設立18年、「ここのがっこう」が世界で評価されるデザイナーを生み続ける理由
聞き手&文・佐々木エリカ

「ここのがっこう」を主宰する山縣良和(バーニーズ ニューヨーク銀座本店で2026年8月に開催していたコラボウィンドウディスプレイ前にて)
Image by: FASHIONSNAP

「ここのがっこう」を主宰する山縣良和(バーニーズ ニューヨーク銀座本店で2026年8月に開催していたコラボウィンドウディスプレイ前にて)
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「ここのがっこう」を主宰する山縣良和(バーニーズ ニューヨーク銀座本店で2026年8月に開催していたコラボウィンドウディスプレイ前にて)
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東京で活躍するデザイナーをはじめ、「LVMH Prize for Young Fashion Designers(以下、LVMHプライズ)」や「イッツ(ITS)」など、国内外のアワードで評価される気鋭デザイナーたちのプロフィールで頻繁に目にする「ここのがっこう(coconogacco)出身」という経歴。2008年の設立以来、国内外のファッションを取り巻く環境や、円安や学費高騰などで海外のファッション留学事情も変化する中、同校は独自のコミュニティを形成し、ファッションにとどまらない多彩な人材を輩出するインキュベーションの場として機能してきた。デジタル化やAIによる効率化が進む今の時代に、あえて自分自身と深く向き合うアナログな教育がなぜ求められ、どのように評価に繋がっているのか。
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FASHIONSNAPの「次世代クリエイター」特集7本目では、ここのがっこうを主宰する山縣良和へのインタビューと、国内外で活躍する修了生や在校生、講師陣たちの声を手掛かりに、次世代デザイナー&クリエイターを育てる土壌がどのようなものかを紐解く。

マテリアル&マターコースのプレゼンテーションの様子
目次
年表で見る「ここのがっこう」
2008年に、25人の1期生とともにスタートしたここのがっこう。ファッションの歴史を学びながら自身のルーツと向き合い、リサーチブックの作成を通じてコンセプトメイキングやクリエイションのプロセスを学ぶ「プライマリーコース」をはじめ、現在ではファッション・ドローイングコース、レクチャーコース、プレアドバンスドコース、アドバンスドコース、マテリアル&マターコース、福岡の分校で年間12回のゼミを行う「ここあ(cocoa)」まで幅広いコースがあり、これまでの受講生は延べ1000人を超える。
まずは、その歴史と歴代の国内外アワード受賞者、ファッションデザイナーをはじめさまざまな分野で活動する修了生を一覧で紹介。年表からこれまでの歩みを振り返る。
| 年 | トピック |
|---|---|
| 2008 | coconogacco設立。 第1期生25名と共にスタート。 |
| 2009 | アドバンスドコース スタート。 |
| 2011 | TABROIDオープニングイベントで展覧会開催。 福岡に分校「cocoa」設立。 |
| 2012 | Trans Art Tokyo展に「coco-ten」として参加。 「VOGUE Italia」で、世界のファッション学校の日本代表に選出。 |
| 2013 | 渋谷PARCOミュージアムで展覧会開催。 国立新美術館でファッションショー実施。 |
| 2014 | 第32回 毎日ファッション大賞 特別賞を「絶命展〜ファッションの秘境」企画が受賞。 ロンドンファッションウィーク中にInternational Fashion Show Case参加。 |
| 2016 | セントラル・セント・マーチンズとサマースクールを実施。 CO&CO.LTD. 設立。 |
| 2017 | 東京都アートプロジェクトTURNフェスに参加。 東京都美術館で展覧会を開催。 |
| 2019 | CPKgalleryでcoconogacco10周年記念イベント開催。 |
| 2021 | 第39回 毎日ファッション大賞 鯨岡阿美子賞をcoconogaccoが受賞。 |
| 2025 | バーニーズ ニューヨーク銀座本店リニューアル時にポップアップを開催。 |
| 2026 | バーニーズ ニューヨーク銀座本店で2度目のポップアップ開催。 |
| 年 | アワード・賞など | 氏名(結果) |
|---|---|---|
| 2010 | ITS 2010 | 西山高士(初グランプリ受賞、日本の学校から初ノミネート) |
| 2012 | ITS 2012 | 芦沢佳澄(ノミネート)、諸永千亜希(ノミネート) |
| 2013 | ITS 2013 | 大草桃子(ノミネート)、佐藤友浩(2部門受賞) |
| 2014 | ITS 2014 | 中里周子(ジュエリー部門グランプリ) |
| 2015 | ITS 2015 | 小池優子(OTBアワード)、片岡弘生(アートワークグランプリ受賞)、東伸宏(アートワーク部門ノミネート) |
| 2016 | ITS 2016 | 清水政紀、時澤知菜実(ジュエリー部門ノミネート) |
| 2016 | LVMH Prize 2016 | 小池優子、大月壮士(ノミネート) |
| 2018 | LVMH Prize 2018 | 青木明子(ノミネート) |
| ITS 2018 | 津野青嵐(ファッション部門ノミネート) | |
| 第36回 毎日ファッション大賞 | 青木明子(新人賞・資生堂特別賞受賞) | |
| 2019 | 第34回 イエール国際モードフェスティバル | 土居哲也(ファッション部門審査委員特別賞受賞) |
| ITS 2019 | 斎藤雪香、八木華、日原佑花子、前田明日美(ノミネート) | |
| 2020 | ITS 2020 | 大澤夏珠(ノミネート) |
| 第38回 毎日ファッション大賞 | 横澤琴葉(新人賞・資生堂奨励賞受賞) | |
| 2021 | 第39回 毎日ファッション大賞 | 小泉智貴(大賞受賞) |
| 2022 | ITS 2022 | 田中優大(ITS Artwork Award受賞)、馬渕岳大(ノミネート) |
| FASHION FRONTIER PROGRAM 2022 | 村尾拓美(準グランプリ受賞) | |
| 第23回グラフィック「1_WALL」 | 栗田平手(グランプリ受賞) | |
| 2023 | LVMH Prize 2023 | 富永航(セミファイナリストノミネート) |
| Dorothy Waxman International Textile Design Prize 2023 | 古田朋代(ノミネート) | |
| FASHION FRONTIER PROGRAM 2023 | 川尻優(グランプリ受賞) | |
| LOEWE Craft Prize 2023 | 渡部萌(特別賞受賞) | |
| 2024 | ITS 2023 | 佐藤百華(ITS Arcademy Award受賞)、 澁木智宏(GO! 2025 Borderless Award powered by Regione FVG、ITS Sportswear Award powered by Lotto Sport 準グランプリ、ITS Challenge The Status Quo Award powered by WRAD受賞) |
| 第27回 岡本太郎現代芸術賞展 | 長雪絵(特別賞受賞) | |
| 2025 | LVMH Prize 2025 | 大月壮士(グランプリ受賞)、村上亮太(セミファイナリストノミネート) |
| 第28回 岡本太郎現代芸術賞展 | 前田明日美(ノミネート) | |
| FASHION FRONTIER PROGRAM 2025 | 林ひかり(グランプリ受賞) | |
| 第43回 毎日ファッション大賞 | 舟山瑛美(新⼈賞・資生堂奨励賞受賞) 宮浦晋哉(鯨岡阿美子賞受賞) | |
| 2026 | 米・メトロポリタン美術館 | 津野青嵐(作品がコスチューム・インスティチュートに永久収蔵) |
■多方面で活躍する修了生(50音順)
- ファッションデザイナー
青木明子(AKIKOAOKI)、居相大輝(i a i)、飯尾開毅(kaiki)、飯野麟太郎(rintaro iino)、石田萌(HOUGA)、大月壮士(SOSHIOTSUKI)、小高真理(ODAKHA)、長賢太郎(osakentaro)、Oyui(SIIILON)、小泉智貴(TOMO KOIZUMI)、児玉耀、佐々木拓也(TSTS)、佐藤百華(EUCHRONIA)、島根由祈(YUKI SHIMANE)、新谷紘孝(MAISON ALTERNATIVE)、土居哲也(Re:quaL≡)、富永航(WATARU TOMINAGA)、中里周子、半澤慶樹(PERMINUTE)、林ひかり、林陸也(SUGARHILL)、日高俊(HIDAKA)、BIOTOPE、舟山瑛美(FETICO)、村上亮太(pillings)、八木華、山下琴菜(KOTONA)、吉田圭佑(KEISUKEYOSHIDA)、横澤琴葉(kotohayokozawa) - アーティスト、クリエイターなど
芦沢佳澄(Preek デザイナー)、岡部真奈(映像ディレクター)、長雪恵(アーティスト)、河原諒(ローカルアーティスト、フォトグラファー)、小石祐介(クラインシュタイン代表)、篠崎友亮(FashionStudies代表)、砂押貴久(STEKKEY 代表取締役社長)、津野青嵐(アーティスト・ファッションデザイナー・精神科看護師)、出川慶亮(アーティスト)、徳永啓太(ジャーナリスト)、納所友梨(スタイリスト)、長谷川祐輔 (哲学者)、波多野彩姫(フォトグラファー)、BIRDMAN / chiling(アーティスト)、Mars89 / Masayoshi Anotani(DJ・Composer)、三好彼流(アーティスト)、宮浦晋哉(糸編 代表取締役)、村田実莉(アートディレクター)、雪路♣︎fanfan(占い師)、渡部萌(アーティスト)
山縣良和が語る、オルタナティブな教育の現在地
修了生一覧や過去の受賞歴からもわかる通り、ここのがっこうの出身者たちは国内外で広く活躍している。しかし、今でこそファッションの学びの場として定評がある同校だが、「昔は『何をやっているのかよくわからない』と言われていた」と山縣。そもそも同校は、既存の国内外のファッション教育と何が違うのか。設立の原点から、同校の学びや環境の特徴、18年間で感じる変化、さらにはこれからの時代のクリエイターに必要とされる要素やファッション教育の在り方までを山縣に尋ねた。

山縣良和
日本と欧州、ファッション教育は何が違うのか
大阪の服飾専門学校を中退し、ロンドンの名門美術大学 セントラル・セント・マーチンズ(以下、セントマ)でファッションを学んだ山縣。そこで直面したのは、日本と欧州のファッション教育における価値観の大きな違いだったという。
「セントマやアントワープ王立芸術アカデミー(以下、アントワープ)など世界的に有名なファッションの学校は、基本的に『美術大学』というアカデミックな教育の中にファッションという学問があります。しかし日本では、美術の系譜を持つ国公立大学でファッションが学べる場所が、当時も今もほとんどありません」。
日本のファッション教育機関の多くは、明治時代に和服から洋服へと変わる中、「洋服の作り方からスタイリングまで、すべてが全く分からない状況下で技術や情報を伝達する役割」として発展してきた背景がある。そのため、洋服を作る技術は世界でも高いレベルである一方、思考を深める環境やコンセプトメイキングを学ぶ場が不足していたと山縣は指摘する。
帰国後、大学や専門学校での特別講義を通して、かつての自身と同じく既存の日本の教育システムにフィットできずに悩む多くの学生と出会った山縣は、日本の教育機関ではカバーしきれていない領域を補完する学びの場所として、2008年に「ここのがっこう」を設立。同氏が目指したのは、戦後の日本のカルチャーの担い手を数多く輩出したプライベートスクール「セツ・モードセミナー*」のような、一般大学や美大、専門学校の学生たちが集い、領域を横断して刺激し合う“オルタナティブな学びの場”の現代版だった。

マテリアル&マターコースのプレゼンテーションの様子
*セツ・モードセミナー:ファッションイラストレーターの先駆けとして活躍した長沢節が、1965年に設立した私塾。「みんなが楽しく、本当の絵の勉強ができる独特の場、貧しい画学生でも気兼ねなく学べる場を作りたい」という思いのもとで運営され、ファッション業界をはじめ各界で活躍するデザイナーやスタイリスト、クリエイターらを輩出した。出身者には、デザイナーの川久保玲や山本耀司、金子功、花井幸子、イラストレーターのペーター佐藤や穂積和夫、漫画家の安野モヨコや桜沢エリカ、写真家のホンマタカシ、建築家の安藤忠雄、俳優の樹木希林らがいる。長沢の生誕100周年となる2017年4月に閉校した。
「違和感」と「ルーツ」から個の表現を育てる
一般の大学生から社会人、服飾専門学校とのダブルスクールで通う学生、主婦まで、多様な人々が集まる「ここのがっこう」。同校の大きな特徴は、既存のファッションシステムや教育環境におけるさまざまなルールや枠組みを取り払っている点にある。ヨーロッパの名門校にあるような進級審査や、「ウィメンズウェア科なら“ウィメンズ”の“服”を作る」といった縛りは存在しない。
「ルールを取り払っているので、最終的なアウトプットが“謎のモノ”になることもよくある。セントマやアントワープの先生が来た際も『自分たちより自由にやっている』と驚いていました」と山縣は語る。
そうした自由な環境の中で、山縣は学生たちとどう向き合っているのか。「僕や講師陣には、学生を既存の業界に当てはめようという考えはありません。彼らの違和感を大事にして向き合い、新しいジャンルを作るくらいの気持ちでサポートします。また、コンプレックスや悩みを馬鹿にせず、共有できる場であることも大きい。そうした中にこそ、クリエイションのヒントがあるからです。そして、他者のルーツにも向き合うことで、リスペクトや尊厳が生まれます。自分自身だけでなく他者のルーツにも向き合いながらものづくりの場を共有する環境は、世界でも稀だったのではないかと思います」。
一方で、クリエイションの土台として同校が重視しているのが、日本でものづくりをする際に必要な“前提条件”を共有する座学だ。これは、山縣自身がセントマで受けた教育とは大きく異なるアプローチだという。

アドバンスドコースのプレゼンテーションの様子

「フランスはオートクチュール、イギリスはアーツ・アンド・クラフツ運動の流れを汲んだファッション教育の文脈の歴史に対し、日本のファッション教育を調べると、戦後のアメリカから影響を受けた『既製服の量産システム』が土台となっていることが多いです。だからこそ重要になるのが、洋服が入ってくる以前の日本の価値観や文化形成を見つめ直すこと。日本でクリエイションを行うには、和服から洋服へ、江戸から明治へと美意識や価値観が180度転換した“二重の歴史”があることを、まずは前提として捉える必要があります。そして無自覚な欧米偏重主義に陥ることなく、自分たちのルーツにしっかりと向き合い、同時に西洋からの影響も素直に受け入れながら、それをどう表現していくかが非常に大事だということを常日頃から、座学では伝えています」。
「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」や「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」、「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」が世界に新しい価値を提示できたのも、単に輸入された洋服の文脈だけでなく、日本に脈々と続く精神性や価値観が反映されているからだと山縣は指摘する。「確固たる個のアイデンティティ」を求める欧州の個人主義的な教育とは対照的な、「自他の境界が溶け合うような日本やアジア独自の精神性」をベースにしている点も、ここのがっこうならではの視点だ。

さらに、既存の文脈に留まらないオルタナティブな視点を持つことも、同校が大切にしている要素の一つ。「世界的なファッションクリエイションの歴史や文脈から外れるもの、今はないけど『こういうものもあっていいんじゃないか』というものなど、オルタナティブなものづくりを大事に見る目を養っています。一つの価値観に押し込まないことがすごく大事です」。
「歴史的・文化的な複雑性を捉え、自分自身の立ち位置や作り出すものが世界においてどういうものなのかを見る目を養う」──そうして培われた視点が、同校の卒業生たちのクリエイションが国内外で評価される理由へと直結している。
欧米偏重から、日本・アジアで学ぶという選択へ
設立から18年が経ち、世界のファッション教育を取り巻く環境は大きく変化した。かつてはセントマやアントワープといった海外名門校への入学を目指し、その入試準備のためにここのがっこうに通う学生も一定数いたというが、現在はインフレや円安による大幅な学費高騰などの影響により、海外留学自体がごく一部の層にしか許されない選択肢となりつつある。一方でヨーロッパの名門スクール自体も、運営費や学費の高騰、世界情勢の不安定さなどから留学生の数が減少し、苦戦を強いられているのが現状だ。そんな中、山縣は新たな潮流を感じていると話す。
「最近、韓国などアジアからの受講生や、見学希望の問い合わせが増えています。韓国から来たある学生は、『以前は欧州で学ぶのが主流だったが、それだけではないオルタナティブな学びがあるのではないか』という視点で日本に留学し、ここのがっこうを選択したと話していました。そうした欧州の名門校以外でファッションを学ぶ道が、より現代的な選択肢や可能性として出てきているのを感じます。欧州を頂点とする世界のファッション教育のヒエラルキーそのものがターニングポイントを迎えている中で、今後は欧米偏重ではなく、自分たちがいる場所で学べる環境をどう作り、アジアや日本で培ったものをどう体系化していくかがものすごく重要になってくるでしょう。そういった声にどう応えていくかが、僕らの次の課題です」。

設立当初からある「プライマリーコース」の受講料は、週1回・半期で18万1500円(2026年8月末時点)。
AI時代にこそ、「生きる手触り」を味わえるものづくりを
情報やモノが溢れ、AIがデザインを効率化・代替しつつある時代において、デザイナーやクリエイターが埋もれないためには何が必要なのか。山縣はこう答える。
「ファッションや衣服を作ることは『生きる』という実感を持てる、生きる手触りを味わえる表現です。そして、これからの時代に大事になるのは、『よくわからないけどやってみたらできちゃった』というようなこと。アイデアベースで直感的に出てくるものや、言語的な体系で模索して作るものは、いずれAIに淘汰されていくでしょう。しかし、想像しえないものや想像通りではないものを作る作業や、物質的なものと交わりながら作っていくプロセスはAIにはできないことなので、そのプロセスをしっかり伝えていくことは、これからも尊い価値を持ち続けると思います」。
さらに、その物理的なプロセスを支える最強の武器が、日本に点在する「生産背景」だと語る。かつては衣服の生産国であり、「アントワープ・シックス」を生んだベルギーでさえ現在は自国の生産背景をほぼ失ってしまった中、日本も衰退しつつはあるものの、まだ全国に多種多様な職人が存在し、何でもものを作ることができる。「クリエイティビティと職人技術が共存できる環境は、世界でも非常に稀です。さまざまな職人にアクセスしながらものづくりをしていくことは、日本でファッションを創造していく上で最も重要なポイントになってくるでしょう。そうした学びの体系をどう作るかが、これからの僕らの役割でもあります」。
村上亮太、津野青嵐、栗野宏文が語る「ここのがっこう」
ここのがっこう独自の教育環境は、実際にそこで学び、教える者たちの目にどう映っているのか。自身も修了生であり、現在はマテリアル&マターコースで講師も務める「ピリングス(pillings)」デザイナーの村上亮太、同じく修了生でアーティスト・ファッションデザイナー・精神科看護師の3つの肩書きで活動する津野青嵐、講評会や修了展、ゲスト講師として講義に参加し、受講生とのコラボレーションポップアップを開催するなど、同校と深い関わりを持ってきたユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文氏の3人に聞いた。
自分の内側から生まれた個性が、社会とつながったときに生まれる現象に面白さがある

Murakami Ryota
デザイナー
上田安子服飾専門学校卒業後、山縣良和による「ここのがっこう」でファッションを学ぶ。リトゥンアフターワーズのアシスタントを経て、2014年に「リョウタムラカミ(RYOTAMURAKAMI)」を立ち上げる。2020年にはブランド名を「ピリングス(pillings)」に改名。同年「atelier K'sK」代表の岡本啓子と共に、ニットスクール「アミット(AMIt)」を開校した。2023年12月にリトルリーグと事業譲渡契約を締結。「LVMH Prize for Young Fashion Designers 2025」でセミファイナリストに初選出された。
── ここのがっこうでの学びは、現在の表現やキャリアにどう活きていますか?
付けているボタンや選んだ生地、リサーチに使っていたノートなど、本当にいろいろなことについて、当時の講師のお二人(山縣、坂部三樹郎)から「なんでこれを選んだの?」「あなたらしい選択なの?」と聞かれた記憶が残っています。今振り返ると、それが何かを選択することのトレーニングになっていたんだと感じています。どんなに小さなことでも「ブランドらしい選択なのか?」と自然と考える習慣がつきました。
そして、当時一緒に学んだり展示をしたりしていた人たちが、今もそれぞれのブランドで活動していることは励みになりますし、良いライバル関係でもあります。友達があまりいない人生だったので、ものづくりを通してそういう人たちと出会えたことは嬉しく思います。
── ここのがっこうの教育の魅力や特徴とは?
一人ひとりのアイデンティティからオリジナリティを探していくことが一番の特徴だと思いますが、同時に、それが社会の中でどう存在していくのかを考えることの重要性も教えてもらいました。今、自分が講師としてファッションクリエイションについて話すときに、「心と社会の関係性、もしくは距離感」という表現を使うことがあります。自分の内側から生まれた個性が、時代や社会とつながったときに生まれる現象にファッションの面白さがあると思っています。
── これからの時代のクリエイターに必要な教育環境とは?
多様な時代になった一方で、気づかないうちに「なんとなくの正解」や「当たり前」に縛られて生きてしまっていると自分自身も感じています。自分にとっての正解や生きやすさとは何なのか、もう一度向き合うことが大切な時代なのではないでしょうか。
今はすぐに答えを求めてしまう時代ですが、クリエイションにおいては、ちゃんと悩める場所が必要だと思います。分からないことにすぐ答えを出すのではなく、分からないまま長い時間をかけて付き合っていける環境は、これからのクリエイターにとって大切だと感じます。

マテリアル&マターコースの学生の作品のフィードバックをする村上(中央左)とゲストの吉田圭佑
産業の中でデザイナーとして働くことだけでなく、「ファッション」という考え方を通してできることはたくさんある

Seiran Tsuno
アーティスト・ファッションデザイナー・精神科看護師
1990年生まれ。アーティスト・ファッションデザイナー・精神科看護師の3つの肩書きで活動。看護大学を卒業後、精神科病院に勤務しつつ、ここのがっこう(coconogacco)で学ぶ。2018年にファッションコンテスト「ITS 2018」のファイナリストに選出。2019年から2年間、北海道に位置する精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「浦河べてるの家」に勤務。現在は東京科学大学修士課程で“ファット”な身体との付き合い方を“装い”の視点から研究する。2026年に作品「Out of Body, In Dress」が、ニューヨークのメトロポリタン美術館コスチューム・インスティチュートに永久収蔵された。
── ここのがっこうでの学びは、現在の表現やキャリアにどう活きていますか?
まったく新しい何かを始めるというよりも、自分のルーツや、これまで身を置いてきた環境、積み重ねてきた経験を軸にしながら、それをどう広げていけるのかを考えるようになりました。また、必ずしも産業のなかでデザイナーとして働くことだけがファッションではなく、「ファッション」という考え方を通してできることはたくさんある、ということを学びました。
── ここのがっこうの教育環境の魅力とは?
さまざまなバックグラウンドを持つ人が集まっていることです。定期的にファッション業界以外の領域で活動する専門家も講評に来てくださるので、自分だけでは気づけないさまざまな視点に触れられるのが面白い。学生同士もお互いのクリエイションを尊重しながら、それぞれの制作を刺激し合える環境でした。
── これからの時代のクリエイターに必要な教育環境とは?
自分の選択だけでは出会わなかったような人たちと話し、異なる考え方に触れられる場がより重要になるのではないでしょうか。同時に、情報を集めて頭のなかだけで考えるのではなく、実際に手を動かして実験し、つくりながら考えること。その両方ができる教育の場が必要なのではないかと思います。

バーニーズ ニューヨーク銀座本店での「ここのがっこう」ポップアップ開催時の、津野青嵐にフィーチャーしたウィンドウディスプレイ
人の感情に響き、社会を動かすものを生み出すには、アナログで泥臭いことをやるのが大事
── ここのがっこうの教育の魅力や強みとは?
一番は「自由さ」でしょうね。だから他では出てこないようなユニークな人が出てくる。例えば、津野青嵐さんはファッションデザイナーというよりアーティスト寄りのクリエイターですが、彼女の作品はアメリカのメトロポリタン美術館に永久収蔵されるなど評価されています。
ただ、技術面の教育ではまだ課題があります。山縣さんともよく話しますが、ものづくりの技術面をしっかりフォローできるようになれば無敵だと思います。一方で、服飾専門学校で技術を学び、ここのがっこうでコンセプトを鍛えるというダブルスクールの人も多いですし、今はクリエイティブディレクターの時代でもある。コンセプトがしっかりしていれば、必ずしも自分で作れなくてもいい時代とも言えるので、コンセプトを鍛えることに特化した学校があってもいいのかもしれません。
── AI時代において、これからのクリエイターや教育の場に求められることは?
AIを使ったからといって、自分がクリエイトしていると誤解しないことが大切です。AIはあくまで道具。ボールペンで字が書けるのと同じレベルの話です。大事なのは、自分の頭で考え、想像すること。教育の場では、AIに任せられる部分と、もっと頭を柔らかくして自分で考えるべき部分を教えて、AIを使いこなせるだけの自分を作ることが重要です。
ファッションはカルチャーであり、カルチャーは政治を変える力さえ持ち得ます。歴史を見ても、文学や哲学、美術、音楽といったカルチャーを考えていた人たちが社会を動かしてきました。アウトプットがファッションである前に、その手前にあるカルチャーを膨らませることができれば、それは強いファッションになる。そうした人の感情に響き、社会を動かすものを生み出すためには、ここのがっこうでのものづくりやそのプロセスのように、今どき青臭いと思われるようなアナログで泥臭いことをやることが大事だと思います。
現役受講生に聞く、ここのがっこうで得たもの
2025年度の修了展で自身初のコレクションをランウェイショー形式で発表し、複数の賞を受賞した浜田空。立教大学に在籍しながら、今年でここのがっこう4年目を迎える。自分自身と向き合う学びの中で浜田が見つけたのは、「自分らしさ」そのものではなく、むしろそれを手放すための軽やかさだった。

浜田空 | Sola Hamada
2003年生まれ、埼玉県出身。立教大学文学部文芸思想専修に在籍しながらここのがっこうに通う。プライマリー、プレアドバンスド、マテリアル&マターを経て、現在はアドバンスドコースを受講。来春には東京で個人としての作品発表を予定しており、将来的には自身のメンズブランド立ち上げを目指す。
Instagram:@lillijiliji
── ここのがっこうでの学びを通して、どのような変化がありましたか?
去年、初めてコレクションとして服を作ったことが印象に残っています。それまでは服を作っておらず、刺繍や生地加工などに取り組んでいました。技術的な自信のなさもあり、「何になりたいか」と聞かれても、心の中では「ファッションデザイナー」だと分かっているのに、なかなか答えられませんでした。そんなとき、講師の村上さんに「むしろデザイナーって言ったほうが違いを見つけてもらえるよ」と言ってもらったんです。その言葉が服を作るきっかけになり、自分の中にあった凝りのようなものがほぐれました。
ここのがっこうには、“最短の遠回り”とも言えるような、最短距離で答えを出すのではなく、遠回りしながら自分を探すような時間があります。僕の場合、それが刺繍や生地加工でした。自分のアイデンティティを深掘りしていく中で、逆に「手放せる軽さ」を持てた気がします。自分のアイデンティティを100%押し出したものだけが良いわけではない。自分にとって大事なものと、そうでもないものを区別し、作る上で取捨選択できるようになりました。
2025年度の修了展では「後ろ姿をデザインする」ことを起点に、後ろ髪を引かれながらも前に進む同世代の人間像を表現しました。初めて一人でランウェイショーも行いましたが、モデルも裏方も大学の友達が手伝ってくれたんです。ある意味、その「集団性」も自分のアイデンティティなのかなと思います。



2025年度修了展で発表したコレクション「ЯuckenfiguR」
Image by: 唐澤弘一郎
── ご自身もその一人として、次世代のクリエイターにはどのようなものが必要だと考えていますか?
これまでのメンズウェアでは、知識や歴史といった「深さ」が大事だったと思います。でもAIが登場したことで、幅広く満遍ない知識の価値は破壊されたと感じています。これからは、例えば特定の年代の生地やディテールといった知識を、全くわけの分からない場所に鮮やかに接続していくような「軽さ」も必要なのではないでしょうか。その接続の仕方にこそ、作り手らしさが出る気がします。
毎日違う服を着て、毎日違う自分でいてもいい。でも、どこかにへばりついている自分のようなものがなんとなくある。ボタンの選び方一つにも自分は出るのだから、とらわれすぎる必要はない。ここのがっこうで自分を深掘りしたからこそ、そう思えるようになりました。
最終更新日:
■coconogacco:公式サイト
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