東コレデザイナー、海外での企画生産を経てアパレルメーカーのアジア展開を担当する佐藤秀昭氏の視点から、中国でいま起こっていることを週1回更新でお届けするコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」が期間限定で復活。今回は日本のブランドが現地でどのように評価されているのか、上海ファッションウィークの合同展示会からレポートする。
(文・佐藤秀昭)
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今回の上海出張は1ヶ月間と期間は限られているが、マルジェラカフェと並び、どうしても行きたいところがあった。それは9月22日に開幕した、2023年春夏上海ファッションウィークだ。
上海ファッションウィークは毎年3月と10月に開催される中国最大のファッションイベントで、今年で発足20周年を迎えた。会期中は中国のブランドを中心に絢爛豪華なファッションショーと、複数の大型合同展示会が開催される。コロナ禍の前には、プラダが参加したこともあった。海外ブランドにとっても中国でのビジネスの足がかりとなるステージとなる。そのため、この期間は中国各地からの多くのファッション関係者が上海を訪れ、街は華やかに彩られる。
ただ、前回の3月開催の2022年秋冬上海ファッションウィークはロックダウンの影響を受けて、開催が6月に延期。さらに規模が縮小され、上海の隣の杭州での開催を余儀なくされた。
中国ではいまだにゼロコロナ政策が継続しているが、今回は上海での開催が中心。今シーズンは「新自然の源」をコンセプトとし、中国出身のスーパーモデル呂燕が手掛けるファッションブランド「COMME MOI」のランウェイショーでファッションウィークの幕を開けた。
僕もいくつかのショーやイベントに誘われたが、平日はなかなか時間を作ることができず、その代わりに上海滞在の最後の週末に合同展示会に足を運ぼうと思っていた。競争が激しい中国のマーケットに、日本のブランドがどのように挑戦しているかを見たかったからだ。
上海滞在期間中に綴っていた日記のページを振り返る。
◇ ◇ ◇
■9月24日(土)晴れのち曇り
プラタナスの葉が色づきはじめ、どこからか金木犀の香りもし始めていて、秋の訪れを感じた。
今日は上海出張最後の土曜日。流石に朝晩は半袖と半ズボンでは肌寒い。先週、上海郊外の古着街で値切って買ったパタゴニアのナイロンパーカーを丸めてカバンに入れて家を出る。少し遅めの朝食は、会場近くの「大阪王将」で餃子をつまむ。上海で餃子といえば水餃子が一般的で、焼餃子は日本料理店以外ではあまり見かけることはない。日本よりも気持ち肉厚の皮に包まれた餃子に舌鼓を打つ。
選りすぐりの日本ブランドを中心に取り扱う完全予約制のサロンを先月オープンし、日々忙しくしている西山さんと待ち合わせ、日本ブランドを集めた合同展示会「シントーキョー(Xin Tokyo)」に向かう。今回から上海ファッションウィークの公式プログラムとして認定されたそうだ。シントーキョーのプロデューサーを務める幸田さんはかれこれ20年来の友人で、今は頻繁に中国のマーケットについての情報交換をしている。
入場のためにはいくつかの事前登録が必要で、さらに入口では24時間以内のPCR検査の陰性証明の提出が求められた。公共交通機関や商業施設は72時間以内の陰性証明で事足りるため、より厳格な規制を体感した。
28階までエレベーターで上がる。会場は天井が高く、大きな窓からは上海の街並みと青い空と白い雲が遠くまで見渡せた。開放感のある空間には、「ミントデザインズ(mintdesigns)」「ストフ(STOF)」「リヒト・ベシュトレーベン(Licht Bestreben)」など、多くの日本ブランドのサンプルが綺麗に並んでいた。
土曜日の昼下がりだったが、多くのバイヤー、メディアやインフルエンサーと思われる中国人のファッショニスタが会場を訪れていた。彼らはスタッフの説明に耳を傾け、ひとつひとつの洋服のディティールをじっくりと見て、サンプルたちに袖を通しその着心地を確かめていた。日本ブランド、そしてそのモノづくりのこだわりへの強い関心を目の当たりにすることができて、少し嬉しかった。
幸田さんによると、今回の来客数と展示会の賑わいはコロナ以前までほぼ回復しており、次回ファッションウィークの時には、渡航制限も解除され、日本と中国の交流がより増えることを期待しているとのことだった。僕もその未来を望んでいる。
■9月25日(日)曇り
上海最後の日曜日。4日後には日本に帰国する。帰ったらまずは湯葉と蕎麦を食べたい。午前中にたまった仕事を片付け、「ショールーム キャッツ(Showroom CATS)」の兒玉キミトさんが参加している合同展示会「Ontimeshow」を訪れるため、上海のアートエリアである外灘のWEST BAND ART CENTERに向かう。
「Ontimeshow」は150を超えるブランドやショールームが参加する、上海ファッションウィークを代表する大規模な合同展示会の一つだ。会場近くにはおしゃれな人が多く、上海ファッションの多様性と可能性を再認識した。中国ブランドも多く出展していると聞いていたので、展示会への期待感が一層高まった。
しかし、昨晩受けたPCR検査の結果が待てど暮せど反映されない。24時間以内のPCR検査の陰性証明がなくては会場には入れない。そう、これぞ今の上海。何度問い合わせをしても、会場の受付で相談してもどうにも埒(らち)が明かない。YES! This is China!
仕方なく外灘沿いをとぼとぼと歩いていると、秋空の下でも少し汗が滲んできたので、棒に刺さったバニラアイスを露店で買って食べた。歯が折れそうなくらいに硬かった。少しお腹も空いてきたので、道すがらラーメンを食べた。あまりに辛く、毛穴という毛穴から煙が出そうだった。
それでもまだPCR検査の結果が反映されないので、時間をつぶすため、自転車を爆走し韓国系のサウナに向かった。
日本同様、上海でもサウナ人気が高まっており、日曜日の昼下がりのサウナは若者を中心に混雑していた。多くの若者が身体のどこかしらにタトゥーを入れており、文化の違いを少し感じた。サウナ8分、水風呂2分、外気浴10分を6セットこなし、バッキバキにととのってから、展示会の様子を知りたく兒玉さんに電話をした。
兒玉さん曰く、全体傾向としては合同展示会でも「国潮(グオチャオ)」が存在感を増しているとのことだった。その理由としては3つ。①「歴史ある中国ブランドの成熟化」、②「新進気鋭のDtoCブランドの隆盛」、そして③「コロナ禍で高まった海外ブランドの中国進出のハードル」とのことだった。
ただ、日本ブランドにとってはマイナスな点ばかりではなく、あらゆる物価が上昇する中で現在の円安傾向が大きな追い風となっているそうだ。現地のショールームを通して展示会に参加した「ビューティフルピープル(beautiful people)」「アキコアオキ(AKIKOAOKI)」「ティート トウキョウ(tiit tokyo)」「ウィンダンシー(WIND AND SEA)」などはそのクリエーションも相まって、好評を博したとのことだった。
現在、多くの日本企業が中国でのビジネスに関心はあるものの、渡航の制限、そして渡航後の隔離やリスクも残っている状況下ということもあり、上海でショールームを運営する兒玉さんへは日本企業からの中国進出に関する問い合わせや、個別での展示会開催の相談、アパレルブランドとアニメのキャラクターとのコラボの取り組みなどが増加し、中国のファッションマーケットの可能性とビジネスチャンスを、日々肌で感じているそうだ。
電話を切り終わると、今更PCR検査の陰性証明が届いていた。時計を見るとすでに展示会は終わってしまっていたので、仕方なく、もう一度ととのうためにサウナに向かった。
◇ ◇ ◇
中国で日本のブランドを流通させることを生業とする西山さん、幸田さん、兒玉さんはそれぞれのアプローチは少し違うものの、その話には共通項を感じることがある。
コロナ禍、そして政府による内需拡大の政策の影響もあり、中国市場において、中国のブランドが急成長し栄華を極めているのは間違いない。それはこの数年で急激に加速した。さらに「MADE IN JAPAN」「MADE BY JAPAN」というだけで、日本のブランドが中国のマーケットで成功する時代は、ファッションに限らず、もう遠く過ぎ去ってしまっていることも事実だ。
しかし、今回の展示会、そしてこの出張で、実際に目で見て耳で聞いたことだが、日本のブランドの良さを理解している層は今でも確実に中国に存在し、そのマーケットはいつだって開かれている。それはとても小さな的かもしれない。ただ、その的に向けて、いかに正確に、そしてシンプルにボールを投げ込んでいくか。日々状況が変わる中国において、我々は常にチャレンジャーであり、歩みを止めてはいけない。
上海最後の日曜日。サウナでととのいながら、改めてそう思った。
ザ・ハイロウズ「日曜日よりの使者」
群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門を経て、現在はレディースアパレルメーカーの海外事業本部に勤務。主に中国、アジアでの自社ブランド展開に従事。家族と猫を日本に残し、2021年9月からしばらくの間、上海長期出張中。
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.21:上海の青い空の真下で走る
・vol.20:上海でもずっと好きなマルジェラ
・vol.19:上海のファッションのスピード
・vol.18:ニッポンザイチェン、ニイハオ上海
・vol.17:さよなら上海、サヨナラCOLOR
・vol.16:地獄の上海でなぜ悪い
・vol.15:上海の日常の中にあるNIPPON
・vol.14:いまだ見えない上海の隔離からの卒業
・vol.13:上海でトーキョーの洋服を売るという生業
・vol.12:上海のスターゲイザー
・vol.11:上海でラーメンたべたい
・vol.10:上海のペットブームの光と影
・vol.9:上海隔離生活の中の彩り
・vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
・vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
・vol.6:上海の日常 ときどき アート
・vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
・vol.4:スメルズ・ライク・ティーン・スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
・vol.3:隔離のグルメと上海蟹
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好
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