
東京・神宮前のギャラリー「eukaryote」で開催中の津野青嵐の個展「Spilling Body」の展示風景
Image by: Kazuto Ishikawa

東京・神宮前のギャラリー「eukaryote」で開催中の津野青嵐の個展「Spilling Body」の展示風景
Image by: Kazuto Ishikawa
各ブランドが次の季節に向けた提案を打ち出し、華やかな熱気に包まれる東京ファッションウィークの渦中にいると、ブランドがどんな生地を使い、どんなシルエットで、誰に服を届けようとしているのかを追うことが私の役割になる。けれど今回は、そこから少し離れて、「服とは一体だれのためのものなのだろう」と考えた。
ADVERTISING
それはファッションウィークの期間中、ギャラリー「ユーカリオ(eukaryote)」で開かれている津野青嵐氏の個展に足を運んだことで、改めて「ファッションとは現代人にどう機能するのか?」と考えさせられたからだ。

Image by: Kazuto Ishikawa
アーティスト/ファッションデザイナーである彼女は、自身の身体経験を基点に作品を制作してきた。3Dペンによって空中に描くように作られた服は、寝たきりの生活をしている祖母に、前身頃を上から乗せて、あたかも「着ている」ように見える構造をしている。それをモデルに着せた途端に、抜け殻を身につけているような不思議なシルエットになる。布を使わず、空中に線を描くように作られたその作品は、従来の服の作り方とは大きく異なる。一方で、身体に身につけるための構造を持つことで、確かに「服」として存在している。
さらに、ファッションコンテスト「ITS」の2018年ファイナリストに選出され、2026年にはMET(メトロポリタン美術館)の特別展「Costume Art」に作品が出品され、さらに同館に永久収蔵されるなど、ファッションの文脈でも評価されてきた。だから私は、これをファッションからのアプローチとして考えてみたい。

米・メトロポリタン美術館で展示中の作品「Out of Body, In Dress」
Image by: 津野青嵐
作品を見ながらずっと頭にあったのは、本流のファッションウィークでブランドが提示する服は、「機能」や「美しさ」だけでなく「だれのためか」までを伝えているのだろうかという問いだった。
例えば、2020年ごろまではファッションショーの中で多様なモデルを起用し、身体の多様性を肯定する動きが強まった。けれど、そのムードもやがて陰りを見せる。近年のショーを観察していると、クラシカルな身体美を求めるブランドが増えてきているように感じる。Vogue Businessによると、2025年春夏シーズンのランウェイでは、調査対象となったルックの94.9%がストレートサイズ、プラスサイズは0.8%にとどまり、多様性の停滞、あるいは後退を指摘している。
一方で、社会では「ありのままの自分を愛そう」というメッセージを目にする。「ありのままを認めましょう」と言われるだけでは、社会規範で求められる「こうあるべき」というプレッシャーがあるのも事実。それとは反対に「ボディポジティブ」という言葉があるように、今度は自己肯定までも求められる。
だから私は、ファッションには自身のコンプレックスや社会的役割から一旦離れ、自分の居場所を作るための「道具」としての役割があると思っている。
津野氏が提示しているのは、身体を否定することでも、肯定することでもない。彼女が「文學界」で連載しているエッセイ「『ファット』な身体」という題名からも伝わるように、ファッションを通じて自分の姿を一度外に出し、少し離れたところから眺めるような感覚がある。
ファッションは身体を美しく見せたり、ありのままの姿を肯定したりする役割を担っている。けれど現代の多様性を考えるとき、それだけでは捉えきれない、もっと個人的で言葉にしづらい感覚や、とてもパーソナルな悩みをほぐすための道具としても機能するように感じた。
逃れられない身体と生きていくために、どうすれば楽になれるのか。その方法を探すこともまた、ファッションの役割として求められているのかもしれない。

Image by: Kazuto Ishikawa
煌びやかで、かつ理想のモデルで溢れかえるファッションウィークの最中だからこそ、津野氏が提案する作品は、ファッション、もっといえば「ファッションコマーシャル」の当たり前をずらしているように見えた。
個展の名前である「Spilling Body」の由来にはこう書かれていた。
何かをこぼしている身体と、身体そのものがこぼれ、あふれ出している状態という二つの意味を重ねている。それは、すでにこぼれ終わった身体ではない。人物、環境、時間と関わりながら絶えず境界を変え、今もこぼれつづけている身体である。
服とは、変わり続ける自分の身体と、少し距離を置いたり、愛でるように近づいたり、または理想と現実の間を埋めたりしながら、自分自身と付き合うための場所をつくることができるのではないか。

Image by: ANNE YANO
最終更新日:
ADVERTISING
RELATED ARTICLE
関連記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング

auのGoogle Pixel 11と生きる、“好きが仕事になる”毎日
















