしたクールな黒いドレスに黒いサンダルをはき、真珠の小さなネックレスをつけていた」という装いにまつわる一文が印象に残っています。彼女の自由さや危うさ、自分自身を演出しながら生きるたくましさを表しているように思うんです。カポーティの洗練された文章も、何度も読み返したくなります。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「あなたを選んでくれるもの」ミランダ・ジュライ 著/岸本佐知子 訳
ミランダ・ジュライ(Miranda July)は、文学だけでなくファッションやアートの世界にも通じるアーティストです。彼女の表現はどれも変わっていて面白いですが、その中核に触れるなら文章が一番だと思います。短編集なので読みやすく、どの作品にも、日常を少し違った角度で見せてくれるユーモアがあります。ファッションが好きな方に、感性を広げてくれる一冊としておすすめしたいです。
モデル:イア
ロシア生まれ、横浜育ちで、モデル・コンテンツクリエイターとして活動するイア(ia)さん。多文化の中で育った独自の感性を生かし、SNSではファッションやビューティ、アート、旅を中心に発信し、読書に関する投稿も人気を集めています。国内外でモデルの仕事をする上で、移動の荷物は軽装派でも本は絶対に持っていくほどの読書好きだそう。
イアさんのインスタグラムのリールより。読んだ本をフォロワーに紹介した投稿は50万回再生された
・今年の夏に読み返したい本
「向日葵の咲かない夏」道尾秀介
読み終えた後も、妙に心の片隅に居座り続ける一冊。真夏の田舎の、逃げ場のない蒸し暑さ。肌にまとわりつく汗や、むせ返るような草の匂いまで感じられるようで、どこか懐かしいのに、ひどくいやな作品。そしてページを閉じても、どうにも腑に落ちない。あの結末は、一体何を意味していたのでしょう......。読了してなお物語から抜け出せず、気づけばあれこれと思案してしまう。そんな、後味まで含めて忘れ難い一冊。夏になると毎年、思い出してしまう一冊です。
「向日葵の咲かない夏」道尾秀介
・ファッション描写が印象的な本
「死神の精度」伊坂幸太郎
「グラスホッパー」もそうですが、伊坂幸太郎さんは人物をひとつの「キャラクター」として描くことが、とても巧みな作家だと思っています。その人物が何を持ち、どう振る舞い、どんな言葉を選ぶのか。そうした細やかな描写から、私はいつも自然と彼らの「ファッション」まで想像してしまいます。本書で交差する三人の主人公もまた然り。三者三様の性格、持ち物、仕草や行動。そのすべてが彼らなりの個性となり、ひいてはファッションにも通じているように感じます。この本を手に取った方もきっと、ページの向こうにいる彼らが「何をまとっているのか」を、いつしか思い描いてしまうのではないでしょうか。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「錦繍」宮本輝
ファッションが好きな方は、きっと感性の鋭い方が多いのだと思います。そして感性が鋭いということは、時に人一倍、感傷的であるということ。情景を思い浮かべる力、人の心の機微を感じ取る力、そして目には見えないものにまで想像を巡らせる力。そんな方に、ぜひ読んでいただきたい一冊です。かつて夫婦だった男女が、別れて十年の歳月を経て、再び手紙を交わし始める物語。二人が胸の奥に抱え続けてきた感情と、折々に描かれる鮮やかな景色。その静かなコントラストが、ひどく胸に残ります。「向日葵の咲かない夏」で蒸し暑い夏を味わったあと、少し風の冷たくなる秋口に、ぜひ「錦繍」をおすすめします。
セレクトブティック Sister 代表:長尾悠美
国内外のデザイナーズブランドやヴィンテージアイテムをウィメンズ中心に取り扱うセレクトショップ「シスター(Sister)」。代表の長尾悠美さんはフェミニズムにも造詣が深く、国際女性デーの取り組みや展覧会の開催・グッズ制作、映画の連載など、ファッションの領域に留まらない幅広い活動で支持を集めています。
・今年の夏に読み返したい本
「星の時」クラリッセ・リスペクトル 著/福嶋伸洋 訳
「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」と呼ばれたクラリッセ・リスペクトルが残した最後の傑作。9人の子どもを育てた後、大学で映画を学んだスザーナ・アマラウによる映画版が約40年ぶりにこの夏公開されました。その知らせで原作を知り、装丁の可愛さにも惹かれて手に取ってみることに。「わたしはタイピストで、処女で、コーラとホットドッグが好き」という主人公マカベーアのコピーも良い。ブラジルの田舎から都会へ出て、輝く未来を信じ無垢に邁進する。そのみずみずしい姿には悲しさがあふれる。何も知らないことが、人生においてもっとも美しい日々なのかもしれないと思わされました。
・ファッション描写が印象的な本
「ナンシー・キュナード: 疾走する美神」アン・チザム 著/野中邦子 訳
この本は、1920年代のパリ社交界のミューズとして名を馳せた実在の人物ナンシー・キュナードの伝記です。本書の中でも印象的なのは、ファッションが単なる装いではなく、彼女の思想や生き方そのものとして描かれているところ。細い身体に大胆なアクセサリー、とりわけ腕を埋め尽くすほどの象牙や木のバングル。上流階級の出自でありながら、その規範から逸脱するような装いを選ぶ姿には、既存の価値観への抵抗が表れていると思います。服やジュエリーによって自らの身体をつくり変え、「どう見られるか」ではなく「どう在りたいか」を自ら実践した人物。ファッションが自己表現であると同時に、社会への意思表示や反抗にもなり得ることを強く感じさせてくれます。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「パンクの系譜学」川上幸之介
「パンクの系譜学」は、パンクを音楽だけでなく、アートやファッション、政治、社会運動なども横断し、その思想と歴史を辿る一冊です。著者の川上幸之介さんとは、「ゲリラガールズ」*の展示を共同企画したことをきっかけに、 その後に本書でも取り上げられている1990年代のアメリカで生まれたフェミニスト・パンクのムーブメント「ライオット・ガール」の展示もSisterで企画していただいたご縁があります。パンクといえば、セックス・ピストルズやヴィヴィアン・ウエストウッドを想像すると思いますが、私が注目したのは、男性中心のパンクシーンに対し、女性たちがバンドやZINE、ファッションを通して、性差別や性暴力、身体をめぐる問題に声を上げたこと。DIYの精神で自らの表現の場をつくる姿から、ファッションもまた社会に意思を示す手段になり得ることを感じます。
*1985年にニューヨークで結成されたアクティビスト集団。「『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」をモットーに、政治や文化の腐敗、性別や民族の偏見に焦点を当てたアート作品を制作。55人以上の匿名のメンバーで構成され、公共の場ではゴリラのマスクを着用し、偽名で活動している。
「パンクの系譜学」川上幸之介
NONLECTURE books/arts:持田剛
本とアートが交差するカルチャー拠点として、今年3月に渋谷にオープンした「ノンレクチャー ブックス/アーツ(NONLECTURE books/arts)」。書籍やアート、展示、イベント、プロダクトといった領域を横断しながら、訪れた人が自由に過ごし方を選べる空間を演出しているのが特徴です。ディレクターを務める持田剛さんはこれまで、「代官山蔦屋書店」準備室の洋書仕入れや「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」のブックストア「ブックマーク原宿(BOOKMARC原宿)」のディレクションなどを担当。海外のアートブックをはじめ幅広いジャンルの書籍に精通しています。
・今年の夏に読み返したい本
「UKジャズ・ダンス・ヒストリー 〜From Jazz Funk & Fusion To Acid Jazz」マーク“スノウボーイ” コットグローヴ 著/杉田宏樹 訳
アシッドジャズ・シーンをけん引したガリアーノ(Galliano)やジャミロクワイ(Jamiroquai)の来日もあり、改めて読み返したくなった一冊。1970年代を沸騰させたノーザンソウルから1980年代終わりに生まれたアシッドジャズへと至る流れを、ダンサーやDJの視点からていねいに追っている。1980年代イギリスの音楽シーンは、ポストパンクやニューウェイブを中心に語られることが多いですが、一方でロンドンのクラブにはジャズを中心とした熱狂的なシーンが確かに存在していたことが分かります。15年ほど前に読んで本棚にしまったままだったので、久しぶりに取り出して読み返したいと思いました。
・ファッション描写が印象的な本
「終わりなき闇 チェットベイカーのすべて」ジェイムズ・ギャビン 著/鈴木玲子 訳
ブルース・ウェバー(Bruce Weber)の映画「Let’s Get Lost」で、日本ではファッションアイコンのようにも扱われるジャズ・トランペッターであるチェット・ベイカーの評伝。「ジャズ界のジェームス・ディーン」とも呼ばれますが、前後関係はむしろ逆で、「向こう見ずだけどナイーブで繊細な若者」というイメージはチェットが先行していたのです。前述のウェバーの映画は奇しくも彼の最晩年を捉えていて、転落死を経て死後に公開されています。破滅的な生き様を映し出す美しい映像と、黒いウェスタンシャツをまとった年老いたジャズマンの横顔が今も強く印象に残っています。そんな彼を想像しながら読める一冊です。
「終わりなき闇 チェットベイカーのすべて」ジェイムズ・ギャビン 著/鈴木玲子 訳
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「In the Shadow of the Sun:Paul Weller & the Nineties」スチュアート・ディアビル、ニッキー・ウェラー、スティーヴ・ローランド 著
ポール・ウェラー(Paul Weller)の最新の写真集で、1990年代のウェラーの姿を一冊にまとめています。彼は1970年代末のモッズ・リヴァイヴァル*の象徴として後続の世代から絶大な支持を集めながらも、60年代モッズの単なる模倣やレトロ趣味に留まらず、現在進行形のモダニストとして1980年代以降も音楽とスタイルを更新し続けています。ソロ活動が本格化した1990年代は、その姿勢がより鮮明になった時代でもある。ファッション好きには、ぜひ彼のスタイルから「今を生きるモッズ」のあり方を感じ取ってほしいです。
*1970年代後半にイギリスで起きた、1960年代のモッズ文化の大規模な再評価・復活運動。ポール・ウェラーはこの潮流を最も主導したと言われるロックバンド「ザ・ジャム」を率いていた。
OH!MY BOOKS:福永紋那
福永さんは2023年9月に、東京・幡ヶ谷と初台の間に個人書店の「オーマイブックス(OH!MY BOOKS)」をオープン。書籍だけでなく雑貨やアクセサリー、文具などもセレクトしています。また、読書会「Reading Party」を定期的に開催し、毎年夏は店頭とInstagramでもサマーリストを公開するなど、気軽に本が読みたくなるようなコンテンツを発信。
・今年の夏に読み返したい本
「ブラック・スワンズ」イヴ・バビッツ 著/山崎まどか 訳
1960〜1980年代のロサンゼルスで有名なパーティーガールだった作者が、愛する街を舞台にして書いた短編集。彼女の作風は「L.A版のキャリー・ブラッドショー」と称されることもあり、実際にこの本をキャリーの吹替音声で脳内再生しながら読んでみたら、これがかなり最高でした(笑)。著名な友人が多い彼女には、きっと超リッチで派手な遊び方ができるツテもあるだろうに、エアコンのない古びたホテルを好んだり、タンゴのレッスンに熱中したりと、本当に愛すべきものを知っている感じが洒落ていてかっこいいです。でもそんな彼女にも、取引先に振り回されるフリーランスの仕事や、自分の人生の主役は自分だ!と気づいた決定的な日があって……。それ、わたしも知っている!と思える感情や光景も至るところに出てきます。夏が来ると、彼女の本の愛読者だというラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)の「Venice Bitch」を流しながら読みたい1冊です。
「ブラック・スワンズ」イヴ・バビッツ 著/山崎まどか 訳
・ファッション描写が印象的な本
「エレナーとパーク」レインボー・ローウェル著/三辺律子 訳
高校生のパークとエレナーが主人公の、1980年代を舞台にした初恋の物語。スクールバスで隣同士に座ることになった2人は「ウォッチメン」や「X-MEN」などのコミックや、ザ・スミス(The Smiths)やジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)などの音楽を通じて少しずつ距離を縮めていきます。打ち解けていくまでの2人がとにかくキュートだし、イチゴ柄の「ヴァンズ(VANS)」にグリーンのシャークスキンのブレザーを合わせて、髪に釣り用のルアーをつけてくるような、ちょっと独特な個性をもつエレナーのことをよく見ていて、「毎朝彼女がバスに乗ってくる前に心の準備をするけど、いくら準備しても彼女の服装はそれを上回った」なんて心の中で絶賛して、ものすごくまっすぐ片想いしているパークはなんて素敵な青年なんだ!と。なにより、30代になった自分がまた、漫画「僕等がいた」を読んでいた中学生の頃みたいにドキドキしていることにびっくりです(笑)。正直、読みながら2人の笑顔を想像しすぎて夢にまで出てくる始末でした。
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「ボビー・ギレスピー自伝 Tenement Kid」ボビー・ギレスピー 著/萩原麻理 訳
ラッパーのヴィンス・ステイプルズ(Vince Staples)が6月に出したアルバム「Cry Baby」に急激にハマっているのですが、怒りを込めたシニカルなリリックに不条理な社会を表すのにロックなサウンドを合わせた理由を聞いて、「こんな時こそパンクなのか!?」という気分になっています。この本はそんな気分で作ったサマーブックリストとして一押しの一冊です。今こそ、イギリスの暗かった時代を経験したボビー・ギレスピー(Primal Scream)*のパンク精神がつまった言葉を読むことで、この状況をサバイブするためのヒントが得られるかもしれません。本の中に載っているボビーのファッションや、ヴィンスのバックバンドで演奏しているハーク姉妹の服装を見るのも楽しくておすすめです。
*1982年にスコットランドのグラスゴーで結成されたオルタナティブロックバンド「プライマル・スクリーム」の創設メンバーでありフロントマン。
flotsam books:小林孝行
代田橋に店舗を構える書店「フロットサムブックス(flotsam books)」。写真集を中心に新刊、古書、洋書、和書を問わず、独自の視点でセレクトしています。店主の小林孝行の気さくな性格で、肩肘張らずにアート本を“ディグれる”と根強いファンが多い書店です。ここのがっこうとも交流が深く、店舗スペースを教室として開放し、受講生や卒業生の作品展示・合同ポップアップを開催することも多数。定期的に作家の展示を行っているためファンとの交流の場に。デザイナーがよく行く独立書店として名前が上がることも少なくありません。
・今年の夏に読み返したい本
「ディスタンクシオン〈普及版〉I〔社会的判断力批判〕」ピエール・ブルデュー 著/石井洋二郎 訳
あるテレビ番組で紹介されて感銘を受けた、国際社会学会が選ぶ20世紀の最も重要な社会学書10冊のうちの1冊です。僕たちの趣味や行動は階級や社会的な要因によって規定されている的な本だと聞いたのですが、「そういう面はあると思うし、そういうもんなのかもなとも思うけど、それでも、だからこそ僕たちっていうか僕は自由なんじゃないかな」と思いたくて、今度こそ読んでみようと手に取りました。まだ読んでいないので想像でしかありませんが。そのテレビ番組で言っていたことでアートの見方が少し変わった経験があるので、この本読んだら、社会の見方そのものも変わるんじゃないかなと思っています。
・ファッション描写が印象的な本
「ダンディズム ー栄光と悲惨ー」生田耕作
「平民の身で国王や大貴族と対等に付き合い、一世の流行を牛耳り、しゃれ者たちから模範として仰がれた」(同書引用)18世紀末の伊達者(ザ・ボー)ブランメルというイギリス貴族。ゲーテが「今世紀最大の天才」と賞賛した詩人バイロン卿をして「ナポレオンになるよりブランメルになりたい」と言わしめた人物だそうです。自らのファッションセンスだけで社交界を牛耳ったブランメルの生涯が綴られています。文化資本や財力ではなく、本当に個人的なセンスだけで成り上がって行くのは、今を生きる若者にとっては痛快な気がします。副題に「栄光と悲惨」とあるだけあって晩年は悲惨ですが......。
「ダンディズム ー栄光と悲惨ー」生田耕作
・“ファッション好き”におすすめしたい本
「EXACTITUDES Final Edition」アリ・ヴェルスルイス、エリー・イッテンブローク著
写真家アリ・ヴェルスルイス(Ari Versluis)とスタイリスト エリー・イッテンブローク(Ellie Uyttenbroek)による作品集で、スタジオ内で撮られた人々の服装や自己表現に見られる類似性を明らかにした一冊。ファッションにおいて、個性的であるとか、他人との差異は、それだけで付加価値があるように思えるけれど、民族衣装を着た人、革ジャンを着た人、フーディーを着ている人、モヒカンの人など色んな人を同じように撮って並べることによって、普通の人の中にいたら目立つような人でも、同じような格好をした人を並べたら全く目立たなくなる。また逆に「同質化することで際立つ」というか、小さな差異がより強調されるみたいな部分もあるのも面白いです。
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