YUEQI QI 2023年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
なつかしい面々の名前が一挙にライナップされた2023 A/W東京ファッションウィーク。活動歴10年以内のブランドが数多く、立ち上げ当初に比べるとブランド規模もファンダムも広がったいまだからこそ発表する意義を感じさせる熱気が各会場を包んだ。
初日に渋谷から離れ、新宿の珈琲西武で初めて東京でのショーを発表したのは、上海ブランド「ユェチ・チ(YUEQI QI)」。コロナ直前の2019年冬に上海ファッションウィーク中に実施される若手輩出プラットフォーム「LABELHOOD」で、代表のTasha Liu氏に「このあと、インスタレーション発表するブランドは面白いから」とオススメされて観たのが、まさにユェチ・チだった。(文:Yoshiko Kurata)
当時は(といってもまだ3年前の話だけれど)、中国の四大民間逸話「梁山伯と祝英台」をテーマにし、現地の八百屋で売っている大ぶりの果物が積み上がったノスタルジーなインスタレーションに、異国者であるわたしは、中国ブランドらしさをまっすぐに受け止めていた。そして、また会場でTashaが耳元で囁いてくれたのが、彼女のバックグラウンドにセントラル・セント・マーチンズ卒業後、「シャネル(CHANEL)」の刺繍アトリエで働いていたことだった。ルック数は指で数えられるほどだったにせよ、鮮やかな花柄が描かれた細かなビーズのセットアップが印象的だったことは記憶している。
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そこからTahsaの先見の明が光るように、LVMH Prize 2022セミファイナリスト、GUCCI Film Festival など瞬く間にグローバルへと名前が響き渡るようになったのも、たったこの2年間の出来事。一貫して彼女のコレクションにおける視点は、自身のパーソナルな体験を過去・現在・未来の時間を行き来しながら追体験するもの。活躍の場が広がるにつれ、彼女の扱う素材もビーズをはじめとするクラフトマンシップだけではなく、21AWシーズンのショーを皮切りにレディ・トゥ・ウェアとしても世界観が表現できるようになり、そうした個人史はより共感の声を反響させてきた。
そんな急激な成長を遂げたユェチ・チの東京での初めてのファッションショーは、前回のシーズンから興味の矛先を向ける「宇宙」を感じさせる眩い光が55年の歴史を持つ喫茶店を強く照らし、わたしたちを過去でも現在でも未来でもない時空へと誘う。
「過去 / 現在」とつぶやくBGMの中、シャラシャラとゆっくりと音を立てて歩くスパンコールブーツ。グリッターが施されたメイクと21AWから共にするヘアデザイナー・Tomohiro Konoによるヘア、ビーズネットや太陽系の柄がプリントされたアイテムなどをまとったモデルが登場するたびに、会場中に光が乱反射し、時空の一瞬に解き放たれたような感覚になる。デビュー当時に感じたわかりやすい「中国ブランドらしさ」は徐々に薄まっているものの、中国に脈々と残る歴史と近年の未来志向な発展を肌で感じるYueqi氏だからこそ、いままで積み上げてきたクラフトマンシップへの重きを忘れることなく未来へと前進できる力強さを感じた。
3日目の朝、ブランドが持つエネルギッシュなイメージとは打って変わって、澄んだ白色のカーネーションが迎えたのが「テンダーパーソン(TENDER PERSON)」。
テンダーパーソンが打ち出す服は、一見すると曇り一つなくポップなエネルギッシュさを感じるのだが、先日、とあるインタビューで共同デザイナーのビアンカ氏と話す機会があり、明るい口調で話しながらも「ファッションのサイクルが年々加速する中で、どんなに新しいものを常に考えて生み出していたとしてもファッションデザイナーも消費されて、いつか価値がなくなってしまう可能性はあるじゃないですか。自分も古着のように消費社会においてポイされてしまうかもしれないと切なくなったんですよね」と冷静かつ現実的な言葉をもらしたことが意外だった。
自分たちがつくりたいものをつくるという彼らのまっすぐな気持ちを体現してきた「テンダーパーソン」は、10年を経て社会と呼応する中で、自身と向き合う鏡のような存在になってきたようだった。「Dreaming of me」というタイトルのもと発表された今回のショーは、そうしたこれまでの道のりを「悪夢」と比喩しながら素直にネガティブな心境を表にだすことで、新たなテンダーパーソンの顔を見せた。
だからといって、彼らの服作りにおける表現はネガティブになったわけではなく、むしろ今まで支えてくれたファンの存在を改めて意識することで、全てを原動力にできるブランドとしての厚みを増したように感じる。
同インタビューで、目まぐるしく世の中が変わる中、ファッションデザイナーとしての存在をビアンカに問いた。
「直接的な社会貢献できないかもしれないですが、着る人が昨日よりも今日をハッピーに感じられるお洋服を作りたいといつも思っていますね。でも、そう思えたのも、実はここ最近の話なんです。ブランドを始めた頃は、そんなこと考えずに自分が作りたいものを作るという意識が強かったのですが、テンダーパーソンを10年間続けてきた中で気づきはじめて。年季が入った過去のコレクションを大事に持ってくださっているファンの方に会ったり、SNSを通して自分がデザインした洋服でポジティブな気持ちになれたというコメントなどを見ることで、これからもファッションデザイナーとして、服を通して人々にポジティブなエネルギーを与えたいと思えるようになりました」
その言葉のとおり、まさに会場でショー後に自由に配布された白色のカーネーションは、社会的に価値がなくなったとされるフラワーロスをフラワーアーティスト・Hikaru Seinoとの協業でスポットライトを当てなおす試みだった。
静かなBGMが流れながらも登場する、ブランドのシグニチャーモチーフでもある炎はブランド当初に燃やした闘志とは違い、どんなに風や雨を受けても消えることのない光源として熱を放っていた。
テンダーパーソンを終えてヒカリエを後にし、同じ渋谷区内で発表されたのが「ヨウヘイオオノ(YOHEI OHNO)」のプレゼンテーション。
たまたま前日の「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」の帰り道にデザイナーの大野氏と遭遇し、お互いの生活空間について、SNSでのブランドの見え方などたわいもない会話をしたのだが、いま思えば、ゆるやかに翌日のプレゼンテーションへと続くイントロだったのかもしれない。
前回のショーを見ていない限り、なんとも今回の発表を単体に捉えるのは違うように感じつつも向かったシンプルな会場は、自然光が降りそそぎ、段差もなくフラットにモデルが立ち並ぶ。 通りすがりの通行人が「マネキンなんじゃない」とつぶやくほどに、モデルが周辺に置かれているインテリアや家具と同化しているようだった。前日の電車に揺られながら、大野氏の住まいがアトリエ兼の住居として使っているため生活にメリハリがなくなっていることを話したのだが、ある意味、クリエイションと日常がシームレスに繋がっているライフスタイルだからこそ、今回の空間がつくりあげられたのだと腑に落ちた。棚に置かれているのは、実際にアトリエで飾られているがらくたから価値のあるものまで ー 目の形をしたオブジェ、フランスパンのおもちゃ、シルバーのプロダクトなど ー さまざまに優劣なく並ぶ。
それら生活空間と調和するモチーフとは別に、今回のキービジュアルにも使われたバンドTシャツを意識したというグラフィックデザインが具体的なモチーフとして登場。しかし大野氏の「Tシャツは作らない」というこだわりにより、本来の目的とは思わぬ形で、鞄に落とし込まれた。これまで素材への探究心からはじまり、人間に/女性に着させるにはという考えから機能美と建築的な造形美を両立させてきた彼の着眼点からは意外な選び方になったように感じたが、これもまた棚に置かれているがらくた、と同じく価値を失った平凡だけれど、どこか愛おしいものとして研究対象に入ったようだった。
こうして日常の中にあるモノや素材を研究対象として一度咀嚼して、本来とはまったく別のアウトプットで魅力を見つける大野氏のデザインアプローチは、本来の関係性と切り離して人間の予想を裏切り新たな美意識を提示してくる画像生成AIと似た感覚を覚える。面白いのは、画像生成AIにたとえ「服」と直接的に人間に関係ないワードでも読み込ませても、自動的に人間が使うモノとして捉えて「目」や「身体」のようなモチーフも画像の一部に不自然に入れてしまうこと。
今回のプレゼンテーションでも至るところに映っていた「目」もまた、会場に陳列される静的なプロダクトデザインの中で、一際人間味を感じるものとしてこちらを静かに見つめていた。
今回の発表で、ショーとプレゼンテーションどちらが自分に合っているか試してみると帰路の電車で言っていたが、どちらかにしっくりくる感触は掴めたのだろうか。社会から過剰かつ簡単に価値をつけられやすくなった時代に抗うように、自分自身のブランドのかたちをありのままで見せていくのであれば、今回の発表形式は成功だったように思う。
1991年生まれ。国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。これまでの寄稿媒体に、FASHIONSNAP.COM、GINZA、HOMMEgirls、i-D JAPAN、SPUR、STUDIO VOICE、SSENSE、TOKION、VOGUE JAPANなどがある。2019年3月にはアダチプレス出版による書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。2022年にはDISEL ART GALLERYの展示キュレーションを担当。同年「Gucci Bamboo 1947」にて日本人アーティストniko itoをコーディネーションする。
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