ヴィンス・ステイプルズのアー写
機材や環境の発達により、1日で数百~数千曲がリリースされる昨今の音楽産業。歓迎すべきことではあるものの、その膨大すぎる量がゆえ自ら触手を伸ばすことを躊躇い、真に評価を受けるべきアーティストとの邂逅が消失し、気付けば過去のお気に入りばかりをリピート再生している......という状況に心当たりがある方に向け、月に1回“ファッションシーンとの親和性も高い”アップカミングなアーティストを紹介する連載【服好き必聴アーティスト】。(文:Internet BoyFriends)
早耳な音楽フリークの方々にとっては既に知られた存在が登場するだろうが、復習も兼ねてファッション的新情報を得られるという心持ちで読み進めていただければ幸いだ。第7回は、全米屈指の犯罪多発都市カリフォルニア州コンプトン出身ながらアルコールもドラッグも摂取しないストレートエッジな生活を貫き、インタビューのたびに意表を突く発言を残すなどUSヒップホップシーン随一の変わり者として知られるラッパー ヴィンス・ステイプルズ(Vince Staples)についてお届け。
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OFWGKTAとの邂逅からラッパーに
ヴィンス・ステイプルズは、中米系の血を引く父親とハイチ移民である母親のもと、5人兄弟の末っ子として1993年に生まれた29歳。出身は、ドクター・ドレー(Dr. Dre)やザ・ゲーム(The Game)、故クーリオ(Coolio)、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)、タイガ(Tyga)らギャングスタ・ラップやコンシャス・ヒップホップ(*社会性などを意識したリリックを含むラップ)の担い手を輩出してきたカリフォルニア州コンプトン。だが、コンプトンは全米屈指の犯罪多発都市としての側面が強いため、両親は危険を恐れ幼いヴィンスを連れて南部の港湾都市ロングビーチに引っ越し。このため、彼いわく地元はロングビーチだそうだ。
幼い頃からヒップホップを好んで聴いていたものの、音楽性の面で特定の誰かしらに憧れることはなかったという。しかし、若者向けのアメリカンフットボール・リーグ「Snoop Youth Football League」を設立し(*ヴィンス自身も参加し、NFLに指名される選手も)、後進育成のために音楽の授業を開くなど、地元への還元活動を行うロングビーチのヒーロー スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)に対しては大きなリスペクトを抱いていることを明かしている。
このように音楽面で憧憬する人物がいなかったため、ヴィンスはラッパーになることを夢見ていなかった。だが、友人伝いでタイラー・ザ・クリエイター(Tyler, the Creator)が率いるオルタナティブ・ヒップホップ集団オッド・フューチャー・ウルフ・ギャング・キル・ゼム・オール(Odd Future Wolf Gang Kill Them All、OFWGKTA)のメンバーであるシド(Syd)、マイク・G(Mike G)、アール・スウェットシャツ(Earl Sweatshirt)らと邂逅。彼らに才能を見出される形で何曲かにゲスト参加し、2010年3月にアール・スウェットシャツがリリースしたミックステープ「Earl」の収録曲「epaR」が各所で高く評価されたことから、ラッパーになることを決意した。
人生を変えた故マック・ミラーとの出会い
2011年12月に1stミックステープ「Shyne Coldchain Vol. 1」を、2012年10月に2ndミックステープ「Winter In Prague」をリリースするも思うような評価を得られなかったヴィンスだが、2013年にアール・スウェットシャツを介して人生を変える人物との出会いを果たす——故マック・ミラー(Mac Miller)だ。
マックはヴィンスの1つ歳上の同世代でありながら、ほぼ無名のヴィンスとは異なり、既にアルバム「Blue Slide Park」で全米1位を獲得していた人気ラッパーの1人。にも関わらず、初対面のヴィンスに対して当日中にビートを作る約束を果たし、結果として2013年6月にコラボミックステープ「Stolen Youth」をリリース。レビューサイトや音楽評論家から軒並み高い評価を獲得するだけでなく、マックはツアーのサポートアクトにヴィンスを抜擢するなど、本作をきっかけに彼の名が広く知られるきっかけとなった。なお、マックは「Stolen Youth」のパブリッシングを一切受け取らず、その理由をヴィンスが尋ねると「なんでもいいんだよ。1億円を稼げるようになったら、メルセデス・ベンツ Sクラスか何かを買ってくれ」と笑いながら返答したそうだ。
以降、ヴィンスはマックをホーミー(*家族のような仲間)として慕っており、2018年にマックが急逝した際は、「Stolen Youth」の収録曲「Heaven」のリリックを引用し、「死んじまって、天国へ行ってしまったのか?ショックを受けたよ。お前の質問はなんだ?祝福が欲しいのか?それとも、天国がどういう場所か気になっているのか?また会おう。全てに感謝してるよ、全てに。愛してるぜ」とコメントしている。
2ndアルバムが“2017年のラップのベストアルバム”と絶賛
マックとの出会いを機に活動のスピードを加速させたヴィンスは、いくつかのミックステープと1stEP「Hell Can Wait」を急ピッチで制作。すると、新人ラッパーの登竜門として知られるヒップホップ専門誌「XXL・マガジン(XXL Magazine)」の新人発掘企画“XXL・フレッシュマン・クラス(XXL Freshman Class)”の2015年版に選出され、その直後に1stアルバム「Summertime '06」をリリース。彼の綴るリリックのレベルの高さとオリジナリティの強い音楽性から、全米アルバムチャートで39位にランクインする好調な滑り出しを見せたほか、ある動画をきっかけに収録曲「Norf Norf」がバイラルヒットした。その動画というのは、幼少期からのギャングとの関係や生活、文化をリアルに描写した内容を綴った「Norf Norf」をラジオで聴いた女性が、「自分が子ども時代に聴いていた曲と様変わりした耳を疑うリリック」や「子どもの将来性に悪影響を及ぼす」などと声を荒げるもの(*現在は非公開)。確かに、平和な国・日本に住む我々にとっても非現実的すぎるリリックで、MVも深く考えさせられるシーンが多いので、ぜひ一度視聴していただきたい。なお、動画についてヴィンスは、「彼女は、ただ他人の行動に対してとても感情豊かなだけ。レイシストではないと思う」と冷静な対応を見せていた。
1stアルバム「Summertime '06」でヒップホップ好きからのプロップスを得たヴィンスは、2ndEP「Prima Donna」やゴリラズ(Gorillaz)との「Ascension」などを経て、2017年に代表作となる2ndアルバム「Big Fish Theory」をリリースした。全米アルバムチャートでは最高16位とトップ10入りには至らなかったが、その多様なジャンルを折衷した内容から各メディアが“2017年のラップのベストアルバム”と絶賛。しかし、彼本人は「もしグラミー賞にノミネートされるならば、ラップ・アルバム賞ではなくベスト・エレクトロニック・アルバム賞がふさわしい」と、あくまでラップアルバムではない旨をコメントしている。ちなみに、アートワークを飾る金魚の名前は“カール(Karl)”とのこと。
2017年の2ndアルバム「Big Fish Theory」以降、2018年に3rdアルバム「FM!」を、2021年に4thアルバム「Vince Staples」を、2022年に5thアルバム「Ramona Park Broke My Heart」をリリースするという脅威的なスピードを見せているヴィンスだが、最後にアルバム未収録曲の「Get The Fuck Off My Dick」のプロモーションについて触れたい。
2018年、ヴィンスは“ライブで多くの批判を浴びた”ことを理由に、突如として早期引退のための資金をクラウドファンディングで募り始めた。“GTFOMD”と名付けられたプロジェクトの目標金額は200万ドル(約2億9500万円)で、もし達成すればカリフォルニアの高級住宅街に引っ越し、拘留中の仲間に1年分のスープを差し入れ、「ホンダ(HONDA)」の車を購入し、子犬を飼うと宣言。だが、クラウドファンディングの醍醐味であるリターンは一切なく、ファンの頭の中は「?」となっていた。その数日後、このクラウドファンディングはコンドームをアートワークに採用した「Get The Fuck Off My Dick」という少々刺激的なタイトルの楽曲のプロモーションだったことが判明。しかし、ヴィンス本人はクラウドファンディングに真面目に取り組み、プロモーションが明かされた後も熱心に宣伝していたが、当然ながら目標金額には遠く及ばず、泣く泣く取り下げていた。
マーチャンダイズに力を入れるファン思いなヴィンス
そんなヴィンスは、貧しい家庭環境に生まれたこともあり、無駄に派手なアイテムを着用するファッションには興味がないと、非常にミニマルなスタイルで有名。また、“安価で何処でも手に入るから”という理由で「コンバース(CONVERSE)」の「オールスター(ALL STAR)」を頻繁に着用しており、初期のMVではそれが散見。それが功を結ぶ形で2017年にコンバースとパートナーシップを結び、2ndアルバム「Big Fish Theory」をモチーフとしたコラボレーションモデルなど全3型を製作している。
ファッションに興味がないと宣言しつつも、その人気と長い手足からモデルに起用されることが多く、同郷のセレクトショップ「ユニオン(UNION)」や「カルバン・クライン(Calvin Klein)」のヴィジュアルを飾ったことも。なお、3rdアルバム「FM!」のマーチャンダイズのデザイナーにVERDYを起用するなど(同作のアートワークもVERDYが担当)、ファンには良いクオリティのものを着用してほしいという気持ちが強く、マーチャンダイズはセンスが良いものばかりなので、ぜひ一度チェックしてみてほしい。
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