上海滞在生活の日々を綴るコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」。東コレデザイナー、海外での企画生産を経てアパレルメーカーのアジア展開を担当する佐藤秀昭氏の視点から中国でいま起こっていることをお届けする。第3回は上海到着時にさかのぼる。空港でのPCR検査の陰性証明をクリアして挑んだ、14日間の隔離生活。噂では食事面の試練が多いとのことだったが、蓋を開けてみると――? 名もなき中華の鉄人による“隔離のグルメ”を振り返る。
(文・佐藤秀昭)
9月19日、日曜日の昼下がり、2年ぶりの上海の浦東空港に到着。即、目が飛び出るのではないかと思うくらい、鼻のずっと奥の方に、そして、のどちんこの向こう側まで綿棒を差し込まれる、非常にオフィシャルなPCR検査を受け、空港のロビーで4時間ほど待機。
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そして、地球人合計35人、遠足のような大型のバスに乗り込み、政府指定の隔離先のホテルへ直行。到着後、持ってきたスーツケースはこれでもかと消毒され、そのまま隔離生活を迎えることとなった。
朝7時、ホテルのドアがノックされ、隔離生活の一日が始まる。ドアを少し開けて外を覗けば、ドアノブに掛けられた、半透明のビニール袋に入った温かい朝食。
2週間、閉ざされたドアの向こう側を望めるのは、食事が届けられる朝7時、昼12時、夕方6時、毎食後の容器の返却時、そして、完全防護の医療関係者が部屋を訪れるPCRの検査の時だけだ。
たまたま自室からは空がほぼ見えず、窓を限界まで開けて、そこから手を伸ばしても、真夏のピークが去った外界のぬるい空気が部屋に吸い込まれ、そして、どこかへ向かう飛行機のゴーッという音が聞こえるだけ。
先日閉幕した北京冬季オリンピックでも観客は中国居住者のみに限定されたように、この国では生まれたところ、皮膚や目の色に関わらず、入国者には厳格な規則が平等に設けられる。特に外国人である僕が上海の土を踏むには5つのステージをクリアする必要があった。
【ステージ1】上海政府からの招聘状
上海政府による厳密な審査があるため、取得まで数ヶ月を要する。
【ステージ2】出発前日のPCR検査、抗原検査の陰性証明
【ステージ3】上海到着後の空港でのPCR検査の陰性証明
【ステージ4】政府指定先での2週間隔離
朝昼の検温、6回のPCR検査の陰性証明。外出禁止、デリバリー禁止、禁酒禁煙。なお、食事は全て支給される。
【ステージ5】自宅での1週間隔離
2回ずつのPCR検査と抗原検査と、その陰性証明
なお、この規則は、2022年2月現在でも緩和はされていない。
◇ ◇ ◇
ステージ4、14日42食の隔離のグルメの始まり。
先人たちの“ぼうけんのしょ”によると、ステージ4のクリアには特に食事面での試練が多いと遺されていたため、「来週、空から恐怖の大王が降ってくるのですか?」と店員さんに尋ねられるほどのレトルト食品や調味料を日本で買いだめした。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、隔離シェフの料理をありのまま、着の身着のまま、愛のままにわがままに楽しみ、日本からの助っ人の手はほぼ借りない結果に終わった。着飾らぬ中華料理の奥深さとそのバリエーションに感動し、そして名もなき中華の鉄人たちに敬意を評したいと思った。
ある一日のメニューはこうだ。
7時、小沢健二をiPodで聴きながらの朝食。
・かぼちゃのお粥 隔離のボーイズライフ
・青菜まんじゅうのセレナーデ
・上海搾菜専科 または恋は言ってみりゃボディー・ブロー
・痛快ウキウキ豆乳
・ゆでたまごをノックするのは誰だ
12時、村上龍の文庫本を読みながらの昼食。
・愛と幻想のトンポーロウ
・五分後のセロリ
・8931 Eight thousand nine handled thirty one
・すべてのお米は消耗品である
・限りなく透明に近いスープ
19時、Netflixで海外ドラマを見ながらの夕食。
・ストレンジャー・サカナス 未知の食材 シーズン2
・ザ・カリフラワ・アカデミー
・空芯菜クラス
・米の不時着
・SOUP / スープ ファイナルシーズン
・ブレイキングバナナ シーズン3
気が狂っていたのではないかと今改めて思うが、繰り出される“至高のメニュー”一品一品に名前をつけ、8ビートで舌鼓を打つ。
さらに週末は、美味しんぼの東西新聞の山岡士郎よろしく、母殺しのマイファーザー、海原雄山をギャフンと言わせるための“究極のメニュー”作りに挑戦した。
相棒は、日本からの使者、折りたたみ式のトラベルクッカー。
無印良品のフリーズドライをフォン・ド・ボーにした、 “魯山人風トムヤムリゾット”。
時には苦かったり、渋く思うこともあるような、幾つものスパイスを駆使しての、“陳家の石焼風麻辣パイコー丼 青梗菜を添えて”。
迷わず混ぜよ、混ぜれば分かるさ、ありがとう、の、三食炒虾仁(小海老と人参とグリーンピース炒め)の混ぜご飯。
また、のど飴を紅茶に溶かして嗜むという、“のど飴茶千家流-上海隔離派”を創設したり、
昼夜支給される果物をスケッチしたり、ドライフルーツにしようとして失敗したり。
運動不足解消のためにベッドの上で縄跳びをして、天井にドカーッと頭をぶつけて、ルカーッと叫んだり、生涯において、最後まで読み切れなかったロシアの大文豪の小説に挑戦して、結局はまた読み終わらなかったり。
気がつけば、規則正しい生活と禁じられたビールで体重が3.5kg減り、精神と時の部屋での2週間が過ぎていた。
◇ ◇ ◇
ホテルを出て空を見上げれば、そこには琥珀色に浮かぶ、輪郭がぼんやりとした太陽。ふと、上海蟹を食べたいと思った。
そしてすぐ食べた。
くるり「琥珀色の街、上海蟹の朝」
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好。
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