illustraion: Kyoko Kimura
服を買う、まとう上で「自分に似合う」や「使いやすい」という要素を気にし始めたのはいつ頃からだっただろうか。少なくとも学生時代の自分のチョイスというのは単純に服そのものがかっこいいか、という事だけを気にしていた気がする。お気に入りの服を着た結果として奇天烈な格好になっていたとしても、その服を着るという行為自体が目的であり喜びだった。ところが最近は環境や付き合う人たちの変化もあってか、スタイリングとしてまとまりがあるかとか、シルエットが体形に合っているかという事も含めて自分をよく見せてくれているか、という第三者視点を意識するようになった。多少は感性が大人になったのだと思う。そんな趣向の変化を踏まえて、最近気になる存在が「コム デ ギャルソン・オム(COMME des GARÇONS HOMME)」だ。
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偉大なジャパンブランドであるコム デ ギャルソンだが、コレクションだけを見れば奇抜な服を作っているブランド、という認識もあるかもしれない。だが、既存の服の概念に捉われないアバンギャルドなレディースに比べ、オムはどちらかといえば普遍的な洋服のテンプレートをベースにデザインされているものが多い。
オムは1978年にデビューした。コンセプトは「GOOD SENSE GOOD QUALITY」。意訳するなら「時勢を取り入れながらも、男性のカッコよさを引き出す良質なスタンダード服」といったところだろうか。
創立当時の1970~80年代はメンズファッションでデザイナーズブランドがブームとなり、華美な装飾やレディースチックなものを敢えて取り入れたり、既存のルールを破るようなスタイルが流行した。しかしコム デ ギャルソンの川久保玲社長は当時のメンズファッションのあり方に疑問を呈し、あくまでもファッションの基本となるクラシカルな要素はルールとして守り、そのベースにトレンドやデザインを乗せるという手法でメンズファッションに切り込んでいった。オムはそういう狙いのもとに生まれたラインである。
そのオムから今回B面的名作として紹介したいのが、1990年代~2000年代初頭に作られたカーディガンだ。僕もこの時期の物を所有している。
僕のカーディガン愛については以前の連載でも語った通りだが、基本的には場面別に仕事用や部屋着用、私服用と分けた上で、相当数のカーディガンを所有している。その中でもこの一着は特異な存在であり、街着やルームウェア、ワンマイルウェアだけではなく仕事着としても活躍する、圧倒的登板回数を誇るお気に入りの一着だ。
なにより、とにかくシルエットが良い。たっぷりととられた身幅に対して、メリハリがつくようきつめに絞られた袖と裾のリブ。シルエットとしてはどこか気が抜けてほっこりしているが、だらしなく見えない。それでいて時代を感じさせない、すべてがちょうどいいと言えるカーディガンの名品だ。
現在のオムのデザイナーは渡辺淳弥氏。コム デ ギャルソンの主要デザイナーとして知られる同氏は2003年にオムのデザイナーに就任したが、オムを川久保氏から直接引き継いだのは渡辺ではなく、田中啓一氏という人物だ。
1990年代~2000年代初頭まで同ラインのデザイナーを務めた田中は、お笑いコンビ爆笑問題の田中裕二氏の実兄としても知られる。一般企業でエンジニアを経験した後に文化服装学院で服飾を学んだという異色の経歴の持ち主で、「ニコル(NICOLE)」でデザイナーとしての経験を積んだのち、1990年にコム デ ギャルソンに移籍するや否や才能と情熱を川久保氏に見いだされ、いきなりオムのデザイナーに抜擢された。
工学部出身の元エンジニアである田中氏は、自身のデザイナーとしての強みを「科学的な視点で素材を読み取ることができること」と語るほど、オムの服作りの中でも素材に重きを置いていた。単純に繊維の質だけではなく、作りたい服のイメージにピッタリはまる生地やその生地の加工方法などに異常なほどにこだわり、服をイメージ通りに作り上げることに妥協を許さなかったという、良質なスタンダード服をコンセプトとするオムの基盤をつくった知られざる立役者なのだ。田中氏がオムの服作りの中で最も大切にしていたことは、「大人が着て恥ずかしくない、それでいてどこか新しさがある服であること」。実際に同氏が手掛けた時期のオムは、大人が着る服としてふさわしい上質な素材を敢えて前身頃と後ろ身頃で切り替えてみたりと、さりげなくもどこかにいい意味で裏切りがあるのが特徴だ。
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僕は20代半ばに差し掛かったタイミングで、田中氏が手掛けたオムのカーディガンを手に入れた。「上質かつ遊びすぎていない範囲で遊んでいる」という大人な塩梅の服を、第三者目線を意識するようになった今の自分が喜んで着るというのは、オムのデザインコンセプト、そして田中氏のオムでの服作りの信念を踏まえれば、ごくごく自然なことであったんだと合点がいく。狙った消費者の感性にしっかりと服を通じてアクセスできるデザインができる同氏の実力は、もっと世の中に知れ渡ってもいいと感じる。年齢とともに僕の服の趣味もだんだんと落ち着いてきて、最近はシンプルなものが好みだが、単純にシンプルなだけのものは好まない。この時期のオムのカーディガンは、僕のような捻くれた服好きを満足させることができる良さがあるのが最大の魅力だと思う。
最後まで読んでくれた人にだけこっそりと伝えるが、田中氏が手掛けた時期のオムはコム デ ギャルソンの過去作品の中でもまだ注目度が高まりきっておらず、探せばまだまだ安く出てくるのもいいところだ。
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
■「sushiのB面コラム」バックナンバー
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